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市場拡大期の炭素排出量算出サービスが「サステナビリティ全般」を対象にピボットした理由とは

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地球温暖化を食い止めるために欠かせないGHG(温室効果ガス)の削減。今や世界中がGHG削減に向けて動き始めており、環境保全が進んでいる欧州では、2024年から「サステナビリティ情報開示」が義務化されるなど、国をあげた取り組みも見られる。

日本もまた「2050年までにGHGの排出を実質ゼロにする」という目標を宣言し、その中間目標として「2030年度までに2013年度比マイナス46%」を掲げている。その実現のために、多くの企業が取り組んでいるのが「GHG排出量の可視化」だ。

国内でも、いくつかの「GHG排出量算出サービス」がリリースされており、その先駆けとなるのが株式会社ゼロボード。パートナー企業を巻き込んだエコシステムの形成により、多くの上場企業を顧客として獲得している。

そんな同社が、2023年に発表したのが「サステナビリティ全般」への事業領域の拡大。これまでGHGを中心に行ってきた情報管理の範囲をESG(環境、社会、企業統治)全般に広げると発表した。

今回は、同社代表の渡慶次氏にインタビューを実施。事業領域の拡大にある背景や、SaaSビジネスの事業領域拡大のポイントについて聞いた。

渡慶次道隆
JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職し、コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。その後、スタートアップ企業に転じ、電力トレーサビリティや環境価値取引のシステム構築などエネルギーソリューション事業を牽引。脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け「Zeroboard」の開発を進める。2021年9月に同事業のMBOを実施し、株式会社ゼロボードとして事業を開始。東京大学工学部卒。

INDEX

「金融知識×エネルギーテック」で生み出した「Zeroboard」
目標達成の大きなハードルになる「スコープ3」の算出
事業領域を拡大した背景と、拡大を成功させるポイント
ここがポイント

「金融知識×エネルギーテック」で生み出した「Zeroboard」

――まずは起業の経緯を聞かせてください。

私たちが提供しているクラウドサービスはもともと、ハードテックベンチャーのエネルギー関連事業部の中で、1事業としてスタートしました。2021年にMBOを果たして独立して今に至ります。

私自身は、長年商社でエネルギーテックなどに関わっており、ベンチャー企業に転じてからはAIやブロックチェーンなどの新しい技術を使って電力会社向けのソリューション開発やコンサルティングなどをしていました。しかし、コロナ禍を機に受託開発が一気に止まってしまって。

自社のビジネスを作る重要性に気づいた私は、ベンチャーにいた頃にカーボンクレジットのマーケットプレイスを作る構想を発表しました。リリースを出して着手する直前までは進めたのですが、プロジェクトは頓挫することになったのです。

――何が原因だったのでしょうか。

マーケットがまだ育っていないことに気づいたからです。そもそも多くの企業が、自社がどれだけのGHGを排出しているか把握していなかったのです。排出量がわからなければ、どれだけ削減する必要があるのかわからないため、カーボンクレジットの購入には至りません。そこで、まずはGHGの排出量を算出する必要があると思い、開発したのがクラウドサービス「Zeroboard」です。

ちなみにGHGの排出量を算出して公表するというのは、財務諸表を公表するのと同様で金融の知識が必要になります。私は商社の前に金融業界にいたので、その知識とエネルギーテックの知見が活かせる事業になったと思います。

――MBOした理由も聞かせてください。

私たちが行っているSaaSビジネスは先行投資が必要な上に、カスタマーサクセスなど専門知識を持った人材の育成も欠かせません。様々な事業を行っている企業の1事業としてファイナンスや採用をするのは難しいと判断したため、事業を切り出そうと考えました。

目標達成の大きなハードルになる「スコープ3」の算出

――東証プライム市場の再編によって、「気候変動によるリスク情報」の開示が義務付けられるようになりましたね。その現状について聞かせてください。

去年から今年にかけて、多くの企業がGHG排出量の算出に取り組んでいます。ただし、ボトルネックになっているのが「スコープ3」の算出です。GHGの排出量というのは、下記のようにスコープ1~3に分けられています。

スコープ1 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出
スコープ2 他社から供給された電力や熱、蒸気の使用に伴う間接排出
スコープ3 スコープ1、スコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

この中でもスコープ1~2の算出に取り組んでいる企業は多いのですが、スコープ3を算出するにはサプライヤーなどの取引先からデータをもらわなければならず、難航している企業も少なくありません。

サプライヤーに対して、自社と同じ基準でGHGの排出量を算出してもらわなければなりませんし、最終的には削減してもらう必要もあります。いかにサプライヤーを巻き込むかが、これから大きな課題になっていくと思います。

――サプライヤーを巻き込むには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。

サプライヤーの人たちと丁寧にコミュニケーションをとっていくしかありません。ただでさえ、エネルギー価格の高騰や物価高で苦しんでいるサプライヤーに対して、ただ自社の削減目標だけを押し付けても無理があります。

私たちもクライアントのサプライヤー向けの説明会に同席し、どのようなステップでGHGを算出していけばいいのか説明し、サポートもしていくと話しています。いかにサプライヤーの負担を減らせるかが、私たちのサービス開発にかかっていますね。

――サプライヤーを巻き込むにあたって、クラウドサービスであることのメリットも教えてください。

単純に集計の手間が省けます。たとえばExcelを使って集計する場合、サプライヤー全てに共通のExcelを配って、記入してから送り返してもらわなければなりません。クラウドサービスなら、フォームに入力してもらうだけで集計できるので、両社の手間を大きく減らせます

また、私たちのサービスが広がることで、項目が統一されるのも大きなメリットですね。サプライヤーは様々な大企業と取引していて、企業によって求められるデータが違うと、それだけ工数が発生しますよね。提出するデータの作成を同じサービス上で行うことができれば、サプライヤーの負担も減って、大企業側にとってもスコープ3算出のためのデータが集まりやすくなるはずです。

――法律に対応する以外に、クラウドサービスでサプライチェーンが繋がるメリットはあるのでしょうか?

紛争や災害によるリスクを最小限に抑える効果が期待できます。たとえばサプライヤーが紛争や災害によって被害を受ければ、サプライチェーン全体に影響がでますよね。そのため、メーカーはサプライヤー全体の状況を常に把握していなければなりません。

クラウドサービスでサプライチェーン全体を可視化することで、異変があった際にすぐに対応できるようになるでしょう。

事業領域を拡大した背景と、拡大を成功させるポイント

――2023年8月には、事業領域を「サステナビリティ全般」に拡大しましたよね。その背景をきかせてください。

領域を拡大した背景には欧州の動きがあります。たとえば欧州ではCSRD(欧州サステナビリティ開示指令)[1]によって2024年6月までにスコープ3の開示が求められます。これはESGのE(環境)だけでなく、SG(社会・ガバナンス)についても開示する必要があり、企業としては包括的な対応が求められるようになりました。

この影響は欧州の現地法人だけに限りません。なぜなら、開示が義務付けられるのは、欧州に支社を持っている企業も含まれており、多くの日本企業も該当するからです。GHGの排出量だけでなく、サプライチェーンを含めて人権問題がないか、不適切な素材を使っていないか報告しなければなりません。

そのような動きの中で、クライアントから相談されることが増えてきたので、事業領域の拡大に踏み切ったのです。

――そのような動きは、今後日本にも広まっていくものでしょうか。

そうですね、日本に限らず世界的に広まっていくと思います。たとえばアメリカでも、似たようなルールを作り始めていますし、州によっては独自にルールを作っているケースもあります。

アメリカは動きが早いですが、日本なども徐々に同じようなルールを作っているので、将来的には世界的に同じように広がっていくと思います。

――事業領域を拡大するに当たって、大事なポイントを教えてください。

まずは既存のサービスのクライアントに、興味を持ってもらえるサービスを作ることが欠かせません。バーティカルSaaSは業界が限られているため、サービス提案はしやすいと思います。一方でホリゾンタルSaaSの場合は、業界よりも部署に注目するのがおすすめです。

たとえば私たちの場合は、これまでGHGを担当している部署を相手に事業を展開してきました。そしてGHGを担当している部署はサスティナブル項目を担当している部署と同一、もしくは距離が近いのが一般的。逆に言えば、サスティナブルの部署と営業部門は多分遠いので、営業向けのサービスでは難しかったでしょうね。

――どのような戦略で事業を展開してきたのでしょうか。

パートナーとなる、銀行やサプライチェーン向けにサービスを展開している商社などと、うまく連携しながらサービスを展開してきました。GHGのデータは、人事や経理のデータのように社内だけで完結するものではありません。他の企業や自治体と連携したり、報告したりする必要があるため、パートナーとの連携が欠かせないのです。

――エコシステムを作っていく中で、貴社が目指すポジションを教えてください。

目指しているのは「脱炭素のOS」です。私たちはGHG排出量の算出と削減に向けた計画をサポートしていますが、ソリューション自体は提供していません。そのため、100社を超えるパートナー企業が持つソリューションを提供することで排出量の削減までを支援しています。脱炭素化のプラットフォームをZeroboardが担い、そこに膨大なデータが繋がり、さまざまな連携機能やソリューションが載っていく、その形を「脱炭素のOS」と表現しています。

当然、どのソリューションでもいいわけではなく、それぞれのクライアントに適したソリューションを紹介しなければなりません。一次窓口になって最適なソリューションを提案することで、クライアントの脱炭素を実現するのが私たちの役割だと思っています。


――最後にこれから連携していきたい企業などについて聞かせてください。

一緒にサステナビリティのエコシステムを拡大していける企業ですね。たとえば商社やエネルギー会社、電力会社やガス会社といった風にGHGの削減ソリューションを持っている企業とは、ぜひ連携しながらGHG削減を進めていきたいです。あとは企業のGHG削減をサポートしている自治体などとも、連携していければと思っています。

加えて、この取り組みは日本だけでなく世界に広がっています。私たちもタイに子会社を持っているので、世界でのパートナーシップも積極的に広めていきたいですね。特に東南アジアはとても重要で、一緒にアジア全体を開拓していけるような企業さんがいれば、パートナーとして一緒に進めていけると嬉しいです。

[1]CSRD・・・欧州域内で一定規模の活動をする企業に、環境、社会およびガバナンスに関する事項の詳細な報告を要求する規則

ここがポイント

・当初はカーボンクレジットのマーケットプレイスを構想していたが、多くの企業が自社のGHG排出量を把握していなかった
・GHG排出量の算出に取り組む中でボトルネックになるのが、「スコープ3」の算出
・クラウドサービスなら、サプライヤーがフォームにGHG排出量を入力するだけで集計できるため、両社の手間を大きく減らせる
・欧州ではCSRD(欧州サステナビリティ開示指令)によって2024年6月までにスコープ3の開示が求められる
・脱炭素化のプラットフォームをZeroboardが担い、そこに膨大なデータが繋がり、さまざまな連携機能やソリューションが載っていくことを目指す


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二