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世界的な技術イノベーション専門家が語る、日本からイノベーションが生まれるために必要なこと

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沖縄県恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)をご存知だろうか。2011年の設立以来、世界中から集結した優秀な研究者によって、物理、化学、生物学、神経科学などの先進的な科学技術研究が行なわれている、日本政府の主導により創立された大学院大学だ。

2019年6月にイギリスのシュプリンガー・ネイチャー社が発表した「質の高い論文の割合が高い研究機関ランキング」では世界9位に選出。日本国内ではトップの順位であり、東京大学の40位を大きく上回っている。2022年には、スバンテ・ペーボ教授が「絶滅したヒト科のゲノムと人類の進化に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を授賞。OISTは今世界中からアカデミア分野で脚光を浴びている。

OISTではこれまでに数々の大学発スタートアップ企業も輩出している。老化・疾患バイオマーカー測定技術を開発し、大手企業との連携を進めるメタブル合同会社や 、バクテリアを利用した低コストの排水処理装置の製造を行うBioAlchemy株式会社などがそうだ。研究によって生み出された技術を産業界に技術移転することで、日本から新しいイノベーションを生み出すことに挑戦している。

今回、OISTで技術開発イノベーション担当を務めるギル・グラノット マイヤー首席副学長にインタビューを実施。「OISTが世界最高水準の研究機関である理由」や「研究結果をビジネスへ技術移転する際に大事なこと」「研究者や技術者がムーンショット的な思考を持つために重要なこと」「日本からイノベーションを生み出すために必要なこと」を伺った。

ギル・グラノットマイヤー
OIST 首席副学長(技術開発イノベーション担当)
イスラエルのテルアビブ大学で法律の学士号とMBAを取得。イスラエルの複数の法律事務所にて、著作権、サイバー法、企業、銀行などの分野で活躍する。その後イスラエルのワイツマン科学研究所の技術移転や事業化を担う企業であるYeda社に法律顧問として入社。その後CEOに就任する。2021年2月にOISTに着任。現在は首席副学長として、技術開発イノベーションを担当する。

INDEX

OISTはアカデミアの固定観念を覆した大学院大学
研究結果をビジネスへ技術移転する際に大事なこと
研究者や起業家がムーンショット的な発想を実現するには
日本でイノベーションが生まれるために重要なこと
ここがポイント

OISTはアカデミアの固定観念を覆した大学院大学

ーーOISTに世界中から一流の研究者や優秀な学生が集まるのは、なぜでしょうか?

最新鋭の研究施設が完備されており、研究者の紹介やクチコミといったネットワークによって一流の方が集まるというのもあるのですが、一番の理由になっているのが「これまでの学術機関の伝統にとらわれないモデル」を採用しているからだと考えます。

OISTには、一般的な大学機関にあるような“学部”が存在しません。教員・学生のそれぞれが自分たちの研究ユニットで探求したい研究を進めています。一人ひとりが異なる分野を研究しており、世界中から国籍も価値観も異なる多様性のあるメンバーが研究ユニットの垣根を超えて交流しています。それは研究者にとって刺激的で、とても魅力的に違いありません。

またOISTには「ハイトラスト・ ファンディング」という研究予算支援の仕組みがあります。これは、研究者に対して創造性が高く革新的な研究を自由にできる研究資金を5年間保証して提供するものです。5年間というのは、ディープテック分野において基礎科学を追求する上で最低限必要な期間だと考えています。もちろん研究資金を提供するかどうかは厳しい審査があるのですが、まだ経歴や実績が少ない若手の研究者であれば、本人のポテンシャルで審査をしています。研究設備と自由な研究時間と潤沢な研究資金を提供すれば、若手研究者であっても5年間で素晴らしい研究結果を残すことはこれまでに実証済みです。


画像提供:OIST

ーーハイトラスト・ ファンディングを受けたら、5年で成果を出すことは必須でしょうか?

5年が経ったら、各研究ユニットの結果を評価するユニットレビューを行なっています。世界中から“研究者の研究分野に関連した”専門家を評価員として招き、論文結果はもちろん、研究実績を総合的に評価するのです。評価結果によっては大学を去らざるを得なかったり、研究資金や年俸の減額もあり得ます。

このような「伝統にとらわれないモデル」は、イスラエルのワイツマン科学研究所やオーストリアのオーストリア科学研究所、アメリカのロックフェラー大学など世界の権威ある大学や研究機関でも採用されており、創造性が高く革新的な研究結果を数多く残しています。

今後OISTでは、ユニットレビューの審査方法を多少変更するかもしれません。イノベーション活動や教育活動、地域貢献活動に研究者がどれだけ関わってきたのかという観点も評価項目に追加する可能性もあります。科学実績だけでなく、より包括的な審査で研究支援予算額を柔軟に決定できるようにしたい考えです。

研究結果をビジネスへ技術移転する際に大事なこと

ーー大学や研究機関での成果や実績を商業に技術移転する場合に、大事なことは何ですか?

お察しの通り、技術移転は簡単なことではありません。専門的部隊を用意し、組織立って綿密に進めていく必要があると考えます。たとえば知財管理の専門チームや、研究者と対話して研究を理解できるスタッフが必要ですし、企業や官公庁に対して魅力的な提案ができるチームも欠かせません。研究チームと産業界の継続的な連携が必要となります。その点OISTには概念実証(PoC)プログラムがあり、応用研究から実用性の確立、プロトタイプの開発、商業的な生産拡大の検討まで幅広い活動を専門家チームが支援しています。

また、スタートアップに対しては、今以上に大学との連携を推進していくことが大事です。OISTでは2018年から沖縄県の支援を受けて立ち上げた起業家育成支援プログラム「OIST Innovation Accelerator」を提供しています。最大1000万円までの資金援助や、OISTの先端研究設備や施設の利用、OISTの研究者をはじめとする世界中の科学者やビジネス界とのマッチング、起業に向けたアドバイス、また入国にかかるビザ取得や知財手続きサポートなど、必要な支援を最長10ヶ月間受けられます。

アクセラレータープログラムは2023年で開始から6年目を迎えました。世界中から沖縄に起業家を呼ぶことができ、多くのイノベーションを育み、大きな経済効果をもたらしました。2024年度からは採択するチーム数を2倍に増やす予定です。

ーーOISTとして、どのような企業の研究分野だと協業しやすいのでしょうか。

最先端科学を自社の研究開発に取り込みたいという企業であれば、どんな企業でも共同研究や協業がしやすく成果は出ると考えています。日本企業にとって、OISTが日本にあるというのは大きなチャンスだと捉えていただきたいです。なぜなら、OISTは日本語と英語で運営していますので、ここを窓口にして世界に羽ばたくことも大いに可能です。これまでも企業と連携して、イノベーションの創出に挑戦してきました。たとえば、太陽光発電に使うペロブスカイトの研究開発といったエネルギー開発もそうですね。沖縄はチャンスに溢れた島ですので、ぜひいろんな企業に挑戦してほしい。詳細情報はOISTのホームページに掲載しています。

他にも、OISTが取り組む研究の中で特許がとれそうな情報やブレイクスルーが期待できるテクノロジーが出た時に、先行で情報をシェアして研究者との議論の場を設ける「OIST Innovation Network」という企業会員制度もあります。年に2回沖縄や東京でイベントを開催しており、産学連携の様々な情報を手に入れられます。また、メンターシッププログラムもあり、外部の専門家にメンターになっていただき、OISTの研究者やスタートアップへのビジネス的なアドバイスも行なっています。この出会いがきっかけで、メンター企業から投資を受けたスタートアップ企業もあります。イノベーション創出のチャンスがOISTにはたくさんあるのです。

研究者や起業家がムーンショット的な発想を実現するには

ーー研究者、起業家がムーンショット的な発想を実現するために重要なことは何ですか?

アメリカ人の著者サフィ・バーコールさんの書籍「LOONSHOTS(ルーンショット)」を参照させてください。ルーンショットとは、「誰からも相手にされず、クレイジーと思われるが、実は世の中を変えるような画期的アイデアやプロジェクト」のことを指します。“LOON”とはクレイジーという意味があり、もちろんムーンショットに掛けているのですが、書籍の中で「起業家というものは少なくとも3回以上は失敗するものだ」と書かれています。野心的な挑戦を行う際には途中で大問題に直面したり、大きなハードルがあったり、何度も失敗するものだと。成功したスタートアップや企業家というのは、こういった多くの失敗を経験して、危機に直面したことがある人たちのことだと言うのです。成功者たちは数多くの問題に直面することで、“ソリューションを見つける力”を身につけています。リスクとは本当の意味ではリスクではなくて、目標を達成するために必要なことなんですね。

私自身がワイツマン科学研究所で働いていた時にも、商業で成功した人のすべてが、まさにルーンショット的だったなと改めて思います。1つ例を挙げると、CAR-T (カーティー)細胞療法の開発事例があります。カーティー細胞療法とは癌にかかった細胞のセラピー治療法で、免疫細胞を癌と戦うことができるようにプログラムして、患者の体に戻すという方法でした。1980年から1990年にかけて、アメリカとワイツマン科学研究所が共同で開発しました。当時は画期的なテクノロジーだったと思いますが、商業化という観点では成功はしませんでした。そんなことが本当に実現できるということを信じる人が出てこなかったんですね。約20年後の2012年頃にカイト・ファーマ社によって初めて商業化されるまで実用化はされていません。こんな例は非常に多いと思います。

このように、研究結果を技術移転して商業的に成功させるのは、非常に大きな挑戦になるのです。商品化するまでに10年〜20年はかかるわけですから。世界中の大学・研究機関にとって、研究結果の技術化や商業化のポテンシャルを特定して成功させていくことは大きな課題になっています。

日本でイノベーションが生まれるために重要なこと

ーー日本からイノベーションがもっと生まれていくために、重要なことは何ですか?

日本には歴史上、卓越した技術や科学があり、多くの分野で卓越性を維持してきました。だからこそイノベーション分野で、日本が世界のリーダーにならない理由はありません。

まず日本がやるべきことは、科学者が好奇心をもって自由に研究を行なう“ディープサイエンス分野”に対してもっと投資をしていくことだと思います。研究の量ではなく質を優先することが大事です。

そのためには、グローバル視点での競争力を持たなければいけません。その1つの手法としては、 EUが進めている研究とイノベーションのために世界の最高の頭脳を結集して、現代の重要な課題に対する優れたソリューション提供を目指す「Horizon Europe」プログラムといったグローバルなプラットフォームへの参加者を増やすことがあります。世界中の科学者と切磋琢磨し刺激を受け合うことで、グローバル視点で研究者のレベルアップが図れると思います。逆に、海外から卓越した才能のある研究者を日本に呼び込むという手も有効でしょう。OISTのようなモデルが増えていくことで、今ある日本の既存の科学もさらに活性化します。

そして、次世代の研究者をしっかりと大切に育てることも忘れてはいけません。彼らに独立性や自由・裁量権を与えて、リスクなくクリエイティブな研究に没頭できる環境をつくること。これが良い方向につながっていくと考えています。

最後に、産業界が大学との連携・共同に対してもっとオープンになることを期待しています。産学連携では、大学を単なるサービス提供者として見るのではなく、「新しい知識を作り出す」「知を集積をしているパートナー」として対等に向き合い、手を取り合って研究と事業を推進していくことが重要です。産学連携がもっと推進されていけば、新しい発見やチャンスはもっと生まれていくでしょう。

ここがポイント

・沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、世界中から集結した優秀な研究者によって、物理、化学、生物学、神経科学の研究などの先進的な科学技術研究が行なわれている
・OISTに一流の研究者が集まる理由は、一般的な大学機関にある“学部”が存在せず、研究を自由にできる研究資金を5年間保証して提供する仕組みなど、これまでの学術機関の伝統にとらわれない仕組みがあるため
・研究結果をビジネスへ技術移転する際に大事なことは、専門的部隊を用意し、組織体制で綿密に進めていくことが必要。起業家の育成支援プログラムを積極的に利用するべき
・研究者や起業家がムーンショット的な発想を実現するためには、失敗や問題に直面しても解決し挑戦を続けるしかない。技術移転の商業化成功まで10〜20年はかかる
・日本からイノベーションをもっと生み出すためには、グローバル視点での競争力を高めていくべき。世界中の科学者と切磋琢磨することで、研究者はさらにレベルアップする


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:阿部拓朗