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ピッチコンテストの難しさとアクセラレータープログラムの新しい潮流 | ベンチャーキャピタリストの視点 vol.10

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最近は、イノベーション関連のイベントが増えており、スピーカーとしての依頼をいただくことも増えている。これ自体は素晴らしいことでできる限り協力したいと考えているが、その中で起業家のプレゼンテーションを評価する「ピッチコンテスト」の審査員の依頼は慎重に捉えている。日本では特に、「マネーの虎」的なプレゼンテーションコンテストがとても人気があるようで、イベントのハイライトとして企画されることも多い。
極端な例では、水着を着てサウナで行うピッチコンテストやプレゼンテーションの時間が3分のピッチコンテストもあると聞く。
そもそも、日本では、スタートアップの経営や投資の専門家が不足しており、知識や教育コンテンツが欠けているため、イノベーション関連の教育=プレゼンテーションのやり方教育となっていることも原因の一つだと思うが、安易なピッチコンテストを奨励することはいろいろな問題を助長するだろう。

INDEX

ピッチコンテストの難しさ
アクセラレータプログラムの新しい試み
様変わりする大学のビジネスプランコンテンスト

ピッチコンテストの難しさ

本コラムで何度も伝えているが、一般的には初対面の人から会社の話を聞いてその場でお金を貸してくれと言われたら、詐欺だと思うのが普通だろう。ましてやテクノロジー的な要素を持ち、複雑化する現代のビジネス環境で新しいビジネスモデルにチャレンジするスタートアップの良し悪しを、短時間のプレゼンテーションだけで判断することはできないはずだ(よっぽど見込みがなさそうなものの判断はできるかもしれないが、それですら自信がない)。VCの人で「私はピッチを聞くだけでその場で投資判断を自信を持ってできる」という人がいたら是非話を聞いてみたい。VCは時間を掛けて顧客や専門家の意見を聞き、経営チームの評判や実績、数字をチェックし、類似企業と比較をして、やっと評価をする。話を聞くだけで、その場ですぐに良いか悪いかわかることはないのだ。

ピッチの代わりに、素晴らしい取り組みをしている起業家の考えを時間をかけて聞いたり、それを支援するVCや企業の狙いを聞く方が意味のあるコンテンツのような気がする。
そもそも、起業家はその分野の世界的な専門家であることも多く、短時間話を聞くだけで判断やコメントをするのは失礼だと思う。
起業家とVCの間には圧倒的な業界知見の格差がある。つまり、レファレンスを含めた調査等、格差を埋める事前作業をしないと議論にすらならないのだ。複雑化するビジネスにおいて10分〜20分プレゼンテーションを聞いても、プレゼンのうまさや充分準備をしたか以外は判断できないというのが正直なところだろう。

アクセラレータプログラムの新しい試み

このギャップを埋めるために、最近注目を浴びているアクセラレータープログラムでは、時間をかけて選考や教育を行い、場合によっては半年〜1年かけて、少数の会社を支援をしていくものがある。具体例としては、スタンフォード大学、MIT等と連携しているPEAR、MIT、ハーバード大学等と連携しているFirstRound、スタンフォード大学のアルムナイネットワークと連携しているStartXなどが挙げられる。これらはどれも半年間掛けて十社前後の企業を選定し、時間とサポートのリソースを掛けてしっかりと支援していく。これらのプログラムではデモデーと呼ばれる発表会にも時間が使われるが、デモデー前の情報共有、デモデー後の追加の情報共有に多大なリソースが使われる。デモデーの参加者が、それぞれのプログラムの卒業生の必要な情報が十分に得られ、理解が進むような工夫がされている。結果、これらのプログラムのデモデーには多くのVCが参加している。
このような形で選考や情報共有、教育に時間やリソースをしっかり割いていくことが現代のビジネスには重要だと思う。言うのは簡単だが実践するのは難しく、準備にも相当の時間とリソースがかかる。

様変わりする大学のビジネスプランコンテンスト

大学のビジネスプランコンテストも大きく様変わりしている。一例として、シカゴ大学のアクセラレータープログラムを紹介しよう。日本ではあまり知られていないが、シカゴ大学のアクセラレータープログラムは大学以外も含めたアクセラレータープログラムのランキングで常にトップ5に入るプログラムで、大学としてはトップの実績を出している。ペイパルに買収されたブレインツリー、ベンモ、グラブハブ、マップボックス、ベイスなど数多くの企業を輩出している。そのプログラムが主催するNew Venture Challenge(NVC)と呼ばれるビジネスプランコンテストは、1年近くにわたる長期的なプログラムで、選別プロセス、支援プロセスに膨大な専門家が関わっている。1年かけて事業の準備をさせ、300チームから30チーム程度を厳選し、そのチームを授業の中で教育して、最終的に10チーム前後がファイナルに進む。その過程では、80名にも及ぶVCやコンサルタント、起業家などがコーチや審査員として、また、選抜の過程にも関わる。
コンテストの審査員は当日審査に来るだけでなく、セミファイナル、ファイナルの書類審査から関わる。非常に大事なのは、現役バリバリの実績がある実務家が長い期間かけて審査と教育に関わっているという点だ。審査員だけでなく、Deanを含めた大学の経営陣もしっかりとイベントに関与する。これにより学生の注目度も戦略的に高めていくことを実現している。

大学のビジネスプランコンテストにこのようなレベルの実務家が多くの時間を割くのは極めて異例だと思う。この審査のプロセスで驚くのは関係している人たちの審査対象に対する深い理解と知識だ。このような仕組みは、必ずしもスタートアップが関心の中心でない地域で、大学からベンチャーをシステム的に作り出し成果を上げている点は注目すべきものだと思う。
「ピッチする場所」を提供し数で勝負する「場所型」のアクセラレータープログラムはビジネスの複雑化に伴い意義を失いつつあるように思う。膨大なプレゼンテーションから良いところを選ぶことはできないし、数を集めるだけでも大変だ。プレゼンテーションする側も評価する側も準備や判断をしっかりすることは難しくなってしまう。アクセラレータープログラムで成功するのはStartXやPEAR、FirstroundやシカゴのNVCのような時間をかけて厳選されたスタートアップを育てていく人材、仕組みやノウハウ、リソースがあるところとなる。そして、それは成功する起業家にとっても魅力的なアクセラレーターになるだろう。

このようなリソースの準備がない「イノベーション劇場」的な「ショー」とも言える場当たり的なイベントは起業家に失礼だし意味がないだろう。VCの人たちも劇場的なピッチコンテストでは判断できないし適切な評価やコメントができないことを発言していくべきだ。

熱がこもったピッチを聞くとイノベーションの雰囲気を味わうことができるので、観客の受けがいいのは理解できる。しかし、イベントのノリのために起業家の時間を浪費していると感じとても申し訳ない気持ちと虚しい気持ちになってしまう。どうせならば、支援者にも参加する起業家にもプラスを生む形でプログラムを行いたいものだ。

[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。

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