正社員や副業、フリーランス、起業と働き方や就業のスタイルが多様化するなか、「自分らしさが出せることをやったほうがいい」という風潮は高まっている。
しかし、「自分らしさ」と言われても、それ自体が見つけられず思い悩む人、または、部下などから相談を受けても答えに窮する人もいるだろう。そんな中で、有名企業が取り入れている話題のワークショップがある。その名も「beの肩書き」。新入社員からマネジメント層まで、幅広い人々が「be(ありたいこと)」を見つけ、仕事のパフォーマンス向上に活かしている。
今回は「beの肩書き」を開発した兼松佳宏氏に「beの肩書き」とはなんなのか、「beの肩書き」を活用した部下とのコミュニケーションの取り方などを伺った。
INDEX
・友達が何気なく言ったひとことが「beの肩書き」に。自分ひとりでは見つけられない言葉がアイデンティティになる
・アイデンティティを見つけて立ち止まらない。「beの肩書き」で成長するには「パーパス型」を見つけること
・部下の成長を促すのは「愛のある無茶振り」。3つの質問で無茶振りがうまくなる
.ここがポイント
兼松佳宏
勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師
1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインをテーマとするウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、2010年から15年まで編集長。その後”フリーランスの勉強家”として独立し、現在は京都精華大学人文学部特任講師として、ソーシャルデザイン教育のためのプログラム開発を手がける。著書に『beの肩書き』『ソーシャルデザイン』、連載に「空海とソーシャルデザイン」「学び方のレシピ」など。秋田市出身、京都市在住。一児の父。
友達が何気なく言ったひとことが「beの肩書き」に。自分ひとりでは見つけられない言葉がアイデンティティになる
自らを「勉強家」と名乗る兼松氏。それが彼の「beの肩書き」だという。
一般的に使われている肩書きを「do(していること)の肩書き」とする一方で、兼松氏はbe(ありたいこと)についての肩書きを持つことをワークショップで広めている。「beの肩書き」を見つけることで、「自分らしさ」を感じて生きることが可能になる。
自分らしさを発見するための書籍やセミナーが数ある中で、「beの肩書き」のワークショップが特徴的なのは他者の力を借りることだ。自身のことは過大評価、もしくは過小評価してしまい、ひとりで「本来の自分」を見つけるのは難しいが、他者に「beの肩書き」をつけてもらうことで、自分では気づけなかった本当の自分に気づけると兼松氏は語る。ワークショップでは他者から「beの肩書き」が書かれたカードを受け取るが、自分の考えたものとの大きなギャップに参加者はみな驚くという。
兼松:他者からbeの肩書きをもらうからと言っても、肩書きを全てを受け取る必要はありません。他者からもらったbeの肩書きの中から、自分の心が反応したものを選び取ります。あくまで他者は選択肢を広げてくれるだけで、最後に選ぶのは自分です。
そのためワークショップを誰と行うかも重要です。中途半端に自分のことを知っている同僚やクラスメートと行うのはあまりおすすめしていません。心の友と呼べる相手か、先入観を持っていない初対面の方と行うことで、自分では気がつかない本当の自分に気づきやすくなります。
兼松氏が「勉強家」という「beの肩書き」を名乗るようになったのは20代の時のしくじりが原因だと話してくれた。滑り止めとして受けたフランス文学部に入学した兼松氏は、当時ほとんど興味がなかった文学の勉強よりもアルバイトで始めたウェブデザインにのめり込む。新卒でウェブデザイナーの肩書きを得るも、美大生に負けたくないというコンプレックス、ミーハーな気質と横文字の肩書きへの憧れが相まって、20代はコンテンツディレクターやグリーンジャーナリストという響きの良さそうな肩書きを転々とする。
しかし、20代の終わりを迎える時、兼松氏の頭をよぎったのは「本当は何がしたかったんだろう」という思いだった。それっぽい肩書きでも中身はスカスカ、「doの肩書き」ばかりを追いかけ、「beの肩書き」を見失っていたのだ。そんな時、ミーハーで何でも吸収しようとする兼松氏を見て友達が言った「勉強家」の言葉が琴線に触れた。自分のアイデンティティを見つけた当時30歳の兼松氏は、「勉強家」という肩書きをプロフィールに入れるようになった。
兼松:それまでdoの肩書きに固執していましたが、beの肩書きと出会ったことで、それを手放すことができました。beの肩書きさえブレていなければ、その上にくるdoの肩書きは何でもいいと思えるようになったのです。自分自身が、人から言われた一言で自分のアイデンティティを見つけて救われたので、その経験を他の人にも届けたいという想いがワークショップを始めたきっかけです。
アイデンティティを見つけて立ち止まらない。「beの肩書き」で成長するには「パーパス型」を見つけること
「beの肩書き」のワークショップを繰り返していく中で、兼松氏はある問題点に気づく。「beの肩書き」を見つけたことで、doをしないでbeに引きこもってしまう人や、逃げるように会社を辞めたり転職したりする人が現れ始めた。アイデンティティを見つけて安心してもらうことは嬉しいと思いながらも、「マグマとしてのbeの肩書きを、今のdoに活かす」という本来のメッセージとのずれに違和感を持ち始めた。
兼松:doの蓄積があってこそbeが引き出されることになります。doの種まきをしなければ次のbeは見つからないのです。つまり、成長が止まってしまう。本来であればアイデンティティを見つけた上でやることを探し、さらに大きなアイデンティティを見つけるのが理想です。一度beを見つけたからと言って満足せず、beとdoを繰り返しながら成長してほしいと思いました。
問題点を解決するために考える中で、兼松氏が気づいたのがbeの肩書きには「アイデンティティ型」の他に「パーパス型」があること。「アイデンティティ型」は、「私は~~な人です」という風に、ありのままの自分を表現するもの。もともと行っていたbeの肩書きは、このアイデンティティ型のbeの肩書きを見つけるものだった。
新しく気づいた「パーパス型」は、「私は~~という自分らしさを活かして、欲しい未来を作る人です」のように、周りにどう貢献するかを打ち出したもの。つまり、アイデンティティを活かし、自分が社会や組織においてどのような役割を担うかを見つけるためのものだ。
例えば「みんなの〇〇係」の〇〇を考えてみることが、パーパス型のbeの肩書きを見つける第一歩となる。なんでも面白そうな教材に変えてしまうなら「みんなのEテレ係」、どんな悩みも吸い込んでくれるなら「みんなのブラックホール係」でもいいだろう。自分が社会に対してどんな貢献をしているかを一言で表すのがパーパス型だ。
兼松:beの肩書きはもともとプロジェクトを立ち上げるためのワークショップとして作りました。ありのままの自分を表現する『アイデンティティ型』よりも、周りにどんな貢献をするか打ち出す『パーパス型』の方がプロジェクトを作る上ではフィットします。アイデンティティ型ももちろん重要なのですが、企業研修などの場合は、受講生が会社に帰った後に組織に貢献できるようにするためパーパス型のワークショップを開催しています。
部下の成長を促すのは「愛のある無茶振り」。3つの質問で無茶振りがうまくなる
「beの肩書き」の考え方をマネジメントに活かすには、上司は部下に対してどのように接すればいいのだろうか。兼松氏は「愛のある無茶振り」がポイントになると語ってくれた。部下の成長のためには無茶振りが必要だが、質の低い無茶振りは部下を疲弊させ信頼関係を崩してしまう。質の高い無茶振りをするために、次の3つの質問をして部下を理解することが大事だという。
①自分では苦労していないのに、周りから「すごいね」と言われることは?
無茶振りをするには、部下がどんなことが得意なのかを知ることが重要だ。しかし、自分で自分の得意なことは把握するのは難しい。なぜなら、当たり前にできることこそが本当の得意技だからだ。部下の得意技を知るためには、それほど苦労していないのに褒められることを聞くのが有効になる。
ただし、気をつけなければいけないのは、得意なことが全て仕事に活きるわけではないこと。得意技を無理に仕事に活かそうとするのではなく、仕事に活きる得意技がないか部下と一緒に探すと良いだろう。
②「〇〇のやり方」「〇〇の基本」というテーマで、教えられそうなこと、教えてみたいことは?
もし部下が社内研修をするとして、どんなことなら教えられるか一緒に考えてみよう。実務に関係のないことでも、どんなジャンルに詳しいか、小さなことも拾うことが重要だ。
③何かを頼まれて「自信を持ってやり遂げられた」、「これはしんどかった」と思うことを聞いてみよう
自分にとっては当たり前のことでも部下にとってはしんどいものだった場合、お互いの疲弊につながってしまう。やり遂げられたこと、しんどかったことを聞くことで、部下が力を発揮できそうな無茶振りがわかってくるはずだ。
兼松:押し付けにならず、愛のある無茶振りをするということは、つまりは相手のbeの肩書きに耳を傾けよということです。好きな人にサプライズをするときは、相手がどんなことをすれば喜ぶか入念に調べるはず。それと同じように、相手のことを理解して、かつ無難にならない無茶振りができれば部下を成長させられる上司になれると思います。
最後に一人できる「beの肩書き」のワークがないか尋ねると、年末にふさわしいワークを教えてくれた。2019年を4半期で分け、それぞれどんな嬉しいことがあったのか、役に立てたことがなかったのかを思い出して書いていく。それを見ながら、今年1年を本にするとして、4半期ごとに章のタイトルをつけていくのだ。すると4つのタイトルの繋がりが見えてきて、2019年を象徴する「beの肩書き」が浮かび上がってくる。
兼松:これは個人でもできるワークですが、できるなら信頼できる先輩や同僚と一緒に、今年がどんな1年だったのかを共有してみて欲しいです。普段はそういう話をするのは難しいと思いますが、年末の時間を使って来年のためになることをぜひやってみてください。このワークを通して少しでも今いる組織のことが好きになれば嬉しいですね」
TEDxKobe
ここがポイント
・「beの肩書き」のワークショップが特徴的なのは他者の力を借りること
・他者からもらったbeの肩書きの中から、自分の心が反応したものを選び取る
・beの肩書きさえブレていなければ、その上にくるdoの肩書きは何でもいい
・doの種まきをしなければ次のbeは見つからない
・パーパス型の「beの肩書き」は、周りにどう貢献するかを打ち出したもの
・マネジメントに活かすには「愛のある無茶振り」がポイントになる
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:安東 佳介