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『世界標準の経営理論』の入山教授に聞く、テレワークマネジメント。「共感」がキーになるオフラインとオンラインコミュニケーションの使い分け

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2020年を振り返ると、コロナ禍で人々の行動は大きく変わった。環境が人の価値観や行動をここまで変えるのかと、多くの人が驚いたはずだ。

特にコミュニケーションの領域では、オンラインミーティングやテレワークが普及し、ビジネス環境は大きく変化した。一方で、様々な誤解や情報伝達の遅延が生まれ、弊害も発生している。

現代のコミュニケーションの課題に私たちはどのように向き合っていけば良いのか。今回は、2019年に『世界標準の経営理論』を上梓した早稲田大学大学院 経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)の入山章栄教授に、ビジネスの現場における対話の役割を伺った。

INDEX

対話することで、暗黙知が形式知になる
対話を進めるために、共感が必要。共感は五感から生まれる。
共感ベースの「これからのオフィスのあり方」「意思決定の方法」
理由がなければ人は集まらない。アフターコロナのリアルな場には「エンタメ」が必要
ここがポイント

入山章栄 早稲田大学大学院 経営管理研究科教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。主要著書に「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)

対話することで、暗黙知が形式知になる

――はじめに、入山教授の著書で取り上げられている経営理論とはどのようなものなのでしょうか?

入山:経営理論とは、人間の本質的な行動原理を描いたものだと思ってください。「誰かと繋がっていたい」という承認欲求や、「お金を稼ぎたい」という物理欲求、「美味しいものを食べたい」という生存本能など、人間が共通して持っているメカニズムを抽象化したものです。
要は「特定の状況下で人間はこのように行動するはずだ」というメカニズムを示したもの。なぜなら、ビジネスや経営は人がやっていることなので、経営理論も突き詰めれば「人が何を考え、行動するか」を説明するものなのです。社会ではその時々で起こる事象が変わりますが、理論はかなり普遍的なものなので、思考の拠り所として活用できると思います。

――これまでとビジネスの環境が大きく変わったコロナ禍においても経営理論は役立つのでしょうか。

入山:もちろん役立ちます。ポイントは、理論は正解ではない、ということ。人間の思考は複雑なので、正解は簡単には出てきません。でも、それでも人は自分や組織のために考えなければならない。その意味で、理論は科学的に「絶対に正解ではないが、人や組織は本質的にこうなる傾向がある」と示すものなので、考える際の「軸・ベンチマーク」にはなります。理論は考えるため軸・ベンチマークだと思ってください。コロナ禍も含め、世の中では様々なことが起きていますよね。世の中で起こる事象を理解して、解決法を考えるためには「思考の軸」が必要なんです。そのためにも私の本『世界標準の経営理論』を読んでいただければ知りたいことは書いてあると思います。

――『世界標準の経営理論』はかなり分厚い本ですが、どの章から読んでいけばいいのでしょう。

入山:好きなところから読んでいただけたらいいんですよ。この本は、世界で普及しているメジャーな経営理論をほぼ完璧に網羅しています。必ずしも全部を読む必要はなくて、目次をパラパラとめくって、いま必要な、興味がある段落を読んでいただけたらいいんです。
ひとつだけ意識してもらいたいポイントがありまして、それは「この本を読んだら、そこで考えたこと、感じたことを誰かと語りあう」ことです。読むのは1〜2章でいいんです。読んだら対話してください。

――みんなで読まないと役立たないですか?

入山:本書で書かれているのは人や組織の普遍的な法則ですから、読むだけでも役立ちます。けれど、理論を誰かに話すことで、より意味のあるものに昇華されるはずです。

――なぜでしょう?

入山:理論を呼び水に、自分の内面を言語化できるからです。人の頭の中には暗黙知(主観的な、言語化できていない知識)が詰まっています。しかし、対話をすれば、自分の言葉で紡いでいかないといけないので、そのプロセスを通じて形式知(暗黙知を言語化し、他者に共有できるようにした知識)に変えていくことができる。人は、話して初めて「自分はこういうことを考えていたんだ」と気づけることも多いですからね。

――なるほど。他者に理解できるように噛み砕いていくうちに、「〇〇とは、こういうことだよ」と言語化が進んでいくと。

入山:その通りです。理論が共通言語になり、共通言語があれば、それを使って皆さんで語り合うことで思考を飛躍させることができる。実際、イノベーションが起きる時は、常に新しい言葉が生まれるんですよ。言葉がピタッとはまった瞬間に、「これだ!」となる。まだこの世にないものだから、新しい言葉で表現しないといけないんです。だから、理論を知った後の対話が最も重要なんですよ。

――言語化が進むと、どのような課題を解決できるのでしょうか?

入山:解決できることは様々ですが、一例としてバックグラウンドが異なる人同士が話し合えるようになります。
たとえば、色んな会社や部署間で話が噛み合わないことがありますよね。あれは現場の具体論だけで議論してしまうから。つまり共通言語がないんです。ところが、解像度を下げて抽象化してあげると、本質はけっこう一緒なんですよ。「みんな同じことで悩んでいるんだな」と気付けます。
『世界標準の経営理論』は異なる業界や部署間の共通言語になれば、と思って書き上げました。

対話を進めるために、共感が必要。共感は五感から生まれる。

――対話を進める際に重要なファクターはありますか? 先ほどは「共通言語が必要だ」とおっしゃっていましたが。

入山:対話を進めるためには、共感が必要です。一橋大学の野中郁次郎先生が提示した世界的な理論であるSECIモデルで言っていますが、知識の循環が重要で、豊かな暗黙知を持っている人同士が対話して、「そうそう、そうだよね」と共感が生まれると、知識が言語化されていくんですね。

――確かに共感していないと、話は止まってしまいますよね。

入山:そうです。面白いのは共感と言語化は循環していくこと。共感から形式知が生まれ、形式化から共感が生まれるんですよ。鶏と卵のたとえのように、どちらが先に来る話ではないんです。

――最近ではZoomなどを使ったコミュニケーションが当たり前になってきました。直接会わずに、デジタルでも共感は作れるのでしょうか?

入山:ある程度は可能ですが、僕はデジタルだけでは完璧ではないと思います。
なぜなら、人間は五感を通じて周囲を把握していて、共感は五感から生まれるものだからです。ところが現代のデジタル技術でカバーできるのは視覚と聴覚だけ。残る味覚・嗅覚・触覚には訴えかけることができません
たとえば僕がすごく美味しいものを食べていたとして「この味と香りを遠方に伝えたい!」と思っても、デジタルでは伝えられないわけです。

――デジタルだけでは限度がありますね。Zoom飲みでは「相手の気持ちがいまいち分からない」という声も聞きます。

入山:だからこそ、味覚・嗅覚・触覚を含めた五感を通じて必要な体験が、リアルな場の価値になっていくと思います。逆にいえば、視覚と聴覚だけで足りてしまうものは全部デジタルに置き換わっていくでしょう。

――具体的にはどのような体験が共感につながるのでしょうか?

入山:まずは、味覚・嗅覚・触覚をすべて使う会食やランチがそうですね。美味しいものを一緒に食べる。スポーツやキャンプも良いと思います。BBQや焚き火もおすすめです。味覚・嗅覚・触覚を活用しながら誰かと話せば、共感と信頼が生まれやすい。一度共感が生まれれば、しばらくはデジタルオンリーでも話は弾むと思います。しかし、いずれは共感できなくなってしまう。これからはリアルとデジタルの行き来が求められると思います。

共感ベースの「これからのオフィスのあり方」「意思決定の方法」

――リアルで働く場所の代表であるオフィスは今後、どのように変わっていくのでしょうか?

入山:リモートワークが普及しているので、物理的なオフィスは「五感を通じて対話したり、共感する場」になっていくはずです。だから、オフィスは、月一もしくは週一で人がオープンに出入りできるようにしてもいい。
極端に言えば、出社日はみんなでキャンプやBBQをすればいいんですよ(笑)。美味しいものを食べたり、ハグしたり、握手したり。五感を刺激しながら「これから会社をどうしようか」と話し合う場を設けたらいいと思います。

――日常業務はデジタルで、意思決定やコミュニケーションはアナログで、と分ける世界がやってくると。

入山:そうです。しかし、ケースバイケースで、視覚と聴覚だけで完結させられる仕事や人もあるはずです。たとえば、シリコンバレーでは創業チームがリアルで1〜2回会っただけのスタートアップが巨額の資金調達をするようになっています。彼らはオンラインオンリーでビジネスを進められるし、VCを共感させられるんです。ただし、これらのビジネスが本当に成功するかは、これからですが。

――意外ですね。VCはまず対面で会って投資先を決めるイメージでした。

入山:デジタル比重が高いVCもいます。たとえば、シリコンバレーの『スクラムベンチャーズ』のトップの宮田さんにお話をうかがうと、彼はコロナ禍の前からZoomを活用していたそうです。そして起業家とのミーティングは、初回は必ずオンラインだそうです。
まず、オンラインだと案件を断りやすいそうなんですね。「この投資案件はないな」と思ったら、オンラインなら比較的容易にNGを出せる。移動時間も短縮できるし、遠方の起業家とも会える。ファーストコンタクトを終えて良い感触を掴めたら、何度もオンラインミーティングを重ね、そして投資を決める前になったら初めてリアルな機会を設けるのだそうです。

――重要な意思決定にも、デジタルが活用できてしまうのですね。

入山:その辺りはフロンティアで、何が正解かをみんなが模索しています。デジタルでどこまで共感性を担保できるか。共感を育むために、どれくらいの時間や頻度、密度が必要なのかは、まだケースバイケースです。
ただ、多様な人と会う価値はこれからも残ると思います。デジタルでは検索できない情報がありますし、信頼されないと出てこない暗黙知がありますから。何より、繰り返しですが五感はリアルでないと感じられない

――そのほかに、共感を育むTIPSはありますか?

入山:例えば、ショートムービーはもっと使えると思います。「我々が3〜40年後に作りたい世界はこれだ」とメッセージを出して5分程度にまとめるんです。視覚・聴覚の表現として一番リッチなメディアの一つは映画です。長編映画を作るのは大変ですが、ショートムービーならコストも下がっているので作れずはずです。例えば、ソフトバンクなどは最近様々な動画を作っていますよね。間口を広めて、キーパーソンと出会ったらリアルな場で共感を育めばいいと思います。

理由がなければ人は集まらない。アフターコロナのリアルな場には「エンタメ」が必要

――ワクチンが開発され、ようやくコロナ禍も収束が見え始めてきました。今後、世界はどのように変わっていくのでしょうか。

入山:AIやRPA、DXは今後不可欠な技術として実装されていくことは間違いありません。そうすれば既存のノウハウはブラッシュアップされ、人や組織は幅広く様々な知識にアクセスできるようになります。
一方で、知識と知識を組み合わせ、失敗しながら新しいものを生み出す作業は人間にしかできません。今後人間は、人にしかできない作業に集中していくと思います。

――その時に、対話や共感などが重要になっていくと。

入山:はい、そこではリアルで人と会うことがより重要になってくるはずです。でも、リモートワークやeコマースが普及しているので、自宅で仕事や生活が完結してしまう。だから、人が移動するべき理由が必要だと思います。
これからは便利なだけでは人は集まりません。面白いこと、共感できること、楽しいことがあるから人が集まる。だからスポーツやライブ、キャンプなどのエンタメが重要なんですよ。共感を育む場が求められるので、日本有数のオフィス街、大手町・丸の内・有楽町エリアにキャンプ場を作ってしまえばいいんです(笑)。それに丸の内はすでに世界屈指のグルメシティなので、それはもっと強化すべきです。東京には多様な人がいますから、エンタメやグルメなど、五感でしか得られないものを求めて色々な人が集まり、結果としてきっと良い対話がどんどん生まれると思います。

ここがポイント

・対話のプロセスにより暗黙知を形式知化していける
・デジタル技術でカバーできるのは視覚と聴覚だけ。残る味覚・嗅覚・触覚には訴えかけることができない
・視覚と聴覚だけで足りてしまうものは全部デジタルに置き換わっていく
・物理的なオフィスは「五感を通じて対話したり、共感する場」になっていく
・五感でしか得られないものを求めて色々な人が集まり、結果としてきっと良い対話がどんどん生まれる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:戸谷信博