現在、アメリカの大学に通う大学2年生の長女がいるのだが、彼女も周りの友人も一旦就職するかは別にして、当然のように大学院にいくことを前提にしているようだ。一方で、自分の周りや付き合いがある日本企業の経営陣を見ても、米国の企業や機関と比べて大学院を出ている人は非常に少ないように思う。
INDEX
・ジェネラリスト偏重の日本とスタートアップ
・役割や貢献による評価と年齢や在籍年数による評価
・専門性が異なる人をどうやって採用、評価していくか
・SOZOの例
・今後の経営の方向性
ジェネラリスト偏重の日本とスタートアップ
実際、OECD(経済協力開発機構)等の統計データを見ると日本企業の部長職や役員の大学院、PhDの学位を持っている割合は米国やヨーロッパとの比較で10分の1程度となっている。大学院を出ると出世しないと言われたり、「専門バカ」などという言葉があるほどだ。様々な産業の複雑化と高度化、細分化が進む現代において、専門性は極めて重要なものになっている。専門外の人間が適切な判断をすることは難しくなり、その分野の適切な知識を持った人が必要な判断をしていく重要性はさらに高まっていくだろう。
他方、スタートアップやVCは各分野の専門家が集まって経営されるという意味ではその極論的な組織で、専門家に権限を与え、迅速な判断を促すことが重要となる。もちろん、ある程度の組織規模になってくると異なる専門分野の横断的な連携機能を担う人間も必要だが、そのような機能を持つ人間もホームベースとなる専門性を身につけることは不可欠な場合がほとんどとなる。
役割や貢献による評価と年齢や在籍年数による評価
日本においては、特に大きな組織では、在籍年数による給与ベースが設定されていることが多い。退職に関しても定年という形で、どんなに得難い専門性を有している個人であっても、一定年齢に達すると退職することになるか雇用条件が大きく変わってしまうことが一般的だ。退職の判断に関しては、年齢による身体的な衰えの有無、業務への影響は全く考慮されない。このような仕組みは、全ての従業員は交換可能な存在という前提を取っており、個別の専門性や経験は重要視されていないと見ることもできるだろう。
これに対して、スタートアップの世界では、得難い経験を持った人間が能力を発揮できるのであれば評価して採用していく。例えば、ウォール・ストリートで活躍したファイナンスの専門家が、スタートアップで自身の年齢が半分にも満たない起業家に混じって、経験やネットワークを使い大活躍することは珍しくない。デジタル化でどんどん身体の衰えを補えるような仕組みができているのだから、得難い経験や知識を持っている専門人材こそ、それを生かして活躍し続けてもらえる仕組みになっていった方が良いように思う。
専門性が異なる人をどうやって採用、評価していくか
専門性が異なる人で構成される組織では、組織全体でどのような基準で採用を行い、人事評価を行っていくかが非常に難しくなる。ジェネラリスト中心の組織であれば、一括で新卒を中心に採用し、年次ベースで人事評価と昇進を行い、一定年齢で定年や給与条件の変更を行うことができるだろう。一方で、専門家を中途採用するとなると、人事評価に関しても専門性に応じた責任とそれに基づいた貢献を評価するための基準やシステムが必要になる。加えて、専門性を前提として適切な役割、権限、キャリアパスの設定をしていくことが不可欠となる。
組織のデザインや経営の観点では当たり前の議論に聞こえるかもしれないが、これを専門分野がかなり分化しかつ急成長する組織で、適切に行うことは簡単ではない。
米国においては、マネージメント自体も専門職として捉え、その役割を果たすために昇進の際や就任の際に、トレーニングやコーチングを受けることが一般的になりつつある。これは大企業であっても変わらない。中でも専門性が高い複数分野を持ち急成長するような、難しい役割が求められる組織のマネージメントに関しては、外部のコーチやトレーニングを受けるCEOやマネージメントも多くなってきている。またキャリアパスの過程においてマネージメントの専門性を磨くために大学院に入り直す人も少なくない。
VCの中でも投資先のCEOにコーチをつける場合が年々増えてきており、トップファンド御用達のスタートアップに特化したCEOコーチでよく知られているコーチも何人か出てきている。このようなコーチは面接を行い、コーチの側が生徒であるCEOを選ぶケースも多く、CEOコーチを通じてCEO間のネットワークを作るのにも役立っているケースも聞く。日本の企業やスタートアップでは、組織的にこのような教育支援をするケースは限定的と聞いているが、マネージメントのための教育や準備の重要性は増していくのではないか。
SOZOの例
VCであるSOZOを一例にして考えると、基本的には以下の4種類の人が必要になる。
(1)投資案件を探してくる人(製造業に例えた際の仕入れ担当)
(2)投資先に対して付加価値を与える人(製造担当)
(3)投資先の評価/管理を行う人(管理担当)
(4)投資家から資金を調達する人(販売担当)
(1)に関しては、起業家や他の投資家に対してネットワークや業界の知識がある人が必要になり、(2)に関してはプロジェクト管理や経営に関する知識や経験が必要になる。(3)に関してはファンドに関するファイナンスや法務、会計の知識や経験が必要で、(4)に関しては金融業界や投資家に関するネットワークや知識が不可欠となる。
このように列挙すると、全く別の経験や知識、向き不向きがあることがわかる。
このような多様な専門性を並列に評価していくことは極めて難易度が高い経営となる。
当社では専門家組織の教育と経営を、外部の知見を活用して行っている。基本的には組織全体の「システム」をデザインした上で、各担当専門家の役割を定義し、ゴールと評価ポイントを設定。それに沿った採用と評価、組織の発展を進めていく形をとっている。その際、組織全体のデザインや組織の役割の定義、必要なトレーニングに関しては外部の専門家を入れて行う。各組織間のコミュニケーション、異なる組織間の情報共有に関しても外部の専門家を入れてかなりの時間を使い、フィードバックや360度評価も実施しながら日々改善を図っている。
当社は40人に満たない組織であるが、組織のデザイン、役割の定義に関してはそれぞれ1名ずつの専任コーチに担当してもらい、コミュニケーション担当の専門家も2名が関わっている。それらの外部人材が週次の全体会議にも参加し、四半期に一回は各組織の活動報告と課題共有のための全社イベントも行っている。私を含めた日本人にとっては社内の会議に外部の人間が参加し、経営陣も含めてガイドをしているというのは少し奇異に見えるが、組織の経営や管理、情報共有はそれ自体もある種の専門性がある業務だからだと今では理解している。また、組織の規模に対して非常に大きなリソースを割いているように感じるかもしれないが、これでも異なる専門家間の意思疎通や相互理解は非常に難しいと感じており、外部のコーチの力も借りながら日々改善に務めているのが現状となる。
このようなプロセスには経営陣や専門家だけでなく、全社員が意義を理解してしっかり時間もリソースも使っていくことにコミットする必要がある。時間とコストがかかる長期的な作業になることは言うまでもない。他方、メリットも多くある。多様な価値観や仕事との関わり方の受け入れが可能になり、より幅広いタレントをリクルートすることが可能となるだろう。
全く別のやり方をしているVCも多い。個人事業主の集まりのような形で、担当と権限を定義して、その範囲内で各人の裁量に任せるスタイルだ。弁護士事務所や会計事務所のようなプロフェッショナルファームのイメージで、バックオフィスや事務機能を全体で提供し基本的な業務は個人単位の細分化したチームで完結するというモデルだ。このようなやり方は相互のコミニュケーションコストがかからない反面、拡大していく時のメリットと成功時の再現性やスケーラビリティに欠けるという問題点は否定できない。
今後の経営の方向性
おそらく、現在スタートアップやVC業界が直面している「専門性の高い人材の活用」は、目まぐるしく変わる市場環境や新しいビジネスが勃興してくる状況を考えると、大企業や政府においても求められるようになっていくだろう。以前のコラムでも触れたが、米国の大学においては企業経営がスタートアップ(専門性が高い人材による不安定な急成長する組織)型に主流が移りつつあるという議論が出てきている。企業経営の分析や高度化に貢献することを目指す大学でもこの変化への対応が進められており、急成長型組織の経営手法やマネージメント手法の研究に注目が集まり、より盛んとなってきている。
スタートアップのような専門性の高い人員で構成される組織においては、役割と貢献を専門性に応じた尺度できちんと評価し、役割に伴ったキャリアパスを作っていく必要性がより強くなる。そうなると大組織でも専門性の異なる人材を適切に評価し、役割と管理方法を外部の専門家も活用しながらデザインし、コミュニケーションコストをしっかりかけて経営していくという方向は、組織のサイズを問わず一つの参考になるのではないかと考える。難易度は高いかもしれないが、スタートアップ型の専門性に応じた役割と貢献を、専門性に応じた尺度で評価していくようになると、能力や貢献度とは直接は関係がない、在籍年数・年齢・正社員や派遣社員などの雇用形態・ワークスタイルによる区別もなくなっていく。そうなると、能力を発揮できる限りは自分の意思で引退時期やライフスタイル、ライフデザインを選択していくことができるようになるのではないだろうか。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。