イノベーションは新たな発想から生まれる。しかし、個々が交わることがなければ新たな発想は生まれない。文化の飛躍には異質な誰かとの交流が必要だ。コワーキングスペースやシェアオフィスは交流ニーズに対応する形で、その数を増やしている。
三菱地所も次世代を担うイノベーションを創出するため、大手町周辺にコラボレーションプラットフォーム「EGG JAPAN」「Global Business Hub Tokyo」「Inspired.Lab」「FINOLAB」を運営している。今回はオフィス入居者の中から、宇宙ビジネスを提供する株式会社スペースシフトの金本氏を紹介したい。
INDEX
・衛星ビジネスでできること、不断の広域データ取得で産業の動きが変わっていく
・サプライチェーンの最適化も可能に、衛星ビジネスが注目される理由とは
・本は読まない、人に会う。一次情報がビジネスを作る
・ここがポイント
金本成生
スペースシフト 代表取締役
学生時代にIT企業を起業。 その後米国で就職、日本法人立ち上げに携わる。 IT系上場企業などで国内外間のコンテンツ権利の流通やIT技術のビジネス応用コンサルタントに携わった後、2009年にスペースシフト設立。
衛星ビジネスでできること、不断の広域データ取得で産業の動きが変わっていく
スペースシフトの事業は、衛星データ解析ソフトの開発だ。解析対象は人工衛星が収集したデータで、光学衛星が撮影した画像や、SAR衛星(マイクロ波を地上に射出して観測を行う衛星)が取得した地表情報、衛星に設置された赤外線カメラの情報などが含まれる。
中でも注目されているのはSAR衛星で、地表に雲がかかっている状態や、夜間でも観測が可能だ。この特性を利用すれば、世界中の地表の様子を24時間モニタリングできる。これは従来の光学衛星ができなかった大きな進歩だ。
24時間のモニタリングが可能になれば何ができるのか。データの用途は、船舶の位置確認、地盤の隆起・沈下の観測、鉱山の産出量調査、農地や都市の開発状況の把握、海底油田の探索など多岐にわたる。また、縦・横・高さの3Dデータが取得できるので、石油タンクの貯蔵量調査や、農地にある作物の生育状況もモニタリングできてしまう。
このように安全管理やインフラ開発、製造業など、さまざまな業界・用途に対応できるため、衛星データの活用は今後大きく成長する産業だと目されている。
サプライチェーンの最適化も可能に、衛星ビジネスが注目される理由とは
スペースシフトの創業者 金本成生氏は、2009年に株式会社スペースシフトを創業して以来、一貫して宇宙ビジネスに携わっている。この事業の萌芽は幼少期に培われていた。
金本:宇宙に興味を持ったのは小学2年生の頃です。当時、ハレー彗星がやってきてから本を読むようになり、将来は天文学者になることが夢でした。大学では情報工学を学びましたし、その後もエンジニアとしてキャリアを積みましたが、宇宙に対する興味はずっと持ち続けてきたのです。
宇宙ビジネスへ舵を切ったのは、ちょうどスマホが普及するかしないか、のタイミングでした。スペースX社でイーロン・マスク氏がロケットを打ち上げているニュースを見て、自分なら何ができるだろうと考え始めて。学生時代にはAIを学んでいたし、SAR衛星も民間ベースで実用化が進んでいたので、AIを用いた衛星データの解析なら勝算はあるだろうと。
今では会社も11期目になりましたが、創業当時はアメリカのプラネット社が衛星データの活用を始めた時期で、国内に競合はほとんどいませんでした。
創業当初、宇宙ビジネスは発展途上領域だったが、最近では成長産業として大きな注目を集めている。宇宙ビジネス全体の市場規模は全世界で37兆円、このうち衛星関連サービスは38%を占め、衛星関連の市場規模は約14兆円と試算されている。
なぜこれだけ大きな市場規模が生まれているのか。衛星データ活用がビジネスに与える影響を伺った。
金本:さまざまな活用法がありますが、たとえば自動車工場の駐車場にある在庫を定点観察すれば、大まかな生産量が分かり、パーツサプライの生産量予測が成り立ちます。
次はキャベツ農場を例にしてみましょう。調味料メーカーが回鍋肉の素を売る場合、CMはキャベツの出荷時期と連動させなければいけません。従来は例年の出荷スケジュールを参照していましたが、キャベツの育成状況を観察すれば、いつCMを流すかを正確に判断できます。
そのほかにも、車や人の動きをモニタリングすれば、交通システムを改良できますし、河川の変化を見れば治水に役立てられます。地表の変化をつぶさに観察でき、さまざまな産業の稼働状況が分かるので、株価や先物取引の予測にも活用できるはず。
衛星データ解析技術が普及すれば、将来的にはサプライチェーンの最適化もできるようになるでしょう。先ほど例に挙げた自動車業界では、鉄鋼石の採取、製鉄、自動車製造、輸送などさまざまな産業が関わっています。関連業界はお互いに依存関係にあり、受発注のデータを見ながら稼働状況を調整していました。衛星データを活用すれば、鉄鋼石の産出量や自動車の生産量などが高い精度で分かります。関連各社は最適な経済活動ができるので、余剰在庫やコストの削減ができ、社会全体の無駄を無すことができます。
金本:他にも、この写真はNASAが運用する衛星から捉えた、夜間活動の変化が分かる画像です。3月15日に比べて、非常事態宣言後の4月8日の夜の街明かりが暗くなっている様子がわかります。
このような世の中の変化とSAR衛星から捉えた地上の変化を組み合わせて、経済活動の変化を読み解くAIの開発も進めています。
金本氏は衛星インフラが整うまでの時間を5〜10年と予想している。従来の自由経済は無駄な動きも多く、環境負荷が高かった。衛星データの解析技術は、さまざまな社会課題を解決するソリューションになるかもしれない。
本は読まない、人に会う。一次情報がビジネスを作る
もし宇宙に興味を持ったなら、ロケット工学や宇宙飛行士を目指す人は多いだろう。衛星データの活用はなかなか思いつかないアイデアだ。金本氏は学生時代にITベンチャーを起業した生粋の経営者タイプだ。彼は起業のヒントをどこから得ているのだろうか。
金本:好きなことを見つけたら「これをどうすれば仕事にできるだろう?」としつこく考えて続けてきました。加えて、その周囲の領域にも手を伸ばしています。課題解決の際に、単一の分野・業界でできることは限られています。分野を横断しないと好きなものは活かせません。
そのために僕は人によく会います。いろんな人と会って、いろんな人と話しています。本はほとんど読まなくて。書かれているのは過去なので、これから誰が何をしようとしているかは分かりません。変化を起こしているのは人ですし、一次情報を生み出すのも人です。情報を集めれば、時代がどう進むかが見えてきます。
人に会う方法は、交流会やイベント、飲み会などさまざまだが、金本氏は異なるコミュニティに参加することを意識している。
金本:自分の仕事とは別のコミュニティに参加することが多いですね。年齢が上がると付き合いの幅も狭くなりがちですから、意識的に広げていきたい。いろいろな場所に首を突っ込むのが好きですし、参加していれば発見もあります。友達がバーイベントを開いた時に、僕はカウンターに入って接客していました。最初は向いていないと思っていましたが、やっているうちに楽しくなったので、今では接客が向いていると思っています。ひとりでいると、「自分はこうだ」と決めつけることも多くなるけれど、いろんな人と接した方が可能性は広がると思いますよ。
そういう風にさまざまな人と会うと、不思議なことにみな同じようなことを考えているんです。立場や役割は違いますが、置かれている社会は同じなので、「どうするべきか」は似通ってくるのだと思います。
イノベーションを起こすリーダーは半歩先を歩いていると言われますが、それは、2〜3歩先が見えているからでしょう。「理想はこれがやりたいけれど、時期尚早だから今はあれをやろう」と判断してるのだと思います。成果を残すリーダーの多くは気づいて、やり始めたら、やめません。結果論にはなりますが、やり続けていれば時代が追いついてくることもありますから。
では、金本氏自身はどのような未来を見据えているのだろうか。最後に、事業を通して実現したい世界を聞いてみた。
金本:これは「なったらいいな」ですが、最終的には市場原理を無くしてみたいですね。衛星データを活用すればサプライチェーンの最適化ができるので、業界間の無駄な駆け引きを減らせます。大義を掲げるわけではないのですが、衛星データにどのような価値があるのかを突き詰めたら、こう考えるようになりました。
アダム・スミスは「神の見えざる手」を提唱し、個々人が私利を目指せば社会全体の利益が達成されると説きました。しかし、それではあまりに無駄が多い。経済を回し、生きていくためには食料や資源が必要です。けれど現状システムでは廃棄物も多く、希少なものは高価になってしまいます。その課題をデータで解決したい。
テクノロジーの発展は目覚ましく、理論上、人間に解けない課題をAIが解決することも可能になりました。決して無理な話ではないので、実現を目指していきたいです。
衛星データの解析という先進ビジネスを行いながら、金本氏はさらにその先を見据えていた。今回は聞けなかったが、頭の中にはさまざまな分野の未来予想が詰めこまれているに違いない。金本氏がこの先どのような事業を生み出していくのか、今後の動きに注目したい。
ここがポイント
・衛星データを解析することで、石油タンクの貯蔵量調査や、農地にある作物の生育状況もモニタリングできる
・金本氏が宇宙ビジネスへ舵を切ったのは、AIを用いた衛星データの解析なら勝算はあるだろう思ったから
・衛星データ解析技術が普及すれば、将来的にはサプライチェーンの最適化もできるようになる
・課題解決の際に、単一の分野・業界でできることは限られている。分野を横断しないと好きなものは活かせない
・いろんな人と接した方が可能性は広がる
・最終的には市場原理を無くしてみたい
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:戸谷信博