時代を先読みする力。それはスタートアップや新規事業開発担当者だけではなく、不確実な時代を生き抜く我々個人にとっても、文字通り「有難い」力のひとつである。
ブロックチェーン、XR、メタバース、自動運転、チャットAIとテクノロジー界の黒船がどんどん出現する上に、日常生活においてもパンデミックが発生し、物価が上昇し、第三次世界大戦の予感さえ漂い始めている。自分のよく知った「旧世界」にしがみついていると、何が起こるかわからない「新世界」から取りこぼされてしまう。そうならないために、どうすればよいのか。どうすれば生き残れるのか。
そうした想いに示唆を与えてくれるであろう人物に話を聞くこととする。ブロックチェーン黎明期よりその可能性を見出し、「アート作品の売買の際に、アーティストへの還元金が支払われる」サービスを構想、開発した現代美術家でありスタートバーン株式会社代表取締役である施井氏をお呼びし、自身の事業の展開をなぞりながら、「先読みする力」について聞いた。
施井泰平
スタートバーン株式会社代表取締役株式会社
東京大学生産技術研究所客員研究員
美術家、起業家。2001年、多摩美術大学卒業後「インターネットの時代のアート」をテーマに美術制作を開始。現在世界中のNFT取引で標準化されている還元金の仕組みを2006年に日米で特許取得するなど、業界トレンドの先手を打っている。2014年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業し、アート作品の信頼性担保と価値継承を支えるインフラを提供。事業の中心である「Startrail」は、イーサリアム財団から公共性を評価されグラントを受ける。作家として、個展やグループ展などで作品を発表すると同時に展示を企画。主な著書に平凡社新書『新しいアートのかたちーNFTアートは何を変えるか』(2022)などがある。
INDEX
・中心部と周縁部の動きをウォッチせよ
・埋もれた「画期的なアイデア」は時流に乗れなかったことが敗因
・ここがポイント
中心部と周縁部の動きをウォッチせよ
――施井氏は現在、ブロックチェーンを活用したアーティストに還元金を返すサービスを開発、運用されています。ブロックチェーンを広めたEthereumが生まれる3年前に、ご自身のプラットフォームの構想を発表し、2015年の実装段階では還元金の仕組みをすでに組み込んでいらっしゃいました。
施井:ご説明いただいた通り、このサービス構想は2012年に発表したものです。しかし遡ると、2006年時点で既にこのサービスの核となるアイデアの特許は取得済みでした。
特許取得から発表までの6年間、まわりからは「とにかく早く動いた方が良いよ」と言われましたが、私自身は(サービスが)軌道に乗るイメージが持てず、プラットフォームの実装にはなかなか踏み切らずにいたのです。なぜかと聞かれれば、それはもう勘のようなもの、としか言えません。その間、まわりからは「口だけじゃないか」とそれはそれは突かれました(笑)。
――6年も寝かせたものを、なぜ2012年になったタイミングで走らせたのでしょうか。
施井:アート業界とテクノロジーのコラボレーションは大体2011年から2012年にかけて実現したと言われています。そもそもアメリカの美術館の運営構造というのは寄付ベースです。各館は欧米全土の資産家リストを所有し、そこから寄付を募っていました。しかし、そのリストにはニューリッチやITリッチと呼ばれるような新興富裕層は含まれておらず、長らくその層を美術館は取り込むことができなかった。
しかし2011年になると、世界の有名美術館と民間企業の一部門であるGoogle Arts and Cultureによるコラボレーションを皮切りに、アートとテクノロジーそれぞれの業界に交点が生まれたんです。それを受けて、Artsy[1]やPaddle8[2]、VIP ART FAIRをはじめとするアートの中核を担うプレイヤーたちが参加するプロジェクトが複数始まりました。
なぜ2012年だったのか、という問いに対する解としては、そうした業界における大きな潮目の変化を機運として当時の私が感じたからだったのかもしれませんね。
――なるほど。結果論的に「業界の中心部が大きく動く」ことを待っていたと。
施井:そうですね。なんだかんだで、ど真ん中が動かなければ動かない領域は割と大きいもの。一方で、業界の中心部にだけ目を向けていればよいということはなく、業界の周縁部にも目配せすると、「今だ!」もしくは「もうすぐだ」といううねりが観測できるように思います。未来というのはいきなりではなく、グラデーションでくるものですから。
――ファッション批評家の方に聞いた話ですが、彼らはメゾンの発表会と、その会場周りのストリートの両方を見て、次の時流を見るとか。それに近しい話でしょうか。
施井:そうです。そこで重要なのは、自分がもう随分と前からその流れを予測していたという証明を残しておくこと。それも形に残るようにして。
いざ「未来」がくるまで、人は基本的に話を聞いてくれません(笑)。有名な博士や偉い人の意見にみんなすごく囚われてしまいますから。SF映画によくある、未来からきた人が「この場所には津波が来るから逃げろ!」と警告したところで誰も聞かないのと一緒。どうしてそれが正しく起こりうる未来かどうかって伝えられないものです。
――SF映画の例をなぞると、津波が見えた状態で行う「予言」と、津波発生前に行う「予言」では、預言者がどれだけ先を見通していたかに大きな違いがありますね。
施井:そうなんです。来そうな雰囲気も無いのに人を説得することは至難の業です。津波だとしたらその人が専門の学者として信頼されているとか、過去に予想を的中させた実績などがなければ人は信じません。ですから自分で発信して、行動することが、個人的にはかなり重要なことだと思います。それは結果が出る前でも、その物事に注目が集まったり、想像させる効果をもたらします。バタフライエフェクトみたいなことで、自分がトークイベントで話したことを、誰かが別の場で展開して……それがどんな風にしてか世界に影響を及ぼすかもしれません。僕はそのような気持ちでここ15年ほど活動してきたので、自分がアートのためのブロックチェーンインフラの「Startrail」を開発しなくても、誰かが同じような考え方を世に出していたかもしれないと思っていますし、僕の行動は他の誰かの影響を受けているとも思っています。
だからこそ、起業家や発明家など「メッセージを作る人」っていうのは、ちゃんと自分が考えて動いたことの証拠を残しておかなくてはならない。その上で、その先の波及効果が意外と大きいことも予想しながら行動するのがいいのかもしれませんね。
――なるほど。個人の働きが時代の変革に大きく寄与することもあると。
施井:そうです。それとは別の大きな力の話になりますが、技術の発展に伴って、アートをはじめとするそのほかの業界も巻き込まれるように発展していくのは自明のことです。
歴史を遡れば、芸術が隆盛を極めたルネッサンス期には三大発明とされる「活版印刷」「羅針盤」「火薬」が生まれました。特に活版印刷の誕生は、個人が教会という権力構造から自立することに大きな影響を与えます。教会に通わなければ得られなかった学びが、活版印刷技術によって聖書が大量生産されるようになり、各人が家で主の教えを得ることになりましたから。そこから宗教改革が起こり、レオナルド・ダ・ヴィンチらが宗教画ではなく一般人の肖像画を描くこととなり、さらには人間の体を「宗教的」なものではなく「科学的」な見地から見ることが許され、サイエンスつまり医学や科学などの客観的事実に基づく学問が発達していきました。
その後に訪れる、カメラ(写真)の発明も同様です。ルネサンス期には「目に映るとおりに描かれた絵」こそ素晴らしいとされていましたが、人力なくして写実的に事物を映し取ることを写真が実現してしまいました。そこで近代アートというものが生まれるんです。「アートってなんのために必要なんでしたっけ?アートの真の価値はどこにある?」と。そこから色彩性や平面性の追求、果ては抽象表現主義みたいなものがどんどんでてくるのですが、これは言い換えるとアートはアートにしかできないことをずっと模索しているんです。
――面白いですね。それこそ今のAIと人みたいな関係性で、AIにできなくて人にできることってなんだろうという模索が今まさに始まっていますよね。
施井:本当にその通りなんです。アートにしかできないことがテクノロジーに代替された場合には、また新たなアートの模索が始まります。人とAIにおいてもそうですよね。
――そのあたりを模索していくと、アート以外の業界でも新たなビジネスチャンスが探れそうですね。
埋もれた「画期的なアイデア」は時流に乗れなかったことが敗因
――話は遡りますが、2012年にStartbahn構想を発表し、2015年に初期実装を終えるわけですが、このタイミングになったことにもなにか理由がありますか。
施井:これも感覚というほかないですね。2015年にウェブサービスとしてローンチをして、もうその瞬間に大きな壁にぶつかったものの、その時に解決策としてブロックチェーンがあった[3]おかげで命拾いしました。みんなに「早く出せ」って言われるがままに、構想発表時点(2006年前後)で動き出していたら、構想実現にかける体力は尽きていたでしょう。
これについては、レイ・カーツワイル[4]の著書『ポストヒューマン誕生』を読んで合点がいきました。この本の中で、彼は大量の特許をリサーチし「いい発明が生まれる傾向」を分析した話をしています。それによると、いわゆる「いい発明」、すなわちその後広く使われる発明、というものは全て何より「タイミング」が良かったんだそうです。逆に言えば、特許は早く出れば良いというものだけじゃなくて、時代がもっと後であれば爆発的に「いい発明」になっていたものも多くあるんですよ。
実は、電気自動車も水素自動車も、ガソリン自動車よりも前に発明されているんです。けれども電気自動車は近年になってテスラがようやく上場企業になりました。電子書籍についても同じで、kindleが誕生するだいぶ前からSONYなどが該当するデバイスを発売[5]していましたが、波には乗れなかった。そういうことかと。
――秀逸なアイデアがあればよいということではなく、時流にのってこそ「いい発明」になると。
施井:面白いですよね。ムーアの法則(半導体回路の集積密度は1年半~2年で2倍となる)をもとに、あらゆるものが同じように指数関数的に成長していることを提唱しているのもレイ・カーツワイルなんです。収穫加速の法則[6]といいます。
ブロックチェーンを含む情報社会もまさにそう。いまだに「(ブロックチェーン)1年で終わったね」みたいなことを言う人がたまにいらっしゃるんですが、そんなことはない。世の中に自明なものってたくさんありますが、情報化社会がなくなることはないというのもそのひとつ。新幹線のような数百トンもの大きな塊が猛スピードで走ってきているものに急ブレーキをかけられるものではないし、原始時代から脈々とつづく人間の欲望や、近現代に急成長したテクノロジーの進化なんてものは国単位ですら抗えるものじゃありません。
――未来へと続く推進力のベクトルは大きく変わらない。
施井:もちろん、マイナンバーがどうとか、NFTの活発なエリアがどうとか、そういうことはインフルエンサーの働きだったり、偶然による変数が多い分野なのでなんとも言えません。けれども大きな視点をもったときに世界がどっちに動いていくのかについての予想はだいたいつく。その中には世の中を大きく便利にする要素があって、これさえあればいいのにみたいなテクノロジーやものはどんどん生まれてくる。SF世界は人間が欲望する世界なので、きっとそうなっていくんです。もしそこに阻害要因があるとしたら、「それ」を本気で実現させたいって人が世の中に限りなく少ないか、いないからじゃないですかね。例えば高齢者だけスマホ見られないようにしましょうと思う人はいない、もしくはいても賛同を得られないので、そういう社会にならない。短期的には高齢者に難しいものだとしてもそれは必ず改善していくものです。
なので、そういった世界の動いていく方向、誰にとっても自明なことと、テクノロジーの進化などの定量的な話を組み合わせると「未来の読み方」というか、それに対する仮説の精度のようなものは上がるんじゃないかなと思いますね。
[1] Artsyニューヨーク市に拠点を置くオンラインアートプラットフォーム
[2] ニューヨークにあったンラインオークションハウス。2020年に破産申請
[3] 北米ビットコイン会議にて、現在の主流通貨のひとつであるEtheriumが発表される。これによって、アメリカ国内において仮想通貨を財務上財産として扱うことが発表される。同年末までにPaypal、Zynga、Overstock.com、Expedia、Newegg、Dell、Dish Network、およびMicrosoftは、支払いにBitcoinを受け入れた。(参考資料:仮想通貨誕生からDeFiまでブロックチェーン10年史公開=ConsenSys)
[4] 未来学者。「シンギュラリティ」提唱者。現在はGoogleにてAI開発の先頭に立つ。
[5] https://www.itmedia.co.jp/ebook/articles/1207/19/news009.html
[6] 収穫加速の法則 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8E%E7%A9%AB%E5%8A%A0%E9%80%9F%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
ここがポイント
・業界の中心部に加え、業界の周縁部にも目配せすると、うねりが観測できる
・起業家や発明家など「メッセージを作る人」は、自分が考えて動いたことの証拠を残しておかなくてはならない
・アートはアートにしかできないことをずっと模索していてテクノロジーに代替された場合には、また新たなアートの模索が始まる
・特許は早く出れば良いというものだけじゃなくて、時代がもっと後であれば爆発的に「いい発明」になっていたものも多い
・人間の欲望や、近現代に急成長したテクノロジーの進化には国単位ですら抗えない
・誰にとっても自明なことと、テクノロジーの進化などの定量的な話を組み合わせると「未来の読み方」や仮説の精度は上がる
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:小泉悠莉亜
撮影:阿部拓朗