急成長を目指すスタートアップにとって、どんな仲間を集め、どんな組織を作るかは避けて通れない問題だ。「会社が成長するために大事なことは?」という問いには経営戦略が見え隠れする。
その問いに対して、「会社の器は創業時にどれだけ大きなビジョンを描き、メンバーに権限移譲できるかで決まる」と答えるのが京都フュージョニアリング、代表の長尾 昂氏だ。
同社は核融合プラントエンジニアリング技術で「新しい産業を創る」ことをミッションとしている。
今回は大企業からVCを経てスタートアップにジョインした執行役員の世古 圭氏にインタビュー。長尾氏と共にスタートアップで活躍できる人材の特徴について語ってもらった。
長尾昂
Co-Founder & Chief Executive Officer
2019年に創業者として京都フュージョニアリングを設立。代表取締役として、ラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立上げ、戦略立案、資金調達、人材採用を推進。KF社設立以前には、Arthur D. Little Japanにて、新規事業などの戦略コンサルティング、エネルギースタートアップのエナリスにて、マザーズ上場、資本業務提携、AIを活用したR&D等を主導。
京都大学 協力研究員。京都大学 修士(機械理工学)。
世古圭
Vice President & Head of Business and PR & Marketing
2021年4月より執行役員として京都フュージョニアリングに参画。KF社では事業全般・資金調達・PR&マーケティング等を管掌。KF社参画以前は、三菱商事にて約10年間、海外JV設立やクロスボーダーM&Aを含む多数の事業開発や戦略投資を実行。MBA取得後、国内有数のVCであるCoral Capitalにてディープテック領域を中心に当社への投資も含む複数の投資を実行。
東京大学 修士(物理工学)、欧州MBA(IE Business School)。
INDEX
・「見えない未来」を見るために、大手商社からスタートアップ投資の世界に
・事業ミッションにコミットするため、投資先の会社へ
・「ゼロから創ることにワクワクできること」スタートアップで活躍できる人材
・広がるスタートアップの可能性。これから大企業出身者が増えていく
・スタートアップも大企業も変わらない。根源にあるのは「産業を創る」という想い
・ここがポイント
「見えない未来」を見るために、大手商社からスタートアップ投資の世界に
――世古さんはもともと三菱商事にいらっしゃったそうですが、新卒で商社に入社した背景を聞かせて下さい。
世古:私は小さな頃からサイエンス少年で、大学・大学院でも物理工学を学んでいました。サイエンスやテクノロジーには世界の半分を動かす力があると感じた一方で、残りの半分を動かしているのは人やお金、政治などテクノロジー以外の力であることも実感しました。
研究とは違う世界を見てみたいと、就職活動では、そのテクノロジー以外の力学をグローバルで働かせている会社を探していました。それが商社だったのです。
――なぜそれまで学んできたテクノロジー以外の道に進もうと思ったのでしょうか。
世古:ひとつは研究をしていく中で、お金の重要性を身に沁みて感じたこと。当たり前ですが、お金がなければ研究はできません。それなら自分でお金を動かせるようになりたいと思ったのが大きな理由です。
加えて、私は研究室に籠もって一人で研究するよりも、みんなで力を合わせて成果を出すのが好きなタイプ。そのまま研究の道を進んでも、尊敬する教授たちのようなレベルには達しないだろうとも思い、もっと組織の力を活かせる仕事がしたいと思ったのです。
――商社時代の仕事について教えて下さい。
世古:商社では食に関する仕事していました。入社2年目からは海外でジョイントベンチャーを立ち上げる仕事に携わり、東南アジアに日本のビジネスモデルを移植する仕事をすることに。これがきっかけとなりグローバルで働く面白さを感じていきます。
しかし、10年ほど商社で働き、海外で生活もしていた中で、ふと「自分が本当にやりたいことってなんだろう」と考えるようになりました。確かにグローバルでの仕事も面白かったですが、私が本当にやりたいことを突き詰めると「100年先の未来を作る仕事をすること」だという結論に至りました。
商社は5年後、10年後の未来を作る仕事はできても、100年先の未来を作る事業には投資しません。そこで、次のチャレンジとしてVCに転職しました。
――なぜ次のチャレンジがVCだったのでしょうか。
世古:「見えない未来」を見たいと思ったからです。ありがたいことに、商社ではトレーディングから事業投資、事業経営とやりたい仕事は一通り経験させてもらいました。そのおかげで、商社の事業やあり姿、自分のキャリアがクリアに見えていました。。
もっとワクワクするには、自分が予想できない世界に行くしかないと考え、辿り着いたのがスタートアップの世界。世界をひっくり返すようなスタートアップに投資して、見えない未来を見てみたいと思ったのです。
事業ミッションにコミットするため、投資先の会社へ
――VCでは京都フュージョニアリングの担当をしていたんですよね。なぜ投資する側から投資先へジョインしたのか聞かせて下さい。
世古:経営陣のビジョン、そして事業のミッションに惚れたからです。担当として初めてミーティングをした時、話が盛り上がって2時間も話したのですが、その間ずっと鳥肌が立っていました。「なんてワクワクする事業なんだろう。自分もライフミッションとして携わりたい」と思って。
無事投資し終えた後、2020年末に翌年の1年の目標を考えている時に、VCとしての仕事を考える傍らでどうしても京都フュージョニアリングのことが頭から離れなくて……。長尾さんに「一度ゆっくり話しませんか」と連絡しました。
――世古さんから連絡をもらった時、長尾さんはどう思いましたか?
長尾:私も世古さんと一緒に全力で働きたいと思っていたので嬉しかったですね。当時は人を募集していなかったとは言え、私たちはスタートアップ。優秀な人ならいくらでも経営者候補としてほしいもの。私も最初に世古さんと話した時から、直感的にうちの会社に入って欲しいと思いました。
――世古さんはVCとして、社外取締役として関わる選択肢もありましたよね。VCを辞めてまでジョインした理由を聞かせて下さい。
VCとして経営に関わるのと、正式にジョインするのとでは全く意味が違います。社外取締役では外から口を出しているだけ。それでは経営とは言えません。どうしても、自分で事業にコミットしたいと思い、VCを辞めてジョインすることにしました。
「ゼロから創ることにワクワクできること」スタートアップで活躍できる人材
――長尾さんが採用の際に意識していることはありますか?
長尾:私が多くの会社を見て思ったのは「会社の器は、創業時にどれだけ大きなビジョンを描き、メンバーに権限移譲できるかで決まる」ということ。そのため、最初の30人は特に重要。優秀な30人を最初に採用できれば、その後はスムーズに成長できます。
だからこそ最初の30人は妥協なく採用していて、特に求めていたのが大企業の人材。その背景には私たちの会社の特殊な事情も関連しています。
私たちはいわゆる「ディープテックスタートアップ」。社内にはアカデミア出身の人材が多く、教授が4人、博士は12人を超えています。彼らは特定の分野ではとてつもなく高い能力を発揮しますが、一方で周りと力を合わせてビジネス開発を進めた経験を多く持つわけではない。
そこで重要なのが大企業人材。彼らはチームワークを重視し、学者のような「能力が尖った人材」を適切にまとめて、事業を推進するのに長けています。組織が30人から100人、300人と成長していく時を考えて、大企業人材を注力して採用してきました。
――大企業の方でもスタートアップで活躍できるんですね。
世古:もちろんです。よく「大企業よりスタートアップは成長できる」と言われますが、本気で仕事している人なら成長スピードは変わりません。ただし、どの能力を成長させるかが違うだけ。スタートアップは特定の能力に特化して成長する傾向があるため目立ちますが、大企業では様々な能力をバランスよく身に着けているため調整力に長けているんです。
あえて絞るとすれば、そのような調整力に加えて、自主性や既存のルールを破る力を持っている人はスタートアップでも活躍できると思います。
――とは言え、スタートアップは大企業に比べて安定はしていませんよね。飛び込むのは怖くなかったですか?
世古:例えば私のように、VCやスタートアップを経験した人は、大企業だけを経験している人よりも市場価値が高まります。つまり、「やっぱり大企業の方がいいな」と思ったら、すぐに戻れる自信があるので全然怖くありません。
今は大企業に戻る気はありませんが(笑)。
――世古さんは商社での同僚を何人か、京都フュージョニアリングに連れてきたと聞いています。どのように会社の魅力を伝えたのか教えて下さい。
世古:一番重要なのは、私自身がワクワクして働いているかどうかだと思います。話す姿にエネルギーがあれば、話す内容というのはさほど重要ではないのではないでしょうか。
強いて言うなら、経営陣や技術陣がいかにすごいかは強くプッシュしました。優秀な人にとって、優秀な人やすごい人と働けるのは何よりもの福利厚生。加えて、グローバルで働けることも商社の人には響くと思います。元々商社パーソンはグローバルで何百億円、何千億円というビジネスをやっているので、その規模感でかつ未来を創る仕事というのはやっぱり魅力的だと思います。
――どのような人ならスタートアップでも活躍できると思って声をかけたのでしょうか。
ゼロから作り上げていくことにワクワクできる方です。例えば「仕事がちゃんと引き継がれていない」と怒るような人はスタートアップには向きません。「引き継ぎされてないなら、ゼロから自分で作ってしまおう」という方ならスタートアップでも活躍できるでしょうね。
実際に私が声をかけたのは、優秀なのは当然の上で、そのようなバイタリティがある方たち。「VCで何百社も見てきた世古が、そこまで勧める会社なら何かあるはずだ」とジョインしてくれました。
広がるスタートアップの可能性。これから大企業出身者が増えていく
――今後、大企業からスタートアップにチャレンジする人は増えていくと思いますか?
長尾:増えていくと思います。今の40代の人たちが社会に出た当時というのは、優秀な人にとって「大きなことをするなら大企業、面白いことをするならITベンチャー」しか選択肢がありませんでした。そのため、グローバルで働きたいと思った人は、外資系に行くか大企業に行くしかなかったのです。
しかし、今は状況が違います。日本発で世界を変えるようなデカコーンを作ろう、という気風もあり、スタートアップでもグローバルな仕事ができる可能性が十分にあるのです。「スタートアップでも大きなことができるなら」と、大企業からチャレンジする人は増えるのではないでしょうか。
――本人がチャレンジしたくても「パートナーブロック」に代表されるように、周りの環境でチャレンジしづらい方もいると思います。そのような場合の対策があれば教えて下さい。
世古:元投資家の身から言わせてもらいますと「パートナーブロック」がある場合は、投資家から企業の安全性や将来性を説明してもらうのがいいと思います。スタートアップがいくら「私たちの会社は安全です」と言っても信用できませんよね。第三者に話してもらうだけでも、納得感は大きく違うと思います。
ただし、高確率で給料が下がってしまうのは事実です。家族と仕事、どっちを優先するか決断しなければいけません。それはライフステージによっても違うと思います。私も今は仕事が一番大事ですが、将来は家族を優先するかもしれません。
その時の状況によって、自分が何をすれば一番ワクワクするのか、将来後悔しないか考えて決断すると良いのかなと。
スタートアップも大企業も変わらない。根源にあるのは「産業を創る」という想い
――大企業、スタートアップの良さをそれぞれ教えて下さい。
世古:私は漫画の「ONE PIECE」が好きなのですが、スタートアップはまさに麦わら海賊団。自分達が主役です。船長がいて、個性的な仲間を集めて世界をひっくり返す。それがスタートアップの醍醐味だと思います。一方で大企業は海軍本部か四皇。決してスタートアップと敵対しているわけではないですし、実際に社会を回しているのは大企業です。
根本的にはどちらも同じだと思います。今の大企業だって数十年前はスタートアップだったのですから。「産業を創るぞ」という想いを胸に、数十年続けてきた結果が今の大企業です。ステージが違うだけで、大企業もスタートアップも変わりません。
――「産業を創る」とはどういうことでしょうか?
世古:産業を作っていくとは、日本がこれから世界でどう戦っていくか考えること。そしてその選択肢はそう多くありません。今後、日本が世界で勝つには「観光」か「ディープテック」しかないでしょう。
そして、私たちが取り組んでいる核融合は過去数十年に渡って積み重ねてきた研究開発と、日本が誇るものづくりの技術を応用したもの。これまで日本が積み重ね、世界最高レベルにあるものだからこそ、世界に勝てる見込みが大きくあるのです。
長尾:「産業を創る」とは社会の要請からくるものです。単に「私たちがやりたい」ではなく、世の中に求められているものでなければ産業としては成り立ちません。
そして産業として成立させるには、私たちだけが成長しても意味がないのです。これまで研究開発をされてきた先輩への感謝とともに、私たちと一緒に戦ってくれるパートナー全員が豊かになれるような構造を作れたら初めて産業になったと言えるでしょう。
――今後、京都フュージョニアリングが産業を作っていくために、必要なものを教えて下さい。
長尾:志を持った「人」です。私一人ができることには限界があり、最後は志を持って活動できる人が何人会社にいるか、そういう人たちが躍動できる環境を整えられるかで、勝負が決まると思います。
私たちと一緒に戦ってくれると決断した人たちが、最後まで楽しく働けるような会社を作っていきたいですね。色々話しましたが、今もまだ正社員は20人。これから100人規模の会社になるための中核となるメンバーも引き続き募集中です。
ここがポイント
・会社の器は創業時にどれだけ大きなビジョンを描き、メンバーに権限移譲できるかで決まる
・三菱商事からVCを経て入社した理由、経営陣のビジョン、事業のミッションに惚れたから
・スタートアップは優秀な30人を最初に採用できれば、その後はスムーズに成長できる
・「ディープテックスタートアップ」には「能力が尖った人材」をまとめて、事業を推進するのに長けていている大企業出身者が求められる
・本気で仕事している人なら成長スピードは大企業もスタートアップも変わらない
・スタートアップでもグローバルな仕事ができる可能性が十分にある
・世の中に求められているものでなければ産業としては成り立たない
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:小池大介