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野心的なスタートアップを始めるために|未来を実装する秘訣 vol.12

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事業の急成長を目指す起業がスタートアップです。こうしたスタートアップを始める起業家に共通する一つの性質として、野心があります。

多くの人にとって、そもそも起業自体が縁遠く、野心的な試みでしょう。その中でもスタートアップという起業の形態は急成長を目指すものであるため、スタートアップを始める起業家は通常よりも大きな野心を持っていることが多いようです。確かに、そうした野心がなければ、大きな事業アイデアにも辿り着けないでしょうし、そこそこのお金を得られた段階で満足してしまいます。

では、野心はどういう人に備わるのでしょうか。

ひとつは個人の性格が大きく影響すると考えられます。政治的な野心について調べた研究では、開放性や外交性の高い人ほど、選挙に出馬しやすいことが指摘されています。

それに加えて、周りの環境、特に野心を伸ばしてくれる人が周りにいるかどうかも重要ではないか、と起業家のそばにいて感じます。

筆者の経験上、最初からとてつもなく野心的だった起業家や、その野心をあらわにしていた人は、そこまで多くありませんでした。むしろ、周りからの刺激によって徐々に野心が芽生え、周囲の力もうまく使いつつ、自分の野心を大きく育てていく人の方が多いように見えています。

そこで今回は、スタートアップの起業家がどのように野心を育んできているのか、その過程の良くあるパターンを見ていきたいと思います。

INDEX

大きな山を知る
大きな山を選ぶ
山の登り方を学ぶ
偶然と意思

大きな山を知る

起業は山登りに例えられることがあり、この記事でも山登りを比喩に使います。ここからは山を事業、山頂を野心の到達地点、大きな山を登ろうとする人が大きな事業を起こそうとしているスタートアップの起業家、と思って読み進めてください。

まず大きな山があることを知らなければ、大きな山を登ろうとは思いません。そして大きな山は、えてして遠くにあります。しかし多くの人は日々目の前のことに集中しすぎてしまって、遠くを見ることを忘れてしまいがちです。

野心を持つには、まずは遠くを見なければなりません。そのためには日々の作業で足元に向いてしまっている目線を、一度上げる必要があります。

起業家や起業志望者の方々が足元から視点を移し、遠くを見ることのきっかけは、人の話を聞くことや本を読むことから来ていることが多いようです。

誰かから「たまにはあっちの方を見てみないか」と声をかけられたり、「私は今あっちの山に興味があるんだよね」といったような人の話を聞くことで、私たちは少しだけ手を止めて、顔を上げることができます。

そして手元や足元から目線を上げて見渡す機会を得ると、世界には大きな山はいくつもあることに気付けます。たとえば、貧困や格差、気候変動といった、人類未踏だけれど、誰かが踏破して解決するべき大きな山はまだまだ残っていることに気付けたり、皆が「あそこに大きな山がありそうだ」と言っているような事業トレンドに目が向くこともあるでしょう。そうしたことに気付くきかっけをくれるのが、他人や本という存在です。

野心的な起業家の周りには、こうした目線を強制的に移してくれるような環境があった、という話を聞く確率はそれなりに高いように思います。もし自分の周りにそうした人がいれば、色々と話を聞いてみると良いでしょう。

良い山を知る

見えた山の中でどの山が良さそうかを決めるのが次の段階です。起業する領域や事業を決める、ということに当たります。「大きな山に登りたい」という気持ちを持っていたとしても、大きそうな山はいくつもあります。

たまたま自分のやりたいことや見たい景色が、大きな山を登った先にしかないので、仕方なく大きな山を登る選択をする、ということもあるかもしれません。ただ、もし大きなことをしたい、というのが起業の発端であれば、少なくとも「大きそうな山」を知って、選ぶ必要があります。

そのためには、どの山が自分にとって良い山かを知る必要があるでしょう。しかし良い山を選ぶ軸が最初から決まっている人はそう多くありません。ではどうやって軸を決めていくのでしょうか。

その人の趣味嗜好や、これまで歩んできたキャリアが決める部分は大きいでしょう。しかし、起業家の皆さんを見ていると、「どういう山が良い山か」というのも他人から学んでいるように見えます。

あの山が綺麗そうだとか、登り甲斐がありそうだとか、筋が良さそうだとか、そういった言葉で、人の興味関心は意外と動き、より良い山だと認識し始めるようです。

そうした誰かの言葉で動くことを、その人自身の芯や信念がないと思う人もいるかもしれません。しかし、誰かの目標を自分の目標として採用するのは、決して恥ずかしいことではないように思います。誰かの言葉に影響されたというのは、誰かの意思を受け継いだとも言えます。誰かから託された意思であっても、登るべき山が大きければ、それは十分に野心的です。

それに、どれだけ良い山を教えてもらっても、その山に登るのは自分自身であり、努力をするのは自分自身です。意味や信念を見つけられなければ、登り続けることはできません。登っていくうちに、課題の切迫性に気付き、自分がやらねばならないといった使命感が芽生えることも往々にしてあります。

大きな山を選ぶ

良い山を選ぶときに気を付けるべきことがあります。

それは、私たちはつい「できること」を選んでしまいがちだということです。実際、「自分は十分に野心的だけれど、最初は練習として低い山から始めよう」という人も少なからずいます。大きなビジネスではなく、小さなビジネスから始めようとするのです。

確かにできることを基に考えれば、その山を登れる可能性は高まるでしょう。しかし今の自分にとっての「できること」だけを考えると、大きな山を選ぶことはいつまでもできないでしょう。

それに通常の登山と違い、ビジネスの場合は低い山であったとしても、事業を立ち上げて軌道に乗せるには、早くて5年、長ければ10年以上かかるものです。練習だと思って始めても、次の挑戦までずいぶん長くかかってしまい、ます。もし少しずつ登る山をレベルアップさせようとすると、最初から大きな山に登るよりも、長い時間がかかってしまうことのほうが多いでしょう。

そのため、もしやりたいのであれば、最初から大きな山を登ることをお勧めしています。無謀に挑むのではなく、タイミングを見計らい、きちんと準備をして登ることで成功率は高まります。それに通常の登山と違い、真っ当なビジネスさえ行っていれば命を失うことはほとんどありません。何度でも挑戦できます。

そうした大それた挑戦をするときに、一人で踏み切れる人はなかなかいません。そのときも、背中を押してくれるような他人がいるのといないのとでは、選択ができるかできないかの大きな差になっているように思います。

山の登り方を学ぶ

とはいえ、「どの山に登ろうか」というときには、ほぼ必ず「自分でも登れるのだろうか」と自問自答することにはなるでしょう。特に高い山に登ろうと思えば思うほど、恐怖心は増してきます。

そこで登り方を知る必要があります。登り方のノウハウや方法があることを知れば、少しだけ安心します。

その登り方を教えてくれそうな人が周りにいるかどうかも、重要な判断材料になった起業家もいるようです。似たような山を登ったことがある人が傍にいれば、随分と勇気づけられるはずです。

大きな山を知り、その中で良い山を知り、選び、山の登り方を学ぶといった様々な観点で、大きな野心を持つ人が自分の周りにいることは影響を持ちます。こうした周りの環境をいかに自分で作っていくかが、自分の野心を育てるために大切なことのように思います。

偶然と意思

もちろん、目の前の課題を解決することから始まって、自然と大きな事業に辿り着くこともあります。市場の拡大とともに、目の前の課題やフラストレーションを持つ人が多くなっていく場合などです。2010年代のスマートフォンやWebなどがその一例です。

2010年代の初め頃にあった、スマートフォンのアプリで大きな起業ができた、というのは、山登りで言えば、山頂があることすら知らず、頑張って登り続けていたら実はかなり高い山で、経営陣の優秀さで踏破できてしまった、ということになるでしょうか。

もしくは、登っていた山が噴火か何かでどんどんと地面から隆起していって、最初は低い山だったのに、いつのまにか高い山になっていた、とも例えられるかもしれません。

ただ、残念ながら、それが起こることは中々ありません。ランダムに選んだ多くの山は、低い山であることが多いからです。どの山に登るかは、ある程度事前に考えて挑まなければなりません。

そこには意思、そして野心が必要です。

もし野心を持ちたいのであれば、そして野心を育てていきたいのであれば、野心を見守ってくれる環境や、その背中を押してくれる環境に身を置きましょう。あなたの野心を大切にしてくれる人の傍にいて、少しずつ歩み始めることで、野心は育ちます。

そうして大きな山の山頂を目指して歩み続ければ、いずれ大きなことを成し遂げられるはずです。

[ 馬田隆明: 東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージ / FoundX ディレクター ]
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