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東京・丸の内から、生物多様性を考える——大企業とスタートアップの連携で実現したプロジェクト「丸の内いきものランド」の裏側

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※本稿はTMIP Articleに掲載した記事を転載したものです。

東京・丸の内から、生物多様性を考える——大企業とスタートアップの連携で実現したプロジェクト「丸の内いきものランド」の裏側

地球上には500万〜3,000万種ほどの生物が存在するといわれています。しかし、人間による環境破壊などが原因で多くの生物が絶滅しており、あるレポートによると1970年からの2020年の間に、野生の生物の個体数は69%減小しているそうです。「生物多様性の保全」は、いまや大きな社会課題の一つとなり、2021年には、生物多様性を守るための国際的な組織が立ち上げられました。

そんな状況の中、日本でも生物多様性を守るための取り組みに注目が集まっており、TMIPからも「生物多様性の保全」を目指した取り組みが生まれています。それが、2023年4月から約2ヶ月にわたり開催された市民参加型の生物調査プロジェクト「丸の内いきものランド」です。

本レポートは、これまでTMIPが実現してきた各プロジェクトの軌跡をたどり、取り組みについて紹介するもの。取材したのは、「丸の内いきものランド」を企画したTMIP事務局の山崎浩平と、大企業とスタートアップの協業機会を生み出すスタートアップコミュニティ「MiiTS(ミーツ)」の会員として、この企画で中心的な役割を担ったバイオームの多賀さん、そしてTMIPのプロジェクト会員として協賛いただいた竹中工務店の安藤さんです。

今後、さまざまな社会課題を解決に導くためには、スタートアップ、大企業による協創は必要です。今回は「丸の内いきものランド」を実現させた3社と共に、事業ドメインや企業規模を超えた協創の要諦を考えます。

株式会社竹中工務店 安藤 邦明
技術研究所の研究員として開発を進め、開発技術の社会実装を目的とした共創活動を推進するため、Inspired Labに設置されたCOT-Lab大手町に所属。建築やまちに新たな魅力を創出するフレームワーク「アーバンテック®」を建築設計者・都市計画者とともに立ち上げ、まちの魅力に関する評価ツールを開発・実証している。

株式会社バイオーム 取締役COO 多賀洋輝
京都大学で生態学を学んだ後、バイオームに入社、2022年に取締役COOに就任。生物学やフィールドワークの知見を活かし、行政・企業問わず幅広い生物多様性保全に向けた企画を実施。目下、ネイチャー・ポジティブ社会へのパラダイムシフトが進む中、TNFD対応や自然共生サイト取得といった取り組み支援に注力している。京都産業大学客員研究員も兼務。

TMIP事務局(三菱地所) 山崎 浩平
コンサルティング会社での新規事業創出支援、AgriTechスタートアップでの事業開発などを経て、2021年より現職にて大丸有エリアのイノベーション・エコシステム形成に向けてTMIPの運営を担当。特にスタートアップと連携した丸の内エリアにおける先端技術の実証実験を中心に企画を推進。

INDEX

丸の内から、生物多様性を守るための第一歩を踏み出す
340人の参加者と590種もの生物を発見。集まったデータは4,400件
「スタートアップと」ではなく、「この会社と」協働する
丸の内を、大企業とスタートアップの「新しい着火点」に

丸の内から、生物多様性を守るための第一歩を踏み出す

2023年春から夏にかけて実施した、市民参加型の生物調査プロジェクト「丸の内いきものランド」。丸の内で活動する企業や団体がネイチャー・ポジティブに取り組みやすい環境構築のため、街を訪れる人びとに、いきものコレクションアプリ「Biome」を用いて生物データを収集するプロジェクトです。「Biome」を運営する株式会社バイオームと三菱地所株式会社、株式会社竹中工務店などの協働によって生み出されました。

では、なぜTMIPはこのタイミングで「生物多様性」というテーマに注目したのでしょうか。


TMIP事務局(三菱地所) 山崎 浩平

山崎「生物多様性を守るための国際的なルール作りが着々と進んでいます。2022年12月に開催された、国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、世界の生物多様性を保全するための2030年までの国際目標『昆明・モントリオール生物多様性枠組』が採択されました。

また、2023年9月には自然に関連する企業のリスクと機会を適切に評価する国際的組織『自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)』が、企業の情報開示に関する新たな枠組みを公表。

このような背景から、日本でも大企業を中心に生物多様性への関心が高まっています。そんなタイミングだからこそ、さまざまな規模の企業が集う丸の内というフィールドを活用し、TMIPを巻き込んで、このテーマに関する取り組みを実施したいと考えました」

そんな山崎の思いからプロジェクトがスタート。まず声をかけたのは、いきものコレクションアプリ「Biome」を開発する株式会社バイオームでした。同社で取締役COOを務める多賀さんは、山崎からの依頼を聞いた際の心境をこう振り返ります。

多賀「『生物多様性の保全というテーマを、いかにビジネスに結びつけるか』は、私たちにとっても大きな課題の一つでした。山崎さんから話を聞いた際、丸の内というビジネスの中心地での取り組みであれば、この課題を解決するためのきっかけがつくれるのではないかと思い、ぜひとお返事しました。

まず考えたのは、何を目的に本プロジェクトを実行するか。いくつかの考えがありましたが、最終的には丸の内の『生物情報の棚卸し』をプロジェクトの目的にすることにしました。今後、企業や街がさまざまな生物と共存し、その多様性を保つためには、街にどんな生き物がいるのかを、まずは知る必要があると思ったからです。

そこで、自然資本のデジタル化を実現するバイオームだからこその技術や、アプリ『Biome』を活用し、さまざまな企業や生活者のみなさんも巻き込みながら、この地域の生物に関するデータを収集するイベントができないかと考えました。言うなれば、『自然資本の見える化』を進めるためのイベントですね」


株式会社バイオーム 取締役 COO 多賀洋輝さん

今回のプロジェクトには、戸田建設株式会社や日本アイ・ビー・エム株式会社など、生物多様性の保全に高い関心を持つ大企業も参画しました。株式会社竹中工務店の安藤さんも参加したメンバーの一人です。

安藤「私自身、さまざまな技術の研究開発を手がけているのですが、その中で『生物多様性』は見過ごしてはならないテーマの一つだととらえています。もちろん、社としても生物多様性は重視しているのですが、いかにして『事業を通じて生物多様性の保全に貢献するか』は、まだまだ模索している段階です。

そのような課題を抱えていたとき、TMIPからの声掛けでこのイベントの存在を知り、参画することを決めました。イノベーティブな方が多く集まるプロジェクトを通して、他社との協業が実現できれば、社内でも生物多様性の保全とビジネスを結びつけるための次のステップを描けるのではないかと考えたのです」

340人の参加者と590種もの生物を発見。集まったデータは4,400件

プロジェクトへの参画を決めた竹中工務店。その後「丸の内いきものランド」で参加者が挑む「クエスト」と呼ばれるミッションの制作に着手。社内の若手メンバーとのディスカッションを重ねていきました。


株式会社竹中工務店 安藤 邦明さん

安藤「イベント全体の仕組みはTMIPとバイオームがつくり、個別のクエストについては企業ごとに考えることになっていました。クエストをつくる中で重視したのは、オリジナリティを出すこと、言い換えれば、『弊社だからこそ』のクエストを実現することです。

例えば、弊社が開発した『ソトコミ®』というソリューションのコンセプトの活用です。『ソトコミ®』は、外の温熱環境の心地良さを「ソトワーク指数®」として算出し、ビルの中にいる人のスマホやビルの共用部のデジタルサイネージへ指数情報を提供することで、屋外を有効活用するワーク/ライフスタイルをサポートします。

その技術と『Biome』を掛け合わせて、『快適で涼しい場所にいる生物』を探すようなクエストをご提案。いかに弊社独自の技術を活用したクエストをつくるのか、を三社で議論していきました」

竹中工務店とバイオームだけではなく、他の大企業の方々も、各企業ならではの技術やアイデアを持ち寄り、クエストを制作していったそうです。多賀さんは「各企業が積極的に具体的なアイデアを持ち寄ってくれたおかげで、各社それぞれの個性が表れた魅力的なクエスト群に仕上がった」と振り返ります。

そうして、2023年4月に「丸の内いきものランド」が始動。約2ヶ月間にわたり、街を訪れる方々にさまざまなクエストに挑んでいただきながら、生物データを収集してもらいました。その結果、340名もの方が参加し、約590種類の生き物に関する4,400件のデータが集まったそうです。

多賀さんは、本プロジェクトの手応えを語りつつ、同時に、成功した理由をこう推測します。

多賀「これまでさまざまな自治体や地域で調査を行いましたが、2ヶ月で実施したイベントとしては、かなり密度の高いものになったのではと思います。専門家を集めずとも、一般の方々を巻き込み楽しんでもらうことで、生物多様性に関するたくさんのデータが得られることを証明できたのは、このプロジェクトの大きな成果です。

今回これだけ多くの参加者を募れた理由には、そもそもこの地域に『Biome』のユーザーが多いことも要因としてあると思います。『仕事をする場所』というイメージが強い丸の内で自然に触れ合う経験が、非日常感があり新鮮に受け止められたのでしょう。昼休みなどの隙間時間に遊んでくれる人も多く、日々のちょっとした楽しみになっていたのではないかと感じました」

最初、有志で参加していた安藤さんも、本プロジェクトが社内にもたらした効果について言及しました。

安藤「実際、会社内でもかなり反響がありました。大きな反響があった理由の一つとして、他企業と協働し、これほど大きな規模のプロジェクトを実施した経験がなかったことが挙げられます。社会にインパクトを与えつつ、個人の行動変容も促すプロジェクトとして、社内メンバーも評価していたのではないかと思います」

「スタートアップと」ではなく、「この会社と」協働する

竹中工務店をはじめとした協賛企業や、丸の内で働く方々など、参加者のみなさんの力添えのもと、「丸の内いきものランド」は無事に成功を納めました。しかし、最初から順風満帆に進んでいたわけではありません。安藤さんは、当時を振り返って「大企業ならではの苦労した点があった」と話します。

安藤「一つは社内の承認です。現段階では、さまざまな専門性を持つ研究所のメンバーが、生物多様性をテーマとしたイベントに一定数のリソースを割くためには、どうしても社内調整が必要でした。どうにか参加してもらうために、部署を超えて相談したこともありましたね。

もう一つは、スピード感です。私たちは社内での決断までにどうしても時間がかかってしまうので、できる限り早めに動けるようにと心がけていました。

決断の迅速化は大企業にとっては難しい部分もありますが、私たちのペースや事情ばかりを優先いただくと、期待していた成果が得られなかった可能性がある。マイルストーンをしっかり設定し、三社で合意した上で進めるということが、お互いの調整負荷を減らして進められたポイントだと思います」

安藤さんの言葉を聞いて、これまでさまざまな企業と協業した経験を持つ多賀さんがうなずきます。そこで「スタートアップと大企業における協業のポイント」について、独自の見解を語りました。

多賀「おっしゃるように、大企業の場合は意思決定に一定の時間がかかることは、我々も重々承知しております。

私たちが大事にしているのは、協業先の担当窓口の方とのコミュニケーションです。新規事業開発やサスティナビリティー推進を担う部門の担当者とお話する機会が多いですが、そういった部署に所属しているからといって、必ずしも生物多様性に詳しいわけではありません。

だからこそ、私たちが『生物多様性はこういうものなんだ』『今後の社会はこう変わっていくから、こんな対応が必要なんだ』と、できるだけ具体的にかつ先方の事業への理解を深めつつ、説明をする必要があると思っています」

これまで多くの大企業とスタートアップの連携をサポートしてきた山崎も、多賀さんの言葉に同意しました。

山崎「もちろん、決裁などのスピードに関しては、大企業とスタートアップでは差があります。スムーズに協業を進める上で、お互いがお互いのスピード感を尊重することは欠かせません。

また、お互いがそれぞれの会社の良いところや、強みをきちんと理解して、『この会社との協業でなければ、やりたいことは実現できない』『この会社だからこそ、一緒にやるのだ』と、協業の根拠と自信を持つことが重要です。

生物多様性の領域において、バイオームのように90万人ほどのユーザーを抱え、多数のユーザーの力を借りて生物情報を集められる会社は他にありません。社内でも『スタートアップと協業したい』のではなく、『バイオームとこれをやりたい』と納得感を持って交渉することが、協業を進めるための一歩だったと思います」

“街”というアセットを活用した本プロジェクトにおいては、“丸の内だからこそ”実現できたこともあったそうです。

多賀「ここは歴史がある古い街でもあり、未来に向けて進んでいる最先端の街でもある。三菱地所の『このような街にしていきたい』という想いは、さまざまな企業や地域のみなさんからの協力を得ることで、徐々に形になっていると感じています。丸の内のそのようなストーリー性は非常に面白いですし、新しいことを受け入れてくれる土壌がありました。

イベントを制作する中で、街の中に散在する緑地を管理している方々とお話する機会がたくさんありました。みなさん、それぞれの緑地に対する思いがあるんですよね。その思いを聞いていると、解析の方法やゲームの仕様などのアイデアが、どんどん湧いてきたのです。それぞれが思いを持ちながら、まちづくりに参加していることを実感しましたし、そこが丸の内の強みだと思いました」

TMIPは、本プロジェクトの実現に向けて、パートナーとなる各会社との調整や、丸の内のビルや土地の担当者との交渉、広告やデジタルサイネージを担当する部署とのコミュニケーション窓口を担い、丸の内という街における調査フィールドを整えました。

丸の内を、大企業とスタートアップの「新しい着火点」に

今回のプロジェクトを踏まえて、山崎は丸の内における今後の「可能性」について語りました。

山崎「TMIPには事業開発を担当していらっしゃる方が多数在籍しており、その中には『生物多様性をキーワードに、新しいビジネスを考える』といったミッション担っている方もいらっしゃいます。

そういう方々にこそ私たちのプラットフォームを活用いただき、企業の垣根を越えてプロジェクトを協創していただきたい。そうすることで、次々に新しい取り組みが生まれ、TMIPは『大企業×スタートアップの着火点』のような存在になれるのではないかと思っています。

また『生物多様性』というテーマであっても、今回扱ったのは『TNFD対応を見据えたデータ収集』といった一部分のみ。その他にもさまざまな側面があるので、ビジネスチャンスはまだまだあると思います」

続けて多賀さんが、生物多様性の保全に向けた同社の展望について話します。

多賀「私たちが目指しているのは、行政、企業、市民が一体となり自然共生社会をつくっていくこと。その点で言うと、今回『地域』を巻き込んだイベントを開催できたことは、目指している場所へ一歩近づけたのかなと思います。

今回のイベントを皮切りに、今後はより多くの地域で調査を実施したいですね。そうして、行政による都市開発や、企業が事業開発を進める際の参考となるデータ基盤を構築したいと考えています」

最後に、プロジェクト会員である安藤さんが、TMIPでの今後の活動について展望を話しました。

安藤「今回のイベントが成功した一つの要因は、山崎さんが強い想いを持ってプロジェクトを立ち上げ、最後まで推進されたことだと思っています。TMIPのすべてのプロジェクトは、担当者が想いを持って推進されているはずなので、私たちはその想いに共感し、乗っかっていくことが大事なのではないかと感じました。

本プロジェクトがきっかけで、社内では東京以外のエリアでも調査を実施したいという声も挙がっており、現在はその調査アイデアの具現化を進めています。これからも『生物多様性』という切り口から生まれる新たなビジネスについて考えていきたいと思いますし、そのためにもバイオームさんや三菱地所さんとの協働をつづけていきたいですね」

今後を見据えたコラボレーションの第一歩として、竹中工務店の技術研究所にある研究開発フィールド「調の森 SHI-RA-BE®」でのフィールドワークに、多賀さんがゲストとして招かれるなど、本プロジェクトの枠を超えた新たな連携も生まれているといいます。

「調の森 SHI-RA-BE®」でのフィールドワークに、多賀さんがゲストとして参加した際の様子(提供:竹中工務店)

さまざまなプレイヤーが交わることで、新たなイノベーションは生み出される——「丸の内いきものランド」は、そんな理想的な協業の一例となったのではないでしょうか。今後もTMIPは、企業間の連携で各社の強みを生かしたサービス、事業、プロジェクトの展開により、丸の内から社会にインパクトを与えるための活動を続けていきます。