近年、各国で次々にロケットを打ち上げ、大きな注目を集めている宇宙ビジネス。華々しいロケット開発が目を惹くが、その裏では衛星の開発や衛星データの活用といった市場も拡大している。各領域でスタートアップが台頭しはじめ、大きな技術革新が起きている。
今回は、そんな宇宙ビジネスの可能性について、小型衛星を用いたデータソリューションを提供する株式会社Synspectiveの熊﨑勝彦氏と藤原敬三氏に話を伺った。宇宙領域にはどのようなビジネスチャンスがあるのか、衛星データを使うことでどんな革新が起きるのか話を聞いた。
熊﨑勝彦
PR/マーケティングを軸にキャリアを積む。その後、映像業界大手のクリエイティブエージェンシーより新規事業開発担当の声がかかる。デザイン思考×映像の発想で事業支援を行う新部署を設立。当時パートナー企業であったSynspectiveのブランドムービー制作や記者会見のサポートをきっかけに入社。2019年より同社のPR責任者を担う。管理部PRマネージャー。
藤原敬三
カリフォルニア大学アーバイン校での修士課程修了後、マイクロソフトに入社し、オンラインプロダクトを主とする自社製品の開発から市場投入までを幅広く担当。その後、人工知能(AI)ソリューション&サービスのシニアプログラムマネージャーとしてAIモデルおよびその周辺システムの開発や事業化を統括し、先駆的なチャットボットも日本市場に浸透させた。プロダクトの開発と事業化を一気通貫で手がけた豊かな経験を基に宇宙領域での新たなイノベーション創出を目指し、2022年4月にSynspectiveに入社。ソリューションプラットフォーム部ゼネラルマネージャー。
INDEX
・急成長が期待される宇宙ビジネス6つの領域
・小型軽量化の成功により注目を集めるSAR衛星とは
・衛星データの活用で変わるビジネスの数々
・「データを各領域でいかに使いやすくするか」が今後の課題
・ここがポイント
急成長が期待される宇宙ビジネス6つの領域
――まずは現在の宇宙ビジネスの市況を聞かせてください。
熊﨑:今の宇宙ビジネスは、毎年市場予測が上方修正されるほど急成長を遂げています。数年前に「宇宙産業の市場規模は1兆USドルにまで成長する」というデータが発表されてニュースになりましたが、今では1.8兆ドルにまで成長すると予想されていて。
政府系機関や伝統的な航空宇宙産業の企業が進めてきた従来の宇宙開発から、私達のようなスタートアップが多く参入することで市場の様子は大きく変わってきました。昔は数年に一度ロケットを打ち上げるのがせいぜいだったのに、スペースXが昨年だけで60回以上も打ち上げるなど、様々な変化が起きています。
投資される金額も2021年に154億ドル、日本円で2兆円を超えており、明らかに世界中が注目する一大産業となっています。
――一口に宇宙領域といっても、どのようなサービス領域があるのでしょうか。
熊﨑:まずは最も注目を集める「ロケット開発」。スペースXや日本のインターステラテクノロジーが有名ですね。他にも、私達が属する「衛星」サービスには、衛星データを整備活用するほか、宇宙のゴミを回収するような「軌道上サービス」も存在します。
宇宙からのデータを受け取る大きなアンテナを作る「地上設備」領域もあり、アマゾンが参入して低コストでデータを転送する技術開発を続けています。他にも光通信を宇宙空間で可能にし、地上と衛星を繋げる「衛星利活用」も一大領域と言えます。
宇宙旅行や宇宙ホテルなど「エンタメ」領域に参入する企業もあり、著名人などが宇宙旅行に上げた様子をSNSで発信したことなので、関心を持つ人も多いでしょう。
出典:STRIVE 宇宙ビジネスのトレンドを掴もう!〜スタートアップ参入の現状と今後〜
――様々な領域がありますが、特に成長が期待されている領域も聞かせてください。
熊﨑:私たちが属している衛星サービスは、特に成長が期待されています。多くの企業が衛星データの利活用に関心を持っており、各国がここ数年積極的に人工衛星を打ち上げていることから、勢いのある産業と言えます。
小型軽量化の成功により注目を集めるSAR衛星とは
――衛星ビジネスについて詳しく聞かせてください。まずは御社が開発しているSAR衛星が従来の人工衛星と何が違うのか教えてください。
熊﨑:SARとは日本語で「合成開口レーダー(synthetic aperture radar)」のことで、レーダー衛星になります。レーダーは光と比べて波長が長いので、悪天候で雲がかかっていても、深夜で日が差さない場所でも地表を観測できます。一般的に衛星で地球を観測するというと、光学衛星が多くイメージされます。光学センサーで地上を撮影し、写真のように映し出されカラーで見た目がよくGoogle Earthなどで用いられています。
しかし、光学衛星は、夜間帯や雲で覆われた場所は隠れて見えないのがネックです。一方でSARでは天候や時間帯に左右されず、地形や構造物を立体的に観測できるようになります。そのため24時間地表を観測でき、様々なビジネスへの活用が見込まれているのです。
――とても便利だと思いますが、なぜ近年になって注目を浴びているのでしょうか。
熊﨑:SARの技術は昔から存在しており、航空機などには搭載されていました。衛星は大型のものが主流で、その重さは1,000kg以上にも及び、小型軽量化が難しかったことが挙げられます。
しかし、私たちも含め、近年そのSAR衛星の小型軽量化に成功した企業も増え、世界的にも実用化が進んでいます。私たちの衛星は従来のSAR衛星から重さを約10分の1に軽量化し、かつ撮像能力も大型のレーダーと遜色ありません。加えて、大型の衛星は同じ場所にもどってくるのに2週間くらいかかっていたのですが、小型衛星なら何機も飛ばすことで、常時リアルタイムでデータを取得することができるのです。
衛星データの活用で変わるビジネスの数々
――SAR衛星のデータが、どのようなビジネスでの活用されているのか教えてください。
藤原:広くいえばリモートセンシング、つまりは地球観測です。たとえば農業では生育状況をモニタリングして疫病を防いだり、漁業では資源や海洋環境を把握して生産性を改善したり。他にも原油貯蔵量の把握の効率化というエネルギー領域での活用や、災害・損害リスクの予測といった保険領域での活用も見込まれています。
衛星は宇宙にあるため地球の災害の影響を受けにくく、広い地域を観測できる上に、同質のセンサーを用いて一定の時間間隔で長期間にわたって観測できるため、用途も多岐にわたるのです。
――今後はどのような広がりが見込まれているのでしょうか?
藤原:先程お伝えしたものの他にも建設領域での活用も期待されています。SARを使うとミリ単位での計測が可能なため、工事の進捗状況を正確に把握できるほか、トンネルなどが崩れそうな予兆などもいち早く検知できるのです。
既に建設会社さんともプロジェクトを進めていて、発電用ダムやトンネルの建設に衛星データを使えるようにしています。同じような災害を予測したり、災害後の復興計画や人命救助などの領域でも活用できないか検討しているところです。
――ビジネス以外の活用もあるのでしょうか。
藤原:そうですね。実際に政府系機関とも連携しながらサービスの改善を進めています。例えば数年前に不正な盛り土が問題になったことがありますよね。国としても盛り土の規制を強めていて、衛星データを使いながら盛土のチェックができないか検討しています。
他にも森林の伐採計画にも衛星データを使ってシミュレーションする動きもあります。既にヨーロッパでは森林保護のために衛星データを参考にレギュレーションが定められており、日本でも近い将来同じように使われるかもしれません。
――日本は海外に比べて衛星データの利用が遅れているのでしょうか。
藤原:確かに海外の方が衛星データの活用が進んでいますが、それは技術が遅れているのではなく、単に日本では衛星データを必要とするシーンが少なかっただけだと考えています。海外では広大な土地に巨大な施設を建設することが多いため、どうしても衛星データの活用が不可欠でした。
一方で海と山に囲まれた日本は、そもそも広大な土地がありませんし、巨大な施設を作ることもありません。そのためドローンなどでの空撮で十分だったのです。ただし、今後は衛星を打ち上げるコストも下がり、今より気軽に衛星データを利用できるようになることで、様々な業界で利用され海外との差もなくなっていくと思います。
「データを各領域でいかに使いやすくするか」が今後の課題
――Synspectiveは様々な企業と共同でプロジェクトを進めていますが、今後どのような企業とのオープンイノベーションを考えているか教えてください。
藤原:データを使いやすい形に加工できる企業と積極的に組んでいきたいと思っています。私達もデータをできるだけ使いやすいデータにするよう努力していますが、それでも各領域でそのまま使える状態にはできません。
たとえば建設業界でデータを使うなら、建設業界に使えるようにデータを加工できるパートナーが必要です。今後はより広い業界で衛星データの活用が広まると思うので、データを加工しコンサルティングできるパートナーが増えると心強いですね。
――他にも提携を期待している企業のイメージはありますか。
藤原:私達の業務をDXできる会社と組めると嬉しいです。宇宙ビジネスと聞くとハイテクに聞こえるかもしれませんが、意外にその実態は人の手が必要な部分が多くアナログで。SAR衛星の技術はハイテクですが、それ以外のオペレーションはまだまだ改善の余地があります。
労働集約的な現場なので、もっと自動化してデータを使いやすくすることで、クライアントにも使いやすい状態でデータをお渡しできるはずです。そこを一緒にDXを進められる企業と組めるととても嬉しいですね。
――最後に、今後宇宙ビジネスへの参入を考えている企業にメッセージをお願いします。
藤原:今後、いかにデータを扱うかが宇宙ビジネスの肝になっていくと思います。そこで大事なのは、単にデータを売るだけでなく、活用先を考えること。私達も今のビジネスを始める際に、単にデータをとって売るだけでなく、どんな風にデータを使えるか考え、自分たちで活用先も開拓してきました。
これから宇宙ビジネス、特にデータを扱うビジネスに参入する企業は、単にデータを売るだけでなく、どうしたらデータを使いやすいか、どのように現場の作業に組み込むことができるか考えて展開するといいと思います。
ここがポイント
・宇宙産業の市場規模は1.8兆ドルにまで成長すると予想されており、スタートアップが多く参入することで市場の様子は大きく変わってきている
・多くの企業が衛星データの利活用に関心を持っており、各国がここ数年積極的に人工衛星を打ち上げていることから、勢いのある産業と言える
・SAR衛星はレーダー衛星。レーダーは光と比べて波長が長いので、悪天候で雲がかかっていても、深夜で日が差さない場所でも地表を観測できる
・農業での作物生育状況のモニタリング、漁業では資源や海洋環境の把握、原油貯蔵量の把握などエネルギー領域での活用や、災害・損害リスクの予測といった保険領域での活用も見込まれている
・今後はより広い業界で衛星データの活用が広まると考えている
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二