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スタートアップの価値はどう決まる? | ベンチャーキャピタリストの視点 vol.3

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今回はスタートアップの価値評価、「バリュエーション」について説明をしたい。
バリュエーションは、一見、投資家にとっては安いほど良く、スタートアップにとっては高いほど良いようにも思えるが、必ずしもそうではない。
前提として共通認識が必要なことは、スタートアップの株式への投資は基本的に途中で換金できない性質を持っていることだ。この点から、私はVC投資は、途中の時点では「子供銀行券」のようなものだと社内で説明している。
株式投資で大事なのはEXITのタイミングでその価格が高値になることで、それは起業家であれ、投資家であれ株式保有者全員にとって共通している。途中での価格はあくまで経過でしかなく、安すぎたり高すぎたりすると、適切な人に適切なインセンティブが付与できなくなるなど、追加資金調達の難易度が上がることになりかねないと理解する必要がある。

INDEX

バリュエーションの基本的な考え方
バリュエーションの手法の概要

バリュエーションの基本的な考え方

株式による資金調達の大前提は、会社の持分を売却し資金を調達するという形態のため、基本的に株価が上がり続けないと次の株式による資金調達が難しくなる。したがって、株式による資金調達では資金調達が不要になるまで段階的に株価が上がり続けるという基本設計が必要となる。
また、一旦、投資家に降り出した株式の割合を後になってから下げたり、買い戻したりすることはスタートアップの資金調達の過程では基本的には難しい。また、会社の持分である株式が全てを売却可能というわけではなく、経営陣の採用や必要な議決権行使のための持分を確保することも考慮せねばならない。

上記のような条件から考えて、バリュエーションについても企業評価と同様に、スタートアップの経営陣も、そこに株式投資を行う投資家も、最終形を想定しそこから逆算して全体のモデルを作っていく必要がある。
経営陣は将来の必要調達金額や、どのような投資家に、どの時点で、どのような権利を付与した株式を持ってもらうかを考えなければならない。また、VCは持分割合に応じた適切な投資資金の確保、計算、適切な権利をデザインしていく必要がある。
つまり、IPO、事業売却のEXIT時点でその会社がどのような企業価値になるか、どのくらいの時間が必要かという点を想定し、少なくとも黒字化時点までに必要な調達資金の総額を考え、逆算して今時点での企業価値を計算していくことが重要となる。
その上で、VCは、下記のような点を考慮し、最終形を想定した上での逆算を行うべきだ。

【VCが考慮すべきポイント】
・投資時点のトータル調達金額
・EXITのタイミング
・自分達の出資割合
・出資割合に合わせた将来の持分割合の維持
・拡大戦略
・必要な追加投資金額

また、一旦スタートアップに出資した場合は、株主としてより詳細な情報が得られる。この情報を基に、出資時点での見通しとの乖離、必要があれば追加投資想定予算の修正を行い、実勢データに基づいてモニタリングポイントの修正をしていく。最終的に投資時の想定、修正時の想定、モデリングが正しかったかの最終評価がEXIT時に行われ、ある種の答え合わせができる。
投資時の企業評価は投資先の管理、モニタリング、ファンドとしての投資資金割り振りのマネージメント(ポートフォリオマネージメント)と密接に連続している。スタートアップ投資とは、投資実行の瞬間的な点での活動ではなく、投資実行からEXITまでが線でつながっている連続した活動と言える。

このような考え方に立つと、必ずしも、低い企業価値で投資を実行し過大な持分割合を獲得することが、出資割合に応じた責任の面からも、投資家にとって良いこととは限らない。また、起業家から見ても、EXIT前の段階で、高い企業価値での投資を獲得することで、次の資金調達のタイミングで実現すべき企業価値の高騰につながり、よくない場合もあることが理解いただけると思う。

バリュエーションの手法の概要

米国会計基準(US GAAP)のガイドラインにIPEV(International Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelins)と呼ばれる未上場株式のバリュエーションガイドラインがあり、一定の基準に従ったバリュエーションを行うことが推奨されている。
IPEVに上げられている評価方法としては以下の5つがある。この内容をかなり概略化して説明する。

(1)市場価格
(2)類似の業種によるベンチマーク
(3)COMPs
(4)DCF
(5)純資産評価

(1)市場価格
市場価格とは、その会社の株式が全部、もしくは部分的に買われた価格で、売買の対象や条件に制限がないほど、その価格からのディスカウント等の調整要素が少なくなる。
IPEVで挙げられている例として、公開市場での取引、M&Aによる買収、既存株主以外が設定した価格による出資、部分買収などがある。
流動性や売買対象の制限などを考慮して適切な幅のディスカウントが設定される。
基準となる価格は絶対的な金額が基になり、ディスカウントの度合いに対しては判断も振れ幅も限定的である為、最終的な金額は判断による振れ幅が少ないものとなる。市場価格は取得が可能であれば最も優先度が高い評価基準とされている。

(2)類似の企業によるベンチマーク
ベンチマークとは、同業種で同様の成長段階にある類似企業を設定し、その企業の過去の価格を参考にして価格づけを行うものとなる。
ベンチマークは、ピッタリの類似企業が設定できれば有用であるといえるが、どの企業を選択するかの判断に大きく依存することとなる。

(3)COMPs
COMPsとは同業種、もしくは類似の業種で、同様の成長段階にある企業に関して、売上などの特定の数値に倍率を設定して企業価値を計算するものになる。
COMPsはベンチマークに比べて対象企業の範囲を広めに設定可能な場合が多い。
ただし、業種やその数値の成長率で倍率のレンジが異なり、また、必ずしも適切な同一業種や類似業種、近い成長ステージの企業のデータが一般的に開示されているとは限らない。
従って、VCとしてEXIT事例など妥当性が検証された事例データを持つことが非常に重要となる。

上位(1)ー(3)は過去の類似企業の価格や需要反応から見て価格決定をする方式として、マーケットアプローチと呼ばれ、スタートアップに適しバリュエーション方法とされている。

(4)DCF
DCFについては将来CFを現在価値から割り引いて、更にリスクプレミアムも加味して割り引いたもので、一般的な企業評価では標準的なバリュエーション手法となる。
ただし、そもそもスタートアップはCFがマイナスであったり急成長を想定していることで不確実性が高く、DCF算出の重要なパラメーターとなるリスクプレミアムの数値を正確に見積もることが難しい。
リスクプレミアムの設定次第で計算結果が大きく変わってしまうことから、スタートアップの企業価値評価においての利用が難しいものとされている。

(5)純資産評価
こちらは企業の持っている土地、建物などの資産を元にして企業価値を評価するもので、ソフトウェアスタートアップなどをはじめとした資産をほとんど持たない現代のスタートアップには、DCFと同じくあまり適さない評価方法とされている。

IPEVの説明をまとめると、急成長する未上場のスタートアップの価値評価は現実的には(3)を中心に行うことになるが、(3)についても万能ということではなく、(4)なども併用していくことになる。
その際には該当のスタートアップの事業計画や、想定するEXITまでのモデリングを、妥当な類似対象のデータと比較してその時点での企業価値を出していくことになる。

また、もう一つ重要な点は、IPEVの言うバリュエーション手法は投資時点でのバリュエーションだけでなく、投資後の当該のスタートアップの企業価値見直しの手法にもなる。
投資時点でのバリュエーションは、事業計画に上方ケースを織り込んだプランを作ることから、(1)以外のケースでは基本的には企業価値の下方修正の判断のみが行われ、企業価値の上方修正は既存株主以外の出資による価格付が行われた時のみにされる。
ファンドのバリュエーションへのインパクトを考えると、各投資先に関しての下方修正は数十%という範囲なのに対して、絶対金額として評価が分かれることが原則ない確定した数字が出せる上方修正に関しては場合によっては数百%という範囲で行われる。従って、IPEVのガイドラインに従うと、バリュエーションの下方修正は採用手法やモデリング、判断で各ファンドごとの判断が分かれ、上方修正は新規投資家が入ったラウンドの価格(客観的な数字)を基にして行われることになる。つまり、このガイドラインに従っている限りにおいては、各ファンド間の同じ投資先へのバリュエーションの振れ幅は比較的小さいものとなる。

ここまでの議論から、スタートアップのファイナンスに関して、及びVCファンドの投資先の企業評価、投資先管理の経験を持つ評価チームと蓄積したデータがVCに必要な理由や、適切なプロセスを経たバリュエーションがファンド間での大きな差異がでないように業界プラクティスが蓄積されていることをご理解いただけると思う。
また、スタートアップのファイナンスやVCファンドのファイナンスの経験がある会計事務所などの専門家が必要で、専門家を巻き込んだ標準的な会計評価、バリュエーションガイドラインの設定が非常に重要である点もご理解いただけると思う。
これらは金融アセットしてのVCファンドへの評価の公正化の観点で考える必要があり、日本においてはIPEVのようなガイドラインの設定、標準的な未上場株式の評価手法についての議論も進める必要があると考える。

[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。

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