TO TOP

地道なアナログ作業を厭わない。spacemotion代表が語るエレベーター内メディア「エレシネマ」立ち上げの裏側

読了時間:約 8 分

This article can be read in 8 minutes

いまやグローバル規模で知名度を得たAirbnb、Wework、UberEats。
そのどれもが、複雑な規制産業から生まれながら、いまや新しい市場を創出しているスタートアップであることに疑いは無い。

今回、話を伺ったspacemotion株式会社の代表取締役社長・石井氏は、「僕らがチャレンジしようとしていることもまさに同じ」と言う。

同社代表取締役副社長の羅氏が率いる株式会社東京とともに、日本でのエレベーター内プロジェクション型メディア事業を立ち上げるにあたっては、まさに不動産業界、エレベーター業界、広告業界の入り組んだ、複雑なステークホルダーとの地道で的確な対話が求められたと言う。

そうして生まれた、プロジェクション型メディア「エレシネマ」
同様のメディアが中国で爆発的な勢いで普及しており、エレベーター内をいわば「小さな劇場」に変え、日本国内においても新たな広告手法として注目される

その立ち上げにはじまり、いわばオープンイノベーションの成功例とも言える、
二者間事業の噛み合わせとパートナーシップの相性の良さ、
そして本事業の可能性について話を聞いた。

INDEX

隣国・中国の市民生活に浸透する、隙間時間活用プロダクトの可能性
地道な泥臭さが、先進テクノロジーを活かした
「淀点」理論に見る、エレベーター広告の価値創出
ここがポイント


石井謙一郎
ラ・サール高校、東京大学工学部を卒業後、2008年に三菱地所㈱に入社。ビル運営事業部、物流施設事業部、中国語語学留学派遣、経営企画部を経て、デジタル変革を推進する全社横断組織であるDX推進部の立ち上げを主導。2019年11月にテクノロジースタートアップ㈱東京と共同出資でspacemotion㈱を設立し、代表取締役社長に就任。趣味:サイクリング・日本酒。


羅悠鴻
六甲高校、東京大学理学部、東京大学大学院理学系研究科中退。東京大学在学中に、エレベータというニッチ領域に特化したテクノロジーを研究開発する㈱東京を設立。会社名の由来は、創業メンバーの好きな歌のタイトル。趣味:サイクリング・日本酒。

隣国・中国の市民生活に浸透する、隙間時間活用プロダクトの可能性

石井:今、僕らの開発する「エレシネマ」の類似プロダクトに出会ったのは、僕が中国駐在中のこと。エレベーターメディアはもちろん、トイレの小便器の上に設置された小さいサイネージなどが街のあちこちで散見されたんです。

私が現在も兼務にて在籍する三菱地所のDX推進部(spacemotion株式会社の代表取締役と兼任)は、リアルなアセットとデジタルテクノロジーを掛け合わせることで既存領域をアップデートすることを模索する部署でもありますから、そうした「隙間空間を活用して隙間時間を解消する」プロダクトをローカライズして事業化できないかと考え始めたのがこの事業のはじまりですね。

この分野は、日本国内で未成熟な市場で、競合もいないホワイトスペースにあったこと。それに我々三菱地所にとって非常に意義のある、それでいて優位性の高い事業だと判断したからです。

事業化にあたって必要なケーパビリティを考えたとき、まず必要だったのが不動産オーナーへの営業力とエレベーター業界への業界理解、広告営業力。それから、テクノロジー。前者は自社リソースとノウハウがありますが、後者は外部パートナーと提携するなどして補完しなくてはなりませんでした。

そこで投資家の方にご紹介いただいたのが、当時学生だった羅さんです。

:私が創業した㈱東京は当時水面下でエレベーターメディア事業を推進していました。投資家の方からは「紹介はするけれどもその先は任せるよ」と。いきなりの大手競合の出現で流石にどうしようかと思いましたが、重要事項を伏せながらも石井さん率いる大手不動産事業者の手の内は知りたかったんですよね。そういう意味で、すごく緊張する一幕でした。

そもそも僕は無人探査機「はやぶさ2」の研究をする理系の大学院生だった頃に、学生棟のエレベーターに掲示された、自分と全く関係のない研究分野の、他言語の告示を思いがけず見入ってしまったことから、エレベーター内広告事業の可能性を感じたんです。いわゆる広告に対しては思うところもあって。上京した時に「東京の広告はなんて自己主張が激しいんだ、なんてユーザーファーストじゃないんだ」と。そこから、広告を通じてなにか大きなインパクトを与えられたらという気持ちと結びついたんでしょう。

その比較が生じたのは、僕の地元・神戸の阪急電車では、掲載広告に一定の制限がかけられているから。出稿しているのはだいたい宝塚歌劇団だったり、阪急百貨店だったりと車内景観が美しいんですよ。今でもそれが僕の中の広告の理想像ですね。

そこからエレベーター内で安定した動画配信をする技術検証をはじめて、ある程度プロダクトをマーケットに展開していこうという時期に石井さんとお会いしたんです。

石井:投資家の方からは、「日本は不動産業界やエレベーター業界の業界構造が凄く複雑だし、なかなかスタートアップだけではやりきれない領域だけれども三菱地所ならではの領域だからすごくポテンシャルがある事業」だと言っていただいていて。

最初の始まりでこそ羅さんの言う通りお互い緊張感がありましたけれども、それからは膝詰めで何度もディスカッションをして、お互いの長所を組み合わせて進んでいこうと動き出したのが2019年の2月のことです。

:外から見るとよくわからない関係性のふたりで数百人規模のビルオーナーの交流会でペライチのビラ配ったりといろいろしましたね(笑)。

地道な泥臭さが、先進テクノロジーを活かした

石井:我々のケーパビリティに足りなかったのがテクノロジー面だと先ほども申し上げた通りですが、エレベーターという弱電波環境下で動画を安定配信するのはかなり難しいんですよ。

:であれば、前例のある中国ではどうしているのかというと、中国国内にある数十万台設置されたタクシーやエレベーターの映像機器を週に1回、人の手頼みでUSBによる内容差し替えをしていると。こればかりは人件費構造上、日本にそのまま持ち込むことはできません。

そこで通信環境が万全ではないエレベーター空間内でも完全に通信制御できて、且つ、メンテナンスができる状態に整えるべく、台数で言うと数十台、期間にして3年間ひたすら試行錯誤を繰り返すことに。実際にエレベーターに設置するわけですから、失敗のたびに不動産オーナーさんに頭を下げてはPDCAを回し、果てしなく時間がかかる検証でした

ただ基本的にこの技術に需要はないですね(笑)、うちの会社を除いては。我ながら、よほどの物好きだと思います。

石井:いわゆるスタートアップのイメージってあると思うんですが、羅さんたちは違う。エンジニア集団のスタートアップなのに、めちゃくちゃ地に足のついた泥臭いことをやっていますよね。幾度も失敗を重ね続けた技術検証もそうですが、その後のフェーズで不動産オーナーのところへ飛び込み営業するだとか、地道に目の前のマイルストーンを達成して事業を成長させていくんですよ。実際エレベーターの業界って、不動産オーナーやエレベーターメーカー、保守会社などステークホルダーが多くて障壁が高いんです。そこを地道に切り崩していくので、こちらとしても、日々見習わなくてはと尻を叩かれる想いです(笑)。口で言えば簡単なんですけれども、やろうと思ってもなかなかできることじゃありませんから。

:スタートアップなのに「なんでテクノロジーで解決できないの」と質問されることもありますが、テクノロジーだけで解決できないことっていっぱいあるんですよ。デジタルとアナログの組み合わせが重要だと思うんです。デジタルで代替できないところはアナログで対応する他ないですし、あとは僕の性質的なところもあると思います。

僕は自転車が趣味で、いろんな人と話をすることも好きなので飛び込み営業自体は苦じゃないんですよ。それにとりあえず考える前にやってみて、ある程度データが集まってから抽象化することが多い。抽象化から入った場合、往往にしてその仮説が間違っているので、手を動かしながら仮説を考える方が早いんじゃないかという考えなんです。飛び込みの営業にしても、相当数行ったことでパターンが分かってきて、そのビルに入ってすぐにどこがオーナーなのかを見極めることができるようにもなったほどでした(笑)。

よく社内スローガンのように言うのが、いかにお客さんに選んでもらえるプロダクトにするかということ。ただ、その答えはお客さんしか知り得ないので、とにかくそのn値を増やしていかないとと思っているんです。

石井:四方良しを目指しているわけだけれども、その四方が心から「ヨシ」としているかその真意を探ることも徹底しているよね。

面と向かって人は真意を語らないものですよね。だから僕は相手会社の決算説明書をめちゃくちゃ読み込む徹底的なリサーチで、相手のペインポイントを探って仮説を当てにいくことも相当数します。

「淀点」理論に見る、エレベーター広告の価値創出

:デジタル先進国である中国の類似市場の規模が5兆円程度までいったことから計算すると、日本での見込み市場は最低でも2000億円いくんです。広告のトレンドを見ても、マス広告とされるテレビが今年度始めて前年度割れ、さらにここから右下がりしていくだろうと言われる中で、日本ではタクシー広告や屋外広告の分野がものすごく注目を浴びています。

そうした媒体の中で、「エレシネマ」がある一定の価値が発揮できる理由のひとつに、エレベーターは「淀点(流体力学で言う波と波がぶつかってゼロになる地点のこと)」であることがあります。要は、建物の中でただ1人で立ち止まる点のことで、移動時間にしても非常に短く、だからこそスマホに逃げないスペースのことです。

石井:仕事柄、エレベーターの中にいる人が何をしているかよく観察しますが、スマホをいじっている人は10人に1・2人くらい。だいたい階数表示を見ているんです。

先ほどの「淀点」理論でいうと淀みすぎてもダメで、たとえば電車の中で立っているときはトレインチャンネルを見るけれども、座ると途端に見なくなる。タクシーも同様で、乗り込んでからしばらくはタブレット広告を見ているけれども、一定期間が過ぎると他の行動に移ってしまう。そういう意味で、エレベーターというのは注視率の高い、ちょうど良い場所なんです。

エレベーターに乗る時間の短さをデメリットに捉える方もいますが、情報過多なこのご時世だからこそ有益ではない、冗長な情報はどんどん嫌われる傾向にあります。むしろ短尺だからこそ効率的にコンテンツを視聴できて、僕らとしてもその空間に最適化されたコンテンツを作っていることが僕らの売りですね。

:僕らの投影するコンテンツの収入源はもちろん広告なんですけれども、それ以外にも不動産オーナーが各テナントさんに知ってほしい、館内停電などの施設点検や最寄りの避難所のお知らせなどの管理お助けツール枠、ニュースや天気予報、レストラン情報など利用者の暇つぶしになるようなコンテンツを流す枠もあるんです。

不動産オーナーはもちろん、利用者にとっても、広告主にとってもメリットがある。僕らもビジネスとして成立するって四方良しなんですよ。

エレシネマのプロダクトを商品として売ろうと思ったら全然売れるんですけれども、それを敢えて広告モデルで拡散する。そこに比重を置くのは、売ってもお金が取れるものを無料提供することがスタートアップとして提供できる価値だと思っているから。よく言われるのは10倍良いものをだすか、1/10の価格で出すか。そのどちらかでないと、スタートアップは基本成功しないですよ。僕たちはそこに挑戦しているんです。

ここがポイント

・エレベーター内メディアは日本国内においても新たな広告手法として注目されている
・着想のきっかけは「隙間空間を活用して隙間時間を解消する」プロダクトをローカライズして事業化できないかと考え始めたこと
・必要だったのは不動産オーナーへの営業力とエレベーター業界への業界理解、広告営業力。それから、テクノロジー
・検証のフェーズでは実際にエレベーターに設置し、PDCAを泥臭く繰り返した
・テクノロジーだけで解決できないことはいっぱいある
・大切なのはいかにお客さんに選んでもらえるプロダクトにするか
・エレベーターは「淀点(流体力学で言う波と波がぶつかってゼロになる地点のこと)」でそこにチャンスがある


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:小池大介