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購入後体験の充実が顧客、従業員、事業にも好影響を与える。返品・交換・キャンセル自動化ツールRecustomerが考えるEC事業者がこれからやるべきこと

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2020年には日本のBtoCのEC化率が8.08%[1]となり、前年の6.76%から飛躍的に成長し、EC市場の成熟とともにD2Cも隆盛してきた。
その中で、購入前ではなく、購入後の良質な体験を支援するユニークなソリューションを提供している企業がある。それがRecustomerだ。特に消費者・EC事業者双方の「返品」へのハードルの高さというペインに目を付け、スムーズで快適な購入後体験を可能にしている。

今回はRecustomer株式会社の代表、柴田氏に購入後体験の可能性について話を伺った。

[1] 経済産業省「電子商取引に関する市場調査の結果」

柴田 康弘
Recustomer株式会社 代表取締役。早稲田大学在学中にデザイナー・エンジニアとしてホームページ制作やシステム・アプリ開発に従事。2017年にANVIE株式会社を創業。2021年6月に返品・交換・キャンセル自動化ツール「Recustomer」を公開。8月に社名をRecustomer株式会社へ変更。

INDEX

顧客獲得のコストが高まる中、「返品」に商機を見出した
EC事業者のワークフローにまで踏み込まないと、価値は提供できない
システムへの投資余力がある大手企業にしかできなかったことを、SaaSが民主化する
「生活を向上させる」。事業者と消費者が目指すベクトルを一致させることが自分たちの役割
ここがポイント

顧客獲得のコストが高まる中、「返品」に商機を見出した

――購入後体験に注目したサービスを始めるまでの背景を教えてください。

今私たちは、購入者からのお問い合わせ受付/在庫の補充/返品・交換・注文キャンセル対応の自動化/返金を再購入に転換できるサービスを展開しています。つまり、「購入後体験」に注目し、新たなビジネス機会を創出することが目的です。もともと私たちはHR領域のプロダクト開発を行っていました。ところが、コロナ禍で事業のピボットを余儀なくされ、その際に注目したのがEC領域。ECプラットフォームShopifyの公認パートナーとして、さまざまな事業者様のECサイト構築をしたり、コンサルとしてマーケティング支援を行ったりしてきました。
これまでいくつものお客様を支援しましたが、多くの方が困っていたのが集客です。特にECビジネスの性質上、CPA(Cost Per Action:顧客獲得単価)がどうしても高くなってしまう。なぜなら、web広告などは広告の出稿が増えるほど競合し、プラットフォーマー側に利益が偏る構造になっているからです。とはいえ、web広告を打たないと顧客を獲得できない。つまりCPAを下げることができないジレンマ陥るのです。であれば、一度獲得した顧客を大切に育て、リピートしてもらったり、購入単価を上げてもらったり、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を上げていくしかEC事業者側に道はありません

それでは、どうやってLTVを上げていくのか。そこには、2つのアプローチがあります。ひとつは一度自社の商品やサービスを体験した顧客の離反を防ぐこと。もうひとつは離反しなかった顧客に対してロイヤリティを高めること。高いCPAをかけて獲得したお客様の離反を防ぎ、ロイヤリティを高め、購入頻度・購買単価を引き上げていく……そこで目を付けたのが「返品」でした。

――「返品」に対するサービス提供が、LTV向上に寄与するとは、どういったことでしょうか。

一度、顧客の感情の起伏を視覚化するカスタマージャーニーマップを、商品購入前から購入後まで引いてみたんです。そうしたら、見事に返品のシーンでガクンと顧客の感情が下がっていたんですよ。実際に海外だと返品ポリシーを緩めることで購入率を上げている事例が多くあります。返品率は日本では1~5%ほどであるのに対し、海外は20~40%で、加えてお客様都合の交換・返品を受け付けている企業ほど売上げが伸びているんです。

EC事業者のワークフローにまで踏み込まないと、価値は提供できない

――なぜ海外と比べて日本は返品率が低いのですか?

2つの理由があると思っています。ひとつは、クーリングオフ制度の運用の違い。欧米では通信販売にも適用されますが、日本では訪問販売などに適用される制度になっていることが大きなハードルだと考えています。
そして、もうひとつは返品に対応する事業者側のワークフローが整備されていないこと。Recustomerを起ち上げてからアパレルブランドを中心にヒアリングを重ねていったのですが、カスタマーサポートの業務がかなりアナログなんです。「問い合わせが来たらその都度担当者が対応する。ツールはスプレッドシート。共有手段はメール」といった状況でした。これでは、返品ポリシーを緩めるとその分対応の工数が増えて、人を雇わないといけないから返品対応の優先度はどんどん下がっていく。在庫管理に関してはシステムを導入してデジタル化を進めているのに、カスタマーサポートは後回しになっていたんです。

――多くの事業者が抱える課題をRecustomerなら解決できますか?

はい。重要視しているのは、まさにこの事業者側のワークフローに踏み込んだツール提供です。自分たちが目指す世界観をつくるためには、物流や倉庫管理も含めて返品を受け入れるための最適なワークフローをパッケージ化してインストールしてもらうことが欠かせないと思っています。具体的には、お客様から来た返品依頼に対して、カスタマーサポートはただクリックするだけ。その後は倉庫担当者が確認して交換商品を発送したり、返金の指示出しをします。誰でもできるレベルまで落とし込んだ返品オペレーションを一気通貫で構築しているところにRecustomerの特徴があると言えます。

システムへの投資余力がある大手企業にしかできなかったことを、SaaSが民主化する

――新規顧客へのアプローチよりも既存顧客を離反させないことに目を向けたきっかけは?

CPAは上昇するものの、人口は減少していく……そんな状況を踏まえた上で事業成長を実現させることを考えたときに、既存顧客を大切に育てるのは自然な考え方だと思っています。実際に成功している国内EC企業の中にはリピーターになる割合、つまりリテンションレートが70%を超えている企業もあります。今やCPAが高くても成り立つビジネスモデルを確立できているかどうかが、事業の成否を分けると言っても過言ではありません。
UNIQLO、ロコンド、ZARA……最近は良質な返品体験を提供しているアパレル企業も増えてきて、潮目が変わってきていると感じています。しかし、その多くが大手企業。フルスクラッチECでシステムにかなりコストをかけられる企業だからこそ実現できている側面もあるのではないかと思います。例えば年商10億円前後のブランドを運営する企業がそこまでシステムに投資できるかというと難しい。物流や在庫管理、顧客からのCRMに基幹システムなど複雑なインテグレーションが必要になりますから。そんなときに私たちのようなSaaSプレイヤーが必要なんです。大手企業だから実現できているようなソリューションを民主化することも私たちの使命だと感じています。

――これまでの凝り固まっている商習慣を変えるのは、やはり大きなエネルギーが必要だと思うのですがどうなのでしょうか?

そこは、どんなミッションを掲げ、何を目指しているかにもよると思います。私たちの場合は、人々の生活を向上させたいという想いを持っていました。既存の返品の商習慣を変えるソリューションはあくまで、その実現手段に過ぎません
そもそも返品ポリシーが厳しいこと自体が、商取引としてフェアじゃないですよね。消費者は先に対価を払い、商品は後から届くにも関わらず、そこにミスマッチが生じても返品できないというのは、消費者の立場としてかなり不利じゃないですか。だからといってEC事業者を責めていても状況は変わりません。大切なのは「利益を上げる」「事業を成長させる」というEC事業者の目的も叶えながら、消費者が求めていることを実現すること。そのためにも、返品ポリシーを緩めて事業成長に繫がった実例を積み上げていくことだと考えています。

「生活を向上させる」。事業者と消費者が目指すベクトルを一致させることが自分たちの役割

――購入後体験の改善は今後のECビジネスに必要ですか?

繰り返しになりますが、改善することで人々の生活が向上していくと考えています。なぜなら、事業の成長が消費者の幸せと一致するからです。これまでのECの世界では、供給者原理が働いていました。実際には消費者はモノが届くことに対してではなく、モノを使うことや、使った後に得る喜びに対して対価を払っているはずなのに、EC事業者にとっては「出荷までが仕事」といった意識が少なからずあったのではないかと思います。だからこそ、返品もEC事業を運営するにあたってのコストでしかありませんでした。でも、実際には返品が事業成長に貢献するし、消費者の満足度の向上にも繫がるとわかった。この返品をスムーズかつ快適な体験へと設計することで、EC事業者も、消費者も「生活が向上する」というひとつのベクトルに向かわせられるようになるんです。つまり私たちが行っているのは、EC事業者と消費者のベクトルを合わせることにほかなりません。
実際に商品を生み出し、世の中を変えていくのはEC事業者です。でも世の中を変えていく精度やスピードを高めることに貢献できるのは、間違いなく私たちだと思っています。

――最後に読者に対してメッセージをお願いします。

消費者との接点であるフロント部分ばかり注力しても、良質な体験は提供できません。本当に優れた体験を提供するためには、ミドル部分やバック部分の理解と連携が重要です。例えば、飲食店で考えると、フロント部分のホールが機能するためには、ミドル部分の注文管理がしっかり機能していないといけないし、製造や調理といったバック部分の充実も欠かせません。それら全部が有機的に連携することで良いオペレーションが実現し、良質な体験を提供できるのです。
私たちも「Recustomer α版」ではバック、ミドル双方への視点が足りないままローンチしたため全くワークしなかった苦い記憶があります。体験設計をする上ではバック、ミドルまで一貫したワークフローをつくり込むことを強くおすすめしたいです。

ここがポイント

・コロナ禍で事業のピボットを余儀なくされ、その際に注目したのがEC領域
・CPAが高騰する中、一度獲得した顧客を大切に育て、LTVを上げていくしかEC事業者側に道はない
・返品率は日本では1~5%ほど。対して、海外は20~40%でお客様都合の交換・返品を受け付けている企業ほど売上げが伸びている
・カスタマーサポートの業務がアナログで、デジタル化を進めないと対応ができない
・物流や倉庫管理も含め、返品を受け入れるためのワークフローをパッケージ化してインストールしてもらうことが欠かせない
・人々の生活を向上させたいという想いを持っており、既存の返品の商習慣を変えるソリューションはあくまで、その実現手段に過ぎない
・本当に優れた体験を提供するためには、ミドル部分やバック部分の理解と連携が重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小林拓水
撮影:戸谷信博