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「インパクト投資」の現在。先導者SIIFに聞くインパクトマネジメントがもたらす成長の可能性

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近年、「インパクト投資」がグローバルでは大きな潮流となっている。インパクト投資の普及を目的とするロックフェラー財団を中心とした投資家ネットワーク、GIINの2022年のレポート[1]によると、インパクト投資市場規模で1兆1,643億ドル(約120兆円)に達するとされている。
日本でも経団連の提言に「インパクト指標」が盛り込まれたり、金融庁で「インパクト投資等に関する検討会」が開催されたりと、耳にする機会が増えてきている。従来の「リスク」と「リターン」の2軸で考えられていた投資に「インパクト」という新たな軸を取り入れた「インパクト投資」がなぜ注目を集めているのか。

今回は実際にインパクト投資を行っている古市奏文氏にインタビューを実施。同氏はインパクト投資を戦略の中心に据えて様々な活動を行っているSIIF(社会変革推進財団)の中でも異色の存在として知られ、インパクト・カタリストとして常に最先端の事例創出に携わっている。インパクト投資が従来の投資とどのように違うのか、世界と比べた日本の現状について話を聞いた。

[1] 2022 SIZING THE IMPACT INVESTING MARKET(https://thegiin.org/assets/2022-Market%20Sizing%20Report-Final.pdf)

古市奏文
SIIF インパクト・カタリスト
大学卒業後、メーカーやコンサルティング会社を経て、株式会社ミクシィCVCやScrum Venturesにてベンチャー投資を行う。2018年にSIIFに参画し、日本初の機関投資家を引き入れたインパクト投資ファンド「日本インパクト投資2号投資事業有限責任組合」(通称:はたらくファンド)の立ち上げのほか、オルタナティブ事業領域のリーダーを務め、株式会社アドレス、ココホレジャパン株式会社、株式会社ゼブラアンドカンパニー等への出資に携わる。2022年度より現職にてインパクト投資の先行事例創出・研究などをリードして行う。

INDEX

従来の投資では支援が難しかった領域に投資するため「インパクト投資」の世界へ
海外から10年後れながらも、日本が世界で注目される理由とは
インパクト投資がスタートアップに与えるメリットの数々
環境や社会を良くするために重要なのは個人の意識変革
ここがポイント

従来の投資では支援が難しかった領域に投資するため「インパクト投資」の世界へ

――まずは古市さんがインパクト投資に携わるようになったきっかけを聞かせてください。

私は前職でもVCで投資をしており、当時から社会課題解決型のDeeptechスタートアップを中心に投資をしていました。このSIIFに移ることになったのも、より世の中を良くしていくために、投資家として何ができるか考えた結果です。

――VCでも世の中を変えるスタートアップに投資をしていたのだと思いますが、今の活動とは異なるのでしょうか。

たしかにVCでも社会課題を解決するスタートアップに投資していました。しかし、そこにはVCならではの限界もあって。私が興味関心強い発達障害児の支援や多様性を実現するサービスは現状では事業展開に限りがあり、大きなリターンだけが指標となるVCでは投資できなかったのです。

その現実を見ながら新しいアプローチが必要だと思っていた私にとって、インパクト投資はまさに求めているものでした。

――改めて、インパクト投資とはどういうものなのか、従来のVC投資と何が違うのか教えてください。

従来の投資は「リスク」と「リターン」の2軸のみで判断されていました。そこに「インパクト」という新しい判断軸を持ち込み、3軸で考えるのがインパクト投資です。

さらに細かく言えば「意図があること」「財務的リターンを目指すこと」「広範囲なアセットクラスを含むこと」「インパクト評価を行うこと」の4つの条件を満たした投資活動と定義されています。

これまで経済的な指標だけで判断されていた投資の世界に、新しい判断軸を加えることで、より視野の広い投資活動ができるようになるのです。それはスタートアップ投資に限らず、あらゆる投資商品が対象になっています。

海外から10年後れながらも、日本が世界で注目される理由とは

――日本では最近になって耳にする機会が増えたインパクト投資ですが、世界ではいつ頃から行われているのでしょう。

初めてインパクト投資という言葉が使われたのは、2007年にロックフェラー財団が主催した国際会議でのことです。その後、2013年にイギリスのキャメロン首相の呼びかけで、インパクト投資のタスクフォースが立ち上がり、それが大きな契機となりました。

日本で初めて本格的なインパクト投資活動を始めた私たちの財団が生まれたのが2017年。インパクト投資という言葉が生まれて10年後のことです。様々な業界で日本は世界から10年遅れていると言われていますが、インパクト投資も同じですね。

2021年には国内の複数の金融機関が協働して「インパクト志向金融宣言」を出したので、これから日本でも本格的にインパクト投資が浸透していくはずです。

――日本のインパクト投資はまだまだこれからなんですね。

たしかに日本のインパクト投資は始まったばかりで、これまで最先端の事例は世界から生まれて来るばかりでした。一方で今後は日本が世界の注目を集めていく可能性も大いにあります。日本よりは進んでいるとは言っても、世界のインパクト投資もまだまだフロンティアなので。

その点、「少子化」「超高齢社会」「労働力不足」など課題先進国と呼ばれている日本は、様々な社会課題に直面しているため「インパクト投資」と銘打っていなくても、必然的に社会課題の解決は意識してきました。その経験やノウハウがあるため、世界との10年分の差はすぐに埋まるのではないかと思っています。

――海外のインパクト投資は、現在どのようなフェーズなのか聞かせてください。

例えば経営面では最近はインパクト加重会計といって、第三の軸である「インパクト」をきちんと財務諸表上に価値換算する動きが強まっています。これまで曖昧だったインパクトを可視化して、通常の経営に取り込もうとしているのです。

事業面では、オランダなど先進的な国を中心に、個社ごとではなく、セクターごとに社会的インパクトを生み出す動きも始まりました。一社で生み出せる社会的インパクトは限られているため、社会構造を変革することで、より大きなインパクトを生み出そうとしているのです。そのようなプロジェクトに投資する動きが加速しています。

――セクターごととはどういう意味でしょうか?

個社ごとへの投資を超えて、より広域的な対象と手法によるアプローチを取ることを意味します。たとえばアメリカのOmidyarNetworkなどは、マイクロクレジット(少額融資)セクター拡大のために、約100millionドルを28組織(うち非営利15、営利13)に対して資金提供したことで知られています。またオランダのToriods銀行では、食料や農業の領域で中長期的な土壌保全のために、債権を発行して土地を買い取り、提携機関と一緒に土地を整備した上で、自然共生型の農業事業者に貸し出すモデルなどを開発しています。

インパクト投資がスタートアップに与えるメリットの数々

――インパクト投資はスタートアップにはどのようなメリットを生むのでしょうか。

ひとつには、これまで資金調達が難しかった事業や領域でも、「インパクト」があればむしろ資金調達が可能になるということです。加えて、インパクト投資を受けることで、経済的メリットだけでなく、より正確に企業の社会的価値を伝えられるようにもなります。これまで協業が難しかったような企業とも組める可能性も高まりますし、広告費だけに頼らないマーケティングなどが可能になるでしょう。

採用活動においても、ビジョンに共感したくれた方がジョインしてくるため、報酬以外の動機づけが可能になります。そのようにしてジョインしてくれた方は、入社後に活躍してくれる可能性も高いはずです。

実際にイギリスではインパクト投資を受けている企業の方が、資金調達の可能性が高く、倒産率が低いというデータ[2]もあります。いずれにしても、スタートアップにとってインパクト投資が有利に働くのは間違いないでしょう。

[2] 出典:https://www.beauhurst.com/blog/impact-investing-funds/

――インパクト投資を受けるには、何をすればいいのでしょうか?

どのような社会的インパクトを出せるのか測定し、可視化する「インパクトマネジメント[3]」をする必要があります。通常は事業計画を作るのと同じように、現在どれくらいの社会的インパクトを出していて、これからどうやってインパクトを拡大していくのか。そのようなデータを定量的にまとめてレポートします。

ただ「社会にいいことやっている」と言われても、投資家は評価できません。その裏打ちとなるデータを提示することで、投資家や他の事業者に評価してもらえるようになるでしょう。ある意味で手間はかかりますが、今は多くのスタートアップが社会的課題の解決を自明の目的にしているので、このような流れは多くの経営者に好意的に受け入れてもらえています。

――どのようにインパクトマネジメントをすればいいのか教えてください。

事業によっても、何をKPIにしてインパクトを定量化するのが変わってくるので、会社ごとにインパクトマネジメントの方法も違います。そのため、まずは何よりも自分たちの事業が社会的な価値を持つのかを自分たちで考えて整理することから始める必要があるでしょう。最近ではインパクトマネジメントを専門に支援する会社なども増えてきています。

私たち財団でも、知見やノウハウの多くをHP等で公開していますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

――どのフェーズでインパクトマネジメントを始めればいいのでしょうか?

早ければ早いほうがいいと思います。ただし、PMF前のスタートアップはすぐにピボットする可能性もあるため、あまり早すぎても評価が実際に実施できなかったり、事業の足枷になる可能性もあります。通常、PMFが見えた段階でインパクトマネジメントを取り入れるのがいいタイミングかも知れません

また、2022年の10月にはユニファ株式会社、ライフイズテック株式会社、レディーフォー株式会社など23社が「インパクトスタートアップ協会」を発足するなどの動きも出てきています。こういったすでにある程度の事業規模を持つようなスタートアップにも、ぜひインパクトマネジメントを取り入れてほしいですね。その後上場した際に、企業がインパクトマネジメントをすることで、投資家もそれを基に投資できるようになるため、よりインパクト投資が広がると期待しています。

[3] IMM=Impact Measurement & Management(インパクトメジャメント&マネジメント=インパクトの測定と管理)

環境や社会を良くするために重要なのは個人の意識変革

――これから日本でインパクト投資が浸透していくには、何が必要なのか聞かせてください。

実績が必要だと思います。今の日本のマスメディアの関心は「インパクト投資をして本当に成果が出るのか」ということ。たしかに、日本ではまだインパクト投資による実績が少なく、そう思われても仕方ありません。

しかし、イギリスにしても先述のようなデータがあるため、日本でもインパクト投資の成果が出てくるのは時間の問題だと思っています。「インパクトマネジメントをすることで成長に繋がる」という考えが常識として広まれば、自然とインパクト投資が広がっていくと思います。

――成功するインパクトスタートアップが登場することが大事ということですね。

そうですね。また、インパクト投資家、インパクトスタートアップに加えて「インパクト消費者」「インパクト個人投資家」の存在も重要です。環境や社会のことを考えて商品を選ぶ消費者が日本でも増えれば、企業も自ずと環境負荷を減らす取り組みを始めるでしょうから。

また、個人投資家のインパクト投資のニーズが高まれば、金融機関もインパクト投資の金融商品を増やしますし、インパクトマネジメントをする企業も増えるはずです。私たち投資家が運用しているお金にも個人投資家のお金が含まれており、インパクト投資へのニーズが高まればプロ投資家たちもインパクト投資をせざるを得ません。

まずは私たち投資家や企業が意識を変えなければなりませんが、それが個人まで浸透すれば、さらに投資家や企業の意識変化を加速させることになるでしょう。「それは思っていたよりも早く訪れる」というのが今感じていることです。

ここがポイント

・グローバルではインパクト投資市場規模が1兆1,643億ドル(約12兆円)に達する
・「リスク」と「リターン」の2軸に「インパクト」という新しい判断軸を持ち込み、3軸で考えるのがインパクト投資
・様々な社会課題に直面し「インパクト投資」と銘打ってはいなくとも、社会課題の解決は意識してきた日本は、世界との10年の差をすぐに埋められる可能性がある
・インパクト投資により、これまで資金調達が難しかった事業や領域でも資金調達が可能になり、経済的メリットだけでない企業の社会的価値を伝えられるようにもなる
・まずは投資家や企業が意識を変える必要があるが、それが個人まで浸透すれば、さらに投資家や企業の意識変化を加速させることになる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二