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電気料金低下が未来の国力に。クリーンエネルギースタートアップPowerXが描く15兆円市場での戦い方

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再生可能エネルギー(以下、再エネ)への期待が高まる中、今までにない発想で注目されているスタートアップがある。それは、エネルギーの蓄電・運搬・活用を統合的にデザインする株式会社パワーエックスだ。特に「洋上風力発電施設で作られた電力を船で運ぶ」という世界的にも前例のない事業アイデアは、多くのメディアで取り上げられている。

パワーエックスを率いるのは、株式会社ZOZOの前COOである伊藤正裕氏。伊藤氏は「ZOZOSUIT」や「ZOZOGLASS」の開発などZOZOのテクノロジーを主導してきた人物だが、再エネ分野に関しては未経験だったと言う。そんな彼がパワーエックスの事業の全体像を戦略的に描いていけた秘訣とは?起業から現在に至るまでの経緯や、過去の起業経験から学んだ極意、さらに日本の起業家が今後進出していくべき市場について語ってもらった。


伊藤 正裕
株式会社パワーエックス 取締役 代表執行役社長CEO
弱冠17歳で株式会社ヤッパを創業。その後2014年にヤッパの全株式をスタートトゥデイ(現 ZOZO)に譲渡し、同社の傘下に入る。2015年にはスタートトゥデイと旧ヤッパのエンジニアチームで構成されたスタートトゥデイ工務店を設立。以降、ZOZOのテクノロジーを牽引する第一人者として活躍した。気候変動問題の解決に奔走したいという思いから、2021年に株式会社パワーエックスを創業。

INDEX

ZOZO社COOを退任し、経験ゼロだった再エネ分野へ進出
起業で最も重要なのは、“ビジネスモデル”を徹底的に磨くこと
市場規模が大きくて日本の得意分野を活かせる市場が、狙い目
パワーエックスは、再エネ供給をハード・ソフトの両面から担う垂直統合型企業
ここがポイント

ZOZO社COOを退任し、経験ゼロだった再エネ分野へ進出

ーーまずは、パワーエックス設立までの経緯について聞かせてください。

ZOZOでCOOを務めていたとき、CFOから「ESG(環境、社会、ガバナンス)に対応しないと株を買わないファームが出てきている」と報告されたことがありました。そこから環境についていろいろと勉強し始めたことが、エネルギーに興味を持つきっかけとなりました。

学んでいく中で、「日本がカーボンニュートラルを実現するためには主力電源の総入れ替えが必要であること」「日本のエネルギー自給率は約11%と極めて低いこと」「このままでは気候変動により地球に住み続けられなくなること」などを知り、これほど大きな社会課題はないと率直に思ったんです。

特に関心を持ったのが、海の上に風力発電施設を設置して発電を行う「洋上風力発電」でした。四方を海に囲まれた日本では、洋上風力発電が再エネの主力電源化に向けた切り札として期待されています。しかし洋上風力発電を行うには陸まで送電するための海底ケーブルが必要不可欠で、「日本の場合は海底ケーブルがネックになる」と言われていました。そこで私がパッと思いついたのが、海底ケーブルではなく船を使って電気を運ぶという方法です。電池を積んだ船で発電施設まで行き、その電池に充電して陸まで帰ってくればいいのでは?と思ったんですね。そこから電池の世界にディープダイブしていき、最終的に「蓄電池を作って日本中に販売する会社を作りたい」と考え、パワーエックスを創業しました。

ーーなぜ日本で洋上風力発電を行う場合、海底ケーブルがネックになるのでしょうか。

設置と保守運用に莫大なコストや労力がかかるからです。洋上風力発電の導入が進んでいるヨーロッパと比べると、日本周辺の海はとても深いんです。海は深ければ深いほど非常に大きな水圧がかかるため、設置や保守の工事がとても大変になります。さらに日本は地震国でもあるので、海底ケーブルがある場所を震源とする海底地震が起きたら粉々に壊れてしまうことが危険視されています。水深が浅く地震が少ないヨーロッパでさえ、海底ケーブルは年平均7.8回は壊れていて、復旧までに約80日かかるほど繊細なものなのです。そんな理由から、日本での設置は極めて困難で、不可能とすら言われてきました。

ーー「電気を船で運ぶ」という発想はどのように思いついたのでしょうか?

実は、私はもともとヨットに乗るのが好きで、世界の風事情に少し詳しかったんです。風力発電には強風が欠かせませんので、「この地球で、風が強いのはどのエリアだろう?」と考えてみたんですね。調べたら、南半球の南極海と北半球のグリーンランド近海は、地球の自転の関係で常に猛烈な風が吹いていました。

さらに調べていくと、南極海にはフランス領の離島が230島ほどあるのですが、実際に活用されている島は2つしかありませんでした。そこで思いついたのです。「これらの未開拓の離島に風車を立てたらいいんじゃないか」「南半球と北半球の風力発電施設を繋ぐには船がいいのではないか」と。その時、既に私の脳内では「世界中の風が強いエリアにいくつも風車が立っていて、そこへ船やドローンが電気を取りに行く」という未来イメージが想像できていたんですね。そこから発想とアイデアの精度を高めていきました。

起業で最も重要なのは、“ビジネスモデル”を徹底的に磨くこと

ーー伊藤さんはエネルギー分野は未経験だったと思いますが、どのようにロードマップを構築していったのですか?

最初に手がけたのは、取締役会の設置でした。ボードメンバーとして、電池についての造詣が深いノースボルト社のパオロ氏、元Google幹部でソフトウェアに詳しいシーザー氏、ゴールドマン・サックス証券を経て世界最大規模の環境系NGO「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」のCEOに就任した、金融・環境分野に精通しているマーク氏などを社外取締役に招き、とにかく話を聞いてもらいました。

自分なりに考えたビジネスモデルを彼らに聞いてもらい、意見をもらうことを何度も行いました。たとえば、私は最初の頃は電池をセル[1]から作るべきだと考えていましたが、ボードメンバーの意見によりセルは作らずにパッケージャーを目指すことになりました。また当社では電池モジュールを作っていますが、工場を作る際は「モジュール設計と生産ラインの構築は同時に進めるべき」というアドバイスもかなり役立ちました。同時進行することで「量産の際に、生産ラインに合わせてモジュールの設計を後から修正する」という無駄が省かれ、予算が数億円浮きました。かける時間も3〜4年は短縮できたと思います。

私は、スタートアップに1番大切なのは「事業を成り行きに任せないこと」だと考えています。徹底的に調べて、分析して、構築したビジネスモデルを何度も壊してから、初めて事業に取り掛かるべきです。なぜなら、ビジネスモデルを確立した次に来る大事な局面が「人材採用」と「資金調達」だからです。

まずビジネスモデルがしっかり練られていると、どんな人が必要なのかが明確になるため、一流の人材を口説きやすくなります。次に資金調達ですが、ビジネスモデルというものは、お金を集めた後で変えることはできません。そのビジネスを行うことを前提として資金を得ているため、崩せないんですね。だからこそ慎重に考える必要があります。

また、ビジネスモデルは建物でいう基礎部分ですので、基礎を間違ってしまうとその後の修正に途方もない時間がかかってしまいます。ホスピタリティ業界やホテル業界など時間をかけてブランドを作っていくような業界であればそれでもいいかもしれませんが、我々のようなエネルギーやテック業界はスピードが勝負ですので、ビジネスモデルを磨くことこそが全てと言っても過言ではありません。

ーービジネスモデルはどれくらいのレベル感まで精度を高めたのでしょうか?

2年前に起業したときと現在で、事業の概要はほとんど変わっていませんね。工場建設の場所や製品スペックなどは多少流動性がありますが、企業として目指すべき姿ややりたい事業は何も変更していません。それくらい、ビジネスモデルは高精度に組み立てるのがポイントです。

市場規模が大きくて日本の得意分野を活かせる市場が、狙い目

ーーパワーエックスの立ち上げは、伊藤さんのようなシリアルアントレプレナーだからこそ実現できたのでしょうか?起業初心者でも真似できる部分はありますか?

起業家としての経験が浅くても、私のように真似できる国とそうでない国があり、日本はまだやりにくい国かもしれません。これは持論ですが、そもそも起業家というものは自身が最大の武器であると同時に、リスクと障害にもなり得ると考えています。つまり「人として何を考えているか」「どのようなライフステージにいるか」などが事業に投影されてしまうんですね。

私はZOZOで“IT企業の急成長”という特別な景色を見させてもらえましたし、大変な中でも14年間会社を潰さずに頑張ったという実感も味わうことができたので、起業家としては一巡できたと思っています。なので、今は「儲けたい」「人に認められたい」といった邪念がない状態で事業に向き合えているんです。しかし経験の浅い起業家だとそうは行かない場合も多いですよね。

先ほど「経験が浅くても真似できる国がある」とお伝えしたのは、サポート体制が国によって違うからです。ヨーロッパやアメリカを見ていると、大きな風呂敷を広げる経営者が仮に若かったとしてもVCが適切な人材と繋げてくれますし、お金だけでなくて様々なサポートをしてくれます。おかしいなと思ったら、その企業を起業家から取り上げ、経営者を交代するくらい事業に投資するんです。日本は、ここまでの支援はまだ仕組み化されていない気がします。日本はロケット製造や自動車製造といった大規模なスタートアップはベテラン起業家が担うことが多いですが、これもサポート体制に原因があるかもしれません。

ーー日本のスタートアップのエコシステムに対して、「こうなってほしい」「こんなプレイヤーが増えてほしい」といった願いはありますか?

先ほどの話にも通ずるのですが、「いかに雑念を払って、本当に良いと思える事業をロジカルに組み立てられるか」がキーポイントだと思います。たとえばクリーンエネルギーの市場規模は、年間15〜17兆円あると言われています。これに対してインターネット広告市場は、数々の有名企業がすでにプレイヤーとして存在しているのにたった2.4兆円なんです。もしスタートアップとして5%だけシェアを獲得する場合でも、15兆円の5%と2.4兆円の5%では金額に大きな差が出ますよね。

しかし現在の日本では、AI関連のスタートアップばかりが増えているように感じます。もちろん、それは素晴らしいのですが、「流行や目先の利益に流されていないか?市場規模や社会課題をきちんと捉えられているか?」ということは、叱咤激励の言葉としてあえて伝えさせていただきたいです。

では、クリーンエネルギー市場は誰がシェアを取りに行っているのかというと、恐らく財閥系商社をはじめとした既存の大手企業がほとんどです。老舗企業の参入が多く勝ち目がないように思われるかもしれませんが、実は大きなチャンスなんです。未来のエネルギー市場が決まるかもしれない、言わば“パラダイムシフト”の真っ最中で、スタートアップと大手老舗企業が並列で戦えるなんてことはそうそうありません。もしかしたら何百年に一度というレベルの珍しい出来事であり、今ならスタートアップが勝てる可能性が大いにあるんですよ。

再エネも、蓄電池も、電気自動車も、全て参入障壁が取り払われている状態の今が、狙い目なんです。他国では、このことに気づいて真面目に事業を行っている企業がたくさんあります。2000年代に創業したベンチャーが、きちんと社会課題や顧客に向き合った結果、たった20年で時価10兆円を軽く超えていたりします。「日本はユニコーンスタートアップを作れない」と嘆く人もいますが、そんなことはありません。社会課題にきちんと向き合って解決しようとするスタートアップにお金が行くような仕組みやカルチャーさえ醸成できたら、日本の行く末は変わりますよ。

ーー確かに市場規模を冷静に見てみると、どの分野でビジネスを行うかでその企業の成長性が変わるのはもちろん、日本経済も変化しそうです。

さらに言うと、日本はソフトウェア事業があまり得意ではありません。英語圏でないため、世界進出するには言語が壁になってしまうからです。では何が得意かというと、日本の高度経済成長を支えてきたモノづくり、つまりハードウェアの領域です。

当社の社外取締役であり、バッテリーベンチャーのノースボルト社のCOOであるパオロ氏からもよく話を聞くのですが、スウェーデンにはほとんど電池製造の歴史がないため、バッテリーを一つ作るのも大変なんだそうです。しかし日本はどうでしょうか。「車を作りたい」と言えばきっと熟練のエンジニアもお金も集まりますし、これまでの経験をもとにした貴重なノウハウを伝授してくれるはずですよね。つまりスタートアップであっても良質な製品を最初から生み出せる土壌が、日本にはあるんです。この得意分野を活かしたスタートアップが複数生まれれば、日本のGDPは一気に高まるはずです。

パワーエックスは、再エネ供給をハード・ソフトの両面から担う垂直統合型企業

ーーパワーエックスの中長期的な目標や、将来の構想を教えてください。

まずは、時価総額1兆円企業を実現するために、まずはハードウェアの普及に重きを置いた事業展開をしていきたい考えです。

前提として、再エネは「分散型電源」となる性質をもつエネルギーなんですね。なぜなら、再エネは自然発生のエネルギーであるため、複数の発電施設を作らないと生み出す電力の量やタイミングをコントロールできないものだからです。太陽光発電は太陽が出ている時間しか発電しませんし、風力発電も風がないと電気は生まれませんよね。そのため火力発電や原発とは違って、あらゆる場所にソーラーパネルや風車を分散設置することが必要です。つまり、再エネが主力電源となる時代が来たら、蓄電池はどの企業や家庭にも必要なアイテムとなるはずです。今で言うエアコンのように、1つの建物に必ず1台は設置される状態になるのではないかと、私は予測しています。

そして電池や発電所といったハードウェアが普及すると、自然の流れで今度は電池や発電所をコントロールするソフトウェアのビジネスが生まれます。電池や発電所が全てネットワークに繋がって、エネルギーが制御されるんですね。このエネルギーコントロールによる取扱手数料で、年間約11兆円が創出されると考えています。

ーーハードウェアを普及させて、次にソフトウェアを供給していくという戦略なのですね。

そうです。まずは蓄電池を安く売ることでアベイラビリティーを高め、その上でソフトウェア企業としても事業を展開していきます。再エネ供給をハード・ソフトの両面から担う、垂直統合型のソリューション企業です。スマートフォンの販売でOSやアプリの提供も担っているAppleのようなビジネスモデルと言えば分かりやすいでしょうか。

この戦略が当たるかはまだ分かりませんが、4年先5年先に当たるかもしれないところへ先回りして、プランA・B・Cを分散させてリスクヘッジした上で調整しながら事業を回すという経営スタイルが、当社には最適なのかなと考えています。

ーー電力が船で運ばれたり、各所に蓄電池が置かれたりするのが当然になったとしたら、人々の生活はどのように変わるのでしょうか?

とても豊かになると思います。現状、日本の電気代はとても高く、韓国や台湾の約3倍ほどになっています。このまま蓄電池が発達せず再エネだけが増えてしまうと、電気代は昼間だけ安くて夜が高い状態となって平準化しないため、さらに割高になるでしょう。そうなると「日本に住みたい」「日本でビジネスがしたい」と考える人はいなくなります。実際に、韓国や台湾の半導体メーカーが急成長したにも関わらず、日本がそれに追随できなかったのも電気代が大きな理由の1つだと言われています。最終的には、日本に暮らす人がいなくなってしまうかもしれません。

そのような事態を招かぬよう蓄電池を活用して電気代を下げること、それにより日本のGDPを支えることが、我々の使命なのです。

[1]セル・・・蓄電池本体に搭載されている電池の最小単位。単電池。

ここがポイント

・海に囲まれた日本では、海上で発電を行う「洋上風力発電」が再エネの切り札として期待されている
・洋上風力発電には送電のための海底ケーブルが必須だったが、蓄電して船で運ぶという新たな方式を生み出した
・ビジネスモデルを徹底的に磨いてから事業を始動すると、人材採用と資金調達など、その後の経営がスムーズになる
・ユニコーン企業を生み出すには、規模が大きい市場かつ、得意とするハードウェア技術を活かした領域のスタートアップを増やすことが大切
・パワーエックスの使命は、蓄電池を活用して再エネの利活用を促すことで、脱炭素社会の実現や電気代削減による日本の経済成長を支えること


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:阿部拓朗