ベンチャーキャピタリストだというとよく聞かれるのが、「スタートアップの『目利き』をどうやってしているのか?」「プレゼンテーションやエレベーターピッチでどのような点を重要視するか?」ということだ。正直に言うと、20分程度のプレゼンテーションでビジネスの良し悪しを判断することは現代の複雑なビジネス環境においては不可能に近いし、エレベーターピッチのような数分の話で評価はできない。プレゼンテーションを聞いてビビっときたというのは話としては面白いが、通常のビジネスで初対面の社長と20分間話をして融資を決めてくれと言われたら詐欺と思うべきではないだろうか。
スタートアップへの投資となると、通常ではありえない、不可思議な形で投資先を評価していると思われているのが不思議でならない。もちろん自分の会社を売り込む時のプレゼンテーション能力、セールスマンとしての優秀さは組織に必要とされる重要な能力の一つであるが、売り込みがうまいことと投資の判断は別の話である。スタートアップ投資といえど、中身をしっかり見ていかなければ当然成果は出ない。
INDEX
・投資判断を「目利き」とし「アート」化してきた
・スタートアップの評価項目は「実行能力」と「競争力」
・実行能力は過去の実績から評価する
・「競争力」は類似モデルとの比較で評価する
・タイミングによってユニットエコノミクスや事業収支が短期的に悪化することも
投資判断を「目利き」とし「アート」化してきた
日本において、イノベーション教育というとプレゼンテーションスキルやアイデアジェネレーションなどが過度に強調されすぎていると思う。そうなってしまう原因は、これまでのVCの言い分にある。スタートアップの評価体制や経験がないVCからすれば、投資判断は「目利き」というような「アート」で決まると言った方が、ファンドに必要とされる経験やシステムを評価されず都合が良かったのではないかと思う。
VCと付き合う起業家やVCに投資をする投資家、社内でCVC事業をやるかどうかを判断する方は、次の2つを理解することが肝要だと思われる。
①VCの評価プロセスが再現性があるシステムになっているか
②評価プロセスを実行する経験と能力をVCファンドが有しているか
もちろん、投資決定の最後の部分では感覚的要素も大事な考慮点であると思う。しかし、最低限のポイントは論理的に評価しなければ投資の実績は到底期待できない。一般的とされている評価モデルの前提とポイントについて次項で説明をしていく。
スタートアップの評価項目は「実行能力」と「競争力」
大前提としてスタートアップの投資実行や投資評価は1回のトランザクションではない。原則としては、初回の投資以降EXITのタイミングまで続くフローであることを理解する必要がある。もちろん、初回の投資実行時は重要なイベントではあるが、投資実行後も四半期毎に当初の想定とのずれを検証して評価を修正し必要な追加資金、EXIT時期の再計算をしていく必要がある。投資実行前と投資実行後では得られる情報に大きな差があり、どのような点をどのような形で見ていくべきか精度を上げた評価の修正が可能になり、最終的な評価の「答え合わせ」はEXITした時にできることとなる。
従って、良いEXITができると評価モデルに関する修正や比較が進むことになり、当該分野でより精緻な評価ができるノウハウが蓄積していく。
次にどのような点を評価していくかについて説明する。評価項目としては当該スタートアップの「実行能力(チーム)」とビジネスの「競争力」に大別される。
実行能力は過去の実績から評価する
シカゴ大学のカプラン教授らによるVCを調査した論文が2020年に発表された。この「How Venture Capital Make Decisions」という過去最大規模、1200社に及ぶVCを調査した論文によると、各VCがスタートアップを評価する際の最重要点として、実行能力においてはスタートアップ経営陣の過去の関連業界経験と関連業務の能力が挙げられている。
これらをどのように評価するかというと、経営陣がその業務に必要な適切な能力を有するか、過去の同僚や上司などに話を聞き、前職での実績をヒアリングして評価していく。その際に重要な点は、有名企業に勤めた経歴のような大雑把な評価ではなく、その企業でどのような役割を果たしたか、またその企業で同様の経験をした人が成功したトラックレコードが類似のスタートアップ企業であるか、という実績も含めて評価を行うことが重要となる。このようなヒアリングを行える業界ネットワークと必要な内容をきっちりヒアリングできる経験がVCにとっても重要な能力となる。一般的にスタートアップというと若い経営陣を思い浮かべるが、このようなチェックプロセスで評価されるチームは必ずしも若いチームではない。むしろ、シニアなチームで、必要な経験者が揃っている点が評価されることもある。
評価する際は一般的に言われている企業イメージや知名度に躍らせれることなく、実際にその人がどのような実績をどの機能で果たしてきたかを細かく評価するのが重要だ。また、スタートアップのようなリソースが必ずしも十分でない組織で力を発揮できるような人は、その人がどのような環境や企業文化で育ってきたかも重要になる。スタートアップ環境へのフィットについては、同じ会社出身の人が過去に類似のスタートアップでうまく成功できているケースがあるかなどの類似実績を見ていくことも重要となる。例えば、Googleは非常に素晴らしい企業だが、Google出身者は大組織の文化に慣れた人が多く、必ずしもスタートアップの営業担当や技術担当の経営陣には向かないことも多いとの評価も一部のVCから聞いたことがある。逆に人事担当者は買収によりチームを拡大していく際にもGoogleの文化に馴染ませて定着させていくことでも知られており、他のVCでも高く評価されているようだ。実際、かなり大きくなってきた企業で活躍するHR分野のGoogle出身のマネージメントも個人的にも数名知っている。
「競争力」は類似モデルとの比較で評価する
次にビジネスの競争力を評価する項目についても説明したい。
基本的にスタートアップの競争力は、類似の成功した会社のモデルとの差異を確認していき、その差異が妥当であるかを評価していくことになる。その際に重要なのが、スタートアップの情報を評価する際に、スタートアップよりも専門性が劣るVCの勝手な思い込みで判断をするのではなく、サービスにお金を払うユーザー、中でもその分野で成功したサービスを使った実績がある「賢い」ユーザーの「正確性が高い」情報に基づいて評価をしていくのが非常に重要になる。声が大きい似非専門家の声に惑わされては投資で成果はあげられない。具体的な例として、ZOOMが日本に進出し始めた時、多くのシステムインテグレータは既存の会議室ベースのビデオ会議システムとの差異を理解せず、高い評価をしなかった。ZOOMを正しく評価したのはアプリベースのサービスをいち早く利用した金融機関やコンシュマーサービスの会社であった。
競争力の評価に関しても大きな誤解があるように見受けられる。よくある議論としてスタートアップ投資だから数字の分析はしなくて良いというものだ。それは大きな誤りでリスクの高いスタートアップ投資だからこそ、しっかりとしたモデルを立ててそれを活用して適切な数字の分析をしていくことが重要になる。こう話すと全く新しいビジネスをモデルを立てて分析ができるのかとの疑問が生まれるかもしれない。その点に関しては、競合や類似の会社が一切ないというビジネスは存在せず、それが故に過去に成功したモデルを元にして評価していくことができると私は理解している。このような手法により、成功データがあるVCはより精緻に評価をしていくことが可能になり、成功案件の経験が組織として蓄積していく。
以下ではいくつか競争力を評価する数字の例とどのような点を注意して評価していくかを説明したい。上述のシカゴ大学の調査でも、非常に多くのVCが最重要なチェック項目として挙げたのがユニットエコノミクスだ。ユニットエコノミクスとはサービスや商品を一単位生産する際の採算性のことだ。ビジネスの競争力の評価に際して、アメリカ的な言い方では、百円のものを八十円で売るビジネスは競争力がある商品を提供しているとは言えない。そういう意味ではユニットエコノミクスはそのスタートアップの競争力を示す重要な数字だと言える。
ただ、ユニットエコノミクスを利用しての評価にも適切なノウハウが必要で、業種やスタートアップの成長ステージ、売上規模によってコストを適切に組み入れる必要がある。それぞれの業種や成長ステージ、前提によって業界の標準的な数値のレンジが変わってくるからだ。
例えば会社の成熟度が若い場合は可変費用のみを対象とし、成熟するにつれインフラ費用や全体コストも考慮して評価していくのが一般的だ。また顧客の性質によってもコストが変化することが多い。ユーザーが拡大していくにあたってどのようなトレンドで変化していくかにもそれぞれに傾向があるため、チェックする必要がある。ユニットエコノミクス以外にも、同様にチェックの必要がある数値としてはChurn Rate(解約率)やMRR(月次経常収益)、ARR(年間経常収益)、CAC(顧客獲得費用)などが挙げられる。これらの数値をチェックする際には、顧客に提供するサービスの利用期間や課金体系などの契約体系のチェックも不可欠となる。例えば、最低利用期間の設定がある場合は当然その間は解約は出てこないが利用期間の終了後は解約が増加することが予想される。他にも、サービスの利用契約がサービス運営に必要なコストの増加と連動しない場合は予期しない形でコストが増えて収支が悪化する可能性がある。また、事業計画の前提になっている利用見込みなどに関しても顧客側にヒアリングして実情に合っているかを細かくチェックしていく必要がある。
タイミングによってユニットエコノミクスや事業収支が短期的に悪化することも
興味深い例を挙げると、設備投資や初期費用が新規ユーザー獲得時に発生するSaaSのようなサービスにおいては、新規ユーザーを急速に拡大する場合はコストの認識タイミングと利益の計上タイミングに一時的なずれが発生し、ユニットエコノミクスや事業収支が短期的に悪化するケースがある。このような点を正しく認識しないと本来ポジティブに評価すべき財務状況を誤って評価してしまう可能性も出てくる。そのためにMRR、ARRのような長期的な顧客価値をみていく必要が出てくるのだ。また、契約期間をチェックしないでChun Rateを評価すると、契約期間が終了後に予期しない形でユーザーの離脱、収益の低下が発生するケースもある。他には、顧客に対してはユーザー単価で契約し、インフラに対して支払うコストはトラフィックに応じて課金をされる場合は、ユーザーの利用頻度が上がる場合にも採算性が悪化する可能性が出てくるし、ユーザーとの契約とインフラが異なる通貨で決済されている場合は為替リスクを評価に関して織り込む必要もある。ARR、MRRのような数値に関しては、会計上の定義が明確でないため、何を含めるか含めないかがスタートアップ側に裁量があるため、評価する側が不適切な内容まで含んでいないか中身を詳しくみていく必要がある。
上記のような数値の正しい理解のためには業界別や規模、成長率に合わせて標準的な相場の数値レンジを知っている必要があり、また、会社の成長のステージやその時点での成長率、顧客層の拡大によって変化していく一般的なトレンドの傾向も把握していく必要がある。評価する際に標準的なレンジや傾向で数字が出てくることを必ずしもネガティブな評価とする必要はないが、一般的なレンジと異なる場合は合理的に説明できる要因を明確化して検証することが必要となる。上記のような数字データの蓄積も、投資以降のモデルの精緻化やEXITによる答え合わせを繰り返しデータを蓄積できているVCであればこそだろう。
もちろん、以上のような評価は得られる範囲の過去の実績を元にして将来をできる限りモデル化したものでしかない。従って過去の類似ビジネスとの比較を使って予測評価していき、実際にはその後の実績数値をもとに修正していくため最後は感覚的な判断も入る。もちろん、全てが揃った完全なビジネスは存在しないし、類似との差異はどうしても出てくる。ただ、このような最低限とも言える評価項目を仕組みとして一貫して実施するシステムがあるところとそうでないところでは大きな差異が出てくる。このようなシステムをきちんと運用できるメンバーで構成されたVCかどうかを見極めることは重要だと思われる。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。