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「泥臭く丁寧に」が一番の定石、ユーザベースが考える採用ブランディングを成功させる秘訣

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労働人口の減少や働く理由の多様化もあり採用の難易度は上がっている上に、採用戦略の“銀の弾丸”と呼べるものもない。言わずもがな、企業の成長を作り、イノベーションを生み出すのは「人」だ。このような時代において、採用の生産性をどう上げていけば良いのか? 頭を悩ませている経営者や担当者は多いだろう。

解決策のひとつに採用ブランディングがある。商材をPRするように、メディアやSNSを使い、自社そのものを採用者に売り込む手法だ。今回は、数ある事例の中で株式会社ユーザベースのケースを紹介したい。ユーザベースは「NewsPicks」や「SPEEDA」などのプラットフォームを運営する会社で、採用ブランディングには業界内で定評がある。

同社はどのような施策を行なっているのか。コーポレート本部のブランディングチームマネージャーを務める山田聖裕氏と、「SPEEDA」のカルチャーユニットでマネージャーを務める栄周平氏にお話を伺った。

INDEX

事業毎の採用ブランディングや「原則の経営」、ユーザベースの採用を支える独自の文化
スカウトメールに採用コンテンツをリンクした結果、スカウト返信率が1.5倍に
焦らず丁寧に、ユーザベースが考える採用メディア運用の秘訣
ここがポイント

山田聖裕
コーポレート本部 ブランディングチームマネージャー/UB Journal 編集長
1982年福岡生まれ。2005年に株式会社はてなに入社しユーザーサポートや編集部、マーケティング・PRを担当。2015年、株式会社ユーザベースに参画。2018年よりオウンドメディア「UB Journal」を立ち上げ、編集長も兼任する。

栄周平
SPEEDA カルチャーユニット マネージャー
エージェント、事業会社でのHRなどを経て、2019年、ユーザベースに参画。SPEEDA事業の人事部門、カルチャーチームのマネージャーを務める。

事業毎の採用ブランディングや「原則の経営」、ユーザベースの採用を支える独自の文化

ユーザベースの特長的な思想として、NewsPicksやSPEEDAなど、事業毎の採用がある。一般的な企業では全社一括での採用を行っているが、同社では「全員採用」を掲げ、事業ごとにいる採用担当と現場のメンバーが二人三脚を組んで、採用プランを動かしているという。採用ブランディングについても同様に、事業ごとに進めているそうだ。なぜこのような体制に行き着いたのか。

山田「ユーザベースでは『チーム経営』という経営スタイルをとっていて、事業ごとにPL/BSを分け、責任を果たしさえすれば、CEOや執行役員が自由に意思決定できる体制をとっています。採用でも同様で、SPEEDAという事業がどういうチームをつくりたくて、採用の入り口でどう認知してもらいたいかを実現することが大事です」

「同じホールディングスに入っていても、事業が異なればミッション・ビジョンは変わります。同様に、同じグループだからといって全社一括で採用ブランディングをしてしまうと、候補者に伝えるイメージがブレてしまいますし、インナーブランディングも解像度が低くなってしまう。新メンバーのバリューマッチが円滑に進まなければ、入社後のミスマッチは避けられません」

山田「採用は事業を伸ばす一番のアクセルだと思っています。私が所属するコーポレート本部は全社最適を考える部門なので、まずメイン事業のSPEEDAで採用ブランディングの型をつくり、他事業にも展開していきたいと考えスタートしました」

事業毎の採用ブランディングを行っている同社だが、グループ全体で共有する行動指針もあるという。それが「採用の3つの誓い」だ。

「3つの誓いとは『バリュー、ミッション、スキルの順で判断する』『自分を超えそうな人を採る』『合否決定を他責にしない』こと。特にミッションとバリューは重視していて、正しく解釈してもらうためにカジュアル面談を複数回実施することもありますし、スキルが高くポジション的に緊急度が高くても、バリューが共有できそうにない人は採用を見送っています

もちろん揺らぐ時もあるんです。スキル的に申し分ない人に接すると、『あのポジションが求める業務要件は満たしているんだよな』と葛藤したり。でもそこは心を鬼にして譲らないようにします。求人を依頼してくれたチームの方には『ぜんぜん採用仕事が進まない』と思わせてしまっているかもしれません」

山田「なぜここまでミッションとバリューを重視するかというと、創業時から今に至るまで失敗を繰り返してきたからです。創業時のユーザベースには明文化されたミッション・バリューがありませんでした。社員数30名ぐらいの時に組織が崩壊しかけました。そこで、それまで大事にしていたミッション・バリューを『7つのルール』と『31の約束』として明文化したことで会社の雰囲気も変わり、全員が前に進めた原体験があると聞いています。

それに、バリューマッチしない人を採用しても結局うまく活躍できず、お互いがハッピーな結果になりにくいんですね。『採用の3つの誓い』も、ミッション・バリューへの共感度をあまり強く見極めずに、スキルマッチで採用していたケースの反省から生まれました。エントリーマネジメントが上手く機能していなかったという反省が社内に根付いています」

同社ではミッションとバリューに紐付いた経営を「原則の経営」と呼び、社員の自主性を重視しているという。

「COOの稲垣は、ユーザベースの組織戦略を『原則の経営』と呼んでいます。これはミッションやバリューを『原則』として、それ以外の部分では各々の社員に行動を任せる考え方です。基本的に『異能は才能で、他人の自由を阻害しない』というのが私たちの信条です」

山田「この思想が生まれたのは創業当初のことだと聞いています。ユーザベースの共同創業者は3名で、そのうちの稲垣(裕介/現COO)はエンジニア、もうひとりの梅田(優祐/現CEO)はビジネスサイド出身でした。当時は就業スタイルの違いからコンフリクトが発生したようです。エンジニアは大規模データベースのバッチを走らせるため、深夜にも長時間の作業が発生します。だから昼過ぎに出社することもある。一方ビジネスサイドは『朝9時に出社するのが当たり前じゃないか』と。そこで衝突が生まれてしまった。

その時、創業者達はお互いの景色を説明し、なぜやるのか、やらないとなぜ困るのかをすり合わせた、『○○でなければいけない』というルールにするのではなく、根底にある原則を言語化したそうです。ルールは人を縛るけど、原則は人を自由にする。そのカルチャーが今もしっかり生きています」

スカウトメールに採用コンテンツをリンクした結果、スカウト返信率が1.5倍に

原則による自由を重視し、事業毎に採用を進める同社。次はより具体的な施策を伺おう。2019年、SPEEDAの採用において、大きな効果を発揮したのがオウンドメディア「UB Journal」だ。メディアを運用し始めた結果、スカウトの返信率が改善し、面接の質も向上したという。なぜ目覚ましい成果が出せたのか。

山田「『UB Journal』では当初、タレントプールをつくることを目的に、カジュアル面談や会社説明会にどれだけ有効リードを送り込めるかを追いかけていました。でもこれは機能しませんでした。『カジュアル面談の参加者を増やしたい→バズる記事をつくりたい→働き方をフィーチャーした記事をつくる』という考え方になってしまって、本当につくりたい記事をつくれなかった。またそういうライトな記事から来る候補者はやはりライトな層になってしまいがちだったので、『これは違うぞ』と」

「その頃に私が入社しました。メールの文面やジョブディスクリプションも含めた採用プロセスの見直しを進めていたのですが、採用プロセスにおいて、社内の様子を伝えてくれる記事はとてもありがたかった。そこで山田と話す中で、『選考に参加してくださる方と面接官が有意義に時間が使えるよう、認識や理解のされ方と実態のギャップを丁寧に埋めていくこと』を重視する方針に切り替えました」

山田「方針転換に合わせて、PVやリードの数は追いかけないようにしました。というより、絞らざるを得なかったというか。私たちのミッションは『経済情報で、世界を変える』というものでそもそもすごくニッチですし、事業のストーリーは固い内容になるので、読む側にも熱量がいる。PVを取りづらいんです。でも私たちが本当に伝えたかったのはその部分でした。

加えて、面接担当者の負担も減らしたかった。面接では毎回冒頭に、今の事業がどういうフェーズか、なぜあなたの力が必要なのかといったことを候補者に伝えます。けれど毎回繰り返すのは負担になるし、時間的なリソースも勿体無いですよね。候補者目線で見た時にも、採用プロセスを有益な時間にしたかった。そういうメッセージを伝えるには、メディアを使うのが最適です」

「採用活動に必要なコンテンツパッケージを作るにあたり、山田を含めた編集部とは徹底的に方向性を詰めました。候補者に伝えたいメッセージは何か、誰を登場させるか、どういうストーリーにするか。ユーザベースのファーストインプレッションを決めますし、応募から面接、そして入社後の活躍・定着の布石になります。だからこそ、飾らずに、事実で勝負することと思っていることをオープンに伝えることを心がけました。

『UB Journal』と採用活動の連携強化は2019年の5月頃からスタートしましたが、記事リンクをスカウトメールに付けたところ、スカウト返信率が1.5倍になるケースもありました。他にも採用プロセスの見直しを並行して進めていたのでコンテンツだけの効果だと言えないかもしれませんが、肌感でも半分以上はコンテンツのおかげだと感じています。

定性的な部分で言うと、当初目的としていた面接時間の削減だけでなく、記事を読み込んで来てくれるので、初回から議論の質や熱量が上がったという声も、面接担当から聞いています。データを検証しつつ試行錯誤を繰り返していますが、効果は大きかったと思います」

山田「運用体制としては、コーポレートのブランディングチーム内に社内編集部があり、採用担当からの依頼に応じて1〜2週間で記事を公開できる体制を作っています。採用の現場ではポジションの優先度は日々変わりますし、『あの候補者が辞退されたので、やっぱりこのコンテンツの優先度を上げてほしい!』というのは日常茶飯事です。スピード感を持って現場のニーズに合わせられることが、インハウスの強みです。

もしスカウトメールから面接に進んでいただけなかったとしても、将来的に転職を考えた時に『そういえば、ユーザベースっていう会社もあったな』と喚起してもらえたら理想的ですね」

焦らず丁寧に、ユーザベースが考える採用メディア運用の秘訣

同社のように採用メディアの生産性を上げるためには、どのような心がけが必要なのだろうか? 最後に、他社でもできるTIPSを聞いてみた。

「まずは、飾らないこと。良い格好をしようとすると事実に則さない情報では読者からの信用は得られないと思っています。特に私たちの場合は、情報を扱うビジネスをしています。約束と信頼を守らなければプロダクトや、それを支えてくださっているすべての方に背くことになる。『UB Journal』を通じて発信する情報には、メディアとしての価値にも責任を持ちそこに沿って内容を精査していきました

今回の活動は、自社の社員だけでなく、協力会社様、サービスのユーザー様にもご出演いただき、編集部からの専門的なアドバイスと協力を得られなければ実現しませんでした。採用側だけの都合に合わせて、短期的な目線で公開日を決めないことであったり、自分たちの利益だけを優先しないことは言うまでもなく欠かせない要素です。採用を急ぎたいタイミングはありますが、伝えるメッセージが間違っていたり、独善的だと、望む効果は得られないどころか、多方面にマイナスイメージにもなってしまいます。一日も早く採用に効く情報を発信したい気持ちはもちろんありますが、焦らず丁寧に、チームのアドバイスと協力、事業の積み重ねがあって実現しているんだということを、採用側は常に心がける必要があると感じています。

また、採用オウンドメディアは社員ばかりインタビューして広がりがないのではと思われるかもしれませんが、私たちは、プロダクトのユーザー様に取材させていただくアイデアを思いつき、打診しました。私たちの仕事を通してどういう体験があったのかを、良いところも悪いところも含めて話していただくことで、限りなく具体的に働くイメージを掴んでいただきたかったのです。お客様の視点を頂くことで客観的になりますし、候補者の方にも信頼が得られるコンテンツにできたと思います。採用目的のコンテンツにサービスのユーザー様にご登場頂くという企画のハードルはかなり高いのですが、これ以上ないほどにリアルな情報を発信することで、理解を深め、コンテンツの広がりを生むことができました」

山田「記事の内容だけでなく、読者にどう届けるかも考えてみると良いかもしれません。私たちの場合は採用にコミットすることを主目的にしたので、バズを重視しないという選択をしました。そうするとバズやSNSはそれほど重要ではなく、スカウトメールが一番重要なチャンネルになったんです。

また、コンテンツはできるだけインハウスで内製する体制をつくったほうが良いと思います。もちろん外部のプロの方がクオリティは高いのですが、カルチャーや事業理解のベースが違うので、結果的に公開まで時間がかかります。採用は事業計画と密接に関わっているので、自分たちでコントロールできるようにした方が良い。例えライティングが未経験でも、社員が作ることで事業の肌感や課題を共有でき、採用における解像度が上がる。泥臭くやることがやっぱり大事だなと思います。

これからの採用は、待遇や条件などはもちろん、その会社がどんなカルチャーを持っているかや、どんなブランド人格であるかがますます重要視されるようになると思っています。どんな会社にも、そのチームらしい良さってあるじゃないですか。そのユニークさを伝えて、共感してくれる人と出会って、採用に至る。そういう社会が実現したらすごくいいなと思っています。私たちのカルチャーやブランドを自分たちの手でしっかり届けるために、私たちももっと頑張っていきたいと思います」

採用において、「銀の弾丸」はないものの、成功に繋がりやすい努力の方向性を決めることは可能だ。華やかに見えるユーザベースの採用ブランディングは、「届けたい人に届ける」ための地道な努力によって支えられている。同社が成果を残したように、焦らず丁寧に伝え続ければ、必ず良い結果が付いてくるはずだ。

ここがポイント

・ユーザベースは『チーム経営』を行い、事業ごとにPL/BSを分け、採用ブランディングも事業ごとに行っている
・採用では特にミッションとバリューは重視し、バリューが共有できそうにない人は採用を見送っている
・採用のためのオウンドメディアでは、飾らずに、事実で勝負しPVは追いかけない
・オウンドメディアによりスカウトの返信率上昇、面接時間の削減、候補者の議論の質や熱量上昇の効果があった
・これからの採用は会社がどんなカルチャーを持っているかや、どんなブランド人格であるかがますます重要視されるようになる

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:戸谷信博