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「空飛ぶクルマ」をまちづくり視点で見ると不動産価値が変わる。 エアモビリティが変える移動の未来

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日本航空株式会社(JAL)、兼松株式会社とともに東京都の実証事業「都内における空飛ぶクルマを活用したサービスの社会実装を目指すプロジェクト」に採択された三菱地所。2022年度に都心の主要な拠点を結ぶ移動サービスを始めとした、様々なビジネスモデルを検討している。

三菱地所は運航実証を行う場所提供のほか、全体取りまとめを担う。運航サービスにおけるビジネスモデル検討及び運航・離着陸オペレーション実証はJAL、空飛ぶクルマ用離着陸場運営サービスにおけるビジネスモデル検討や海外の技術、規制動向などの提供は兼松が資本業務提携する英Skyportsとともに行う。

将来的に「空飛ぶクルマ」が一般的になれば、誰もが夢見たマンガのような世界が実現するだろう。しかし、大きなビジョンには大きな壁がつきもの。今回は三菱地所で本実証事業の指揮をとる西地氏に、空飛ぶクルマで何が実現するのか、今後どのように実証事業を進めていくのか話を聞いた。


西地達也
三菱地所株式会社 コマーシャル不動産戦略企画部 ビジネス戦略ユニット 主事
2011年三菱地所入社。オフィスビルの運営管理、営業・商品企画などに従事。2015年、フィンテックやディープテックに特化したスタートアップインキュベーションオフィス「FINOLAB」を立ち上げ、会員企業のビジネス開発支援および新事業企画に携わる。現在は、空飛ぶクルマ用ポート運営事業および空飛ぶクルマを活用した新たなまちづくりを推進中。

INDEX

半径150kmが通勤圏内に?空飛ぶクルマが実現する未来
2024年度空飛ぶクルマ運航実証に向けて
若手が新しいプロジェクトを始めるコツ
ここがポイント

半径150kmが通勤圏内に?空飛ぶクルマが実現する未来

――まずは空飛ぶクルマが実現した未来について、どのようなビジョンを描いているのか聞かせてください。

現在実用化に向けて開発されている空飛ぶクルマは、航続距離が最大300kmほどのものまであり、それが完成すれば150kmほどの距離、東京を起点に考えると静岡や長野あたりなら往復できるようになります。

リモートワークを機に地方移住した方も多いですが、一方で都心のオフィスに出社しなければならず10km圏内から離れられない方がいるのも事実。もしも空飛ぶクルマが1家に1台ある未来が実現すれば、地方に住みながら都心で働くという選択肢もとれるようになります。

加えて、これまで電車を乗り継がなければ行けなかった観光地にも20分くらいでアクセスできるようになり、諦めていた場所にも気軽に行けるようになるでしょう。観光地に着いてからも、空飛ぶクルマを使うことで、これまで見られなかった景色を楽しめるようになり、これまでにない体験が生まれていくはずです。

――空飛ぶクルマに、三菱地所が取り組むメリットはあるのでしょうか。

大きなメリットがあります。不動産価値というのは、駅からの距離で大きく左右されてしまいます。だからこそ駅の近くにオフィスビルや住宅が集積しているわけです。もしも空飛ぶクルマが実用化すれば、駅から遠い場所にポートを作り、これまで交通インフラの観点で事業性を見いだせなかった場所で不動産開発ができる可能性が広がります

また、これからリモートワークがさらに浸透していくと、街から人が遠ざかってしまう可能性もありますよね。もしも空飛ぶクルマで簡単に街にアクセスできるようになれば、より多くの人に足を運んでもらえるようになり、街の活気を生み出す要因にもなってくれるはずです。

――まるでマンガのような世界にワクワクしますが、どのようなタイムスパンで計画しているのか聞かせてください。

まずは大きなマイルストーンとして、2025年の大阪万博があります。万博で国内初となる空飛ぶクルマの運航を実現することが日本の大きな目標で、万博以降に実用化していくことをロードマップとして掲げています。

万博以降2030年ぐらいまでは、限られたルートで一部の人に使ってもらいながら、2030年以降に徐々にルートが増え、効率的な運航が可能になることで単価が下がり、より広く一般の方に利用してもらうようなイメージを個人的には持っています。現時点で明確に実現の目処が立っているわけではないですが、機体開発、規制づくりなどで先行する海外から大きく後れをとらないためにも、早期に具体的なアクションが必要となります。

――空飛ぶクルマについては、海外の方が進んでいるイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。

確かに日本はエアモビリティ後進国ではありますが、空飛ぶクルマにおいて海外と大きな差があるとは思っていません。まだ世界でも実用化に至ったケースはありませんし、描いている構想も似たようなものです。たしかに機体に関しては海外の方が研究開発において進んでいますが、先行する海外動向も見据えながら、日本での実用化を進めたいですね。

2024年度空飛ぶクルマ運航実証に向けて

――10年以上の長期的なプロジェクトですが、直近はどのようなステップを踏んでいくのか教えてください。

まずは機体開発と運航に向けた空飛ぶクルマ専用の基準や規制の整備です。安全に飛ばせる機体そのものと基準や規制が具体化されれば、それをもとに既存エアモビリティとの棲み分け、離発着のためのポートをどのように整備するかなど、具体的に議論できるようになります。

また、東京都の実証事業を通じて、空飛ぶクルマ実用化にあたって必要な検証に挑戦しています。空飛ぶクルマは現状主に旅客輸送として使われてないヘリコプターとは異なり、大量の旅客輸送を行うために、移動ニーズの多い都市部ターミナル駅や空港周辺などで実装していく必要があります。一方で、都市部では既に建物が密集しており十分な土地がなく、空港周辺は空域が混雑しているなど、課題は多くあります。例えば、既存ビル屋上にある緊急離着陸場の活用、空港管制圏内での離着陸・運航など、官民で連携しながら検討していく必要があります

――JALや兼松はどのような役割を持っているのでしょうか。

JALさんには空飛ぶクルマの運航を担って頂くとともに、都内での運航におけるビジネスモデル検討などを共同で行っております。
兼松さんは当社同様に空飛ぶクルマ用離着陸場の運営を検討されていますが、同社が資本業務提携を行うイギリスのSkyports社の知見を活用し、海外で先行する技術や規制などの動向を視野に共同で検討しております。

――既に実証事業はスタートしていますが、直近はどのような目標に向けて動いているのか聞かせてください。

3社による実証事業は3カ年で構成されており、今年度は都内におけるビジネスモデルや収益性などの机上調査を行っています。2023年には特定ルートにてヘリコプターで実際に運航し、2024年に空飛ぶクルマで運航することを計画しています

――空飛ぶクルマはドローンを扱う企業のようなスタートアップが牽引しているイメージがあったのですが、今回大企業3社が手を組んだ意義があれば教えてください。

空飛ぶクルマはどうしても安全面を最優先しなければならないので、運航を実現するためには一から規制づくり、制度設計などを行っていかなければなりません。また、ポート設置などインフラ整備にも莫大な投資が必要となります。そう考えると実は資本力があり、長期目線で検討できる大企業がマッチするのではないでしょうか。

しかし、例えば当社が運航管理システムをゼロから作ることはできないし、そういう場面ではスタートアップなどとも組みながらスピーディーなシステム開発をしていくことが必要となります。

実証事業ではこの3社で組みましたが、市場、産業を立ち上げるタイミングであり、今後は他の産業の企業やスタートアップも巻き込んでいくことで、業界がどんどん大きくなっていくことを期待しています。

――まったく業界の違う3社が集まれば、利益が相反することもあると思いますが、どのように調整しているのでしょうか。

目先の利益ではなく、長期的なビジョンを共有できているからだと思います。これまでのビジネスというのは、他社よりも早く市場を確保して、それを囲い込むことで成長してきました。しかし、国内の人口が減り、右肩上がりの経済成長が終焉した中、かつてのようなビジネスの仕方では次が見えなくなってしまいます。

そのため、自分たちの利益ばかりを追求するのではなく、すべてのステークホルダーに利益をもたらすことのできる未来、産業そのものを作っていく必要があるのです。これを3社で共通認識できているから、目先ではなく長い目線、オープンマインドの精神で取り組めているのだと思います。

若手が新しいプロジェクトを始めるコツ

――西地さんがどのようにプロジェクトに参画したのか教えてください。

もともとは空港事業部にいる先輩が会社の10%ルールを活用して、空飛ぶクルマについて個人的に研究していたのですが、本業の片手間なので、会社全体の取り組みとしてまでは至っていませんでした。そんな時に、アクセラレタープログラムで選定したヘリコプターとユーザーをマッチングするスタートアップとの協業プロジェクトを進める中で、その先輩と出会い、空飛ぶクルマにおける事業の可能性について話すようになりました。

御殿場プレミアム・アウトレットでのヘリ遊覧や官民協議会の参画など本格的に活動するために、2人で説明資料を作って役員の方たちに提案することにしました。それがきっかけで具体的なアクションを通じて、今回の実証事業にも繋がったのです。

――どのように役員たちの承認を得たのでしょうか?

まず私たちが伝えたのは、空飛ぶクルマのポテンシャルです。会社としても持続的な成長のためには新規事業を作らなければいけないという危機感を持っています。そのため、どれだけビジネスの種として価値があるのかを説明しました。

加えて本業にどれだけのメリットをもたらすのか、当社にケイパビリティがあるのかを説明しました。どんなに空飛ぶクルマが素晴らしくても、本業とのシナジーや当社にケイパビリティがなければ、当社がやる意義を見出しにくくなります。そこで、先程伝えたように設置したポート周辺の新しい街づくりの可能性や、街の魅力、価値向上などについても言及しました。

また、将来的にどれほど魅力的な市場となり得るかを説明しました。例えば空飛ぶクルマの国内市場は数千億円規模になる可能性があると試算するレポートもあります。勿論、これからつくられる市場なので、想定通りに行かないリスクもありますが、リスクを取らないとリターンも取れない中で、これからの成長市場には広く張っていく必要があります。

今はまだ誰も手を付けていない市場ですが、ポートが無数にできるわけではなく、一定の先行利益、参入障壁が存在するため、いち早くプロジェクトを始める必要性があることも説明しました。その結果として、御殿場でのヘリ遊覧や官民協議会参画など目先の計画に承認をもらいました。

――御殿場のプロジェクトについても教えてください。

三菱地所・サイモン社が運営する御殿場のアウトレットモールで、3分~50分のコース(一人4,900円~49,800円の料金 ※2022年11月時点)をご用意し、お客様に実際にヘリ遊覧を楽しんで頂くサービスです。

この取り組みには大きく2つの意味があって、一つは空飛ぶクルマにおけるユーザーニーズを探ること。もう一つはエアモビリティを身近に感じてもらうことです。実は、これまで日本では、ヘリは空撮や点検、ドクターヘリなどビジネス用途での利用がメインで、一般ユーザーを対象にした用途は非常に限定的です。欧米と比べてエアモビリティを使う文化が定着していない日本だからこそ、実際に搭乗して感動して頂く、それをSNSなどで拡散するなど、地道ですが、興味を持っていただく人を増やすこともとても重要です。

実際に社会実装できるのはまだまだ先ですが、今から社会に受け入れられる雰囲気を作っていくことにもチャレンジしていきたいと思います。

――すんなりプロジェクトを立ち上げられたようですが、その秘訣はありますか?

市場そのものが立ち上がるかもわからないタイミングですが、先ほど説明したようにとにかく今取り組むべきである理由や意義を役員陣に説明し、なるべく早期に具体の取り組みを行えたことだと思います。勿論、緻密に事業計画やスキームを練りこんでから取り組めることが理想ですが、空飛ぶクルマのような産業そのものができていない領域では、それが完成したころに着手しても完全に手遅れになります。今も外部からの情報収集や共同検討などを通じて、日々構想をピボットしつづけていますが、具体のアクションなしには今の領域まで到達できていないと思います。

――最後に新しくプロジェクトを始めたいと思っている若い方にアドバイスをお願いします。

自分だけで考えられること、できることには限界があるので、様々な人と話して情報を仕入れる、刺激をもらうことが大事だと思います。私ももともとエアモビリティに詳しいわけではありませんでしたが、先輩をはじめ様々な人と一緒に研究したからこそ今があります。

様々な人と話した上で、その中から自分が楽しいと思えることを選べばいいのではないでしょうか。特に空飛ぶクルマのように10年以上かかるプロジェクトでは、それが成功するかどうかなんて誰も分かりません。それでも続けられるのは自分が好きだから。だからこそ、自分がワクワクできる領域を選んで突っ走ってほしいと思います。

ここがポイント

・もしも空飛ぶクルマが実現すれば、地方に住みながら都心で働くこともできるようになる
・三菱地所が取り組む理由は、交通インフラの観点で事業性を見いだせなかった場所で不動産開発ができる可能性が広がるから
・2025年の万博で国内初となる空飛ぶクルマの運航を実現することが日本の大きな目標
・運行実証に向けては機体開発と運航に向けた空飛ぶクルマ専用の基準や規制の整備が必要
・御殿場のアウトレットを活用し、地道に興味を持っていただく人を増やす活動を行っている
・自分だけで考えられること、できることには限界があるので、様々な人と話して情報を仕入れる、刺激をもらうことが大事


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗