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マッチング理論や健康的な都市計画、新しいモビリティ、呼吸を整えるクッションなど、現代の課題を解決する研究【東大Week@Marunouchi DAY3】

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日本の学術を牽引してきた東京大学と、日本ビジネスを牽引してきた丸の内エリアを本拠地とする三菱地所が産学協創協定を締結した。この取り組みの皮切りにトークイベント「東大Week@Marunouchi」を開催。東大の教授陣から各専門分野にまつわる講話が行なわれた。

最終日である2022年12月21日は、マッチング理論、健康を取り入れた都市計画、持ち運び可能な新たなモビリティ、リラックスを誘導するクッションまで有楽町 micro FOOD&IDEA MARKET と丸の内にあるHave a Nice Tokyo! の2会場に分かれて開催された。

INDEX

マッチング理論の実践で社会をアップデートする
都市計画に健康の視点を取り入れる、Healthy Cities
柔らかい次世代モビリティ「poimo」で移動の価値を見つめ直す
ストレスを軽減するリラックス誘導クッション「Relaxushion」

マッチング理論の実践で社会をアップデートする

まず登壇したのは、東京大学 大学院経済学研究科 教授の小島武仁氏。社会の各制度を科学的/工学的アプローチにより、全体最適達成を目指すべく、人やモノ・サービスを適切に繋げる方法を考える「マッチング理論」と、それを応用して社会実装に紐づける「マーケットデザイン」を専門としている。

人をどう繋ぎ合わせ、モノをどう配分していくかを考える「マッチング」。このマッチングは世の中の多くの課題に対して解決策となる可能性を持っている。例えば、就職活動において就活生と企業や組織をどうやって引き合わせるかは非常に重要な問題だ。内定辞退や入社後のミスマッチなど、マッチングがうまくいかないことで起こる課題は数多く存在する。

小島「マッチング問題として度々挙げられるのが、研修医の配属問題。毎年1万人弱ほどの医学部生が卒業後に全国各地の病院に研修医として配属されるシステムです。当初は研修医側の希望だけを通していたのですが、過疎地にお医者さんが行かない、優秀な就活生にオファーが集中するなど、さまざまな課題がありました。そこで20年ほど前に研修医マッチング協議会が発足。まず、研修医に病院の希望リストを、病院側には定員を出してもらい、その情報をもとにアルゴリズムに従って全ての研修医をどの病院に配属するかを決めるといった方法を取りました」

研修医マッチングで使用したのが、「ゲール・シャプレー(GS)アルゴリズム」。学生の希望表のデータに基づき、都道府県別の上限を守りながらどの病院に振り分けるかをアルゴリズムで決められるようにした。同じ都道府県でもたくさん希望している人がいたら定員を多めにして、そうじゃない病院は少なめにする。この方法は、自分の実力に見合った病院に行けるようになり、自分より評価の低い人がレベルの高い病院に行くことはないようになっている。不平不満が溜まりにくく、ミスマッチが発生しない仕組みだ。

小島「他にも、マッチングの事例はたくさんあります。組織内人事で問題となった“配属ガチャ”もそのひとつ。従業員の部署希望と組織全体のニーズを考慮してマッチングすることで課題を解決できないかとGoogle社などでもマッチングアルゴリズムが使われてきました。日本でも新卒の配属でアルゴリズムを導入。GSをそのまま使うとうまくいかなかったので、フレキシブルに定員を割り振るアルゴリズムを適用しました。すると、新人の第一希望が60〜80%叶うことが判明。全てをコンピューターに任せるのではなく、参加者の声を聞いて最大限活かすGSのマッチング理論を用いることで公平な配属に近づけることができるようになりました」

社会資本の適正化のため、小島先生がセンター長を務める東大マーケットデザインセンターでは、日本におけるマーケットデザインの適用を推進している。

都市計画に健康の視点を取り入れる、Healthy Cities

次に登壇したのは、東京大学 空間情報科学研究センター 教授 山田育穂氏。空間情報とは位置情報によって空間・場所に紐づけられる情報のこと。例えば、スマートフォンの地図アプリではGPS機能を使って自身の位置を測るが、GPSを使用している時点で当人自身も位置情報となる。これを複数人に対して集めると同時刻の同じ場所にどれくらいの人がいたのかが情報としてまとめられるのだ。また、自宅の周辺、例えば1km圏内に買い物できる場所や学校、病院がどれくらいあるかを調べることで地域の状況を客観的に測ることができる。つまり、空間情報科学とは空間に紐づいた情報を適切に扱うための学問であり、他のデータと掛け合わせることで都市計画などに活かすことも可能となる。

山田「空間情報において特に注目されているのが、都市の環境から健康を作っていく考え方です。特に先進国では生活習慣に起因する病気が大きな健康問題となっています。本来は自分自身で生活習慣を変えることが望ましいですが、実際にそれができる人はなかなかいません。これをサポートしようと生まれたのが、“Healthy Cities”の考え方です。例えば生活に必要なものがコンパクトに家の周辺に集まっていて、それらが歩きやすい歩道のネットワークで繋がっていたり、公共交通で繋がっていたり。身近に素敵な景観や運動できる公園があったり。そういう街であれば、わざわざ運動のために出かけるというのではなく、日常生活の中に自然に徒歩などの身体活動を取り入れて健康になっていくことができるのではないかと考えられています」

“Healthy Cities”にはさまざまな要素があるが、山田氏が特に研究を進めているのが「歩きやすさ(ウォーカビリティ)」だ。ウォーカビリティの高い地域に住んでいると、車に乗らなくても歩いて出掛けられる。そうすることで身体活動量が上がり、エネルギーを消費して生活習慣病の予防や健康寿命の延伸に繋がるだろうと、世界中で研究が行われている。

山田「医療機関へのアクセシビリティも重要なテーマのひとつです。私が今、研究しているのは東京都の南多摩医療圏(八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市)。日常的に利用する8つの診療科に着目し、徒歩と自動車でどのくらいの医療機関に到達できるかを分析しています。徒歩でのアクセスが良ければ車でも通いやすいのではないかと思っていたのですが、実は車でのアクセスの良さと徒歩でのアクセス良さは必ずしも一致していないことが分かりました。こうした情報は、どこのエリアにどのような医療機関が必要かといった都市の問題を考える際に役立ちます。このような形で私は空間情報・地図のデータを使って健康と関わりのあるような客観的な指標を構築する研究を行なっています」

柔らかい次世代モビリティ「poimo」で移動の価値を見つめ直す

もう一つの会場で最初に登壇したのが、東京大学 大学院工学系研究科 教授兼インクルーシブ工学連携研究機構長 川原圭博氏。メルカリの研究所の所長も兼任しながら、コンピュータネットワークやモバイルのコアとなる技術の研究開発を通じて「未来の生活」をデザインしている。今回の講話で川原氏は近年研究を進めている“無線給電”と“次世代モビリティpoimo(ポイモ)”について話してくれた。

川原「部屋中どこでも充電できる“無線給電”構造を研究しました。壁や床、天井にアルミのパネルで特殊な構造を作り、磁界がうまく行き渡るような三次元の構造を製作。パソコン程度のものなら安全性の高い方法で給電できるような設計です。電気スタンドは完全にコンセントフリーで好きなところにおけるし、携帯電話も部屋の中にいる限りはいつもフル充電されている状態になりました。そこから派生して電動キックボード をパネルの上に駐車すると勝手に充電されるように設計。お客さんが店で食事をしている間に充電されるWIN-WINの環境を作ることにも成功しました」

川原氏が多様なバックグラウンドの方々とチームアップし、開発したのが、柔らかい次世代モビリティpoimo。基本的には風船のような構造で、空気を電気ポンプで入れると人が乗っても走るには遜色のない硬さになる。コンピューターを使って一つひとつカスタマイズして自分の形・自分の乗り方に合ったものを作るデジタルカスタマイゼーションも可能だ。

川原「VR会議・テレワークが浸透しつつありますが、逆行して人がフィジカルな移動をすることによる価値が高まっていることを感じます。例えば、ネットショッピングで物が移動するついでに都市の情報をセンシングすることも可能かもしれません。移動の価値をもう一度考えてみることが必要だと思います。そこから都市計画にどのように落とし込むかも重要な視点です。“PACKAGING”、“LOGISTICS”、“URBAN PLANNING”の接点をどのように取っていくかを考えることが第一歩だと思います。例えば、“PACKAGING”においては、折り紙のようにフィットする梱包を作り、その空き箱を循環させながら物を運ぶこともできるはず。道具が人の良さを引き出し、人は道具によって生き生きと活躍するような、テクノロジーと人の共生関係:Convivialを達成するべく、研究を進めていきたいと思います」

ストレスを軽減するリラックス誘導クッション「Relaxushion」

続いて登壇したのは、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授 割澤伸一氏。機械工学をベースにナノレベルからメートルレベルまでものづくりをする上で、センシングや情報提示、情報工学をどのように活用していくかを研究している。その応用として取り組んでいるのが、ウェラブルデバイスを使用したストレス・リラックスだ。

割澤氏「Apple Watchに代表されるウェラブルデバイスでは、さまざまなものが計測できるようになりました。デバイスの形状も様々あり、例えばイヤホン型で脳波測定も可能となっています。こうした記録を一日・一週間・一ヶ月・一年と取り続けた時にどんな変化が生まれるかを測ることで自分のパターンをデザインできるようになります。また、“この時期が危ない”とわかることで仕事をコントロールして自分の生活のリズムを作っていく。ウェラブルデバイスは私たちの生活を豊かにするひとつの可能性だと思っています」

ウェラブルデバイスは数多くの数値を測れるが、現代の課題の中で特に割澤氏が注目したのが、ストレスだ。ストレスを感じたときに本当は逃げればいいものの、簡単にはいかない。耐えながら仕事をしているとストレス反応や生理反応として出てきてしまう。その行動をモニタリングして分析するのが、ストレスセンシングといわれる手法である。

割澤氏「ストレスが可視化できたら次はどうやってそれを解消するかを考える必要があります。そのときに注目したのが、呼吸。人は落ち着ける呼吸のリズムや深さがあると思います。ですが、呼吸が大事なのは分かるものの、呼吸のトレーニングをできる人はなかなかいません。普通に過ごしている時に自然と呼吸が整うような仕組みがないものか。そうした考えのもと、呼吸のリズムに合わせて動くクッションを作りました。その後、このクッションを使って呼吸した前と後で記憶テストを実施。その結果、ゆっくり呼吸をすると正解率が上がることが判明しました。ゆっくり呼吸するというのはよく言われているがとても大事だということがこれでちゃんと分かり、リラクッションの意義を再確認することとなったのです」

世界では今も多様な分野の研究が進められている。これらの研究とビジネスが結びつくことで私たち一般消費者にも手が届く商品もたくさん出てくることだろう。これからの両者の動きに注目していきたい。