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宇宙ビジネスが広がるにつれて増える衛星の整備。宇宙の“ロードサービス”を目指すアストロスケールの軌跡とビジョン

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今や私たちの生活に大きな恩恵をもたらし、今後の市場拡大が注目されている宇宙産業。中でも人工衛星は、今後十年で数万機の打ち上げが計画されており、各国で競うように開発が進められている。

しかし、人工衛星の打ち上げで忘れてはならないのがスペースデブリ(宇宙ゴミ)。役目を終えた人工衛星が7~8km/秒という超高速で移動しており、宇宙空間での活動を妨げる要因となっているのだ。人工衛星の打ち上げが増加するということは、スペースデブリの増加も意味し、宇宙産業の大きなリスクと見なされている。

そのような問題に世界でいち早く着目し解決に乗り出したのがアストロスケール。創業者の岡田光信氏は、宇宙業界でのキャリアがゼロでありながら同社を立ち上げた。当時は解決策がないと言われていた問題に対し、どのように解決の糸口を見つけてきたのだろうか。

創業から10年が経ち、今では世界的に活躍する同社。その成長の裏側に迫る。

岡田光信
1973年、兵庫県神戸市生まれ。1995年、東京大学農学部卒業。1997年、大蔵省(現財務省)主計局に入省。2001年、パデュー大学クラナートMBA取得。同年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2004年、ターボリナックス(Turbolinux)CFOに就任。2009年、携帯電話の通信インフラ・サービスを手掛けるSUGAOを創業。2012年、介護事業会社MIKAWAYA21を共同創業。
2013年、宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去という「誰かがやらないといけないけれど、国、企業、NASAやJAXAの誰もができなかった問題」の解決を目的とした宇宙ベンチャー、アストロスケール(Astroscale)を創業。

INDEX

「中年の危機」が宇宙の大問題への挑戦のきっかけに
宇宙ビジネスのアフターフォローを担う「ロードサービス」
ゼロから知識を身に着け、仲間を集めた創業期
様々な領域に精通しているからこそ発揮される交渉力と組織力
グローバル組織は目指すのものではなく、前提にするもの
ここがポイント

「中年の危機」が宇宙の大問題への挑戦のきっかけに

――岡田さんは宇宙業界のキャリアがなかったそうですが、起業の経緯を教えてください。

岡田:たしかに私は起業するまで宇宙業界に関わったことはありませんでした。子供の頃にスペースキャンプに参加して感銘は受けたものの、星空を眺めたり宇宙船に憧れるような少年ではなかったのです。社会人になっても、宇宙に関わる仕事はしたことがありませんでした。

起業のきっかけとなったのは40歳を目前に、いわゆる「中年の危機」に陥ったこと。それまでビジネスの最前線を走ってきたつもりが、突然、人のキャリアが羨ましくなってきたのです。私が尊敬している人たちは必ず40~50代で何かを成し遂げているのに比べ、39歳にもなって何も成し遂げていないどころかスタートしていない現実に焦り始めました。

その時に思い出したのが、子供のときに参加したスペースキャンプです。宇宙が自分のキーワードになるかもしれないと思い、宇宙の学会に参加しました。その時に知ったのがスペースデブリの問題です。

このまま放置すると宇宙産業の発展の妨げになる問題であるにもかかわらず、誰も明確な解決策を持っていない。それなら自分で宇宙を掃除しようと思い、宇宙業界での起業を決意しました。

――岡田さんは官僚からコンサルティング会社へと転職し、自身で起業もされて、華々しいキャリアだと思いますが、それでも他人のキャリアが羨ましくなったのですか。

岡田:仕事はやりがいのあるものだったのですが、一方で没頭できるものは見つけられていなくて。転職せずに一つの仕事に打ち込んでいる友人の方が、没頭できるものを見つけているように感じ羨ましかったのです。
いくらキャリアを積んでも、没頭できるものがなければ、自分の人生が小さく終わってしまう。その焦りから、自分の人生のテーマとなるものを見つけなければいけないと思っていました。

宇宙ビジネスのアフターフォローを担う「ロードサービス」

――現在のビジネスモデルについても聞かせてください。

岡田私たちが提供しているサービスはいわば宇宙のロードサービスです。製造業にはバリューチェーンがあって、その中には必ずメンテナンスや保守、廃棄をする業者が必ずいますよね。それが宇宙産業だけはリユースもなければリサイクルもリペアもなく、使い捨ての状態だったわけです。

そこで宇宙のバリューチェーンを補完するのが私たちの軌道上サービスです。スペースデブリ問題があったとしても、宇宙開発を止めるわけにはいきません。そこで環境と宇宙開発を両立するために私たちがいます。

社名に入れた「スケール」も「天秤」という意味があり「環境と宇宙開発をバランスよく進めていく」という意味を込めました。

――ロードサービスと聞くと、イメージしやすいですね。

岡田:どんな業界も、発展するにつれて問題が起き、その問題を解決するプレーヤーが現れるものです。たとえば、高速道路が普及した時も、事故や渋滞、ガス欠など様々な問題が多発しました。

しかし、問題が起きるからといって、車のない生活に戻ることはできません。そこで生まれたのがロードサービスです。今では法律が改正され、交通情報をモニタリングする仕組みができ、JAFのようなサービスが生まれてきたことで、私たちは高速道路を安全に運転できるようになったのです。同じようなサービスを、軌道上で実現しようとしているのが私たちです。

――具体的にはどのように収益を上げているのでしょうか?

岡田:宇宙開発を進めている国の政府や、衛星を打ち上げている会社から依頼を受けて、スペースデブリを除去したり、事前の設計によってデブリ化しないようにします。

また、最近では衛星の寿命延長に対する需要も高まっています。私たちの技術的な強みは、軌道上を移動して対象となる物体に接近できること(通常の衛星は同一軌道を周回するだけで、他の物体への接近はしない)。そのため、燃料が不足した衛星に燃料補給することもできます。アフターフォロー全般を担っていくため、今後宇宙市場が拡大していくにつれて、わたしたちの市場も大きくなっていくはずです。

ゼロから知識を身に着け、仲間を集めた創業期

――知識も経験もない中で、どのように事業を立ち上げたのか聞かせてください。

岡田:そもそも問題を解決するための技術がなかったため、どうやったらスペースデブリを除去できるのか仮説を立てていきました。宇宙の学会に参加すると論文集をもらえます。そこに掲載されている700もの論文を読み漁り、一通り技術についてインプットしていきました。

加えて、その論文の著者にアポをとって世界中を回って話を聞きにいくワールドツアーも行いました。論文を読んで立てた仮説を研究者と議論することで、仮説を固めていく取り組みを、1年半で3回ほど行いました。

並行して学会に参加しては、一緒にプロジェクトをしたいと思う人を見つけ、正面から声をかけていきました。世界を回って仮説を固めながら、国内でチームを作る動きを1年半ほど続け、ようやく今のビジネスの原型ができてきたのです。

――声をかけていくだけで人が集まるものなのですか?

岡田相手が求めているものを提案できれば興味を持ってもらえます。とは言え、JAXAや大学にいるような人材に、創業したてのスタートアップが提供できるものはありません。ただし、定年間近の人材であれば話は別です。

定年後でも再雇用してくれる企業はありますが、これまでの役割はリセットされ重要な仕事から外されることがほとんど。また、例えば大学では、打ち上げに携わりたいと思っていても、打ち上げのプロジェクトに携われない方も多いです。

そのような方たちに「一緒に打ち上げをしませんか」と声をかけ、一人ひとりチームに加わってもらいました。そのため創業当初は20代と60代のメンバーばかりの組織構成でしたね。

――ゼロから組織や技術を作り上げてきたのですね。これまで10年事業を続けてきて、特に印象に残っている出来事があれば聞かせてください。

岡田:常に問題が山積みの中で走ってきましたが、特に印象に残っているのは2017年の初めての打ち上げです。多くの企業や投資家のサポートのおかげでチャレンジさせてもらったのですが、ロケットの打ち上げ自体が失敗という結果に終わってしまって。

ロシアで打ち上げの様子を見ていた私は、日本に帰ってくる間「失敗のせいでチームが崩壊してしまうのではないか」と心配していました。しかし、いざオフィスに帰ってみると、心配されていたのは私の方で。みんな「岡田がおかしくなってしまうんじゃないか」と心配して待ってくれていたのです。

その後も投資家などに報告に回ったのですが、失敗を責める人は一人もいませんでした。むしろ、その後のシリーズDではその時点での過去最高額を調達できました。打ち上げ失敗は辛い出来事でしたが、おかげで多くの人に支えられていることを再認識でき、事業を成功させなければならない大きな理由ができましたね。

様々な領域に精通しているからこそ発揮される交渉力と組織力

――今や世界中の政府や大企業とやり取りしていますが、提案する時に意識していることを教えてください。

岡田:採用の話とも共通しますが、相手のニーズを汲んで具体的な提案をすることです。最もよくないのは熱量だけでプレゼンしてしまうこと。政府に対して熱量だけで提案しても、ニーズに即していない提案が通るはずがありません。

政府には政策を決めるための長く緻密なプロセスがあり、それを無視して提案しても通すことができないのです。私は官僚の経験からそのプロセスを理解しているため、各国の政府と話しても提案を聞いてもらえました。

一時は年間90日も機内泊するほど、世界を回って政府に提案していますが、テンプレート化した提案をしたことは一度もありません。政府に限らず、どんな業界にも特有の流れや背景があるため、その流れを汲みながら具体的な提案するよう心がけています

――官僚の経験がない場合はどうすればいいでしょうか。

岡田:必ずしも経験は必要ではありません。今は時間とお金さえあれば、いくらでも情報は集められるはずです。そのため「知らなかった」という言い訳はできません。私も技術の知識はありませんでしたが、論文を読み専門家と話すことで知識をインプットしてきました。

最初は論文を読むのも本当に苦労して、1段落の中に知らない単語がいくつも出てくるため、都度調べながら読み進めなければなりません。それでも、ビジョンを実現するにはやるしかありませんでしたね。

――人に頼るという考え方もあると思いますが、どう思いますか?

岡田:CEOでなければ、それでもいいと思います。しかし、CEOは全てを学ばなければなりません。たとえば私には技術のことや政府のことなど、様々な報告が上がってきます。それらは私が各領域について理解していることを前提に上がってくるのです。

だからこそスピーディーに報告できますし、私もすぐに返答できます。もしも、私が技術や政治の話がわからなければ、そこから説明してもらわなければなりませんし、意思決定や返答にも時間を要するでしょう。各チームが困った時に、そのまま情報を上げられるのが組織の強さに繋がるのです。

グローバル組織は目指すのものではなく、前提にするもの

――グローバルで事業を展開していますが、チーム作りで意識していることがあれば聞かせてください。

岡田:最初からグローバルを前提にしたチームを作ることです。よく見る失敗パターンが、まずは日本人でチームを作って、アジアや欧米にチームを広げていくやり方。それでは本当の意味でグローバルなチームは作れません。

私たちは最初からグローバルを前提にチームを作ってきたので、創業当初から社内のドキュメントも全て英語ですし、共通言語も英語です。日本語のWebサイトを作ったのも創業から7年経った2020年のこと。徐々にグローバルなチームを目指すのではなく、最初からグローバルなチームを作らなければうまくいかないと思います。

――最後に、今後の目標を聞かせてください。

岡田:2030年までに、軌道上サービスを当たり前にすることです。なぜ2030年かというと、SDGsの期限が2030年だからです。SDGsでは17のゴールが設定されていますが、その下に169のターゲットが設定されており、そのうちの4割は宇宙が持続可能な状態でないと達成できないのです。

期限まであと7年しかありませんが、着々と目標には近づいています。たとえば今度打ち上げる新しい衛星は、前回に比べてはるかな進化を遂げました。より安全に、かつ少ない運用コストでデブリに接近できるのです。それに成功すれば、より宇宙空間でできることの幅が広がるはずです。

ここがポイント

・何も成し遂げていない現実に焦り、宇宙の学会に参加。スペースデブリの問題に対して誰も明確な解決策を持っていないことを知り起業を決意。
・アストロスケールのビジネスモデルは「宇宙のロードサービス」。それまでの宇宙産業は使い捨ての状態だった
・技術的な強みは、軌道上を移動して対象となる物体に接近できること
・採用の際は、相手が求めているものを提案できれば興味を持ってもらえる
・提案の際も、相手のニーズを汲んで具体的な提案をすることが重要で、最もよくないのは熱量だけでプレゼンをしてしまうこと
・グローバルで事業を展開するには、最初からグローバルなチームを作らなければうまくいかない


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二