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投資家Coral Capitalのジェームズ氏と起業家Holmes笹原氏に良好な関係性を継続させる秘訣を聞いてみた

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事業を興すのは人だ。そして、人ひとりができることには限りがある。だから、イノベーションを生みだすには必ず仲間となる人との出会いが必要になる。「はじめまして」から始まって仲間になるまでに、それぞれ異なる経緯があるはず。

今回は立場の違うプレイヤー、すなわち「起業家と投資家」「スタートアップと大手企業」といった、目線や文化の異なる二者が出会い、良好な関係を構築し、継続していくためのヒントを探る。

お話を伺うのは、株式会社Holmes代表の笹原健太氏(以下、笹原)と、Coral Capital CEOのJames Riney 氏(以下、ジェームズ)。笹原氏は元弁護士の起業家で、ジェームズ氏が代表を務めるベンチャーキャピタル(VC)から投資をうけ、クラウド契約の市場に参入している。

彼らはどのように知り合い、リレーションシップを構築していったのだろうか?

INDEX

「起業家」と「投資家」にはまらない、対「人」同士のコミュニケーション
契約は点ではなく面で捉える、Holmesが考える契約業務のクラウド化の課題
大手企業とスタートアップ、ずれがちな目線の合わせ方
ここがポイント


笹原健太(ささはら・けんた)
株式会社Holmes代表取締役CEO
2008年、慶應義塾大学法科大学院在学中に旧司法試験合格。2010年、弁護士登録(第2東京弁護士会、63期)。2013年、弁護士法人PRESIDENT設立。2017年、株式会社リグシー(現・株式会社Holmes)設立。契約マネジメントシステム「Holmes(ホームズ)」提供。


James Riney(ジェームズ・ライニー)
Founding Partner & CEO
Coral Capital 創業パートナーCEO。2015年より500 Startups Japan 代表兼マネージングパートナー。シードステージ企業へ40社以上に投資し、総額約120億円を運用。SmartHRのアーリーインベスターでもあり、約15億円のシリーズB資金調達ラウンドをリードし、現在、SmartHRの社外取締役も務める。2014年よりDeNAで東南アジアとシリコンバレーを中心にグローバル投資に従事。

「起業家」と「投資家」にはまらない、対「人」同士のコミュニケーション

彼らの間柄を見てとても驚いた。肩を叩き合い、親しげに対話する様子は単なる起業家と投資家という関係を超えているだろう。互いを「日本一!」「優秀なプロマネ!」と称賛し合い、冗談のようなやりとりを交わす彼らを見ると、互いを信頼しあっていることが伺える。

笹原:ジェームズ……と言うか、Coral Capitalは日本一面倒を見てくれるVCですよ。他の人に聞いても、こんなに手厚くサポートしてくれるところはないです。まあ、今は忙しくなっちゃったのでちょっと手薄かもしれないですけど……(笑)。

ジェームズ:イヤイヤイヤ、そんなことないよ!Holmesが順調だから、安心してるんだよ(笑)。

笹原:ほんとかなあ(笑)。遡ると、ジェームズとの出会いは僕がHolmesをローンチした直後でしたよね。Facebookで連絡をもらって。

ジェームズ:そうですね。アメリカでは、リーガルテックのSaaS事業も成功事例がでてきていたから、日本だったらどこにポテンシャルがあるかなって。それで調査をしていたらHolmesを見つけたんです。連絡したら笹原さんの人柄もすごく良くて、「この人は絶対成功するだろう」って確信をもったんですよね。

笹原:そこからトントン拍子で出資が決まっていって。スピード感ってすごい大事だと思いました。

―すでにおふたりの相性の良さを感じていますが、あらためて笹原さんがCoral Capitalからの出資を受けることを決めた理由をお聞かせいただけますか。複数のVCから引き合いがあったと思いますが、なぜCoral Capitalを選んだのでしょうか?

笹原:僕はもともと弁護士で、Holmesとは別に弁護士法人も設立していました。いわゆるスタートアップ界隈の企業法務にも携わっていましたし、スタートアップの資金調達を会社法の概念としては理解していたんです。
ただ、経営しているからこそ分かる「ビジネス感覚」は理解できていませんでした。株式会社を立ち上げてからも、しばらくは準備金でどうにかなるだろうと思っていて。そんな時にジェームズがメッセージをくれたんですよ。いわゆる投資家としての付き合いだけではなく、どうしたらHolmesがグロースするかのアドバイスや、出資先の事例を挙げてスタートアップ領域の内情を教えてくれて。そうした姿勢に誠意を感じて、一緒にやろうと即決しました。それに、「出資契約の条文はWeb上でオープンにしてるから、そっちで見て」みたいな合理的な面も好感触でした。これ、オープンにしていいのかな? と思いましたけど(笑)。

ジェームズ:雑だと捉えられない? 大丈夫?(笑)。

―投資を受けるにあたって、どのような事を重視しましたか?

笹原:もちろん幾つかの判断基準は設けていましたが、彼を人として信頼しきっていたので、細かい条件面はジェームスからの提案をベースに判断することに決めていました。僕のビジョンを理解してくれている彼であれば、投資のプロとして提示してくれる出資金額は適切であろう、と。
取材のテーマにつながると思うんですけれど、名目上はいわゆる「資金調達」ですが、ジェームズと出会ったことでそれ以上の財産を僕は得たと思っています。資金調達を発表したことで、我々の会社を知っていただくきっかけになり、新たに知り合うことができた方々も多くいます。出会いが次の出会いにつながり、今まであまり意識していなかったスタートアップとしての自覚や成長観も自分の中に生まれました。

ジェームズ:失礼だけど、振り返ると最初のプロダクトはショボかったです(笑)。でも、話してみて、この人の本質は弁護士じゃなく、起業家だってすぐわかった。しかも、優秀なプロダクトマネージャーだなって。
リーガルテックは他に何社も見ました。創業者が弁護士であることは当然かもしれませんが、「弁護士らしさ」が強すぎるのは問題かなと。でも、笹原さんは「弁護士らしさ」と「プロダクトを見る目」のバランスが素晴らしかった。何を課題意識として持っているかが明確だったし、プロダクトのこともちゃんと考えている。今後の開発についてもちゃんと細かく説明できる。これは結構レアだなと。

笹原:ちょっと照れますね(笑)。いま思えば甘い考えだったんですけど、当初はプロダクトに絶対の自信を持っていたんですよ。ローンチしたらDropboxみたいにめちゃくちゃ売れるだろうって。引く手あまただろうと思っていました……(笑)。

―もしかしたら、ローンチ後に予想外の出来事が起きたのでしょうか?

笹原:予想外の出来事というより、初期仮説とは別の課題が見えてきたんです。

契約は点ではなく面で捉える、Holmesが考える契約業務のクラウド化の課題

笹原:創業当初に考えていた契約業務のクラウド化で解決すべき課題は、契約書のレビューチェックと作成にあると考えていました。弁護士に頼むと費用が高額になりやすい。だからこそ、予算に制限がある中小企業に需要があるのでは、と。それで、当初は「契約書の作成から承認・締結・管理までの一連のプロセスを最適化する契約システム」として、開発をおこないました。でもそれは弁護士時代に見ていた世界からのポジショントークでした。
ローンチして、実際には大手企業の方がはるかに大きな課題を抱えていると気づかされました。僕が考えていた「契約書のレビューチェックと作成」という機能は、契約そのものの流れの中のごく一部に過ぎません。そんなところは皆、大したペインに思っておらず、実際はもっと大局的なリーガルマネジメントの方に重大な課題が隠れていました。
契約書は状況の変化に応じて複数作成されるものですし、いろんな部署が契約に絡んできます。すると、統一されたオペレーションが組めないし、責任を取る部署もいない。結果的に契約書が「導火線に火がついた爆弾」のようになってしまい、他の部署に投げて問題を先送りにしていく状況が生まれてしまう。そういった意味で、多数の部署、人員で構成された大手企業の方がペインが大きいと感じたんです。だからこそ、契約フローの最適化に踏み込めるソリューションを提供したいと思っています。

―契約フローは企業ごとに様々なオペレーションがありますよね。企業の垣根を超えて最適化することは難しそうですが。

笹原:おっしゃる通りで、契約フローは企業ごとにいろんな形があって単一化できないし、共通化しにくいものです。
スタートアップの定石で言うと、そこは突っ込んじゃいけない領域だと思います。なぜなら、Holmesがどんなサービスかわかりにくくなりますから。教科書的に言うと、提供するサービスは一言でわかるくらいシンプルな単一機能にするべきなのです。これは、株主のジェームズの前で言ったら怒られそうですけど、契約に絡む課題を本質的に解決しようと思ったら、契約フローに突っ込んでいくしかないんです。「導入数が増える」という短期的な成長も大切だと思っていますが、もっと抜本的にプロダクトの質を高めていきたい。
クラウド契約の市場でいうと「電子メールで契約を交わせることが新しい」みたいな世界観で突っ走りがちですけれど、僕たちはそうじゃない土俵で戦っていきたくて。もっと広い範囲で、人事や営業、調達などの部署を越えた「契約の課題」を解決していきたいです。
具体的には、セールスフォースのようにHolmesのオプション部分を拡大させて、解決に取り組んでいければ。Holmesの軸は変わらず、少しずつ領域を広げていくかたちで問題にアプローチしていきたいですね。

ジェームズ:プロダクトについてこんなにワクワクしながら話す弁護士いないですよね(笑)。思いが強いよね。

―そうですね(笑)。でも、それを良しとしてくれるジェームスさんに笹原さんは出会えた。すごくいいコンビですね。

大手企業とスタートアップ、ずれがちな目線の合わせ方

―ここからは「出会い」というテーマを一段引き上げて、スタートアップや大手企業とのビジネス上の「出会い」、すなわち日本のオープンイノベーションについて聞かせてください。

ジェームズ:これは投資する側の目線ですけど、投資担当と事業戦略担当とを完全に分けた方がいいと思っています。
オープンイノベーションあるあるの課題だと思っているのは、投資の目的が「純粋なファイナンシャルリターン」なのか「戦略的なシナジー効果、ストラテジックリターンを狙ったものなのか」がはっきりしていないケースがあること。この二つがごちゃごちゃになっていることもよくあって、そうなるとどう評価していいのか悩んでしまう印象があります。
オープンイノベーションの部署を立ち上げて、具体的な事業提携が成立しないまま数年が経って、社内からのプレッシャーが大きくなってしまうことってあるじゃないですか。そういう時に、投資と事業戦略をしっかり分けておけば、少なくともなんらかの利益があったって言いやすいですから。

―最終的な成果を明確にした上で、それに伴った役割分担が必要だということですよね。

ジェームズ:そうですね。ポジショントークになりますけど、投資機能を社内で持ちにくかったり、投資判断がしづらいようなら、外部プレイヤーのVCに任せるのもひとつの選択肢だと思います。そうすると、VC側にとってはいい案件をみれるし、依頼側との関係性も作れて、ここのポートフォリオならシナジーがあるかもねって事業提携に結びつけることもできるんじゃないかな。
具体的な事業につながるから、僕はM&Aも増やした方がいいと思うんですよね。当然、失敗事例も出てくるでしょうけれど、M&Aの活動自体をスタートアップ投資に近い形にして10社買収して1社が大成功すればそれはそれで嬉しいじゃないですか。「M&Aして失敗しても大丈夫、全部が全部成功しなくても大丈夫」って考え方を形成した方がハッピーだと思いますよ。

―笹原さんはどう思いますか?

笹原:これはスタートアップ側の視点ですが、オープンイノベーション的に文化の異なる「誰か」と組むならば、選択基準を明確にしておいた方がいいと思います。
協業する組織のカルチャーやスタイルの与える影響はすごく大きいですよね。いわゆる大手企業のブランド力で選ぶならそれでもいいと思いますし、バリエーションや、出資額が一番多いところでもいい。投資を受けるなら、企業そのものが与えてくれる価値か人かで選ばざるを得ないと思います。僕にとってはジェームズやCoral Capitalのメンバーと人間的な相性がすごく合ってると思ったので「人」が基準でしたが、基準はそれぞれ異なると思います。

―一起業家としての目線から、どのようにしたらオープンイノベーションはより盛り上がると思いますか?

笹原:僕からすると大手企業との連携も大事ですが、その看板だけでどうにかなるわけではないだろうと思っています。それと、スタートアップ側からのポジショントークになってしまいますが、投資のタイミングを資金調達の時期に合わせていただけるとそれだけでだいぶ助かります。
資金調達って、どちらかというと期間農業的な出稼ぎのイメージなんです。常日頃からやっているわけではなくて、ある程度KPIが溜まったら、資金を求めていろんなVCを短期間で回っていくというような流れ。その期間以外だと、別途事務コストが色々とかさむわけです。資料の提出も必要ですし、たとえば社内規定として投資できる額が決まっているならば「バリエーションはどうするんでしたっけ?」って話もしなくちゃいけない。出資を受けるならばいろいろと株主との調整も発生してしまいますから。

―同じ質問をジェームズさんに聞いてみたいのですが。

ジェームズ:投資家側から言うと、起業家とサラリーマンの中間みたいなポジションが増えたらいいんじゃないかなと思います。ゼロから起業だとリスクが大きいけど、大手企業の中での新規事業立ち上げてスピンアウトをすればエクイティは低くともリスクはそこまで高くない。そこで、そのままカーブアウトが増えていったらいいのかなと。この形は日本に向いている形だと思います。
事業責任者がちゃんとリードしてくれるんだったら本体側の株式シェアを減らしてでも、資金調達してもらいながら事業を継続させてもいいんじゃないかと思うんですよね。そうすると、投資分は株式として残るし、成功したら買収できるかもしれないし、本体側に興味がないならIPOしたら儲かるみたいなwin-winの形になるとも思います。そういった取り組みをしてる企業であれば、社員のモチベーションアップになるでしょうし、この会社に入ったらそういう新しいこともできるから面白い、ってポジショニングも取れる。ソニーもガイアックスもそういうところにいますよね。

―最後にお聞きしたいのが、協業後のことです。オープンイノベーションに限った話ではありませんが、企業の文化背景が異なるプレイヤー同士が提携するとして、どうすればビジネス紛争を避けることができるのでしょうか。

笹原:ビジネス上の紛争は、ほぼ全て契約書が起点になるので、契約を最適化していくことに帰結するかなと。契約書の有無もそうですし、内容もそうです。
ただ、契約書って「面」ではなく「点」なんですよね。事業や人、売り上げや仕入れも、企業のあらゆるものは無数の契約無くしては成り立たないものです。しかも、そのひとつひとつにまた無数の権利義務が規定されています。その中の1点を捉えて書面に落とし込んでいるので、契約書で全ての事柄をカバーしようとしても、どだい無理な話なんです。

―契約は万能薬ではないと。

笹原:だからこそ、Holmesは契約における「道路」を作れればと考えています。目的地を指し示すだけではなく、その「道路」に沿って走っていれば、自ずとあるべき方向にたどり着くソリューションです。例えるなら高速道路でしょうか。東京を起点に名古屋へ向かうとして、多少の分岐はあるけれど、道路標識が立っているのでどの道を選べばいいのかわかります。
こまかなマニュアルを見てどうこうするといった従来の契約設計ではなく、契約に関するあらゆるものを整備して、最適な契約フローを自然に実行できるあり方をHolmesで提案できればと考えています。

―笹原さんは先ほど、「フローの最適化に踏み込めるソリューションを提供したい」とおっしゃっていましたよね。企業の契約業務は点ではなく面で捉えなければいけない。そこに課題が隠れているから解決したいという思いが伝わってきました。本日はありがとうございました!

ここがポイント

・互いに「人」として信頼することで、出会いが出会いを生んだ
・Holmesが目指すのは、クラウド契約の市場で「契約の課題」を解決すること
・「オープンイノベーション」は投資担当と事業戦略担当をわけ、目的を明確化するべき
・文化の異なる「誰か」と組むならば、選択基準を明確にしておいた方がいい
・起業家とサラリーマンの中間みたいなポジションが増えるとオープンイノベーションが盛り上がるのではないか

企画:阿座上陽平
取材・デスクチェック:BrightLogg,inc.
編集:鈴木雅矩
文:小泉悠莉亜
撮影:戸谷信博