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世界初の完全自立型アニメーション「デジタルヒューマン」は人間をリバースエンジニアリングして出来た。AIスタートアップ「Soul machines」が語る可能性

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かつてSF小説や漫画に登場するロボットたちは、困ったときに助けてくれる友人であり、頼もしいパートナーだったが、それはあくまでもフィクションの話。しかし現実世界で、“デジタルパートナー”との関係値を築くことはもはや夢物語ではない。COVID-19の災禍下においてニュージーランド政府が「信頼のおける情報提供のパートナー」として指名したのは、デジタルヒューマンだった

彼女はデジタルヒューマンの“Bella”。彼女こそがCOVID-19における、デジタルヘルパーである。まるで人間のような姿形の彼女は、SiriやAlexaの様にこちらの問いかけに対して、音声で適切な回答を与えてくれる。それのみならず、コンピューター(デバイス)のカメラ機能を通じて話し手の表情から感情や情緒を汲み取り、彼女自身の判断で微笑み、目線の位置を変え、時にはまばたきしながら「人間的で、血の通った」、非言語コミュニケーションを行う。これがオークランド大学からスピンアウトして設立されたAIスタートアップ「Soul machines」による、世界初の完全自立型アニメーションがなし得た、現実のデジタルヒューマンである。彼ら/彼女ら(“They/Them”)は、いまや世界的な権威機関によるコミュニケーターとしての役割や、企業のブランドアンバサダーの役目を全うしている(日本では、コスメティックブランドSK-IIのブランドアンバサダーを務める)。
COVID-19とともに世界は変わった。この世界では、非接触型のコミュニケーションツールの需要が高まり続けている。その重要な役割を負い、人間と機械のなめらかな共存を目指すSoul machinesの取り組みとその可能性をウナ(Una)氏に伺った。


Una Softic
ウナ ソフティッチ
Vise Presidemt Japan at Soul Machines
スロベニアのリュブリャナ大学にて言語学(教員資格付)の2つの修士号を修得。
スロベニアのGeneral MotorsとドイツのIntelでキャリアをスタートさせ、EMEA (欧州、中東、アフリカ) 地域の事業開発を担当。
サンフランシスコのソフトウェアスタートアップでの事業開発を経て来日。
前職は、日経エディトリアルイノベーションセンターのグローバルコンテンツの責任者を務めた。
2019年にデジタルインターフェースやインタラクションを大規模に自動化、パーソナライズする能力を提供する初のHuman Experience Platformを開発したことで知られる、ニュージーランドに本社を置くAI企業、Soul MachinesのVice President Japanに就任。

INDEX

Soul machinesのデジタルヒューマン
withコロナ時代における世界初の完全自立型デジタルヒューマンの役割
デジタルヒューマンと生身の人間が共存する世界線
ここがポイント

Soul machinesのデジタルヒューマン

姿形、個性、性格の異なる完全自立型アニメーション。人間の脳をモデルにした「デジタル頭脳」により視覚、聴覚、触覚の3つの制御システムを備え、感受性や共感力といった普遍的なヒューマンスキルが組み込まれることから、人間との自然な対面コミュニケーションを実現。また会話を重ねるごとに認識パターンが記憶され、自己学習する。基になったのは、大学の教授であり研究者、Soul machines共同ファウンダーのMark 氏の技術だ。彼は、人間の意識の計算モデルを構築することを目的として、人間のリバース・エンジニアリングを始めた。また、大ヒット映画のリアルなデジタルキャラクターの創造に貢献し、映画 「アバター」 と 「キングコング」 で2つのアカデミー賞を受賞している。

withコロナ時代における世界初の完全自立型デジタルヒューマンの役割

――COVID-19による全世界的なパンデミックを受け、特に欧米圏におけるデジタルヒューマンのプレゼンスが高まったとお聞きしています。

Una:はい。混乱を招き、緊急対応の命取りとなるフェイクニュース対策のため、ニュージーランド政府からの要請を受けてデジタルヘルパーの“Bella”がその対応にあたっています。彼女は個人の健康状態に対する問い合わせをはじめビジネスマンや中小企業が国からの補助を得るための申請方法まで、幅広いサポートをスムーズに提供してきました。デジタルヒューマンは、多くの問い合わせからすぐに学習し、24時間365日大量のやり取りを処理できます。これによって、人間は接触による人から人へのウイルス感染のリスクを負うことなく、最も重要な緊急タスクに集中することができるようになるのです。

――ユーザーの反応はいかがでしたか。
Una:驚いたのは、彼女に対してパーソナルな悩みを打ち明けるユーザーの多さでした。当初想定していたCOVID-19への情報アクセス以上に「(彼女に)メンタルヘルスをサポートして欲しい」という一定のニーズがあったのです。そういった方々のケアにも対応できるよう“Kindness module(やさしさモジュール)”を追加し、対話を通じて不安解消効果のある散歩の推奨など、気分転換を促すレコメンデーション機能を備えました。

――それはSoul machinesチームにとって想定外の結果でしょうが、とても面白い現象ですね。
Una:そうでなくても“Bella”とささやかな日常会話をするだけで、日頃のコミュニケーションが豊かになったと感じる人が一定いるようです。彼女との会話をきっかけに、仕事の同僚やパートナーとのコミュニケーションの活性化につながったとの意見もありました。

――まるで親しい知人と対話するのに似た安心感をユーザーは得たようですね。
Una:人間同士の会話では、ちょっとした表情筋の動きからも相手の感情を読み取りますよね。それと同じようにデジタルヒューマンも相手の感情を理解し、気持ちに寄り添います。たとえば、相手が笑えばこちら(デジタルヒューマン)もつられて笑顔になります。これはただ相手の表情のコピーではなく、場面に応じてベターな反応を選択した結果です。ですから、怒り、興奮する相手に対してはそれ以上の刺激を与えぬよう、慎重で落ち着いた対応をとることもあります。
これは「デジタルドーパミン」と呼ばれるプログラムによるものです。人間の脳で生成されるドーパミン同様、みんなが心地よい「快」の状態になるよう設定され、人間の感じうる感情を理解、再現できるようになっているのです。

デジタルヒューマンと生身の人間が共存する世界線

――いわゆる「不気味の谷」を越え、自然に受け入れられつつあるデジタルヒューマンは今後どのように人間との役割分担をするようになるとお考えですか。

Una:今現在デジタルヒューマンは世界中の医療や教育、人事や不動産、金融業界で活躍し始め、ニュージーランドではすでに公的機関である警察でも事務処理プラスアルファの仕事を任されています。これらの先例は一例に過ぎません。今後さらに活躍の幅は広がるでしょう。世の中のニーズが変われば、デジタルヒューマンはその変化に対応する適応力があります。しかし、環境に応じたインプットを行うのはあくまでも我々人間の使命です。いわゆる対人ノウハウや、コミュニケーションストラテジーやカルチャーといったものです。

――その結果として、人間は単純化できる作業をデジタルヒューマンに任せることができると。

Una:そうです。教育が完了すれば、今後人間はデジタルヒューマンがアウトプットしたものを分析し、思考する役割を担うことになるでしょう。これは人間の仕事のリプレイスではなく、新たな共存の道です。AIが人間化し、人間と機械が協調する未来の探求こそ、我々が目指すものです。

――それは遠くない未来で当たり前の光景になるのでしょうね。

Una:おっしゃる通り、今までのノートパソコンやスマートフォンの普及と同じようにデジタルヒューマンがいる生活は一般的なものになるでしょう。もちろんどの社会でどう機能するかによって、そのあり方は大きく変わります。どれだけ良い技術があっても、使う人のスタンスや考え方ひとつでいい方向にも悪い方向にも作用します。同じおもちゃを与えて遊ばせる教育ひとつとっても、親の反応はそれぞれです。子供をどう育て、どう対峙するかはテクノロジーだけではなく、社会の成熟度やレベルにもよりますから。だからこそ我々のチームではバイアスを極力排除し、公平性やモラルを維持できるメンバーでのみ研究開発を行うのです。デジタルヒューマンを正しく制御することもまた、我々の使命なのです。

――日本においても同様ですか。

Una:はい。日本は私たちにとって英語圏の国以外でチャレンジする最初の場所です。日本には独特のおもてなし文化と人的交流がある素晴らしい国です。一方で社会的課題も増えている。ただ、その課題のいくつかは、文化的な特性を損なうことなく、デジタルヒューマンによって近い将来解決することができる考えています

withコロナ、afterコロナの世界では、人と人との対面でのコミュニケーションが変化していくことは想像に難くない。ましてや、労働力の減少が進んで行く日本で「デジタルヒューマン」が生み出す価値は大きな物になりそうだ。改めて、人間にしかできないこと、機械との協調の道を考えるべきタイミングが来ているのかもしれない。

ここがポイント

・COVID-19の災禍下においてニュージーランド政府が「信頼のおける情報提供のパートナー」として指名したのは、デジタルヒューマンだった
・デジタルヒューマンはカメラ機能を通じて話し手の表情から感情や情緒を汲み取り、「人間的で、血の通った」、非言語コミュニケーションを行う
・COVID-19の災禍下では、デジタルヒューマンと日常会話をするだけで、日頃のコミュニケーションが豊かになったと感じる人が一定いた
・今後人間はデジタルヒューマンがアウトプットしたものを分析し、思考する役割を担うことになるだろう
・どれだけ良い技術があっても、使う人のスタンスや考え方ひとつでいい方向にも悪い方向にも作用する


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:安東佳介