シェアリングエコノミー。「Airbnb」「Uber」「メルカリ」使ったことはなくとも、その名を聞いたことある人がほとんどではないだろうか。シェアリングサービスが数年で急速に浸透し、日本でもシェアリングエコノミーが確実に形成されている。
「これまで、人間関係といえば『血縁・地縁・組織』だけでした。それが、シェアリングエコノミーの発達によって大きく変わり始めました。消費活動も変化し、企業にお金を払いサービスを受ける形から、見ず知らずの個人に対してお金を払いサービスを受ける形へ、さらにはお金だけでなく、善意によって成立するサービスまで出てきています。資産の形も変わり、『貨幣』の資産から、『繋がり』の資産へ。ソーシャルキャピタルの時代へと変化していきます」
そう話すのは、シェアリングエコノミーの活動家である石山アンジュ氏。そんな、人との繋がりが資産になる時代がくる中で信頼を勝ち取っていくには一体何が必要なのだろうか。多くの人と出会い信頼を得る方法について考察する。
INDEX
・「これまでの仮説が、1つにつながった」シェアの概念との出会い
・シェアにより生まれる価値は、依存先を増やし心理的安全性を増やせること
・「お金で解決する」インフラは整った一方、それがなくても生きていける社会とは
・信頼を得るには、自分をさらけ出すこと
・まずは消費からシェアに触れてみる
・ここがポイント
石山アンジュ(いしやま・あんじゅ)
1989年生まれ。ミレニアル世代のシンクタンクPublicMeetsInnovation代表。シェアリングエコノミー協会 事務局長 内閣官房シェアリンングエコノミー活動家
「これまでの仮説が、1つにつながった」シェアの概念との出会い
シェアリングエコノミーの活動家として幅広い活動をされている石山氏。シェアという概念を深めることになったきっかけはどんなところにあったのだろうか。
石山「まずキャリアでいえば 『企業の組織論理が個人の人生よりも優先されてしまうこと』に大きな違和感を覚えたところがきっかけです。
新卒でリクルートに入社し、大手企業をクライアントとした人事のコンサルやサポート業務をしていました。その中で、前年は100人採用したにも関わらず今年は10人しか募集をかけられないなど、景気の変動などの不可抗力で座席の数が決まってしまうことや、昨日まで沖縄で働いていたのに、突然北海道へ転勤を命じられ、家族と離れざるを得なくなってしまったり…。個人にとっては非常に大きなことでも、組織の合理性が優先されていく、そんな出来事に社会の歪みを感じ、組織に依存しなくても自由な選択肢がある社会や、個人がもっと選択できるインフラとはなんだろうと考える中で出会ったのが「シェア」という概念でした。
プライベートでは、実家がシェアハウスを経営しており、育っていく環境の中で人と人とのつながりが個人ベースでたくさんある方が豊かな人生を送れるということは実感としてありました。そのため、「シェア」という概念との出会いは、プライベートで感じていた “社会的な枠組みにとらわれなくても、人と人とのつながりがあれば生きていける” という仮説が、肯定された瞬間でもありました」
そこからシェアという概念をより深めるために、クラウドワークスへ転職。そして、シェアリングエコノミーについて、知見を深めるうちに、CNETから連載執筆の声がかかり、ライフスタイルという文脈で発信をするようになったと話す。ここ数年でAirbnbやUber Eats、メルカリなど、日本でのシェアリングエコノミーの拡大は目をみはる。シェアリングエコノミーの第一線に立つ石山氏はここ2~3年で、ある変化を感じている。
石山「消費者間で、所有の概念が減り “買うよりも共有” という考えを持つ方が以前より増えているのは、シェアリングエコノミーの市場規模データから明らかです。ここ1~2年で関心層の裾野がかなり広がってきていると思います。これまでの関心層は、IT系のアンテナを張っている方がほとんどでしたが、最近では高齢者や主婦の方々の関心も高い。新聞の取材も、経済部ではなく、文化部や生活情報部から依頼が来るようになりました。そういう意味では、シェアは消費だけでなく “支え合いや分かち合い” など、思想的な部分への注目が集まりつつあると感じています」
シェアにより生まれる価値は、選択肢を増やし心理的安全性を増やせること
シェアリングエコノミーを利用することの利点、人と人とが交わることで生まれる価値とは、どんなところにあるのだろうか。
石山「これまでコミュニケーション力のある人が、人脈やソーシャル・キャピタルを持ちやすいとされていたのが、シェアリングエコノミーにより『つながりが民主化』され、誰でも人間関係や仕事の選択肢を増やすことができるようになりました。人間関係でいえば「血縁・地縁・組織」という3つの接点に加え「消費・趣味や価値観」という接点が新たに増えたことが大きいです。この消費や趣味の接点がテクノロジーによって、広がったことは大きいですね。例えば、ご近所さんとのお醤油の貸し借りが、テクノロジーの発展により、お隣さんだけでなく海外の人にも自分のお醤油残量の見える化できるようになり、必要としている人と瞬時につながれるようになる。海外の方にお醤油を貸すというのは極端な例ではありますが、こうした個人間での貸し借りや売買、共同所有が広い範囲で気軽に行えるというのはとても大きな価値です。シェアハウスやライドシェアなど、個人間で所有物を共有することで日々の生活コストを下げられたり、なにかライフラインが途絶えてしまっても、つながることでカバーしあうことができます。
そしてシェアの範囲が広がった事により、新しい人間関係の構築が出来るようになりました。SNSを使えば、趣味や価値観の近い人を探してつながることができます。他にも、今までだったら単なる消費行動だったものが、シェアリングエコノミーを介することにより、人とのつながりに変わるようになりました。ホテルのドアマンと友達になることはなくても、民泊にすることで泊めてくれた人とコミュニケーションを取り、その後もSNSでつながる事ができますよね。複数のつながりを増やすことは自分の居場所を増やすことにつながるので、選択肢をつくることで心理的安全性を増やせることがシェアリングエコノミーが生んだ、人と人とのつながりの価値かなと思います。
仕事面で言えば、一つの会社に依存せずに収入を得ることがより身近になりました。リアルな組織・企業での対人コミュニケーションが苦手でも、クラウドワークスなど、オンラインで匿名であれば仕事ができるような人もいるし、マンホール好きの人が、定年退職後にマンホールを解説する2時間のツアーを開催する。食事の作り置きや掃除が得意な主婦が『タスカジ』を利用することで、それを必要としている人とつながれる。これまでは、個人単位では対価をもらいにくかった事も、シェアリングエコノミーを使うことで仕事として活かせるようになりました」
石山「正解がなく、なにが起きるかわからない不確定要素が高いこの時代で、一番豊かなのは選択肢が複数あることだと思っています。地域活性化という観点から見るならば、公共サービスや企業が撤退しつつある過疎地域においても、その土地に住む方がライドシェアでおばあちゃんを病院まで送るなど、セーフティネットの部分をシェアで補うことも出来たらいいですよね。
そういう意味では、シェアだけが広まって欲しいのではなく、すべての人が新しい豊かさを享受できるオルタナティブなひとつの選択肢の一つとしてシェアがあったらいいなと思います」
「お金で解決する」インフラは整った一方で、それがなくても生きていける社会とは
これまでの消費活動において、“お金の対価としてのサービス”しかを受けたことがない人にとっては、“シェアリングエコノミーの、お金だけでなく善意も加わって成り立つ” 仕組みに、躊躇してしまう人も少なくないだろう。しかし、石山氏は善意が無い社会に移行しつつあることが怖いと言う。
石山「そもそも現代社会において、『人が苦手なんです』と思う方が多いのは、お互い様にすることが面倒だから、人に頼るよりもお金に頼ったほうがラクという考えになってしまうことが原因のひとつです。
しかし、すべてがお金で解決できることで、人と人との関係性が希薄化してきています。すべての関係性や消費を貨幣経済に依存した結果、人間力や、人を目利きする力、関係性を構築する力が衰え、そしてそれらは孤独死3万人、引きこもり70万人といった社会問題を引き起こしてきました」
現代では、「お金で解決する」インフラは整っている。一方で、それがなくても生きていける社会、すなわち人間力や善意によって成り立つ社会を作るには、信頼による人間関係を作れる人が必要となる。では、どのように信頼関係を作ればよいのだろうか。
石山「大事なのは “お互い様” のキャッチボールを積み重ねていくこと。シェアすることというのは、“Give and Take”ではありません。見返りとして“Take”を求めるのではなく、“Give”する喜びを知ることが重要になります。
例えば、私はシェアハウスで皆に朝ごはんを作ったとしても、作ること自体が幸せで、それだけで豊かさを得ています。それで喜んでもらえたらもちろん嬉しいですが、ベースの思考が変わることがすごく大事なんです。ひと昔前は、制度に預ける信頼というのが最も浸透していました。働き方でいえば、どの企業に務めているか、年収はいくらか。そういった第三者の他己評価によって自分のステータスが決まり、信頼を得ていたといえます。
しかし、これからはテクノロジー上でいろいろな人の評価、すなわち個人からの評価の集合により自分の信頼が決まる “分散された信頼” へ変わり始めています。人々は、メルカリや、ライドシェアなどシェアリングエコノミー上での評価をみてその人を信頼してよいのかを判断するようになるのです」
信頼を得るには、自分をさらけ出すこと
日頃から積極的にシェアリングエコノミーを利用し、ビジネスでは行政とも一緒に取り組みを行う石山氏は、どのようなことを意識し信頼を勝ち得てきたのか。
石山「なるべく、ありのままの自分をさらけ出すようにしています。そしてもう一つは、まさに拡張家族で実践していることですが、どこまで他人を自分ごととして思えるかを意識して行うということです。血縁家族や恋愛関係以外の関係性においても、相手のことを自分ごととして捉える、そういう努力が必要です。
例えば、拡張家族のメンバーが事故に合い、1,000万円入院費が必要になったら、私はどこまで自分のお財布から出せるのだろうか。毎日の通勤電車でセクハラで困っている人がいたらその人に対して自分がどこまで当事者意識を持てるのか。そういった、心の実験や意識の筋トレがすごく重要だと思っています」
なるべくありのままの自分でいることは、ビジネスの場でも同じ。
石山「『相手が行政だから信頼を得るために特別こうしている』というのはありませんが、すべてのビジネスシーンにおいて、『自己紹介2.0』の著者の横石さんの言葉を借りると、ビジョンがあるからこそ、信頼を得られるというのは実感しています。
例えば政治家の先生に対して、『ライドシェアを広めたいんです』と言っても門前払いですけど、『公共交通機関が少ない過疎地域のおばあちゃんを救いたいんです』だとか『ライドシェアをビジネスとして進めたいわけではなく、日本の課題を解決したいからシェアリングエコノミーをやりたい』と話す。他には、実生活でもシェアを行っていること、これらが信頼につながったのかなと。ありのまま、純粋に思っていることがビジョンになるし、行動していることが、相手にとっては信頼を判断する材料なのではないでしょうか」
まずは消費からシェアに触れてみる
シェアリングエコノミーが浸透しつつあるといっても、どうしても人間力や善意によって人間関係を築くことに煩わしさや抵抗がある人も多いのではないだろうか。「シェアはあくまで選択肢のひとつだから無理して行う必要は無い」と石山氏は話すが、煩わしさはありつつも挑戦してみたい気持ちもあるシェアリングエコノミー初心者は、まずどこから挑戦してみたら良いのだろうか。
石山「まずは、居心地の良い人間関係というところから始めてみるのはいかがでしょう。会社の人と無理やり仲良くするのは面倒ですが、趣味嗜好が同じ相手とだったら情報交換もできるしつながってもいいというのは少なからずあると思います。まずは、仲良くなってもいい領域を定めて、そこから人間関係を作る。そこで人間関係を深めていけば、何かがあったときに、助け合える人間関係になれるかもしれません。
シェアサービスを使うのであればまずは消費から。ホテルを使わず民泊にしてみる、タクシーではなくライドシェアを使う。ここから始めてみるのがおすすめです」
ここがポイント
・シェアは消費だけでなく “支え合いや分かち合い” など、思想的な部分への注目が集まりつつある
・『つながりの民主化』により、人間関係や仕事、居場所など複数の選択肢が持てるようになり、それが心理的安全性の向上につながっている
・「信頼」の形が、個人からの評価の集合により自分の信頼が決まる“分散された信頼” へ変わり始めている
・「信頼」を得るためには、ありのままの自分をさらけだすことが有効
・職場や組織以外の居心地の良い人間関係から始めるのが第一歩
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:山城さくら
撮影:戸谷信博