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【三菱一号館美術館主催イベント】奥村高明教授が伝える、「アートとビジネス」の新しい関係性

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ご存知だろうか? ニューヨークのビジネスマンは早朝からギャラリートークの列に並び、上海のビジネスマンは「仕事のヒント」を得るために美術館に足繁く通うことを。日本でもまた、社会人向けのアートスクールが開校し、「アートとビジネス」をテーマにしたビジネス講座が多数設けられるようになった。ロジカルシンキングやクリティカルシンキングに並び、行き詰まった現状を打破するための「魔法の道具」ともてはやされるアートシンキングは、どのような効果をビジネスの局面にもたらすのか。

その答えを探るため、三菱一号館美術館(運営:三菱地所㈱)主催のトークイベント 都市と美術館「美術館で出会う、アートとビジネス」が9月11日に東京丸の内にて行われた。

スピーカーである奥村氏は、「子どもは誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ(ピカソ)」、「問題を起こした時と同じ考え方をしたのでは、私達は問題を解決することができない(アインシュタイン)」といった偉人の言葉を引用し、自身の考えを述べていく。

現代社会に求められるアートのあり方とは何か。ビジネスのみにとどまらない、人間とアートの関係性と、美術に刺激される我々の認知能力について、講演をもとにまとめた。

INDEX

AIやAR、テクノロジーが変えるアートのあり方
変化するビジネスの中で求められる、アート的思考法
人類の知能は向上し続け、「新しい能力」を獲得し続ける
ここがポイント

奥村高明
1958年宮崎県生まれ。博士(芸術学)。現日本体育大学教授。宮崎県内の小中学校にて教員を務めた後、宮崎県立美術館にて学芸員。2005年より6年間文部科学省にて科学調査官、2011年より聖徳大学、2014年より学部長、2018年より現職。自著に「エグセクティブは美術館に集う(光村図書)」。

AIやAR、テクノロジーが変えるアートのあり方

今日は「社会の変化」「変化する社会の中で求められるアート的思考」「人間の認知的な進化」の3つのトピックについてお話をします。要点は、大きく変化する社会の中で、今まさにアートや美術館が存在意義を問われているという点です。

まず社会の変化から、大きなものはAIの登場でしょう。2019年は第3次人口知能ブームが起きています。AI を使って、言語や文字、画像認識や感情、ひいては協調性といった「人間の概念」そのものを構成できるよう模索されているのです。AIはまるで人間のように、「自ら」と「環境・媒体」の相互作用の中で試行錯誤し、より正解と思わしきものを探索し始めています。

世界で最も長い歴史を誇る美術品オークションハウス・クリスティーズで売買が成立した作品があります。作品名は「エドモンド・ベラミーの肖像画(Edmond De Belamy)」。AIが生成した肖像画で、約4800万円で売却されました。

この制作プロセスが面白い。「生成モデル」と「識別モデル」というふたつのネットワークを競わせながら成長させていく人口知能アルゴリズム「敵対的生成ネットワーク(GAN)」を用いて制作が行われました。

「生成モデル」には1万5000点の肖像画データが与えられ、それを元に絵画が描かれます。一方の「識別モデル」は、AI(生成モデル)が作成した絵画と人間が制作した絵画との差を見分ける。このプロセスは、識別モデルがAIと人間の作品との違いを認識できなくなるまで繰り返され、最終的に判断できなくなった段階で生まれたのが、この作品です。つまり、実はもうAIと人間との境目がほぼなくなっているということです。

さて、もうひとつ社会の変化というテーマで取り上げるべきは「5G」でしょう。さらに多くの情報が一度に受送信できるようになることから、今後、あらゆるものが変わると言われています。そのひとつがスポーツ観戦。試合会場を好き勝手に動き回るかのように、テレビ越しで360度自由に視点を変更して試合を観戦できるようになります。
他にも、視認システムを使うことで、肉眼では見えないフェンシングの剣先にライトを灯したように剣の軌跡が描かれ、リアルタイムでディスプレイに表示できるようになります。剣の軌道が見えるので、攻防が分かりやすい。今後はサッカーや、野球のスイング軌道なども視認化されるでしょう。このように「今まで認識できなかったもの」が視覚化されれば、試合の見方そのものが大きく変わるでしょう。

変わるのは、スポーツ観戦だけではありません。2017年には、スマートグラスやARグラスが登場しました。デバイスを装着していれば、どこにいても画像や映像を見ながら行動できるようになります。また、デバイスに装着されたカメラやマイクによって、視覚の共有や音声会話も可能です。活用法としては、医療現場で患者のバイタルデータを見ながら手術をする。工場や建設現場で設計図を見ながら作業をする、などが挙げられるでしょう。

スマートグラスが普及すれば、おそらく美術鑑賞の方法も変わるはず。今までのオーディオガイドに代わり、各々異なるデバイスを装着するようになると思います。傍から見るとぶつぶつと独り言を言っているだけですが、実は視覚を共有し、複数の人と対話しながら美術を鑑賞している。なんて未来もやってくるでしょう。

実は同様の技術はすでに実現していて、ARのダリが案内してくれる美術館もあるそうです。フロリダにあるダリ美術館では、ガイド役のダリが美術鑑賞をアテンドしてくれるだけでなく、ARのダリと一緒に記念撮影をすると、写真が自動で鑑賞者の手元にあるデバイスに送られてくるのだと言います。

▲ダリ美術館ガイド動画

このようにテクノロジーの発展は恐ろしく早い。おそらく今後、「iPhoneというものがあった」と言われる時代が来るのでしょう。実際に今年の1月、百度(バイドゥ)の創業者が「スマートフォンは20年以内に消える」という話をしていました。iPhoneが登場したのは、ほんの10年前です。現在のように多くの人がスマホを所有することは、誰も想像していなかったでしょう。

さらに2029年を迎える頃には、SF映画のように孫世代が立体画像で私に話しかけることも可能でしょう。タイミングが悪ければ私は視線でデバイスを動かし、「ごめん、いま講義中」などと言って、通話を切る未来が想像できます。

変化するビジネスの中で求められる、アート的思考法

このようにテクノロジーが発達することで、世界はどんどん変わるでしょう。既存のビジネスモデルは一瞬にして崩れ、業界再編が進むので、おそらくアート的な価値観が重要視されるはず。「アートは資本主義の行方を予言する(PHP新書)」の著書であり、株式会社東京画廊代表取締役社長の山本豊津(やまもと・ほづ)氏は「有用性のないものほど価値が上がる」と言っています。

アートは思考ツールとしての側面もあります。世の中で注目される思考法がロジカルシンキングからデザインシンキングになって久しいですけれども、最近はアートシンキングというものが登場しました。

2018年に「世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること(ニール・ヒンディ著)」という本が出版されましたが、ここに書かれているのは「企業が今、アートに期待していることは何か」ということです。「様々な角度からものごとを観察して解釈すること」や「無関係と思われるものを結びつけること」「新しいアイディアを生み出すこと」「人と異なる発想をすること」、さらには「新たな分野を作り出してビジネスに結びつけること」。これらアートシンキングに関係する様々な力が今、ビジネスの第一線で求められているのです。

これは余談ですが、「美術館に立ち寄る目的」を各国のビジネスマンに調査したデータがありました。上海では「ビジネスにおけるヒントを探す」という回答が多かった。一方、日本は「気分転換」という回答が多い。海外のビジネスマンは、よりポジティブに目的意識をもってアートに触れていることがお分かりいただけるかと思います。

私自身、そうした時代の変化を感じたのは2013年のヨーロッパ調査のときでした。帰国後、急いで本にまとめたのが「エグゼクティブは美術館に集う(光村図書)」です。なぜ、イギリスのロイヤルカレッジオブアートがグローバル企業の幹部にアートトレーニングを始めたのか。なぜ、ニューヨークのビジネスマンは早朝のギャラリートークを聞くために近代美術館に並ぶのか。その理由は、子供たちが美術を鑑賞する様子を見ればわかのです。なぜなら、美術鑑賞において、子供たちは論理的な思考力や創造力を高めているからです。


▲自著「エグセクティブは美術館に集う(光村図書)」画像

ビジネス業界の方々は動きが速い。自著を出版して間も無くNewsPicksから取材依頼をいただき、週刊ダイヤモンドで美術特集を組むことになりました。さらに2017年には、「世界のエリートはなぜ『美意識」を鍛えるのか(山口周著)」という本が出版され、ベストセラーになっています。この本では、現代は「美意識への復権」の時代であり、「美術鑑賞が『観る力』を高める」という内容が、多くのビジネス事例を参考に記載されました。

2018年には、ビジネスとアートの橋渡しとなる著書が複数発売され、2019年になるとさらにビジネス側からのアプローチが増えています。中でも、東京国立近代美術館で行なったビジネス向けワークショップは反響が大きかったですね。参加費は2万円ですが、一晩でソールドアウトしました。

武蔵野美術大学が造形構想学部を開設して、総務省のキャリア人材や企業の幹部が次々に入学したのも2019年のことです。最近では、公務員試験の勉強会でも「アート×ビジネスについて考える」というテーマを取り上げるようになりました。

投資面でも世界のアート市場は約7兆円、日本では今後約1兆円規模に拡大すると文化庁の関係者は述べています。それだけアートの市場価値が高まっている。例を挙げると、私がかつて勤めた宮崎県立美術館が所蔵する「現実の感覚(ルネ・マグリット作)」という作品は、当時2億7千万円でした。今は27億円出しても買えないでしょう。市場の拡大とともに、今まで以上に色んな企業がアートに関連する協賛事業や事業開発を推進し、アート業界は富裕層の新規顧客を獲得していくと予想されます。

人類の知能は向上し続け、「新しい能力」を獲得し続ける

続いて「人間の認知的な進化」について。これは今後、さらに新しい能力を持った人材が社会にどんどん出てくるという話です。基本的に人間の知能は上昇し続け、現代人は30年前の人々よりも知能が高いとされています。その理由には、テレビや映画、写真などの「視覚文化の発達」や、パソコンなどの「道具の進化」、「栄養の改善」、「経済の発展やグローバル化」、「教育の発展」が挙げられます。

認知能力の変化について例を挙げてみましょう。1972年に写真家の東松照明が沖縄の離島で、島民のおばあちゃんを撮影しました。照明が現像した写真をおばあちゃんに渡しに行ったところ、彼女は自分の写った写真を上下逆さまに見たそうです。

彼女の生まれはおそらく1880年代。カメラもテレビも映画も何もない時代です。どのような子供時代を過ごしてきたかで、認知のあり方は大きく異なります。だから彼女は、写真に映る自分の姿をすぐに捉えることができませんでした。写真は「ありのままを写すものではなく、読むものだ」ということがこの事例からわかります。

教育機関は産業革命と同時に生まれた認知進化のシステムです。当時、そこで重点的に教えられたのは「事実的な知識」。つまり、歴史の年号や元素の周期表、物理公式などの「変わりようがない事実」でした。これらの知識のみで戦ってきたのが、私のような還暦の世代です。

しかし、同じ「知識」でも我々と若者の「知識」は全く異なります。我々とは異なる新・学習指導要領で教育を受けた世代は、断片的な事実を組み合わせ、仮説を立てて、世の中を認知することができます。

このように、世代ごとに知識や認知能力が上がっていることを、漫画の表現の変遷とともに証明しようと思います。私の父の世代が読んでいた漫画で「のらくろ(田河水泡著)」があります。

「のらくろ」はコマの中の位置はほとんど変わりません。紙芝居のように同じ場面でお話がひとつ展開します。それが、私世代が読んでいた「鉄人28号(横山光輝著)」では演出が変化します。

先ほどの「のらくろ」とは異なり、「鉄人28号」にはクローズアップなど、映画の手法が使われました。1コマ目で主人公が映ったかと思えば、次のコマでは敵のロボットが映る。遠景が描かれたり、登場人物の表情がクローズアップされたりと、視点が大きく移り変わります。

ちなみに「のらくろ」に慣れたうちの父親は「鉄人28号」が読めませんでした。私が漫画を読む様子を見て「おまえ、本当に読んでるのか?」と、不思議でしょうがなかったそうです。父は生きていれば90歳ですが、私と父は認知能力が大きく違います。ただし、私は最近ヒットしている「ワンピース(尾田栄一郎著)」はもう読めません。

敵に攻撃する主人公を横から見ているコマがあります。次のコマでは、アングルが敵の真後ろに移り、主人公が遠くに見える。また次のコマではアングルが主人公の真上からのものに変化します。「登場人物は今どっちにいるの? アングルは下なの? 上なの?」と、私にとってはわけがわかりません。誰がどこにいるのか位置関係が認識できないのです。

以前、ワンピースが読める人に聞きました。「どうやって読むの?」と。すると、「主人公と敵が戦っているのを1カメ、2カメ、3カメと視点を切り替えて読むんですよ」と教えてくれました。しかし、私はそういうことが出来ないのです。このように、世代毎の認知能力に合わせて漫画の表現は進化しているのです。

さらに、道具の進化が人の認知能力を進化させます。道具を使わずに343×822という計算ができますか? 答えが導き出せなくとも、紙や鉛筆、筆算を使えばできるはずです。このように、人間は道具無しでは考えることも、知覚することもできません。道具の進化は、身体性と認知の進化でもあります。かつて、コミュニケーションの手段は直接人と会う以外には成立しませんでした。しかし、今では電話があり、スマートフォンがあり、さらにスマホの中には計算機やオーディオプレイヤー、メモ帳など様々な道具が内包されています。この先の未来では、スマートフォンでさえも取って代わられ、さらなる認知の変化が起きるでしょう。

漫画やデバイスの進化を例に挙げたように、現代の子供たちは我々と相当違う世界にいます。我々の能力を超える認知的な進化を続け、多様な価値観を持つでしょう。このスライドは5歳児が描いた絵です。


▲引用:学び!と美術「子どもの絵の見方 ~田川図画展の実践から~」2018.12.10

森の中にかかる太鼓橋を描いた絵ですが、自分と周囲の景色を、まるでドローンで上から俯瞰しているように描いています。奥に森があり、手前を横切る川の上には太鼓橋がかかり、そこを人が歩いている。従来は太鼓橋を横から見た2次元的な絵がほとんどでしたが、このような3次元的な絵を描く子供達は近年になって突然現れました。

彼らの見ている世界は私たちとは違います。彼らが受けているであろう、デザイン思考やSTEAM教育といった新しい教育によって、新しい能力の育成がすでに始まっています。

STEAMというのは科学(Science)や技術(Technology)、工学(Engineering)や数学(Mathematic)という従来の教育領域にアート(Art)を加えた教育を指します。彼らは批判的にものごとを考え、技術や工学を応用し、創造的なアプローチで現実社会に存在する問題に取り組むようになります。もっと言えば、デザインの原則を活用して、今までになかった問題解決を提案できるようになるでしょう。

今後、一体どのような子供達が育っていくのでしょう。今までの美術鑑賞は、「あー、きれいだな」という感想で終わって良かったんですね。しかし近年では、「どこが、なぜきれいなんだろう」と考える時代や社会になってきました。

これからの時代では、新しい意味や価値を作り出す知性と感性が必要になります。その役割がアートに求められている。アートは正解を求めません。脳の状態をリセットして形や色、主題、そして様々なオブジェクトの文脈と対話をします。鑑賞物に感じた「何か」を伝えるためには作品から情報を読み取り、整理し、論理的に組み立てないと言葉は出てきません。さらにそれを集団で鑑賞するとなると、他者と接続するコミュニケーションが発生するため、比較、類推、検討、分析といった領域が発達し、問題解決能力や創造的な能力が飛躍するでしょう。このように美術鑑賞とは、自身の感覚的な知識を総動員する行いなのです。

しかし、アートが目指すのは、個を差別化して対価を与える創造性だけなのでしょうか。アートとビジネスが関わる世界で問われるのは、「ひとりひとりが社会の創造者足りうるか」ということでしょう。個人の創発的な生き方と、多様で多元的なアイデンティティを認め合う社会を実現するために、単なる「美術」や「ビジネス」を超えて、新しい個人と、新しい社会を生み出すための実践が求められているのです。

ここがポイント

・AI、5G、VRなどテクノロジーの発達により、美術鑑賞含め様々な体験は変化していく
・「新たな分野を作り出してビジネスに結びつけること」など、アートシンキングに関係する様々な力がビジネスの第一線で求められている
・ビジネス側でアートが注目され、色んな企業がアートに関連する協賛事業や事業開発を推進している
・世代ごとに知識や認知能力が上がっており、それは、漫画やデバイスの進化を見ても明らか
・これからの時代では、新しい意味や価値を作り出す知性と感性が必要になり、その役割がアートに求められている

企画:阿座上陽平
取材・デスクチェック:BrightLogg,inc.
編集:鈴木雅矩
文:小泉悠莉亜
撮影:戸谷信博