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主要事業とのカニバリを恐れずに新規事業を立ち上げる方法―イノベリオスの挑戦

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多くの企業が社内でイノベーションを起こそうと躍起になっているが、業界を変えるような革新的な新規事業であるほど、既存事業の売上を奪うケースは珍しくない。そのような場合、社内調整がうまくいかず事業がお蔵入りになることもある。新規事業で改革を起こすのか、既存事業の売上を守るかは多くの企業が抱えるジレンマだ。

今回話を伺ったのは、既存事業とのカニバリゼーションを危惧されながらも、無事にサービスのリリースまでたどり着いた三菱地所グループのイノベリオス株式会社。今年7月に、マンションの自主管理をサポートするアプリ「KURASEL(クラセル)」をリリースしたばかりだ。

マンションを自主管理できれば、管理会社は必要ない。グループ内に競合となる管理会社「三菱地所コミュニティ」がある中で、いかにしてKURASELのリリースに至ったのか、取締役の安藤康司氏に語ってもらった。

INDEX

想定ユーザーのインタビューで分かった仮説と実状の乖離
「自分たちがやらないからといって、他社がやらないわけじゃない」背中を押した一言
「既存事業のユーザーを細かくセグメントすること」新規事業成功のコツ
ここがポイント

安藤康司
イノベリオス株式会社 取締役 常務執行役員
大学卒業後、いずれは自分で飲食店を経営したいという夢を抱き外食産業大手企業へ入社。理想と現実のギャップを知り断念したのち、2005年、丸紅コミュニティ(現三菱地所コミュニティ)へ入社。不動産仲介事業部、経営企画部、事業戦略部などを経て2020年6月より現職。

想定ユーザーのインタビューで分かった仮説と実状の乖離

もともとビルやマンション管理を行う三菱地所コミュニティの経営企画部に所属していた安藤氏。2018年からは、ITを使って社内業務の効率化や新規事業の立案を担う事業戦略室を兼務するようになった。新規事業を任されるようになった安藤氏がまず行ったのがチーム作りだ。

安藤「経営企画部にいたので、どの部署にどんな人間がいるのかはだいたい把握できていました。その中でも新しいことに取り組むのが好きなメンバーを5人くらい集めて、非公式のタスクフォースを組んだのです。定期的に集まってはアイディア出しを繰り返しました」

「KURASEL」の事業アイディアにたどり着くまでに、紆余曲折があったと語る。

安藤「三菱地所コミュニティがマンションの管理業務を請け負う会社ですから、マンションを自主管理している人向けに、サービスを提供するアイディアは初期のころからありました。マンションの自主管理とは、マンションを管理するために必要な管理費の回収や、共用部の水道代や電気代の支払い、清掃や修理の手配などをそのマンションの住人たち自身が行うことです。はっきりとした統計数字は無いのですが、世の中のマンションの10%くらいが自主管理運営をしていると言われています。
管理費の決算も必要で、会社と同じように決算報告書のようなものも作らなければなりません。その業務があまりに煩雑なため、多くのマンション(全体の90%)が管理会社に委託しているわけです。それだけ大変なマンション管理ですから、自主管理をしている人たちにも困りごとがあるだろうと思っていました。そのため、タスクフォースを組んでからは、彼らがどんなことに困っているか話し合っていましたね

ただ、チームを組んで話し合ってはいても、決定的なアイディアは生まれなかったと言う。そこで安藤氏は実際に自主管理しているマンションの理事会に話を聞きに行った。

安藤「悩んでいてもしょうがないため、2018年の夏くらいに自主管理している複数のマンションに実際に話を聞きに行きました。私達が考えていたアイディアも提案したのですが、実状とは乖離があることが分かったのです。
彼らの自主管理はうまくいっていて、特別困っていることはありませんでした。私達が話を聞いたマンションはいずれも、社会経験のあるリーダーがいて、うまく住民を巻き込んで管理をしていたのです。管理し始めた当初は苦労したものの、試行錯誤しながら今は問題なく自主管理ができていました」

想定ユーザーのインタビューの結果は、安藤氏たちが予想していた「自主管理はうまく行っていないのでは?」という仮説とは異なるものだった。しかし、このインタビューこそが今のビジネスアイディアに繋がったと続ける。

安藤既に自主管理している人たちにニーズがないのは分かりましたが、彼らの管理ノウハウをアプリに詰め込めば、これから自主管理する人に価値を提供できると思いました。うまく自主管理できているマンションには、頼れるリーダーがいたのですが、リーダーの代わりになるようなアプリを作れればと思ったのです」

「自分たちがやらないからといって、他社がやらないわけじゃない」背中を押した一言

簡単にマンションの自主管理が行えるアプリという安藤氏のアイディアは、社内から評価と反対、両方の声を生んだ。既存のマンション管理事業の市場を奪うアイディアなのだから当然と言えば当然だ。

安藤「アイディアがある程度固まったあと、社内へ提案する手前の段階で少し躊躇する時期がありました。既存事業を真っ向から否定する事業を進めることについて、上層部の承諾を得られるイメージが持てなかったからです。しかし、とあるミーティングの雑談中に、この躊躇している気持ちも含めて事業構想を話したところ、ミーティングに参加していた三菱地所の住宅業務企画部(三菱地所グループ住宅事業の統括部署)のとある方から『うちがやらないからといって、他社がやらない保証があるわけじゃない。誰かがやるかも?とビクビクしながら様子をみているなら先陣を切ってやってみたら?』と言われて覚悟が決まりました。
実際にリリースしてみて、あの時の言葉の重さを感じます。このビジネスを立ち上げるのに、アプリ開発のパートナーの選定から実際の開発業務、銀行などのサードバーティとの調整、特許申請手続き、想定していなかった事項への対応など、多くの困難がありました。もしも他社に先を越されていたら、追いつくのに3年はかかっていたと思います
仮にこれから私達のものより優れたサービスが登場したとしても、使い慣れたツールからはなかなか替えられるものではありません。そういう意味では大きな先行者利益があったのではないでしょうか」

三菱地所の社員のアドバイスから自信を持って事業を進めた安藤氏だが、どのように反対意見を抑えたのか。そこには経営陣からのメッセージが大きく影響していると言う。

安藤「以前から経営陣が『既存のビジネスを見直そう』というメッセージを発信してくれていたのが大きかったと思います。実際に事業を始める時も、社長から既存事業の幹部一人ひとりに『一緒に育てていくつもりで支援して欲しい』と言ってくれたのは助かりましたね。
全国の支店長に事業の説明に回った時も、経営陣のメッセージに救われました。以前から『今の管理会社のビジネスモデルには限界がある』という話を、定期的に話してくれていたので、支店長たちの多くが私達のビジネスを素直に受け入れてくれました。管理会社はいきなり売上が落ちるようなビジネスではないので、経営陣からのメッセージがなければ、支店長たちもいまほどの危機感を持たなかったし、すんなり受け入れてくれなかったかもしれません」

社内からの反発は多少あったものの、経営陣の助けも借りて無事乗り越えてきたと話す安藤氏。しかし、その裏では安藤氏自身の根回しもあったと言う。

安藤「社内の理解を得るためにも、ステークホルダーには時間をかけてコミュニケーションをとるようにしていました。役員会議では10分か20分くらいの議論で様々なことが決まりますが、そんな短い時間では新規事業のアイディアは伝わりません。
既存事業の人たちにも時間をとって伝えることで、協力してもらえる関係を築いていきました。当然ながら彼らはマンション管理に精通しているので、なかにはサービスの内容にこういうメニューを追加したらどうか?など有益なアドバイスをもらうこともありましたね。
計画も何パターンか用意して話すのも効果的だったと思います。特に新規事業は無理な事業計画を立てがちです。それだけでは信用してもらえないため、現実的な事業計画やストレッチした事業計画など、いくつかのパターンを用意して話すようしました。最悪の事態を想定した事業計画も経営陣に見せておけば、「失敗してもこれくらいのダメージか」と分かるので、納得してもらいやすくなると思います」

「既存事業のユーザーを細かくセグメントすること」新規事業成功のコツ

「KURASEL」のアプリをリリースしてから4ヶ月以上が経ち、想像以上の数の問い合わせが集まっているという安藤氏。中には予想していなかった問い合わせも来ていると話す。

安藤「私達のアプリは管理会社の仕事を奪う(管理会社から自主管理に切り替わる)ため競合するイメージがありましたが、私達のアプリを使って管理業務をスリム化したいという管理会社からの声も上がっています。2021年から三菱地所グループではない大手管理会社の新築物件で、私達のアプリを使いながら管理する話も進んでいます。マンション管理事業においてお互いのグループの垣根を越えて共同事業を行うのは非常に珍しいケースです。
また、自主管理が破綻しているマンションからの問い合わせもありますね。私達がインタビューしたマンションでは自主管理がうまくいっていましたが、うまく管理できていないマンションもやはりあったのです。自主管理がうまくできなければ、管理費が集められず必要な修理や清掃をすることもできません。
自主管理がうまくできていないマンションがあることは想像していましたが、蓋を開けてみると全国各地にそのようなマンションがたくさんありました。かといってマンション管理会社に管理業務委託すると管理費を大幅に値上げしなければならないが、それも難しい。そんなマンションの理事会が、円滑に自主管理できるアプリがあると聞いて問い合わせをくれているようです」

順調にユーザー数を伸ばしている「KURASEL」だが、今後はどのような構想を練っているのだろうか。

安藤「今のアプリは自主管理を最低限のレベルでできる機能しかありません。しかし、自主管理ができるだけのアプリでは面白くありません。よりマンションをよくしていくために、有益な情報を発信したり、住民のコミュニティを運営するための機能も追加していければと思います。マンションの管理組合にとっても、住人にとっても嬉しいアプリを目指しています。
将来的には、当事者意識を持ってマンションに関わる人達を増やしていきたいですね。例えば家計であれば、家族の誰かがいくらお金があって、今月何にお金を使ったのか把握していると思います。しかし、マンションの管理では、管理費の会計を管理会社に丸投げしているケースも少なくありません。「KURASEL」を使って自主管理をしながら、当事者意識をもって過ごしやすいマンションを作っていってほしいですね」

最後に、新規事業を立ち上げようにも既存事業とのカニバリゼーションを恐れている人に向けてメッセージをもらった。

安藤既存事業のターゲットを細かくセグメントしてみるといいと思います。今、既存事業を利用しているユーザーの中には、本当に利用したい人と、本当は利用したくないけど他の選択肢がなくて仕方なく利用している人がいるはずです。後者の方は、いずれ離脱する可能性が高いので、そういう人たちを拾えるシナリオを考えてみてはいかがでしょうか。
大手の航空会社が自社でLCCを提供したり、携帯キャリアが格安SIMを提供しているのも同じことですね。新しいサービスを作ることで、本来離脱していたはずのユーザーを拾えるなら、単純なカニバリゼーションにはなりません。
実際に私達もサービスを始めてみて、既存の管理会社といい関係が築けています。例えば管理会社に問い合わせがきたものの、ニーズに合わないお客さんたちを私達に紹介してもらうこともあります。これまでは手放すしかなかったお客さんも、しっかりフォローできるようになったんですね。
そういったことも事業を進めて初めて分かったことなので、不安に思っている方はまず1歩踏み出してみるといいと思います」

ここがポイント

・既存事業とのカニバリゼーションを危惧されながらもマンションの自主管理をサポートするアプリ「KURASEL(クラセル)」をリリース
・新規事業を任されるようになり、非公式のタスクフォースを組むことからスタート
・アイディアを考えるも、実際に話を聞くと実状と乖離があった
・「他社がやらない保証があるわけではないから先陣を切ったら?」の言葉に背中を押された
・計画を何パターンか用意し、ステークホルダーには時間をかけてコミュニケーションをとった
・既存事業のターゲットを細かくセグメントし、不安に思っているならまず1歩踏み出してみるといい


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:小池大介