今や世界中が一丸となって目指しているネットゼロ社会(温室効果ガスの排出量が実質ゼロの社会)。その実現に向け、新たなエネルギーやサービスが誕生しており、環境ビジネス市場は急成長を遂げている。
環境貢献と事業成長は両立しないと言われていたのは昔の話で、今や環境に配慮することは企業の義務であり、事業の武器となりつつあるのだ。では、環境貢献をいかにして事業戦略に絡めればいいのだろうか。
その答えを探るべく、今回はカーボンニュートラル達成に向けての提言を行う三菱総研で、エネルギー領域の研究をしている小川崇臣氏と奥村公美氏に話を聞いた。地球を取り巻くエネルギー問題の現状はどうなっているのか。エネルギー領域でどのようなビジネスチャンスが生まれているのか。
エネルギーに関わるTipsを語ってもらった。
左:小川崇臣
早稲田大学創造理工学研究科建築学専攻修了。2009年に三菱総合研究所に入社。以降、現在所属しているサステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループにて民生部門の省エネルギー、再生可能エネルギーに関する政策立案支援や民間企業のコンサルティング業務に従事。加えて、兼務している政策・経済センターにて、我が国のカーボンニュートラル実現に向けた各種の提言を実施。
右:奥村公美
慶應義塾大学理工学研究科大学院 開放環境科学専攻修了。2011年に三菱総合研究所入社。以降、現在所属しているサステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループにて省エネルギー、再生可能エネルギーに関する政策立案・制度運用支援やエネルギー需給モデル・電力需給モデルを用いた分析業務等に従事。
INDEX
・2020年から2050年まで。ネットゼロ社会実現に必要な3つのポイントとは
・エネルギー問題にも大きな影を落としたウクライナ侵攻のビジネスへの影響
・サプライチェーンのCO2排出量算出にビジネスチャンス
・企業の意識が変わる中、社会全体の意識はどう変化していくのか
・ここがポイント
2020年から2050年まで。ネットゼロ社会実現に必要な3つのポイントとは
――まずは現在の日本のエネルギー問題への取り組みについて聞かせてください。
奥村:ここ数年は様々な場面でエネルギー問題への取り組みが加速しているように感じます。そのきっかけとなったのは、みなさんもご存知の「カーボンニュートラル宣言」です。2020年に菅元首相が宣言を出したことにより、国を上げて取り組みが進みました。
政府だけでなく、企業の興味関心も高まっています。「RE100」といった企業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的なイニシアチブなどに加盟する日本企業がここ数年で増えました。
――宣言が出されて約2年経ちますが、具体的にどのような変化が見られるのでしょうか。
奥村:宣言が出されたのは2020年の秋ですが、2021年から国や自治体の予算にもカーボンニュートラルの取組を後押しする様々な事業や補助金が反映されるようになったことを受けて、企業も本腰を入れて取り組み始めたように感じます。
また、カーボンニュートラルは2050年までに実現することを目指していますが、2021年10月には、その手前の2030年を目標年度とした第6次エネルギー基本計画や地球温暖化対策計画も閣議決定され、まずは2030年までの削減に向けて動き出す企業が増えたように感じますね。カーボンニュートラルを実現するにはエネルギーを作る供給側と、エネルギーを使う需要側の両輪が同時に変わらなければいけません。ようやくその両輪が動き始めた印象を受けています。
――2050年と2030年の目標を達成するために、それぞれ何が求められているのか教えてください。
小川:2050年の長期目標を達成するために必要なのは3つあります。1つ目は需要側の行動変容。つまり、エネルギーの消費者が自らの行動を脱炭素なものに変えていくことであり、例えばこれまで化石燃料に頼っていたものを、再生可能エネルギーにシフトするということ。2つ目は電力インフラの脱炭素化です。いくら需要側のニーズが変わっても、それだけの再生可能エネルギーを生み出すインフラが整わなければ意味がありません。
そして3つ目がイノベーションです。従来の技術やサービスだけでは、ネットゼロ社会が実現するのは難しいでしょう。水素発電など、画期的な技術の社会実装が欠かせないと思います。
――需要側と供給側、両方の変化が必要なのですね。
奥村:そうですね。しかし、2030年の目標実現において有効なのは、需要側の変化による部分が大きいと考えられます。インフラを整備するのも、イノベーションを社会実装するのも今から準備を進めることが重要ですが、その普及には7年では足りません。
そのため、ここ数年は需要側の行動変容が非常に重要となっていくでしょう。エネルギーの消費量を抑えるのはもちろん、いかに環境負荷の少ないエネルギーに切り替えるか、大企業の取り組みに注目が集まるはずです。
エネルギー問題にも大きな影を落としたウクライナ侵攻のビジネスへの影響
――ウクライナ侵攻によってLNGの価格が高騰したことにより、海外では化石燃料に戻る動きもあったと聞きます。戦争がカーボンニュートラル実現に向けてどのように影響しているか聞かせてください。
奥村:短期的に見れば、ウクライナ侵攻に伴うLNG価格の高騰により、世界の石炭消費量が増加するなど、カーボンニュートラルと逆行する動きがあったのは事実です。しかし一方で、ウクライナ侵攻の影響で再生可能エネルギーへの投資が拡大したという事実も見逃せません。
つまり多くの国が、外部のエネルギーに依存している限り、価格高騰リスクを抱えていると痛感したということです。このリスクはウクライナ侵攻がなくとも、将来的に起こりうる問題ではありましたが、戦争の勃発により各国がエネルギー自給率を高める動きを加速させることになりました。
<長期的に見れば、ウクライナ侵攻によってカーボンニュートラルが加速したとも考えられると思います。
――再生可能エネルギーにも様々な種類がありますが、特に注目を集めているものは何でしょうか。
奥村:日本における、2030年の政府目標や2050年のカーボンニュートラル実現に向けた国の審議会での検討の中で、最も発電電力量が期待されているのは太陽光発電ですが、今後の成長率の伸びが最も見込まれているのは風力発電です。
風力発電は現在はコストの高いエネルギーと言われていますが、陸上風力発電は2021年度から入札制度を導入しており、競争を促すことでコスト低減を図っています。また、洋上風力発電についても、2021年に「洋上風力産業ビジョン」と戦略が発表され、日本でもようやく本格導入に向けた動きが加速化していく見込みです。
今後は洋上風力発電の導入拡大に向けたサプライチェーン形成や浮体式等の次世代技術の開発が大きなトピックスになると思います。
サプライチェーンのCO2排出量算出にビジネスチャンス
――短期的には企業の行動変容が重要とのことですが、産業からのCO2排出量を抑えるために重要なことを教えてください。
小川:Scope(スコープ)3を管理し、減らすことです。事業によって排出されるCO2はScope1~3と3つの種類に分類されています。
Scope1:事業者自らによるCO2の直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
Scope2:他者から供給された電気、熱・上記の使用に伴う関節排出
Scope3:Scope1、2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他者の排出)
上記を見れば分かる通り、Scope1、2は自社の活動によるCO2の排出のため、管理し減らすのはそこまで難しくないでしょう。しかし、Scope3はサプライチェーンにおける他社が排出したCO2や、製品の仕様や廃棄によって生じるCO2が該当するため、それを正確に把握し抑えるのは容易ではありません。
――サプライチェーンにおける他社が排出するCO2とはどういうことでしょうか?
小川:たとえば企業が商品を作るにしても、その原材料は他社から仕入れますよね。その原材料を作ったり、確保するにもエネルギーが必要ですし、原材料を輸送するにもエネルギーが必要です。
商品を作る企業は、それらのエネルギーにも責任を持って、CO2排出に取り組まなければならないのです。取引企業にもCO2の排出量を明示してもらわなければなりませんし、場合によってはCO2排出量の少ない原材料や事業者にシフトしなければなりません。
世界的メーカーが次々と取引企業にCO2排出量の算出を求めているのは、このような背景があるのです。
――何百社もある取引企業のCO2排出量を把握するとなると、膨大な手間が発生しそうですね。
小川:そうですね。そのため、今はサプライチェーン全体のCO2を把握するツールが次々にリリースされています。その市場は急激に拡大しており、環境領域の中では大きなビジネスチャンスと言えるのではないでしょうか。
企業の意識が変わる中、社会全体の意識はどう変化していくのか
――企業側の意識が変わってきていることは分かりましたが、日本の消費者の意識も変わってきているのでしょうか。
奥村:マスメディアなどの影響もあり、環境問題への興味関心は上がってきています。しかし、昨今の物価上昇の影響もあり、消費行動が変わってきているとは断言できません。物価が上昇して家計が圧迫されている時に、環境にいいからといって高額な商品は買えないため、単純に数年前とは比較できないと思います。
一方で、新しいニーズが生まれているのは面白い傾向です。たとえば単に「再生可能エネルギーを使いたい」というだけでなく「自分の故郷やゆかりのある場所で作られた再生可能エネルギーを使いたい」という人も増えています。これから様々なニーズが生まれてくるので、そのニーズに寄り添ったサービスが今後増えていくのではないでしょうか。
――今後は消費行動がどのように変化していくと思うか聞かせてください。
小川:既にZ世代では「エシカル消費」という言葉が浸透するくらい、環境にいい商品を選ぶ人が増えているので、その傾向は今後も加速していくと思います。たとえば商品ごとのCO2の排出量が分かるようになれば、それを見ながら商品を選ぶ人は増えていくでしょう。
たとえば昔には気にされていなかったカロリーも、今は商品を選ぶ際の重要な指標になっていますよね。CO2の排出量も、カロリーと同じように商品を選ぶ上での大事な指標になっていくと思います。
――多少値が張っても、環境にいい商品が選ばれる時代になっていくと。
奥村:もちろん、CO2の排出量だけを見て商品を選ぶことはないと思います。たとえば企業だって、どんなに環境にいいことをしたって、利益が出せなければ意味がありませんよね。それでも、これまで指標にもなっていなかったCO2排出量が、意思決定する際の一つの指標になることは大きな意味があると思います。
――環境貢献と事業の成長性、そのバランスをとっていかなければならないのですね。
小川:いえ、二項対立で2つを天秤に乗せてバランスをとるというのは古い考えです。これからは環境にいいことをすることが、事業メリットにも繋がっていくと思います。たとえば今は「環境にいい商品は高い」と思われがちですが、海外で既に始まっている「カーボンプライシング」が導入されれば、その前提も崩れるでしょう。
コストを削減するために環境に負荷をかけて作られた商品が何らかの形で割高になり、結果的に環境に優しい商品のコストメリットが高くなるはずです。
――小売業界にとっては、大きな変革ですね。
小川:そのような変化が起きるのは小売業界だけではありません。たとえば世界には、脱炭素化していない企業には融資しないと公表している金融機関もあります。脱炭素化しなければ資金調達ができなくなってしまうのです。
不動産にも変化が起き始めていて、最近は運用段階のエネルギー消費量が少ないというだけでなく、建設段階における環境負荷の少ない工法で建てられた建物が作られるようにもなってきています。そのような建物を選んで住む企業や個人の方もいるため、環境負荷を下げることは着実に「ビジネスの武器」になりつつあるのです。
今は一部の先進的な企業しか取り組んでいないため武器となりますが、もしもそれがスタンダードになった社会を想像してみてください。環境に配慮されていない商品は市場で見向きもされなくなるでしょう。そのような未来を見据えて、いち早く脱炭素化していくことが、企業にとっての何よりものビジネスチャンスだと思います。
ここがポイント
・カーボンニュートラルを実現するにはエネルギーを作る供給側と、エネルギーを使う需要側の両輪が同時に変わらなければならない
・需要側の行動変容、電力インフラの脱炭素化、イノベーションの3つが重要に
・長期的に見れば、ウクライナ侵攻によってカーボンニュートラルが加速したとも考えられると思います
・日本で最も発電電力量が期待されているのは太陽光発電だが、今後の成長率の伸びが最も見込まれているのは風力発電
・これまで指標にもなっていなかったCO2排出量が、意思決定する際の一つの指標になることは大きな意味がある
・環境負荷を下げることは着実に「ビジネスの武器」になりつつある
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二