大手企業でも新規事業の立ち上げが多く聞かれるようになってきました。一方で、「事業立ち上げの経験が乏しく、アイデアの出し方が分からない」「社内でコンセンサスをうまくとれない」など、大手企業ならではの課題を抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こうした疑問に応えるべく、企業間のコラボレーションの可能性や成功事例を学ぶ場を提供するコミュニティ「xTECH Lab MARUNOUCHI」では、大手企業で新規事業を立ち上げるための処方箋となるようなイベントを企画。
今回は、東京大手町にあるビジネスイノベーションスペース「Inspired.Lab」に入居している、AGC株式会社の烏山純一氏と朝日放送グループホールディングスの髙橋寛氏、そしてInspired.Labの運営に携わっているSAPジャパンの吉越輝信氏をお迎えして、新規事業の創造に欠かせないマインド、コラボレーションの推進、活動環境の重要性などについて話していただきました。
INDEX
・新規事業立ち上げを繰り返してきた、ガラスを主産業とするAGC株式会社
・5年後に第3の収益の柱を築くことを目指す、朝日放送グループホールディングス
・Inspired.Labでビジネスの伴走をする、SAPジャパン
・大手企業という組織の中で新規事業を回す難しさ
・他社と交わり、事業の種も生まれるコミュニティ、Inspired.Lab
・ガラスに情報を映し出す!? AGCと朝日放送のコラボレーションの可能性x
・他社との協働と、社内でのコンセンサスのとり方
・会社の歴史をつくるストーリーテラーとして。他社と協働できるInspired.Labを活用してほしい
新規事業立ち上げを繰り返してきた、ガラスを主産業とするAGC株式会社
烏山「AGC株式会社の烏山です。私は91年に大学を卒業してからずっとAGCで働いてきました。入社以来、塗料用のフッ素樹脂の事業、シリコンバレーの半導体ベンチャーとの日本ビジネス開拓、プリント基盤の新規事業立て直しと新市場開拓、スイスのナノテク開発ベンチャーの買収とCEOとしての経営を経て帰国。2014年に経営企画、3年前から事業開拓を担当してきました」
烏山「ガラスを主な事業としている当グループですが、2025年には建築用ガラスや自動車用ガラスなどのコア事業をブラッシュアップさせて安定した基盤を整えながら、戦略事業の確立を目指しています。
具体的には、IoT時代の到来や長寿命化、交通インフラの進化などのマクロ環境の変化を踏まえて、モビリティやエレクトロニクス、ライフサイエンスにフォーカスした事業展開を考えています」
烏山「せっかくなので、チャールズ・A・オライリー著の『両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』という本の紹介をさせてください。内容としては既存事業をブラッシュアップしながら、新しい事業を探索しないと、成長しませんよという話が書かれています。著者の先生が今年『両利きの経営』のケーススタディとして『両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」』を新たに書かれたのですが、そこで当社を取り上げてもらいました」
烏山「最後にInspired.Labに期待することについてお話しさせてください。1つ目は、他社との協創を実現してオープンイノベーションを実現すること。2つ目は、いろんな知見や意見を共有して他社のベストプラクティスから学ぶこと。最後は交わって偶然話すことで価値あるアイデアを見つけること。この3点を期待して入居させていただいています」
5年後に第3の収益の柱を築くことを目指す、朝日放送グループホールディングス
髙橋「朝日放送グループホールディングスの髙橋です。当社は公共の電波を預かって皆様に情報を発信するテレビが主な事業です。私はこの会社が3社目で、大手の通信キャリアから保険会社に至るまで事業開発をメインで続けてきました」
髙橋「当社がなぜInspired.Labに入居しているかというと、他の企業様と変わらないと思います。将来の予測が難しく、経済成長の鈍化や人口減少により既存ビジネスが交差点を迎えている現在、社会的な責任を果たしつつ、次のビジネスを組み立てていく必要があるのでInspired.Labに入居しながら事業開発を行っているという状況です」
髙橋「現在、当社はテレビと不動産が収益の柱なのですが、5年後に第3の収益の柱を築くことを目指して今年の4月に新規事業に特化したプロジェクトをスタートしました。Inspired.Labに入って50名以上の社外の方をご紹介いただき、10個以上の事業資質のアイデアが出てきました。入居してから6ヶ月程度で2〜3個の事業が具体的に立ち上がろうとしている最中です」
髙橋「新規事業に特化したプロジェクトは「MOON SHOT」と名付けられ、社長直轄でやっています。由来はアメリカの有人月面プロジェクトから。私は月に着陸させたいジョン・F・ケネディが『未来を実現したい』と発したおかげで世界が刺激されて未来が実現したのだと思っています。それに習って言葉を発信することで事業開発を実現させたいと考えて名付けました」
Inspired.Labでビジネスの伴走をする、SAPジャパン
吉越「三菱地所さんと一緒にInspired.Labを運営するSAP(エスエイピー)ジャパンの吉越です。SAPはドイツに本社がある会社で、お客様のビジネスをサポートするリアルタイムITプラットフォームベンダーのこと。現在、Inspired.Labに入居している企業のみなさまの新しいチャレンジの伴走をしています」
吉越「私たちはイノベーションを起こすために必要な項目として、People、Place、Processの3つを挙げています。Inspired.Labには多様な常識やカルチャーを持った人がいます。そうすると共通言語が必要になってきますが、私たちはデザインシンキングというマインドセットを持って企業間をつなげるようにしています。そして、新しいプロジェクトが立ち上がったときに新規事業を行う環境を整えています。Inspired.Labはこの3つが揃った研究所なのです」
吉越「入居いただくときに、三菱地所さんと共にInspired.Labに期待することと、できることを入居企業さんにお話しする機会を設けます。集中して自分の仕事をする目的だとInspired.Labの価値を最大限利用できません。根幹はコミュニティなので、Inspired.Labも価値を供給する代わりに、自らの価値も提供してもらえたらとお願いをしています」
大手企業という組織の中で新規事業を回す難しさ
吉越「新規事業を担当する方々は基本的に自社に帰られるとマイノリティなんですよね。既存事業が会社の軸となっている中で、新規事業担当者しか入れないInspired.Labで苦労の共有もできるのではと考えています」
藤田「今ほど、マイノリティという話がありましたが、大企業の中で新規事業を回していくことはやはり難しいのでしょうか?」
烏山「以前よりはだいぶ良くはなりましたが、もしかしたら、我々の給料を稼いでいる部署からすると、『あいつらは何をやっているんだ』と思われているかもしれません。我々は食わせてもらっているんだという感謝の気持ちを持ちながら将来の飯の種を探す気持ちで取り組んでいます」
藤田「髙橋さんも先ほど『5年以内に次のミッションを』という話でしたが、社内でコンセンサスは取れているのでしょうか?」
髙橋「当社の場合、経営陣がコミットしてくれている部分が大きいですね。ただ、今までの経験則でいうと、懸念されるケースは確かにあります。よく言われるのは5,000億や1兆円利益がある企業が50億・100億円の事業を作るのは財務的にどうなのか。そのあたりの評価尺度や価値基準を既存ビジネスをしている方にどう説明するかは新規事業をグロースさせるために重要なポイントと考えています」
藤田「吉越さんは多くの企業をサポートされてきて、新規事業を生み出す難しさを熟知されているように思うのですが、いかがですか?」
吉越「大前提としてInspired.Labに来る大手企業の新規事業の場合、トップのコミットメントが大きい場合が多いですね。そもそも理解がないと施設を使おうという発想にならないですよね。あとは、既存事業と新規事業を両方できるのが大手企業の強み。1兆円売り上げる事業も、次の10年・20年・30年先の1兆円を作る事業も並行して走らせている企業が多いですね。ただ、話を聞くと人事評価は既存ビジネスに最適化されたシステムになっているので、なかなか単年で評価しにくい。リーダーのみなさんはかなり試行錯誤しながらされている印象を受けますね」
藤田「入居時にはどのようにお話をされるのでしょうか?」
吉越「入居前に既存の入居者さんと面談をしていただきます。運営との面談だけだと、不安も残ると思うので、入居されている方の話を聞くことでリアリティを持って捉えてもらえればと。持ち込まれるプロジェクトも0→1もあれば、2→10にしたい人、既存のアセットを使って新しい価値を見出そうとする人、さらには髙橋さんのように既存のアセットを無視して新しい柱を立てたい人もいて様々。伴走もひとつのフレームワークじゃないので、膝を突き合わせながら一緒に頭を悩ませながら手伝う形をとってます」
藤田「髙橋さんは新規事業と既存事業の違いをどのように捉えていらっしゃいますか?」
髙橋「新規事業と既存事業では、考え方や向き合い方が大きく異なります。既存事業ではベストプラクティスや普遍的な成功事例を参考にしつつ、コストや業務プロセスに焦点を当てて因果関係を明らかにすることで改善をしていきます。こうした仕事の進め方は大手企業にいて既存事業の経験が長いビジネスパーソンは優秀な人がたくさんいるイメージですよね。
一方、新規事業は捉え方が無数に存在していて、正しい答えがあるわけではありません。我々にとって何をやるのが魅力的なのかを判断する必要があります。社内外で認識が違うことを前提としておき、お互いの認識をすり合わせる中で世界観や問題の領域を広げていって魅力を作り上げていく形です。
例えば、自動車メーカーが1リットルで10km走れる車を作ろうと考えるのが既存事業、50年後に人が移動する際に最適な体験を考えようとするのが、新規事業。何が魅力的な体験なのか、認識を広げて決めていくことが新規事業をスパークさせる第一歩です」
他社と交わり、事業の種も生まれるコミュニティ、Inspired.Lab
藤田「烏山さんは企業の買収やCEOとして会社の経営にも関わってこられたと思いますが、大手企業とスタートアップのスピード感の違い、Inspired.Labに流れている時間はどのように感じられますか?」
烏山「大手企業よりスピード感は早いですね。どんどんブラッシュアップして事業を仕上げるカルチャーはあると思います。もう一つ、フラットな関係性で議論する雰囲気がありますね。そこは吉越さんはじめ、オーガナイザーが見てくれているのではないかなと思っています」
吉越「実は、コミュニティ運営は外部のコミュニティに特化した方にお願いしています。当初はSAPとしてプロジェクトの伴走とコミュニティの活性化どちらもやろうと思っていたのですが、おじさんがおじさんのコミュニティを活性化するのはきついなと(笑)。今は依頼しているコミュニティマネージャーが出会いによるスパークを作れるように動いてくださっています」
藤田「AGCさんは今まで社内で新規事業をされてきたわけですが、今回外の組織に関わろうと考えられたのは、どのような変化があったのでしょうか」
烏山「世の中が複雑になってくる中で、素材を供給するだけでは将来が描きにくくなっています。素材と何かを掛け合わせることで新しいイノベーションが生まれれば。色んな人とチームを組んで提供するサービスの一部としてお手伝いできればと思い、入居しました」
藤田「お、メッセージで質問が来ていますね。『他社さんと一緒に新規事業を創出された際の収益配分はどのようにされているのでしょうか?(可能な範囲でご教授頂けますと幸いです。)』とのことですが、いかがでしょうか?」
烏山「ケースバイケースではありますが、一方的に搾取する方法は長続きしないですよね。お互いが納得できる範囲で対等に話し合いっていくことが大切です」
髙橋「個人的にはエコシステムという言い回しは適切じゃないと思っています。ビジネスのエコシステムは搾取する側とされる側になっています。最近よく言われるのが、share the success。今後はこの、share the successの考え方にいかに根ざしていくのかが、5年10年先を目指す上で鍵となるのではないでしょうか」
ガラスに情報を映し出す!? AGCと朝日放送のコラボレーションの可能性
藤田「AGCさんと朝日放送さんでコラボの可能性はあるのでしょうか」
吉越「朝日放送さんはInspired.Lab初のメディア企業で、コンテンツを作って人に感動を与えられる存在です。AGCさんは24時間必ず目にするガラスを扱っている企業。こんなに日常的な素材ってなかなかないじゃないですか。常に存在するガラスとコンテンツをデリバリーする究極のメディアが組んだら、世界を変えられるのではと思っています」
烏山「洗面台の鏡を端末にして体温や気分をセンシングして映し出すガラスを開発しています。鏡を情報インターフェースにしてコンテンツ化することはできる気がしますね。他にも、5G内蔵のガラスも開発しました。例えば車のフロントガラスに内蔵されていて、時速100kmで走っても高速通信できるものも作っています」
吉越「5G活用でみなさんが思い浮かべるのは大容量動画コンテンツだと思うのですが、そこで朝日放送さんとの親和性は高そうですよね」
髙橋「ぜひお願いしたいですね!」
他社との協働と、社内でのコンセンサスのとり方
藤田「髙橋さんも2〜3個プロジェクトを立ち上げられたとのことですが、どのようにアイデアを生み出しているのでしょうか?」
髙橋「自社都合で新規事業立ち上げに注力するというよりは、相手企業が思っていることをどうすれば自分の持っている知見やアセットを使って実現できるんだろう?と考えています。そちらのほうが建設的かつ良い関係になりやすいんです」
藤田「それは大事な点ですよね。お、またメッセージが来ていますね。『大手企業こそ失敗してもダメージが少ないので新規事業を行いやすいのに大手企業ゆえに失敗を許さない文化がもどかしいです。会社の後押しがあるのはうらやましいです』とのことですが、失敗に対する許容度はどうでしょうか?」
烏山「トップのコミットメントもあり、以前より許容度はあがっていますね。一番だめなのは、失敗ではなく、チャレンジしないことだという認識が広まっている印象はあります」
髙橋「チャレンジできる環境は整いつつありますが、新規事業をしているから失敗していいわけでもありません。業務プロセスを評価できる仕組みを取り入れることで周囲の理解を得る努力をする必要もあると思います」
会社の歴史をつくるストーリーテラーとして。他社と協働できるInspired.Labを活用してほしい
藤田「最後に、新規事業にチャレンジされている方やスタートアップの方々にメッセージをお願いします」
吉越「自分たちだけで新しい発想を生み出すのは大変です。Inspired.Labでは周りに頼って自分たちの常識外の人から見たらどうかを気軽に見られる環境を作ろうとしているので、ぜひ頼ってもらえればと思います」
烏山「大手企業の担当者に、とにかく会社の外に目を向けてみて欲しいと伝えたいですね。一方で、スタートアップの方は大手企業とのコラボは難しいことが多いと感じるかもしれません。大手企業は既存事業をブラッシュアップすることに特化している組織。そういうものだと理解した上で折り合い地点を考えてもらえると協働がうまくいくのかなと思います」
髙橋「以前、オーストラリアのデザインファームで言われたことなのですが、与えられた仕事を会社のストーリーの中で読者のように人生を進めている人が多いけど、会社の歴史に新しいストーリーを加える著者としての生き方をしている人もいる。新規事業は会社の歴史を作る上で際たる例だと思います。興味があればぜひチャレンジして人生を考えてみるのも面白いのではないでしょうか」
大手企業も積極的に取り組み始めた新規事業。事業開発における知見やリソースが詰まったInspired.Labで他企業やスタートアップと一緒にアイデアを出し合い、協働することで、今までとは異なる第3の道を見つける。まだ誰も答えを知らない新規事業でも仲間と共に探索できる希望が見えた1時間でした。
当日のセッション
『常識を打ち破れ!大企業の新規事業づくり処方箋』xTECH Lab MARUNOUCHI vol.2