日本で普通に生活をしているとそれほど意識しないが、世界的には水不足が大きな問題になっている。国際連合食糧農業機関は、「いまだに24億もの人たちが水不足に苦しむ国で生活している[1]」としている。また、世界の年間淡水消費量の約4分の3は農業に使われている[2]ため、水不足は食料や繊維作物に大きな影響と与えるとしている。世界規模でみると農家は個人・家族経営が大多数を占めており、水不足による農作物の収穫量減少は、収入の減少に直結し、貧困の問題とも密接に関わることとなる。
そんな問題の解決を目指すのが「EFポリマー」だ。オレンジの皮から作られた100%オーガニックのEFポリマーは、土壌の保水力や保肥力の向上といった効果を半年間持続する上、約1年かけてゆっくり土に還っていく。環境負荷を掛けず農作物の収穫量をアップさせることができるのだ。
EFポリマーの注目度は高く、これまでに環境省主催の環境スタートアップ大賞では「環境スタートアップ大臣賞」を、アジア太平洋地域において社会貢献が期待される民間企業を表彰する「APAC クリーンテック25」に選出されている。そんなEFポリマーを開発したのは、当時インドの大学の1年生だったナラヤン・ラル・ガルジャール氏。EFポリマーを事業化するため、沖縄科学技術大学院(OIST)のアクセラレータープログラムに応募・採択され、日本で起業している。
今回はEF Polymer 株式会社CFOの吉川 弘志氏にインタビューを実施。EFポリマーの魅力や、今後の事業展開について話を聞いた。
*[1][2]出典:国際連合食糧農業機関「水は命の源、食の源。誰一人取り残さない」
吉川 弘志
EFポリマー CFO / 公認会計士
千葉県出身。国際基督教大(教養学部)卒業後、2008年に公認会計士試験合格、Big4監査法人、財務アドバイザリー(東京)を経て、2015年に沖縄科学技術大学院大学(OIST)の職員として財務会計や予算要求、インキュベーションセンター立ち上げに従事。2022年10月にEFポリマーに参画。
INDEX
・「干ばつに苦しむ地元の農家を救いたい」科学大好き少年が出した答え
・アメリカ、ヨーロッパ、アジア……グローバルに事業を広げる準備中
・市場規模の小さな日本に拠点を置くメリット
・次々と大企業が「手伝いたい」と申し出る起業家としての素質
・ここがポイント
「干ばつに苦しむ地元の農家を救いたい」科学大好き少年が出した答え
——まずは事業の内容について教えてください。
私たちが作っているのは、社名にもなっている「EF(エコフレンドリー)ポリマー」というものです。オレンジの皮などの果物の不可食部分をアップサイクルして作られた、自然由来の超吸収性ポリマーです。一般的にポリマーは石油で作られていますが、それを100%オーガニックで再生可能な形で開発しています。
これを農業で利用すると、水の利用量を40%削減し、肥料の使用量を20%削減できます。ポリマーを購入する費用を差し引いても、農家の収益を15%ほど改善できると試算されています。農家の貧困問題を解決しながら、環境的にも持続可能な農業の実現を目指すスタートアップです。
——どのような経緯で、EFポリマーを開発したのでしょうか。
EFポリマーを開発したのは、創業者のナラヤンという現在25歳の農業エンジニアです。彼が生まれたのはインドのラジャスタン州という場所で、酷い年には年間降水量が100mm(日本の年間降水量は約1600mm[1])を下回る様な非常に乾燥した地域。人口300人に満たない小さな村では、彼の家族を含め何かしら農業に携わっており、食料の多くを自給するような生活をしていました。
そんな村の大きな問題が干ばつです。サイエンスが好きだったナラヤンは、そんな村の課題を解決するために農業エンジニアになり、高校生の頃から試行錯誤を繰り返し、大学生の時にEFポリマーを開発しました。
[1]気象庁 1991〜2020年
——なぜ日本で創業したのか、その経緯も教えてください。
インドの大学でEFポリマーのプロトタイプを開発したナラヤンは、それを持って様々な海外のアクセラレーターに応募したようです。その一つが、OIST(沖縄科学技術大学院)のアクセラレーターであり、縁があって採択されたため来日して日本で起業しました。
日本については、なんとなく技術が優れている国というイメージがあったぐらいで、採択されて初めて日本に来ました。ちなみに私自身ももともとはOISTの職員としてEFポリマーをサポートしていた一人でした。EFポリマーには、他にもナラヤンの取り組みに突き動かされた何名かのOISTの元職員が在籍しています。
アメリカ、ヨーロッパ、アジア……グローバルに事業を広げる準備中
——事業の現状についても教えてください。
現在は日本とインドを拠点にしており、親会社は日本に、インドに製造子会社を置いています。日本は事業連携や技術開発の拠点で、販売対象の中心はインドやアメリカ、ヨーロッパになる想定です。
既にアメリカ展開の準備は進んでいますし、フランスの農業系の銀行であるクレディアグリコールにサポートしてもらいながら、干ばつの問題が深刻なヨーロッパへの展開準備も進めています。他にも日系の総合商社と組みながら、タイやベトナムなどアジア地域でも実証実験も進めており、世界中に事業を広めています。
——EFポリマーには農業以外での使用用途もあるのでしょうか。
従来の石油由来のポリマーが使われているものはすべて代替の余地があると思っています。イメージしやすいおむつなど衛生用品以外にも、保冷剤にも使われていますし、シャンプーやリンスなどの増粘剤にも使用されています。特にヨーロッパでは化粧品の質感を作るためのマイクロプラスチックビーズの規制が強化されてきているため、その代替素材としても注目されるようになりました。
——幅広い領域で利用される可能性があるのですね。これまで同じような取り組みをしようとした企業はいなかったのでしょうか。
石油由来のポリマーを使って砂漠を緑地化したり、農業に利用しようとする取り組みは数十年前からありました。しかし、それでは塩基類に対する安定性がなく効果が失われてしまったり、給水圧が高すぎて、植物の根から水分を失ってしまうため普及しませんでした。
また、業界大手の化学メーカーも、農業で利用できるような天然由来のポリマーの研究はしていたようですが、これまで開発できなかったという話を内部の人から聞いています。
——なぜ大企業が数十年かけて開発できなかったものを、大学生が開発できたのか教えてください。
彼が農業エンジニアであり全く異なるアプローチで開発を行ってきたからだと思います。私達が開発しているEFポリマーは、名前こそポリマーですが、既存のポリマーとは作り方が全く違います。バックグラウンドが違うからこそ、これまでにないアプローチができたのだと思います。
たとえば化学ポリマーを作るとなれば、工場地帯にあるような石油化学プラントをイメージするような施設が必要になり、設備投資額だけでも十億~数百億円はかかります。一方でEFポリマーは、それに比べて圧倒的に少ないコストで製造可能で、製造工程も全く異なるのです。
——原料の制約などはないのでしょうか?
現在は効率性の観点からオレンジの皮に絞って製造していますが、これから事業を広げるに当たって、他の柑橘系の果物やそれ以外の素材でも製造できるよう研究を進めています。柑橘系の果物は、世界の至るとことで栽培されていますし、EFポリマーの製造工場は従来のポリマー工場ほどは建築コストがかからないため、今の研究が実現すれば、世界中の土地で地産地消できるはずです。
市場規模の小さな日本に拠点を置くメリット
——日本に拠点を置くメリットはあるのでしょうか。日本は他の国に比べて水に恵まれていますし、大規模な農場などもありません。市場は小さいですよね。
日本に拠点を置くことには大きな意味があります。一つは吸水性ポリマーの先進国であること。日本の大手化学メーカーは世界的なシェアを獲得しており、その関連産業も集積しています。そのため、日本で共同開発をすると、シャンプーや保冷剤など、様々な用途の商品にも展開しやすいのが利点です。
また、日本は四季があり、北海道から沖縄まで様々な気候条件・土壌環境がありますよね。そのため、規模は大きくなくても、さまざまなケースでのテストが可能になります。市場規模で言えば世界的に見て大きくありませんが、最初から複数国へのグローバル展開を想定しているので、その開発拠点としてのメリットを見ています。
——国によって農業の状況も違うと思いますが、展開の仕方もカスタマイズしていくのでしょうか。
そうですね。たとえばインドは、日本と同じように農家の単位が小さく、細分化された農地を家族で使っているケースが多く、収穫量が家計に大きく影響します。そのため、EFポリマーを広げるにも「農家の貧困を解決する」というビジョンが重要になります。
一方でアメリカでは農業も大規模化されていて、最小単位が数百ヘクタールという広大な土地で農業をしています。加えて運営しているのも農業生産法人やファンドのため、インドとはアプローチが異なります。アメリカではデータ等で収益性を定量的にチェックしているため、EFポリマーによっていかに収益性を向上できるか、近隣で信頼されている大学等の実験データで明確に示していく必要があります。
ちなみに私たちの商品は粉タイプと粒タイプがあるのですが、粒タイプはアメリカで展開する中で認識したニーズに基づいて開発しました。アメリカでは種や肥料などをセスナから落とすため、粉タイプだと隣の農地にに飛んでいってしまうためです。そのように、農法に合わせた商品開発もしなければいけませんね。
——地域ごとに大掛かりなカスタマイズが必要になると思いますが、様々な地域で同時に展開している理由も教えてください。
農業というのは「1サイクル=1年」です。そのため、1地域ごとに展開していっては、いくら時間があっても足りません。また、干ばつの問題は常に同じ場所で発生しているわけではなく、ランダムに様々な場所で発生します。そのため、干ばつリスクを広く抑えていくために、複数箇所で同時展開しなければいけないのです。
幸いなことに、商社などから協力を頂いているので、決して私たちの力だけで展開している訳ではありません。チームは小さいですが、これからもさまざまな関係者を巻き込みながら広げていきたいと思っています。
次々と大企業が「手伝いたい」と申し出る起業家としての素質
——さまざまな方が手を貸してくれるとのことですが、応援されるために必要なポイントがあれば教えてください。
ナラヤンの「干ばつ地出身の若き起業家が、地元の干ばつの課題を解決する」という背景やストーリーも一因だと思いますが、それ以上に彼の「人を引き寄せる人柄」が影響していると思います。OISTや大学等には優秀な研究者や起業家はたくさんいますが、彼のようにみんなが応援してあげたくなるような素質がなければ、このように取り組みを拡大していくのは難しいのではないでしょうか。
ナラヤンは日本語が話せませんし、英語も流暢ではありませんが、なぜかみんなが応援したくなるんです。たとえば沖縄の農家さんたちに実験を手伝ってもらった時も、言葉が通じないはずなのにみんなが彼に協力的でした。
地元の農家さんたちが「彼にだったら」と協力してくれたのです。研究者や起業家として優秀なことに越したことはありませんが、それと同じくらいみんなに応援される素質が重要だと思います。
——吉川さんのように、OISTから多くの人がジョインしているのを見ても、人を引き寄せるキャラだということがわかりますね。ちなみにOISTのアクセラレータープログラムに採択されたことで、EFポリマーにはどのようなメリットがあったのでしょうか。
一つは製品の実施形を完成させられたこと。EFポリマーのアイディアやプロトタイプはインドで生まれましたが、実際に製品の実施形を完成させたのは日本に来てからです。その背景にはOISTの技術的なサポートや他の大学にはないような特殊な研究機器があったからだと思います。
また、私のような人材のプールになっているのもOISTの特徴です。英語が話せて、加えてその他の分野の専門知識があるような人材は、探してもなかなかいません。OISTには、そのような専門人材がたくさん集積しているので、組織面でもOISTを活用するメリットは大きいと思いますね。
——人材がスタートアップに流れていくのは、OIST側としては大丈夫なのですか?
むしろOISTとしては推奨しています。スタートアップを支援するには、スタートアップと同じスピード、同じノリでサポートしなければついていけません。一般的な大学職員の意識のままでは効果的なサポートができないため、OISTとしてもスタートアップへの参加意欲のある人材をを歓迎しているんです。
スタートアップにとっても、人材をゼロから採用するよりも、それまでサポートしてくれた人にジョインしてもらった方が安心ですよね。そういう意味でも、OISTは人材とスタートアップのハブになっていると思います。
——最後に、これからどんな企業と組んでいきたいか聞かせてください。
農業と農業以外の2つの軸で考えています。農業では、たとえば既存の農業資材などを作っているメーカーです。農家さんにとっても既存の資材に組み込んで活用できると労力少なく効果を得ることが出来るため、既存の肥料や資材に私たちの資材を組み込んでもらえると嬉しいですね。
また、私たちはPwC財団から予算をもらって中国内モンゴル自治区の砂漠化を止めるプロジェクトも行ってきました。この様に、一緒に砂漠化を止める取り組みができる企業があれば、ぜひご一緒したいですね。
農業以外では、再生可能な消費モデルを作ろうとしている会社と組めれば嬉しいです。ポリマーというのは様々な商品に使われているため、再生不可能な石油由来のポリマーではなく、それを私たちの製品に置き換えることで、再生可能な商品にすることが可能です。そのような環境意識の高い企業とは、幅広く手を組んでいきたいと思います。
ここがポイント
・オレンジの皮から作られたEFポリマーは、土壌の保水力や保肥力の向上といった効果が半年間持続し、約1年かけてゆっくり土に還っていく
・アメリカ展開の準備は進んでいる上、干ばつの問題が深刻なヨーロッパへの展開準備も進めている
・ヨーロッパでは化粧品の質感を作るためのマイクロプラスチックビーズの規制が強化されてきているため、代替素材として注目されている
・EFポリマーは、それに比べて圧倒的に少ないコストで製造可能で、製造工程も全く異なる
・EFポリマーを広げるにも「農家の貧困を解決する」というビジョンが重要
・農業は「1サイクル=1年」のため、1地域ごとに展開していっては、いくら時間があっても足りない
企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗