2023年4月26日、三菱地所が運営するオープンイノベーションコミュニティ「The M Cube」が主催する「Founders Night Marunouchi vol.49」を実施しました。
このイベントは、スタートアップの第一線で活躍する経営者の経験から学びを得るもの。
今回ご登壇いただいたのは、株式会社バイオーム代表取締役の藤木庄五郎さん。同社は生態系の保全と経済の成立を同時に実現するための仕組みづくりを進めています。その一つが、現実で出会った生き物を集める、いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」の開発・運営です。
学生時代から「生物多様性の保全」について考え、研究を続けてきた藤木さん。どのようなきっかけで起業に至ったのでしょうか。また同社の活動を通して、どのような世界を実現したいと考えているのでしょうか。
モデレーターを務めたのは、The M Cube運営統括の旦部聡志です。
INDEX
・生物多様性の現状と、世界や日本の取り組みとは?
・生物多様性の危機をビジネスで解決したい
・AIの活用で、写真を撮るだけで誰でも生物調査ができるように
・生物多様性の可視化を目指し、世界に拡大へ
生物多様性の現状と、世界や日本の取り組みとは?
SDGsが掲げるゴールの一つにも含まれる「生物多様性」。国連報告書によると、現在約100万種の動植物が絶滅の危機に直面しており、何らかの対策がない限りは数十年のうちに絶滅してしまうと言われています。
その状況を受け、日本では生物多様性の損失を防ぐために20の目標を定めた「愛知目標」が2010年に設定されました。しかし「遅くとも2020年」に達成すると掲げられていた同目標のうち、達成されたのは全体の一割のみだったといいます。
2022年にはその後継となる目標として、2030年までの世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が新たに採択。2050年のビジョンを「自然と共生する社会」とし、そのためのゴールや2030年までのミッション、具体的な目標などが記載されています。
また新たな行動目標「30by30目標」も設置され、日本を含むG7の各国が2030年までに陸域と海域の30%以上を保全することを約束しています。
同枠組みが採択された、カナダ・モントリオールでの生物多様性条約締約国会議に参加していた藤木さん。会議について振り返り、採択されたときの想いについて語りました。
株式会社バイオーム 代表取締役の藤木庄五郎さん
藤木さん「印象的だったのは、『これがラストチャンス』という言葉が何度も飛び交っていたことです。環境用語で、ある一定の転換点を過ぎると一気に拡がってしまう『ティッピングポイント』というものがありますが、生物多様性損失のティッピングポイントが近づいていることは間違いありません。今回の世界目標を達成しないと手遅れになる可能性もある、と多くの参加者が危惧し声を上げていました。
今回の『昆明・モントリオール生物多様性枠組』では、企業に対しても目標が定められました。生物多様性において企業の活動がもたらす影響を測定すること、それに伴い企業側の情報を開示することが目標になっています。ビジネス領域に踏み込んで目標設定がなされたことは世界的に大きな進歩ですし、生物多様性の保全に対する熱量が世界全体で上がってきていると感じました」
生物多様性の危機をビジネスで解決したい
藤木さんが起業を決意したのは大学生の時。京都大学で生物多様性の保全手法について研究をする最中、ボルネオ島を訪れたことが契機となりました。「2年間以上にわたり島のジャングルで生活しながら、生物の調査をしていたとき、森林破壊の光景を目の当たりにしたことがその決意につながった」と、藤木さんは当時を振り返りながら、言葉を続けます。
藤木さん「博士号を取得後、すぐに起業の道へ進みました。その理由は、生物多様性保全を守るためにはビジネスの仕組みを変えないといけないと思ったからです。
そもそも森林は壊して農地にし、そこで農作物を育てたり、木を切って売ったりすることで売上を立てることができます。言い換えると、環境は守るのではなくて“壊す”方が儲かると言えます。
その事実がある以上、研究活動だけを貫いても、最終的に生物多様性の保全を実現することは難しいのではないか。環境を“守る”ことで経済が成り立つ仕組みを作らなければ、世界は変わらないのではないかと、思い始めたのです。そこで、環境保全をビジネスとして成り立たせるための取り組みを始めよう思い、会社を立ち上げました」
2017年、京都大学発のベンチャー企業として株式会社バイオームを設立。生物の情報をビッグデータとして集める、いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」を開発しました。
アプリを使用する人々に訪れた場所で見つけた生き物を投稿してもらうことで、あらゆる場所におけるリアルタイムな生物の情報が集まります。その連なりを通じて、日本における生物多様性の可視化を目指しています。
AIの活用で、写真を撮るだけで誰でも生物調査ができるように
同アプリの特徴の一つは、ユーザーがアプリを通して生き物の写真を撮るだけで、それらの名前や情報が分かること。それを可能にするのがAIの技術です。生き物にあまり詳しくない多くの一般の方にとって、見つけた生き物の名前がわからなければ愛着や興味も湧きづらく、また正確な情報も集まりません。藤木さんは開業した当初から、AIを活用して誰にでも生き物の調査ができるようにすることを念頭に置き、サービスの開発を進めてきました。
ただ、今後は日本だけではなく、世界へと活動の幅を拡大していきたいと語る藤木さん。課題の一つは「いかにAIをうまく活用するか」だと話しました。
藤木さん「AIは機械学習モデルを構築するための『学習データ』を作る、もしくは集めてこないと育ちません。
今後のグローバル展開も見据える上では、これまでのように国内だけでなく、世界中の生物のデータを収集し、学習させなければならなくなります。膨大な量のデータをどのように集め、効率よく学習させていくのか。そのための技術開発にどれほどのコストやリソースを費やすべきかを含め、検討しているところです」
藤木さんの話を踏まえ、会場では参加者から「AIにデータを集めてもらうという考えはないのか?」という質問が上がりました。藤木さんはうなずきながら、その可能性について言及しました。
藤木さん「たとえば、世界中の人々が撮影した動画からAIを活用してデータを収集し、様々な地域の生物に関する調査をするなど、その方法はいくつかあると考えています。人の手だけに頼らず、情報収集にもAIを活用することで、集める負荷を下げつつもより多くのデータを収集できる状態を作れるかもしれない。そのための可能性や方法も模索しているところです」
他にも、「生物多様性においてもカーボンプライシングのような仕組みが今後生まれる可能性はありうるか」「生物の音声が聞こえるような機能追加は考えていないのか」など、いくつかの質問が上がりました。同社の環境問題への姿勢やアプリの機能開発など、様々な話題について意見を交わし合う時間となりました。
生物多様性の可視化を目指し、世界に拡大へ
2023年4月からは、バイオームとTMIP、三菱地所株式会社、株式会社竹中工務店、戸田建設株式会社、日本アイ・ビー・エム株式会社の有志社員と協同で、市民参加型の生物調査イベント「丸の内いきものランド」を開催。
■参考資料
「丸の内いきものランド」開幕!東京丸の内でスマートフォンアプリを用いた市民参加型の生物調査を開始 | TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)
バイオームとTMIPは、街を訪れる人々にアプリを通じて生物の情報を収集してもらうことで、街の生物多様性の可視化やデータへの変換を目指しています。
藤木さん「最初にこの企画のお話をいただいた際、率直に大変先進的な考えを持っていると思いました。企業が生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる『ネイチャー・ポジティブ』に取り組める環境を、丸の内を起点に構築したいと相談を受けたことから、そう強く感じました。
丸の内いきものランドが成功すれば、地域価値を高めるための政策をはじめ、様々な取り組みのベースとなるデータを豊富に集められるはずです。7月まで開催しているので、ぜひ多くの方にご参加いただきたいです」
当日は「丸の内いきものランド」のパンフレットも配布された
最後に藤木さんは同社の活動に関する今後の展望を語り、イベントを締めくくりました。
藤木さん「Biomeについては、より多くの企業が活用できるプラットフォームへ成長することを目指しています。リアルタイムで生物の変化を追えるようにしていき、企業側がそこで得られた情報を、自社の取り組みに活用していけるようにしていきたいです。
また、より多くのユーザーの方に私たちの理念やサービスを知っていただき、利用してもらうための活動も積極的に行っていきたいです。あわせて、既存のユーザーの方がより気軽に生き物の情報を投稿しやすくなるためのアップデートも、引き続き進めていきます」