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「コスト」である家賃を「投資」に変える。優秀なエンジニアが集う職住一体型の「IT版トキワ荘」、テックレジデンスとは

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私たちの生活に「衣食住」は欠かせない。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、リモートワークが身近になった現在。もしも仕事にプラスの影響を与えてくれる住まいがあれば、「住んでみたい」と考える人は多いのではないだろうか。

現に職住一体型の住まいを提供する企業が増えてきた。株式会社CEspaceも、エンジニアなどIT人材向けにコミュニティ型賃貸住宅「TECH RESIDENCE(テックレジデンス)」を提供している。「エンジニアが集まるコミュニティ」をどうすれば作れるかを考え生まれたのが、職住一体型の住まいに優秀なエンジニアが集まり、互いの技術を吸収し合いながら腕を磨けるTECH RESIDENCEだ。居住者には六本木ヒルズから引っ越してきた人もいるという。

CEspaceは2021年5月に、三菱地所株式会社と資本業務提携を結んでいる。提携を通して両社はどのようなビジョンを描いているのだろうか。株式会社CEspace代表取締役の若泉大輔氏と、三菱地所株式会社 営業企画部 協創マーケティング室の沖野周一氏に、テックレジデンスの構想を伺った。


若泉大輔
株式会社CEspace 代表取締役社長
2007年にウィルグループに入社。人材派遣・紹介の営業、エージェント業務、グループ新卒採用担当、社外向けセミナー活動やWEBサイト構築を経て上場時にグループ広報部門の立ち上げを行う傍ら、現在の事業を社内で提案、採択。事業部の設立を経て2019年に分社化し代表就任。TECH領域に関わる方々への価値提供のため、企業、自治体と連携しながらサービス開発に取り組む。


沖野周一
三菱地所株式会社 営業企画部 協創マーケティング室 主事
2008年に三菱地所に入社。大規模複合再開発事業、オフィスビルの開発事業、住宅事業を行う三菱地所レジデンスへの出向を経て、2019年から協創マーケティング室へ。「新たなーサービス」・「新たなターゲット」の観点から三菱地所グループの既存事業のバリューアップ及び新たな価値創造を目的として、様々な外部プレイヤーとの協業等を模索。

INDEX

転勤した東京で生まれた「IT版トキワ荘」のアイデア
コミュニティの質を担保するため、あえて入居のハードルを上げる
ハードではなくソフトで勝負。泥臭い運営が参入障壁に
今後は地方創生にも着手します
まずは住まいから、優秀なエンジニアが得する社会を作りたい
ウェルビーイングを高め、学びが得られる住まいを提供したい
ここがポイント

転勤した東京で生まれた「IT版トキワ荘」のアイデア

――まずはテックレジデンスが生まれた背景を教えてください。

若泉:私はもともと奈良に住んでいて、転勤で名古屋を経て東京に来ました。来てみたら人はよそよそしいし、知り合いも少ない。「面白くないなぁ」とは思うものの、帰るわけにもいきません。どうしたら自分は東京で楽しく暮らしていけるだろうかと考えまして、「コミュニティを作ろう」と思いました

もともと事業を創りたい想いがありましたが、コミュニティはお金・収益とは相反しがちな存在。社会性から収益を生み出すために国の成長戦略を調べました。「日本が目指す方向性とコミュニティを掛け合わせたら必然的に伸びるだろう」と、そうして出てきたのが「IT」でした。

――なるほど、ここから「エンジニアが集まるコミュニティ」のアイデアが生まれたのですね。

若泉:コミュニティにも色々ありますけど、オフ(仕事や学業以外の時間)の場の価値はめちゃくちゃ大きいと感じています。Facebookの創業者も「大学にいる女性のDB」という、いわゆる仲間内の“わくわく”を語り合い昇華させてSNSを開発し、世界中の人々が使うサービスへと突き抜けました。人の心のワクワクが生まれやすいのは、やはりオフの時間です。「会社が言うから」「お客さんが望んでいるから」だけでは、人は魂が揺さぶられるようなクリエイティビティを発揮しきれないと思います。

それで、「オフの時間を過ごす主な場所はどこだろう?」と考えたら住まいが出てきました。多くの時間を過ごす住まいの場とITを掛け合わせて、IT版のトキワ荘ができるのではと思ったんです。トキワ荘には手塚治虫や藤子不二雄など、若い漫画家たちが集い、切磋琢磨していました。その足跡が現代のマンガアニメ文化を作って、インバウンドの呼び水となり今では外貨を稼ぐ重要なコンテンツです。日本に資源がないなら、ITでも同様のことをしていかなければ、と考えました。

――若泉さんが働いていたウィルグループは人材の会社ですよね(株式会社CEspaceは2019年3月にウィルグループから分社化)。なぜ人材の会社が不動産業を始められたのでしょうか?

若泉:事業提案の場を通して役員会で合意を取って新規事業を立ち上げたんですが、その時はマスコミの意見を上手く使わせてもらいました。自分の言葉だけで「この事業は社会的な意義があります。だからやりましょう」ではパンチが弱いので、テレビ局・新聞社・ラジオ局の人々に事業企画を見せて回って「IT版のトキワ荘ってどうでしょう?」と聞いたんです。

当時の私はグループの広報担当だったので、日常業務のなかでマスコミの人々に接することができました。企画を説明すると「新規性がある」「社会的意義がある」「事業をやるなら取材する」と、予想通りの反響が得られた。この反応を役員会に提出したんです。「彼らはこう言っていますが、やりませんか?」と。少しずるいやり方かもしれませんが、世間の声と見方を確認するこの方法で人材の会社にいながら不動産事業を実現できました。

――その後、三菱地所との提携はどういう経緯だったのでしょうか?

若泉:2018年に地所さんが開催しているアクセラレータープログラムに参加したことがきっかけでした。

すでにテックレジデンスを運営していましたが、僕らには不動産のノウハウが全然なかった。宅建を取って事業を始めましたが、後発かつ新規参入のため物件情報も手に入らないし、良い土地を見つけてもどうやって買えばいいか分からない。事業を拡大させるために欠かせない「ハード面」を整備するために、不動産領域のパートナーが必要だったのです。

テックレジデンスの価値であるコミュニティ形成は、労働集約型のビジネスモデルです。入居者のエンジニアがお互い切磋琢磨できる環境を作るためには、運営側が手入れをしなければいけません。そうしたソフト面に興味があって、方向性が近い不動産プレイヤーと組みたかった。地所さんとは方向性がガチッと組み合いまして、「ぜひ」ということで提携が決まりました。

――当時、三菱地所はCEspaceの事業をどのように捉えていたのでしょうか?

沖野:提携窓口は、「協創マーケティング室」でした。協創マーケティング室のミッションの1つである「既存事業のバリューアップ」という点で、CEspaceさんはすごく相性がいいパートナーでした。

不動産業はこれまでハードに頼ったビジネスモデルでしたが、(既にそうですが)今後はいかにソフトなどによって、他社との差別化を図れるかがポイントです。これまでも当社は、コンパクトオフィスなど、マクロトレンドに沿ったアセットタイプを展開してきましたが、ある程度供給が進むと様々なデベロッパーが参入して、最終的に利益率や工事費などによる価格勝負になってしまいます。

テックレジデンスは、ソフトという観点から不動産に新たな価値を付加してくれます。僕たちもCEspaceさんのようなプレイヤーを待っていました。

コミュニティの質を担保するため、あえて入居のハードルを上げる

――テックレジデンスには現在どのような人が入居しているのでしょうか。

若泉:20代後半から30代前半が中心ですね。入所者は大手IT企業やベンチャーなど、ほとんどがIT企業に勤めています。

――ちなみに家賃はどれくらいなのですか?

若泉:シェアハウスでは高めの設定で、平均10万円以上はします。

――強気の家賃設定ですね。

若泉:あえてそうしています、もちろんそれに見合う場所などの要素は踏まえていますが、クリエイティブなことをするなら、「余裕」が必要で金銭的な側面もその一つです。ある程度高い家賃が払える人なら、会社でも評価されていて、ノウハウも持ち合わせている、という相関を想定しています。そうした人々が集まるからこそ、お互いに刺激できるはず。

過去には、六本木ヒルズに住んでいる人が「ヒルズに住んでも5年後には何も残らない。だったら、テックレジデンスに住むことが自分のキャリアにプラスになるはず」とテックレジデンスに入居されたこともありました。他には、「今の月給では払えるギリギリの家賃ですがどうしても」と入居されて、スキルアップし転職し月給が上昇したという方もいらっしゃいました。

――賃料が入居者のクオリティをコントロールする要素になっているんですね。テックレジデンスでは、どのようなコミュニティを目指しているのでしょうか?

若泉:単純な良し悪しで分けられるものではありませんが、コミュニティには「付加価値が低いもの」と「付加価値が高いもの」があると思っています。僕らは「付加価値が高いコミュニティ」を目指していきたい。コミュニティに仕事(IT)を掛け算すると、入居者の成長を促進することができます。その証拠にテックレジデンスでは、先程お伝えした方だけでなく多くの入居者の年収が上がっているという話を耳にします。

年収が上がる理由として、みなさん「他の入居者からスキルや技術を教えてもらえるから」と、仰るんですね。会社では「分かりません」と言うと評価に響いてしまい、聞きづらい。けれど、オフの場ならあれこれ質問できますし、他の技術領域にも触れられます。

さらにテックレジデンスからは8名の経営者が誕生しました。同業者と深い話ができて、仲間ができて、開発プロジェクトや会社が立ち上がっているんです。

従来、家賃は生きていくために不可欠な「消費」でしたが、テックレジデンスでは自分の人生を成長させる「投資」に変えることができます

――優秀なエンジニアを集めることが必要だと思いますが、どのようにフィルタリングをしているのでしょうか。

若泉:一般的なシェアハウスは家具も備え付けていますし、敷金礼金がかかりません。入居しやすいので半年で人が入れ替わります。一方で、テックレジデンスには備え付けの家具はありませんし、敷金礼金もいただいています。入居時に面接も行っているので、敷居は高いです。だからこそ「愛情」を持ってもらえる場所になり得ると考えています。

また、居住契約は1年で終了にしていて、再契約には我々と入居人の双方の合意を必要としています。良いコミュニティを維持するため、例えば問題を起こしそうな懸念がある人や考え方など相性が合わない人はお断りしています。これらの施策を通して、コミュニティの質を担保しています。

ハードではなくソフトで勝負。泥臭い運営が参入障壁に

――お話を聞いていると、テックレジデンスには多くの需要がありそうです。なぜ今までプレイヤーが登場してこなかったのでしょうか?

若泉:構造上の問題があると思っていて、不動産業の収益率を調べると10〜20%が平均的な数字なんです。投資の回収スパンも長く、不動産業者は5〜10年単位で物事を見ています。だからテックレジデンスのように、短期間で回収が求められる労働集約型ビジネスを思いついても手が出しづらいのだと思います。

沖野:社内でテックレジデンスの説明をすると、「エンジニアが多いなら5Gなどの設備面にお金がかかるのでは?」と聞かれるんですね。でも実際は真逆で、若泉さんや入居者が泥臭くコミュニティを醸成しているんです。ソフトが肝のビジネスなので、僕らデベロッパーは、やりたくても手間がかかってできません。

若泉:例を挙げると、最初のレジデンスは週一でトラブルがありました。今では考えられない話ですが停電は序の口で、エアコンの故障で部屋の温度が40度になるとか、普通の賃貸物件ならクレームもののトラブルが頻発して……。すぐに業者さんを呼んで修理をお願いしましたし、扇風機やアイスを持って行って「大丈夫ですか」「すみません!」と対応しました。

――お話を伺う限り、運営はすごく大変だったと思います。何を信じて事業を続けてきたのでしょうか?

若泉:私自身が優秀なエンジニアに刺激をもらえていたからです。入居者は例えば有名どころでいうとマイクロソフトやGoogleなどGAFAの急先鋒で、東大・京大・一橋の院卒の優秀な人たちが「こんな家、今までなかったし楽しかった」と話してくれました。だから絶対にニーズがある、と自信が持てました。

――トップエンジニアは年収も高いですし、場所を問わず働けます。なぜテックレジデンスを選んでくれたのでしょうか?

若泉仕事以外で感じられる幸福度を求めてくれたのだと思います。仕事で成果を残し、会社から評価されていい家に住んでいても、いざオフになったらみんな一緒なんです。オフの時間に刺激を得られる住まいや、未来を語り合える同居人に価値を感じてもらえたから、テックレジデンスが支持されたのだと思います。

今後は地方創生にも着手します

――現在は、地方にもテックレジデンスを広げているそうですね。

若泉:まだ計画段階ですが、地方自治体と話を進めています。地方自治体は、「首都圏で働く優秀なエンジニアと接点を持ちたい」と言うんですね。移住してくれたら嬉しいし、地元企業とマッチングすることでDXが進むかもしれない。地方には不動産が余っていてすぐに使える施設もあるから、「とりあえず来てくれ」とプッシュされています。

――地方にテックレジデンスがあると、どのような影響があるのでしょうか?

若泉:エンジニアは血液のように新鮮な情報を運んでくれる存在だと思います。日本を人体に例えると、東京が心臓で、地方が毛細血管の先にある末端組織です。エンジニアはみんな仕事を求めて東京に行きますが、優秀な人ほど東京に住み続けます。拠点と移動する仕掛けが地方にあれば、新鮮な情報が行き届いて、優秀な人材の流動化によって活性化の糸口になってくれるでしょう。

また、教育にもプラスの影響があると思います。小学校ではすでにプログラミング教育が始まっていますが、開発経験がない教員は教えたくても「リアル」を教えられません。地方に優秀なエンジニアが出向くことで、教育格差も是正できるかもしれません。

エンジニアにもメリットはあります。地方創生文脈の仕事は需要も多く、自治体と連携するなどして個人のポートフォリオを豊かにしてくれるはず。東京には優秀な人が多く目立ちづらい環境ですが、地方にいくことでスポットライトが当たることもあるでしょう。エンジニアと地方の双方にメリットがある話だと思います。

まずは住まいから、優秀なエンジニアが得する社会を作りたい

――今後レジデンスで実現していきたい構想はありますか?

若泉将来的には優秀なエンジニアの家賃を無料にしていきたいですね。「この人と一緒に住みたい」と思うような超優秀なエンジニアがいたら、その人分の家賃を入居者みんなで賄えばいいと思うんです。

僕は優秀なエンジニアがベネフィットを得られる社会になればいいなと考えています。例えば飲食店で安くご飯が食べられたり、家賃が安くなったり、買い物が安くなったり。仕事以外の場でスキル価値が評価される世の中になったらエンジニアを目指す人がもっと増えるはず。国際的な競争力を持つためにエンジニアの育成は必須で、世界的に見ても人手が足りていません。エンジニアの技能が会社以外でも評価される、そんな世界観の一旦をレジデンスで実現したいです。

沖野:エコシステムの一環として、最近ではバーチャルレジデンスも運営していますよね。

――バーチャルレジデンスとは何ですか?

若泉:オンライン上のコミュニティです。レジデンスのファンだけれど、地方から離れられなかったり、家族がいたりして住めない方もいます。そうした方々に向けて、レジデンスと交流する場を設けていきたいと考えています。オンラインコミュニティはある程度クローズドな場にしていまして、一定の基準を通過した人しか入会できない良質なつながりの場です。

ゆくゆくは全国にレジデンスを設けて、バーチャルでつないでいくことで、コミュニティを盛り上げていきたいですね。

沖野:今後レジデンスの運営を続けていけば、単身者しか入居できないレジデンスではライフステージの変化から退出しなければいけない人が出てくると思います。そこで繋がりが絶たれてしまうともったいないので、卒業生が関われるようにバーチャルな場が必要だと思いました。

卒業生のコミュニティができれば、クラウドファンディングのようなこともできるんですよ。資金を集めて、エンジニア向けに住居やオフィスを実現できます。

若泉:年々生産人口は減っているので、住まいが余り、相対的に価値は減っていくでしょう。だからこそ、コミュニティが必要なんです。

設備は一度導入したら、年々古くなって価値が落ちていきます。対するコミュニティは年月を経るごとに価値が上がっていきます

時間が経つと価値が下がるハードと、時間を経て価値が上がるコミュニティ。CEspaceはハードとコミュニティを組み合わせることで、不動産の価値を上げていきます。

ウェルビーイングを高め、学びが得られる住まいを提供したい

――最後に、おふたりがテックレジデンスを通して実現したい未来を教えてください。

若泉:綺麗にまとめるならば、ウェルビーイングが高い世界を目指したい。豊かな社会を作るならば、教育は絶対に欠かせません。子供だけじゃなく、大人にも教育は必要です。

その点、テックレジデンスには教育要素があります。運営する側も入居する側も双方から学べますし、共に住むことが長い人生の中でも貴重な教育機会になる。学校以外で教育の機会を提供する場を作れたら、家賃が「消費」ではなく「投資」に変わると思います。

沖野:地所としても世の変化の中で、単なる不動産業から総合ライフプロデュース業への転換を目指しています。「不動産を軸に、人生全てと接点があります」というポジションを取っていきたい。だからこそCEspaceのテックレジデンスには大きな期待を寄せています。

ここがポイント

・コミュニティはお金・収益とは相反しがち、そこで社会性から収益を生み出すために国の成長戦略を調べ、ITとの掛け合わせを着想
・オフの時間でのワクワクがなければ、人は魂が揺さぶられるようなクリエイティビティを発揮しきれない
・多くの時間を過ごす住まいの場とITを掛け合わせて、IT版のトキワ荘ができる
・クリエイティブなことをするなら、「余裕」が必要で金銭的な側面もその一つ。そのため、入居にハードルを設けている
・家賃を「消費」から、自分の人生を成長させる「投資」に変えることができる
・設備は一度導入したら、年々古くなって価値が落ちていく。対するコミュニティは年月を経るごとに価値が上がっていく


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:小池大介