年末年始にかけて2020年の目標を立てる方も多いだろう。そこで今回は年間で1,000名を超える目標設定に関わるパーソルキャリアの三石原士氏に、パーソルキャリアが提案する他人に目標をたててもらうワークショップ「タニモク」について伺った。
「タニモク」は4人1組になって、自分以外の人に自分の目標を考えてもらうワークショップだ。この手法は自分ひとりで行う目標設定に比べ様々なメリットがあり、企業研修や学校のカリキュラムにまで導入されている。
「タニモク」を通して他者の力を借りて目標設定を行うメリットや考案した背景の話から、変化が多く新しい時代に適した目標設定まで話は広がった。
INDEX
・目標設定で仲間ができる?!「タニモク」ならではのメリットとは
・日本人の働く意識を変えたい。「タニモク」のきっかけは三石氏がドイツで持った違和感
・「逆算型」の目標設定だけでは時代についていけない。新しい時代の目標の見つけ方
・ここがポイント
三石原士
大学卒業後、渡独。設計事務所にてキャリアをスタート。帰国後、大手情報サービス会社を経て転職サービス「doda」の立ち上げメンバーとして、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。求人広告では、500社1,000名を超える取材、執筆を担当。2011年より、マーケティング部門にてコンテンツ企画を担当。2015年6月には、これからのはたらくを考えるメディア&コミュニティ“未来を変える”プロジェクト(現「iXキャリアコンパス」)を立ち上げ、編集長に就任。2017年「タニモク」を開発。
目標設定で仲間ができる?!「タニモク」ならではのメリットとは
他者の力を借りて目標設定をすると聞いてもイメージできない方もいるだろう。まずは「タニモク」がどのように行われるのか見ていこう。予め準備した自分の今の状況を表した図を持った4人が集まり「タニモク」はスタートする。準備した図を使って5分ほど自分の現状を説明した後、残りの3人は気になったことを質問し、それぞれがその人の目標を、もし自分がその人だったら、と考えて本人にプレゼンテーションを行う。1人あたり30分ほどで目標設定を行い、これを4人分行って「タニモク」は終了だ。
自分の状況を説明するための図 サンプル(出典:パーソルキャリア)
公式ページでは、「タニモク」のマニュアルも公開されている。
一見シンプルに見える進行だが、そこにはコミュニケーションを円滑にし、気づきを増やす仕組みが散りばめられていた。例えば現状の説明を文字ではなく図を使うことで、他の人が質問をしやすくなると三石氏は話す。図であれば現状共有が抽象的になるため、具体的なことを聞きたくなって質問が生まれやすいというのだ。また、誰と「タニモク」を行うのかもワークショップを有意義なものにする重要なポイントだと語った。
三石「できれば『タニモク』を行うのは普段接点のない人のほうがいいですね。なぜなら接点がないことでオープンに自分のことが話せるから。上司と部下のような利害関係者では、本音が出せなかったりバイアスがかかってしまうこともあります。極端な例で言えば、会社を辞めたいと思っていても会社の人がいると言えなかったり、評価が気になって本音をさらけ出せません。
ただ、利害関係があっても目的を絞ることでうまくいきます。例えば弊社では内定者と管理職メンバーを混ぜて『タニモク』を行ったことがあります。内定者にはキャリアを積んだ人がどのような志向や悩みを持っているのか知ってもらい、管理職メンバーには内定者のピュアな質問を受けて内省してもらう機会になればと考えました。おかげさまでお互いにモチベーションアップに繋がったようです」
他人に目標を立ててもらう、もしくは他人の目標を考えることで大きく3つのメリットがあると三石氏は話す。
1つ目は自分では思いもよらない目標を提案してもらえることだ。これまでにない視点をもらえることで、人生の可能性が広がるという。そのためにも多様なバックグラウンドを持つメンバーで集まるのが望ましい。
2つ目は自分でも考えていた目標を提案され、後押しされること。「他の人でも同じ目標を立てるのであれば」と納得して目標に向かえる。
そして3つ目は、人の目標をプレゼンしながら内省できることだ。自分の目標を考えるとなると身構えてしまうが、他人の目標であればチャレンジングな目標を提案できる。そして、他人の目標を提案しながら自身に当てはめて考えられるため、自分の目標にもチャレンジングになれると言うのだ。この3つのメリットに加えて、副次的なメリットの効果も大きいと三石氏は続けた。
三石「『タニモク』は目標づくりの他に、仲間づくりの側面も持ちます。それは人の目標を考えることで応援する気持ちが芽生えやすいから。目標が決まると『僕ならこんな手助けができるよ』と言われることも珍しくありません。社内研修で『タニモク』をやるときは入社したての若手と中堅層を混ぜて行うことで、中堅層が若手を応援しやすくなります。
この効果は会社だけでなく、学校でも喜ばれています。『タニモク』をカリキュラムに導入している高校では受験の話をせずに『タニモク』をやっていて、同級生との関係づくりに活かしています。特に1年生は入学直後にタニモクをやると、関係づくりがうまくいってその後すぐにグループで食事をするようになったそうです」
日本人の働く意識を変えたい。「タニモク」のきっかけは三石氏がドイツで持った違和感
他人に目標を設定してもらうという斬新なワークショップは、三石氏のこれまでのキャリアに起因して生まれたようだ。過去にドイツで働いていた経験のある三石氏は、日本とドイツの働き方に対する考え方のギャップに違和感を持っていた。残業もなく、白夜のときは仕事が終わってから23時まで草サッカーをして過ごしていたドイツの生活は、ワークライフバランスが整っているように三石氏は思った。一方で日本には優秀な人材が多いにも関わらず、働き方に関して不満を持っている人が多い。そのギャップを埋めるために、パーソルキャリアが展開するメディア「未来を変えるプロジェクト」の編集長として、2015年から日本人のマインドへのアプローチを試みた。記事への反響は徐々に大きくなっていくものの、三石氏の心の中には本当に人の心にアプローチできているのか疑問が大きくなっていく。
そこで三石氏が考えたのは、ワークショップを通して、人と人との出会いを活性化させること。当時三石氏のビジネスパートナーが4人で1年の振り返りを行っていたことから着想を得て、「タニモク」のアイディアが生まれたという。編集者という職業も「タニモク」のアイディアの発想に一役買ったそうだ。
三石「編集者は企画に困ると周りの人に『なんかいいアイディアない?』と聞くことが多いんです。そして、いろんなアイディアから着想を得て生まれた企画はヒットしやすい。いい企画を生むために企画のアイディアを人に聞くなら、いい目標を生むために目標を人に聞いてもいいんじゃないかと思って。最後に目標を決定するのは自分ですが、誰かに選択肢を増やして貰えればよりよい目標設定ができると思ったんです」
当初はワークショップメソッドとして公開を目指しており、ワークショップを実施する予定はなかった「タニモク」。しかし、2017年の1月にタニモクのプロトタイプをSNSにアップすると、1日で1500以上のいいねが集まった。作った本人としては、そこまで世の中にインパクトを与えるものだとは思わなかったが、周りの反響、応援の声が集まったこともあり様々な場所でワークショップを開催するようになった。
1年間、求められるがまま「タニモク」を開催し続け、内容は格段にブラッシュアップされていった。その甲斐もあり、それまで個人での活動だった「タニモク」が、会社のプロジェクトとして展開されていくことになった。この1年は三石氏自身にも大きな変化を与えたと話してくれた。
三石「『タニモク』で変化を遂げた人はたくさん見てきましたが、私自身も大きく変われました。私は『タニモク』を開催するまでは、決してファシリテーターなどをする人間ではありませんでした。しかし、『タニモク』を開催するようになってファシリテーションの奥深さを感じ、ファシリテーションやコミュニティ運営を自分でも勉強するようになりました。『タニモク』のおかげで自分でも想像していなかったことにチャレンジできていると思います」
「逆算型」の目標設定だけでは時代についていけない。新しい時代の目標の見つけ方
三石氏は目標設定やキャリアの設計について、変化が激しく、働き方の選択肢が広がっていくこれからの時代には、新しい考え方が必要だと説く。これまでの目標設定は、長期的で明確な目標を立て、そこから逆算していく「バックキャスティング」が正しいとされてきた。しかし、変化の激しい今、明確な目標を立てられずに悩んでいる人は多い。三石氏はその現状に対して、自分自身の強みや想いを軸にいろいろなことを試しながら目標を定めていく「フォーキャスティング」な目標設定が必要だと語る。やりたいことが見つからない中でも、最善な生き方を模索することが大事だというのだ。逆に、バックキャスティングな目標設定では、変化の激しい時代では目標を見失ってしまうことも少なくない。
三石「有名な大学に入学し、大手企業に入社するというようなキャリアを歩んできた人ほど、バックキャスティング一辺倒になってしまいがちです。しかし、これからの時代は、柔軟に目標を定める能力が重要な時もあります。大事なのは2つの目標設定の仕方を組み合わせて、自分の生き方をデザインしていくことです」
メンバーが自分らしいキャリア設計をするには、管理職の関わり方も重要だ。昔のように全員を均一に育てる金太郎飴方式では、これからの時代で活躍する人材に育てるのは難しい。一人ひとりの個性を理解し、いかにメンバーの強みを伸ばすか考えることが求められている。メンバーがフォーキャスティング的な目標設定ができるように、幅広い選択肢を提示してあげるのも管理職の役割だ。そのため、管理職自身も金太郎飴になってはいけない。
三石「働き方が多様化した今は目標設定もマネジメントも難易度が上がっています。メンバーに選択肢を提示するためには、管理職自身も様々な働き方の選択肢を知らなければなりません。
例えば多様化に柔軟な人事は、自社にいても成長を止めてしまうメンバーに対して、より成長できる会社に送り出す選択肢を提示することもあります。成長して帰ってきてもらったほうが、自社に留めるよりプラスになるから。これからの管理職は、そういう幅広い選択肢をメンバーに提案できることが必要だと思います」
ここがポイント
・「タニモク」は4人1組になって、自分以外の人に自分の目標を考えてもらうワークショップ
・「自分では思いもよらない目標を提案してもらえる」「考えていた目標を提案され、後押しされる」「人の目標をプレゼンしながら内省できる」の3つのメリットがあり、副次効果として、仲間づくりの側面もある
・編集者の視点で、「いい目標を生むために目標を人に聞いてもいいんじゃないか」の視点から「タニモク」のアイディアは生まれた
・自分自身の強みや想いを軸にいろいろなことを試しながら目標を定めていく「フォーキャスティング」な目標設定が必要
・これからの時代の管理職には、一人ひとりの個性を理解し、いかにメンバーの強みを伸ばすか考えることが求められる
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:小池大介