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人と自然の関係性から脳のメカニズム、幸福長寿、心と身体など、社会前進させる東大発のイノベーション【東大Week@Marunouchi DAY2】

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東京大学と三菱地所株式会社が産学協創協定を締結した。取り組みの第一弾としてトークイベント「東大Week@Marunouchi」を開催し、東大の教授陣から各専門分野にまつわる講話が行なわれた。

講話の内容は、農作物を巡る人と自然の関わりから、脳のメカニズム、 幸福長寿を可能とするコミュニティデザイン、テクノロジーによって生まれた心と身体の関係性など多種多様。日本の知を牽引する東京大学では現在どんな研究が行なわれているのか。
有楽町 micro FOOD&IDEA MARKET と丸の内にあるHave a Nice Tokyo! の2会場で開催された2022年12月20日の様子を紹介する。

INDEX

消費を捉え直す。農産物の味わい方を変えてみよう!
脳のメカニズムとは? 脳科学から記憶の神秘を探る
健康長寿と幸福長寿を目指す!人生100年時代におけるコミュニティの在り方
テクノロジーを使った、こころとからだの新たな関係

消費を捉え直す。農産物の味わい方を変えてみよう!

有楽町 micro FOOD&IDEA MARKETでまず登壇したのは、東京大学 大学院農学生命科学研究科 助教の杉野弘明氏。環境心理学や人間環境学を専門にしており、人間社会と自然環境の”相互浸透作用(トランザクション)”をキーワードに農山漁村におけるフィールドワークを繰り返し、自然環境が持つ価値の抽出や農村・漁村振興に関する研究を行っている。

杉野氏が語ったのは、人と地域、自然環境との繋がりや全体性の中から自然や農作物の価値を再発見する重要性について。「例えば」と例示したのは、“You are What you eat(あなたはあなたが食べたもので構成されている)”という話だった。

杉野「みなさんは昨日の晩御飯に食べたものの中で、産地と生産者が分かるものはありますか?私の昨晩のご飯はスライドの通り。その中から産地が分かるものは“ご飯”と“パプリカと魚のマリネ”でした。そこから生産者の顔が浮かぶものは“ご飯”と“パプリカ”。このように農作物は食事として栄養を摂るものでありながら、生産者や生産地との接点(繋がり)
でもあります。そして、この繋がりが私の晩御飯を味わい深く価値のある物にしてくれています。このような栄養を摂取する以上に農作物からいただいている価値は何だろうかという疑問が私の研究の出発点です」

その価値を探るため人と自然の繋がりを測定し、可視化する研究を進めている。自然の価値を測る方法の一つとして自然が持つ役割を生態系サービス(供給サービス、基盤サービス、調整サービス、文化的サービス)と捉え金銭価値に置き換える試みは2000年代から存在するが、最近では”自然との結びつき”や”関係性価値”を測る試みが注目されてきている。繋がりの可視化と測定についてはフロイトの自由連想法を応用することで実現可能だ。
アンケート調査を行ったところ、農作物は生産者や生産地だけでなく様々な自然の要素や概念に対する意識的な繋がりを有しており、また人は食事やレジャー活動を通して自然との繋がりを拡げていき、ひいてはそれが愛着形成や関わり行動を促すことに繋がっていることがわかった。つまり、人と自然環境や農作物との間には個々人が感じる“繋がり=ネットワーク“の中に生まれる価値が存在しており、そのネットワークを意識することで、従来換算されてきたサービスや栄養といったもの以上に豊かな価値を見出すことができる。


杉野「今日お伝えしたいことは、『農林水産物の味わい方を変えてみませんか?』ということ。ただの“消費行動”としてではなく、“いただく”という行為に変えてほしいと思っています。そもそも農林水産物(と自然)の味わい方はもっと探索的でいいはず。皆さん一人一人と、自然や農作物が繋がっているネットワークに対して、関わって(Engagement)楽しんで(Enjoyment)拡げ返していく(Endorsement) 3EN(縁)行動が大切です。ぜひこの3つのポイントをあらためて意識して、今夜から自然と農林水産物の味わい方を豊かなものにしていってください。」

脳のメカニズムとは? 脳科学から記憶の神秘を探る


次に登壇したのは、東京大学 大学院医学系研究科 教授の尾藤晴彦氏。脳は外界から情報を仕入れると、役立つ情報を記憶し、必要に応じて引っ張り出せる機能を獲得してきたが、尾藤氏はこの脳のメカニズムの解明に取り組んでいる。

脳にはおよそ1,000億個の神経細胞があり、その細胞を繋ぐシナプスは10兆個近く。私たちの脳はシナプスを経由することで情報を伝達している。脳は見たいものを優先して見る傾向がある。それはつまり、何を快く思い、何を不快に思うかをコントロールできれば、悔しいことでも楽しいことに変えられる。近年はこうした脳のメカニズムを利用し、脳科学の社会的展開が加速している。

尾藤「近年は、脳科学の発達とともに脊髄損傷患者の手足の動きを補佐する技術の社会実装が推進してきている。脊髄に新しいチップを装着してプログラミングを施すと、1~2年以内に約半数の方が補助具を使いながら歩けるようになっています。脳が持つ学習機能や記憶する機能を利用することにより、今まで“できなかった”ことが可能になっているのです」

他にも、知的障害の分子病理を解明することで活性を抑える薬剤治療の研究が進んだり、特定の分子を活性化させることで記憶を定着させやすくなったりと、脳科学の研究が進むことで記憶の謎が次々と解明されつつあります。

尾藤「脳の機能の複雑性というのは非常に多様であり、特定の分子がどういう作用を示すかまで理解しないと、本当の原因の探索解明になりません。一個一個のシナプスレベルで理解することによりその障害や破綻を予防する、あるいは破綻した場合はそれを修復する、といったことも可能になりつつあるのです」

健康長寿と幸福長寿を目指す!人生100年時代におけるコミュニティの在り方

もう一つの会場「Have a Nice Tokyo!」で登壇したのは、東京大学 未来ビジョン研究センター 教授、高齢社会総合研究機構長の飯島勝矢氏。10年ほど前に高齢者医療を専門とする医師から異動して、今はメディカルを含めたヘルスケアを専門に研究を進めている。

飯島氏がテーマとしたのは、健康長寿と幸福長寿を目指す上で必要な地域コミュニティについて。人生100年時代において身体の機能修復を主眼とした健康長寿だけではなく、心にも着目した幸福長寿も目指すには主体性が必要だと説く。

飯島「長寿”と“生きがい”を両方自己実現するためには公的な取り組みを享受するだけではなく、住民自身が自分のまちを創るのだという気を高めないといけません。一方で、全国の市町村には住民ボランティアがたくさんいます。ただ多くが女性。リタイア後のシニアの男性にももう一度活躍の場を見せて、“俺たちが頑張るしかないよね”と言えるような全国プラットフォームを作ろうとしています」

そうした地域コミュニティを作るために飯島氏は主に8つの領域を産業界と連携をとりながら進めている。その中で特に飯島氏がリードしているのが、「医療がすべきこと」、「生活支援」、「フレイル予防」の3点。「フレイル」とは“虚弱”を意味するが、ここでは「健常と要介護の中間地点」という意味である。それは身体・心理・認知の陰りから社会・人との繋がりを含め色んな衰えが合い絡まりながら自立度が落ちていくことを指す。これを予防するには「人との繋がり」が重要だという。

飯島「私は普段、自立高齢者の方々がどのような形で老いていくのか観察研究をしています。がんや脳卒中といった怖い病気だけでがくっと老いる方もいますが、“社会性”の低下が老いに色濃く関係しています。また、別の調査で自立している5万人の高齢の方にアンケートを実施。これは“運動習慣を習慣化できている”、“文化活動を頻繁に行っている”、“地域ボランティア活動を頻繫に行っている”という3つの活動の○×ごとに8つのグループに分けしフレイルの相対的なリスクの高さを棒グラフで示した図です。興味深かったのが、“運動はしているが、文化・地域活動はやっていない”人のリスクが高かったこと。日本は老いの対策としてとにかく運動をするよう言われているが運動をするだけでは不十分で、栄養・身体を動かす・社会性が三位一体で必要なことが分かりました。社会性がある人は、Non Exercise activityと言った目的性のある運動ではなく、コミュニティ活動を通して自然に体を動かしています。私たちはここから国民一人ひとりが意識変容・行動変容できるように、また結果的に健康になるようなこと無意識にやっていたという体験・習慣を目指して地域に住民ボトムアップを作って公的なサポートとマージさせていきます」

テクノロジーを使った、こころとからだの新たな関係

次に登壇したのは、東京大学 先端科学技術研究センター 教授の稲見昌彦氏。専門は身体情報学。身体というと、医学領域では生理学的アプローチ、体育などでは運動学的アプローチがあるが、稲見氏は、身体を情報システムとしてどう理解し、その理解に基づいてどういうサービスを作っていくか、を研究のテーマとしている。

バーチャルリアリティーや拡張現実、遠隔ロボットなどテクノロジーが発達したことで、身体情報の面でも大きく世界が変わりつつある。そのひとつが、スポーツ。スポーツは “する”、“みる”、“ささえる”という3点が重要だと言われているが、稲見氏はここに“テクノロジーを使ってスポーツを作る”という新しい軸を加えようと「超人スポーツ協会」を立ち上げた。

稲見「テクノロジーとポップカルチャーの力をスポーツに加え、今までにないスポーツを生み出しました。産業革命前は身体が資本の“身体の時代”でしたが、産業革命後にはコンピューターに任せようという“脱身体の時代”へ進んできました。しかし行き過ぎた“脱身体” だと、コミュニケーションや共感部分に問題があると、今度は身体をDXさせた“ポスト身体社会”が来ているのではないでしょうか」

2017年、稲見氏は個性を活かして活躍する人とテクノロジーを掛け合わせるとどんな可能性があるのかをイメージすべく、JST ERATO稲見自在化身体プロジェクトを開始。例えば、「six finger project」では指に取り付けたセンサーから筋肉の電気信号を計測し、制御信号として人工指を動かすためのモーターへ入力。指を人工的に6本に増やして順応した場合、どのような脳の変化が生じるか?を探った結果、人は“なくしたものを戻す”ことができるだけではなく、ないものを増やしてそれに適応できる可能性があることが分かっている。
また身体拡張技術を環境にも応用することにより、人々の学習能力を支援する実験が進んでおり、VR上で訓練を行い、成功・失敗体験を積むことにより、リアル社会でも技術を習得することが可能となる。このように身体スキルを記録し・再生・伝達を応用することで、技術の伝達継承を推進することができる。

稲見「いまはやり取りすればやり取りするほど分断が加速していく世の中。今後は異なる価値観や世代のコミュニティを繋げるインターバース人材を育成し、調停する基盤をどう構築していくかを考えていく必要があります。そこにテクノロジーを活用することも可能なはず。お互いに生じる課題をコンピューターがデザインすることで互恵関係をデザインできるかもしれない。テクノロジーとして適切な組み合わせを探していくことができれば、さまざまな異なるコミュニティ・文化・ジェネレーション繋ぐこともできるはずです。こうした技術の発展で最終的には多くの方々が心理的な安全性を確保しつつ感情労働から解放されるような世の中になってほしいと思います」

東京大学に限らず、日本では各大学や研究機関で常に最先端の研究が進んでいる。これらの知と産業界を牽引してきた丸の内エリアが協働することでどんな動きが生み出されるのか。日本を代表する学術と産業のこれからに大いに期待したい。