VCは投資先に対して社外取締役を派遣することがある。
「取締役」というとどういうイメージを持たれるだろうか?一般的なイメージとしては、成果を上げて出世レースに勝ち抜いた「ご褒美」としての名誉職というものがあるかもしれない。また、社長をはじめとする経営陣が取締役会で報告を行い承認を取ることから、管理・監督をするというイメージを持っている人も多いように思う。本コラムでは、取締役の本来の役割について説明したい。
INDEX
・取締役の役割
・どんな人が取締役になるのか
・取締役になるための準備
取締役の役割
取締役には本来「会社の付加価値向上に貢献する」ことが求められる。すなわち、会社の利益を代表しなければならないのだ。つまり、取締役は誰のために働くかというと会社全体の利益のためで、社外から派遣された取締役であっても元の組織の利益のためではない。
これはスタートアップとVCの関係においても同様である。
よく、取締役のポジションを得ることが投資家の権利のように語られたり、投資先の会社を管理する、情報を得るためのポジションとして捉えられたりすることがあるが、全く違う。取締役が本来果たすべき役割を認識し、本当に会社の付加価値向上に貢献できているのか見直すべきである。
外部取締役として企業の付加価値向上に貢献することを考える際、前提として以下のポイントを押さえておきたい。これらを理解した上で、どのように価値貢献できるのかを考えることが大切である。
(1)外部取締役は他の取締役と顔を合わせる機会は非常に限られている。(接点が限定的なメンバーと協業の必要がある)
(2)起業家は日々本業に向き合っており、本業のことを最も理解しているのは起業家である。(情報の非対称性がある)
(3)割ける時間も限られている。(リソースも限定的である)
以上のような点を踏まえると、外部取締役が行うべき業務は必然的に起業家が最も理解している本業についてではなくなる。本業に付随する全体最適的な部分であったり、外部目線での適切な管理の補助などがそれだ。本業においては非常に専門的な知見を持つスタートアップも、本業以外の知見には弱みがありがちだ(部分最適)。そこに対して、過去に多くのスタートアップ・事業を見てきたVC、或いは事業会社だからこそ提供できる汎用的な知見(採用・Exit・メディアなど)を提供することで全体最適をもたらすことが大切である。このような考え方に立つと、本来取締役は非常に専門的な職種であり、昇進により自動的に適切な役割が果たせるようになるポジションではないと言える。本当に付加価値貢献ができているのであれば、究極は「投資してくれなくても良いから、取締役になってくれないか?」と言われることもある。
どんな人が取締役になるのか
取締役は、その役職としての知識や能力、経験があり、スタートアップの通常業務では得難い経験を積んでいる人が望ましい。この得難い経験には下記のようなものが考えられる。
・人材採用(採用経験や採用に必要な人脈)
・提携や営業チャネルの紹介(経営レベルのネットワーク)
・規制に対するアドバイス・サポート(規制関係の法務、申請手続き等の経験、人脈)
・会計事務所・弁護士事務所とのネットワーク
・財務戦略・Exitサポート
スタートアップ側は、このような経験を持つ人物を、外部から招聘する取締役を含めてどのように組み入れるか、最適な取締役のメンバー構成を考える必要がある。米国などでは、取締役や役員に大学院などで専門教育を受けた人間の割合が多いのは、このような理由による。
その上で取締役にも一定の標準的な行動(例:取締役としてすべきこと/すべきではないこと等)がある。まずはその標準形を押さえた上で、スタートアップへの更なる価値貢献のために、自らの差別化を図っていくことが大切である。このような行動能力を身につけていくためには、何らかの形で取締役としての業務の知見や経験を積むことが重要になる。
なお、株主として求めるべき財務報告などはあるものの、それは原則として取締役の活動とは分けるべきものとなる。
更に、良い取締役になるには優れた取締役の実際の振る舞いを見て学ぶことも大変重要である。数をこなせば良いわけではなく、”優れた事例”を見て学ぶことが大切である。取締役の育成という視点で言うと、将来の取締役候補は積極的に取締役会の場に同席させることが重要となる。
また、冒頭説明したように外部取締役は他のメンバーと過ごせる時間も割ける時間も限定的であるため、起業家や他の取締役らとのコミュニケーションをより効果的なものとするための素地を整えることも大切である。例えば、Enneagramといったツールなども活用して自分や相手のことを深く知ったり、より効果的なコミュニケーションを行うためのルールやコツをしっかりと押さえることもその一つとなる。
取締役になるための準備
良い取締役になるには、準備も重要だ。例えばベンチャーキャピタリスト養成プログラムのKauffman Fellows Programでは、取締役の基本的な役割や、すべきことなどのレクチャーを受けた上で、ロールプレイを通して取締役としてあるべき姿の標準形を学ぶ。
ロールプレイだけでなく、実際に自分が担当している投資先企業の取締役会メンバーへの360度評価などを行い、発言や行動が相手にどのように受け取られているかを確認する。これは自らの発言の背景にある意図が、取締役会のようなやりとりが限定的な緊張感がある場面では、必ずしも相手に伝わるとは限らないからだ。それが起業家と投資家という関係になれば、立場も違えば有している情報量も全く異なってくるため尚更である。だからこそ、起業家からフィードバックを得て、自らの振る舞いを改善していくことが大切となる。
ロールプレイや360度評価で不得手であると判明した役割や機能についてはレクチャーや個人コーチによって改善を試みる。私自身の経験でも、Kauffman Fellows Programの在学中に、会議のファシリテーションやフィードバックに関して非常にスキルが低いという評価を受けて、ファシリテーションのレクチャーを受けたり、フィードバックに関しての個人コーチセッションを受けたりした。このようなスキルは、日本では全くトレーニングされたことがないものなので大変新鮮な経験だったのを覚えている。
トレーニングだけでなく、経験豊富なシニアメンバーにメンターとしてついてもらったり、或いは苦手な分野、伸ばしたい分野について専門のコーチをつけることも非常に有効となる。将来の取締役として期待する候補者には、書記などの役割を与えて積極的に取締役会へ同席させることも大変重要である。ただし、繰り返しにはなるが、数をこなせばよいわけではなく、優秀な取締役がいる取締役会で、質の高い振る舞いを見て学ぶことが大切だ。私もSozoの共同創業者でもあり、Kauffman Fellows Program時代には、その代表であったフィルやKauffman Fellows Program出身の有力ファンドのパートナーと一緒に取締役会に参加し、多くのことを教えてもらい、個人的なフィードバックや指導もお願いしてきた。
ここまで良い取締役の育成に必要な研修・サポートの観点で説明したが、派遣する取締役を社内でイチから育成することだけが選択肢ではなく、社外から取締役経験豊富なメンバーを招聘して、投資先のスタートアップに派遣することも一つの選択肢である。なぜなら重要な点は会社の付加価値向上に貢献できるかという点になるからだ。
取締役になるには経験と準備が必要であることはお分かりいただけたと思う。米国などでは取締役用の特別研修を必須にしたりパーソナルコーチをつけたりするケースも多くなっていると聞くが、日本ではVCからの社外取締役でも、内部からの昇格による取締役昇進においても、あまり聞いたことがない。スタートアップだけでなく大企業も、ビジネスの国際化や変革が重要となっている昨今において、是非取締役の役割や準備等にご関心を持っていただけたらと思う。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。