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「丸の内NEXTステージ」三菱地所が描く、ニューノーマルの時代に求められる都市とオフィスの機能

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三菱地所は、丸の内エリア(大手町・丸の内・有楽町地区)における2020年以降のまちづくりを「丸の内NEXTステージ」と位置づけていた。新しいイノベーションを生み出し、社会課題の発見と解決ができるような、すごしやすいまちづくりを進めている。

そんな最中に起きたのがコロナ禍だ。丸の内エリアで働く人たちの働き方も大きく変わり、街を行き交う人の数は激減した。まちづくりを行う企業として、人の数が減ったのは寂しい限りだが、決して悪いことばかりではない。これまで遅々として進まなかった働き方改革が半強制的に行われ、真の意味での「ネクストステージ」を考えざるを得なくなったからだ。

今回は三菱地所 執行役員の井上氏に、今回のコロナ禍をどのように見ているのか、コロナ禍が収束し、ニューノーマルになったとき、オフィスや街にどのような機能が求められるのかを語ってもらった。

INDEX

コロナ禍で激変した働き方への意識
スマートシティを実現し、人とアートがクロスする街へ
働きやすいだけの街ではなく、過ごしやすい街を目指して
ここがポイント

井上俊幸

三菱地所株式会社 執行役員 コマーシャル不動産戦略企画部長 兼 都市計画企画部長

1989年東京大学工学部都市工学科を卒業。
三菱地所株式会社に入社後、2005年よりビル開発企画部にて丸の内エリアの再開発や、大阪駅前のグランフロント大阪の開発に携わる。
2014年より横浜支店みなとみらい21事業室長として、MM21の開発を担当。
2016年より大手町・丸の内・有楽町地区の都市計画やエリアマネジメントを担当する開発推進部長に着任。
2019年より開発全般の戦略策定を担当する開発戦略室長を兼務。
2020年より執行役員に着任、コマーシャル不動産戦略企画部長、都市計画企画部長を兼務し、現在にいたる。

コロナ禍で激変した働き方への意識

今年4月に緊急事態宣言が発令されたことにより、オフィスに出勤する人が激減した。それは同時に、テレワークで働く人の数が急増したことも意味している。これまで官民をあげてテレワークを推進してきたにも関わらず、遅々として進まなかったものが、強制的に実現されたのだ。そのような状況に対し、井上氏は三菱地所が行ったアンケート結果をもとに人々の意識の変化について次のように語る。

井上「6月に東京で働く15,000人を対象に、ポスト・コロナ時代のワークスタイルについてアンケートを行いました。その結果、約7割の人が『業務の50%以上をオフィスで行いたい』『ディスカッションはオフィスで行いたい』と回答しています。また、テレワークのメリットを感じている人が7割近くいる一方で、コロナ禍が収束した後も『テレワーク100%』で働きたいと思っている方は1割もいません。
この結果から、多くの人がオフィスで働く必要性は感じているものの、月曜から金曜の朝から晩までオフィスで働きたいわけではないことがわかります。つまり、毎日来るわけではないけど、話し合いの際には直接会えるような場所、環境がこれから求められていくのです」

ポスト・コロナでは、コロナ禍前とは違った役割がオフィスに求められるが、どのような役割を持つ「場」が必要になるのかは、まだ、ユーザー側も供給側も明確に答えを見い出せてはいない。しかし井上氏は、これまでにないビルの賃貸方法も考えなければいけないと指摘する。

井上「これまでは一つの会社に対して、『あるスペースを何年間、いくらで専用的に貸します』という賃貸方法をとってきました。しかし、テレワークの方が増えて、常に会社に人が居るわけではなくなれば、『複数の会社とオフィスをシェアしたい』というニーズも出てくるでしょう。そうなった場合に、これまでのような商品設計では必ず歪が生まれてきます。今の賃貸契約だけでは、細かいニーズに応えられないため、様々な企業のニーズに対応できる『賃貸メニュー』を充実させていかなければなりません。
また、複数の会社が同じスペースを共有する場合、家具の配置やレイアウトなども重要になります。一つの企業に貸すなら、家具の配置もお任せできますが、複数の会社でシェアするなら、それぞれの会社が働きやすい家具配置やレイアウトも提案できなければいけません。単に場所を貸すというビジネスから、より働きやすい環境を整えるビジネスに切り替えていく必要性を感じています

個人と会社の関係性がどんどん曖昧になりつつあるが、物理的な会社の範囲も曖昧になっていく。さらに、コロナは街の様子も変えようとしている。

井上「丸の内エリアは様々な交通インフラが整っていることもあり、ただそこで働くだけでなく、人と会う場所として使う方も少なくありません。例えば地方を相手にする仕事や、郊外で働くのがメインの人でも、週に1回は都心に来る機会があるもの。そういう時に、交通の便のいい丸の内エリアを活用する方が多いのです。
新幹線の駅から出たあとの交通の便がよくなればさらに使い勝手がよくなります。例えば緊急事態宣言が発令されてから、自転車での移動がフィーチャーされていますが、この流れはコロナ禍が収束した後も残るどころか、より加速していくでしょう。これからは電動モビリティのライドシェアのようにパーソナライズされた新たなモビリティが普及していくことも考えられます。
丸の内エリアは、そういう新しい社会の新しい動きを受け入れやすい場所でもあるので、ほかのエリアに先駆けて移動しやすいエリアになっていくはずです。丸の内エリアに来るまでの移動のしやすさに加えて、着いてからの移動もしやすくなることで、より魅力的な街になり、多くの人が足を運ぶエリアになっていくでしょう」

スマートシティを実現し、人とアートがクロスする街へ

コロナ禍が、働き方を大きく変え、オフィスに求められるものも大きく変えようとしている。その先にある、三菱地所が考える「NEXTステージ」の街とはどのような街なのか。

井上「キーワードは『スマートシティ』です。例えば、これまで情報は自分から取りにいくものでした。しかし、将来的には自分に必要な情報や、興味のある情報が自然と集まってくるようになり、数ある情報の中から自分がとる行動を選べるようになります。それが丸の内エリアの目指すスマートシティの姿です。
必要な情報が集まることで、丸の内エリアで働いている人でなくても訪れたい街になるでしょう。例えば『丸の内に行くと、あの人に会える』とか、『この辺りを歩いていると、面白い体験に出会える』ということが頻繁に起きると、様々な人や会社が訪れる街になるのです」

丸の内に来ると面白い人に会える、面白い体験ができると思えば、人が集まるのは当然だ。そして、丸の内エリアに面白い人が集まる理由について、井上氏はこう続ける。

井上氏「丸の内エリアにはすでに色々な会社や色々な人が集まっています。また、投資会社や銀行が多くあることを考えると、いろんなお金も集まっている場所。そのため、新しいビジネスの芽も集まりやすく、面白いビジネスアイディアを持っている人が集中しやすいのです。丸の内エリアにそういう人たちが集まって話す場があるので、それに加えてアドバイスしたい人や、新しいビジネスに携わりたい人なども自然と集まります。
そうすると丸の内エリアがどんどんと『新しいこと、楽しいことが体験できる場』になっていくのです。丸の内エリアで体験した新しいこと、楽しいことがまた新しいビジネスの種になって連鎖していきます。私たちはその連鎖を途絶えさせないように、仕組みを作っていかなければなりません」

丸の内エリアが魅力的になる源は「面白い個人」だけではない。「アート」を取り込んで、直感的なひらめきが得られるエリアにしていきたいと井上氏は意気込む。

井上「30年前の丸の内といえば、オフィスが中心で、店舗といったら働く人がお昼を食べるような店しかありませんでした。そこに丸の内で働いていない人でも訪れやすいように、様々な店が並ぶようになった。その流れに更に文化・アートという深みをもたらすべく整備したのが三菱一号館美術館です。これからは街にアートを取り込む動きをさらに広めていきたいと思っています。
なぜなら、これからのビジネスにアート的な考え方が必要だからです。ビジネスを進めていくと、どうしても理詰めだけでは進められない時があります。そういう時にイノベーションを起こす原動力となるのがアートだと思うのです。
ただし、どのようにアートを街に組み込んでいくかは、よく考えなければいけません。単純にアート作品を置けばいいという単純な話ではないから。もちろんアート作品を展示することも大事なのですが、人の直感的な意思決定に響くように組み込んでいかなければと思っています」

丸の内エリアのまちづくりにアートが必要だという考えは、決して井上氏の個人的なものではない。すでにどのようにアートを使ってまちづくりをするのか、話し合いが進んでいるという。

井上「丸の内エリアにも、ビルを所有する人たちが集まる協議会があるのですが、そこでどのようにアートを丸の内エリアに持ち込むか委員会が開かれています。そこには地権者や学識者に加え、アートの仕事をしている人などを呼んで、アートによるまちづくりの方法を話し合っています。
例えば、既に有楽町ではアートを取り入れる動きがあります。有楽町は古いビルが多く、建て替えが必要なビルも少なくありません。ただし、ただ古い建物を壊して新しいものを建てるのではなく、古いものを生かしながら建て替えるプロジェクトが進んでいるのです。今あるビルで何ができるのか、新しいプロジェクトで何を打ち出せるのかを平行して考えています」

働きやすいだけの街ではなく、過ごしやすい街を目指して

今はビジネス街としてのイメージも強い丸の内。しかし、井上氏は丸の内エリアで働いている人以外でも訪れやすい街にしていくことが大切だと言う。

井上「これまでの丸の内は、約28万人が月曜から金曜まで働いている街でした。しかし、テレワークが普及し、働き方の選択肢が増えれば、月曜から金曜まで丸の内で働いている人は減るでしょう。その時に重要なのが、普段丸の内で働いていない人に、いかに丸の内エリアを使ってもらうかです。
そこで考えるべきは『MICE』です。MICEとは、企業などでの会議(Meeting)、企業などが行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会などが行う国際会議 (Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとった造語です。今は会議の場として使われることの多い丸の内ですが、旅行や国際会議、イベントなどでも使われる街にしていきたいと思います。
その結果、同じ約28万人がずっといる街ではなく、多様な100万人が入れ替わり、様々な形で交わる街にしていきたいですね。そこで新しい交流が生まれれば、また新しい価値に繋がっていくはずですから」

100万人もの人が入れ替わり働いている街というのは魅力的だが、それを実現するには都市としての機能も求められる。そのための実証実験もすでに行われているようだ。

井上「先日、MARUNOUCHI STREET PARK (丸の内ストリートパーク)という社会実験プロジェクトを実施しました。丸の内仲通りを3つのコンセプトに分けて、密集・密閉・密接を避けた新しいライフスタイルを模索するためのプロジェクトです。
そこでは期間限定で車道を歩行者専用とし、人流センサーで『どの場所にどれくらい人がいるか』を、リアルタイムでWebに再現して見られるようしました。この技術が発達すれば、コロナ禍が収束した後も、常にどこに人が集まっていて、どこが空いているのか見えるようになります。
丸の内で働く際に、一人になりたいときは空いているエリアに、誰かに会ったり話したりしたいときは人が集まって賑やかな場所を選ぶなど、好きな環境が選べるようになるのです。これから机の前に座って仕事をする時間はどんどん短くなるので、街全体で自分が働きやすい場所を選びやすくなる仕組みを作っていく必要があると思っています」

これからどんどん過ごしやすく働きやすいくなっていく丸の内エリア。しかし、丸の内エリアを魅力的にしていくのと同時に、周辺エリアも整備していきたいと井上氏は語った。

井上「丸の内エリアは交通の便がいいと話しましたが、神田エリアなどは電車を使わずとも丸の内エリアに来やすい場所です。そういった周辺エリアとうまく連携することで、より丸の内エリアを使いやすくしていけると思います。
例えば先日リリースした神田の賃貸住宅は、1階にコワーキングスペースを有しており、建物が面した通りは、丸の内仲通りのように電柱を地中化して歩きやすい道路にする構想があります。そこに住む人たちは、自宅でも仕事ができるし、少し気分を変えたかったら1階のワーキングスペースで働くこともできます。人に会う用事ができたら、自転車ですぐに丸の内エリアに来ることができるので、柔軟に働き方を選べるのです。
このように働く時間だけでなく、ライフスタイルをコーディネートしていくことで、働きやすく住みやすい街を作っていけると思います。神田以外にも、このような施設を増やして、広い視野でまちづくりをしていきたいですね」

ここがポイント

・6月に実施したアンケートによると、約7割の人が『業務の50%以上をオフィスで行いたい』『ディスカッションはオフィスで行いたい』と回答している
・話し合いの際には直接会えるような場所、環境がこれから求められていく
・企業のニーズを受け、単に場所を貸すというビジネスから、より働きやすい環境を整えるビジネスに切り替えていく必要性を感じている
・丸の内エリアの目指すスマートシティの姿は、将来的には自分に必要な情報が自然と集まってくるようになり、数ある情報の中から自分がとる行動を選べるようになること
・イノベーションを起こす原動力となるのがアートであり、人の直感的な意思決定に響くように街に組み込んでいかなければと考えている
・同じ約28万人がずっといる街ではなく、多様な100万人が入れ替わり、様々な形で交わる街にしていきたい


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木 光平
撮影:小池大介