世の中に広がり、定着するテクノロジーもあれば、定着しないテクノロジーもあります。社会の課題を解決するテクノロジーが人々の生活に根付いていくために、何が必要なのか。こうした壁に向き合うスタートアップや大手企業の担当者も多いのではないでしょうか。
そんな壁を越えるべく、企業間のコラボレーションの可能性や成功事例を学ぶ場を提供するコミュニティ「xTECH Lab MARUNOUCHI」では、大手企業で新規事業を立ち上げるための処方箋となるようなイベントを企画。
今回は、『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則』の発売を記念し、著者である馬田隆明氏と、書籍の中で事例として取り上げられている株式会社マネーフォワードから瀧 俊雄氏、一般社団法人コード・フォー・ジャパンから関 治之氏を迎えて、前半で書籍の概要を著者自らが解説、後半ではゲスト両名にも参加いただき、テクノロジーの社会実装や「社会を変える方法のイノベーション」についてお話いただきました。
INDEX
・2020年代のスタートアップに必要な方法論の提案『未来を実装する』とは
・デジタル技術の社会実装には、テクノロジーを活かせる社会をつくる必要がある
・社会実装に必要な要素をピックアップして解説
・金融のWEBサービスを展開するマネーフォワードと、ITを活用した地域課題の解決に取り組むコード・フォー・ジャパン
・言葉やモノをつくる、仲間をつくることが、社会実装する上での“鍵”
2020年代のスタートアップに必要な方法論の提案『未来を実装する』とは
馬田「元々マイクロソフトにいたのですが、現在は東京大学でスタートアップの支援をさせていただいています。最初に『未来を実装する』を書いたきっかけを、10年くらいを振り返っていければと思います。
2011年に有名な投資家である Marc Andreessen が“Software is eating the world”と言っていましたが、あれから約10年経って2020年、GAFAとMicrosoftの時価総額が東証一部の企業の時価総額の合算を超えて560兆円になりました。デジタルを中心にさまざまなTech領域も出てきて、デジタル技術を取り巻く環境が変わりつつある現状があります」
https://www.ben-evans.com/presentationsより
馬田「ソフトウェアが世界を食べると言われるほど色んな業界でソフトウェアが必要になっていると同時にプラットフォームが規制の対象となり、『世界がソフトウェアを規制する』といった状況も出てきています。
同時に、スタートアップが社会の中で存在感を持つようになりましたよね。大企業の新規事業よりも多くの資金を持つスタートアップも出てきました。10年前とは変わり、できることの幅が広がった分、気を付けなければいけないことも多くなりました。そこで、2020年代のスタートアップに必要な方法論の提案として、『未来を実装する』という本を書かせていただきました」
デジタル技術の社会実装には、テクノロジーを活かせる社会をつくる必要がある
馬田「この本は、デジタル技術の社会実装にフォーカスしている本なのですが、この1〜2年、DXを考える前にEX(Electric transformation)を振り返る必要があるなと思うようになりました。歴史を遡ると、蒸気で工場を動かしていたころから電気が本格的に使われるようになるまで約50年かかっているようです。それは、技術を発明するだけではなく、受け入れる社会や会社の変化も必要だったことを表しています。例えば、工場を蒸気で動かしていたころは蒸気エンジンの近くに力を使う機械を配置していました。それが工場を電気で動かすようになると工作機械を作業順に配置できるようになりましたが、電気のそうしたメリットに気づいて、その変化に対応するまでずいぶんと時間がかかったようです。つまり電気の社会実装には動力を置き換えるのではなく、工場全体の仕組みを変えるなど、大きな変化が必要でした。
この例が示すように、社会実装には技術的イノベーションにプラスして、『補完的イノベーション』を起こさなければいけません。テクノロジーで社会を変えるだけではなく、テクノロジーを活かせる社会をつくる。その両輪が必要なんです」
社会実装に必要な要素をピックアップして解説
馬田「そのためにテクノロジーと社会をうまく接合していくことが大切です。社会と実装していくときに必要な要素として、デマンドが前提としてあって、その上にインパクト、リスクと倫理、ガバナンス、センスメイキングがくる順番で整理しました。
この本でのインパクトとは、社会や制度などの変化や、長期で広範囲に及ぶ変化と定義しています。スタートアップの場合、ミッションやビジョンの先にある『理想の社会像』がインパクトかなと思っています。私は『インパクトから始めよ』ということを今回言いたいと思っています。なぜなら課題とは、理想と現状のギャップのことです。デマンドを顕在化させるに理想を提示して、ギャップを指摘する必要があります。その理想というのがインパクトです。そうして良い理想を提示して、周りを巻き込みながら社会を変えることで、デマンドをもっと顕在化させていく、スタートアップがうまくいっているのかなと思っています。ある意味、社会起業家がやってきたようなことですね」
馬田「とはいえ、理想を目指して新しい技術を導入していく中ではどうしてもリスクも発生してしまいます。リスクと倫理の話では、テクノロジーは人の悪い面も増幅してしまいますから。それに倫理をないがしろにした結果、社会実装がうまく進まなくなってしまったケースもあります。そういうときにガバナンスの考え方が必要になってきます。どうやってテクノロジーを社会の中で治めていくか。そしてそのためには社会を変えるために制度や社会規範などをアップデートしていく必要があるでしょう。新しいテクノロジーに対して、リスクを把握したうえで、適切なガバナンスのアップデートを考えていく必要があることもこの本で提案したかったことのひとつです。そしてそのガバナンスを新たに作る中でも、この本の主眼であるデジタル技術は様々な形で活かせるということを指摘しました」
馬田「最後に、センスメイキングの話です。トップダウンでガバナンスを変えたとしても、なかなか人は動きません。そこで、実際に動く人たちと一緒に進めていく必要があると思っています。その中では納得してもらったり、腹落ちしてもらったりするプロセスも必要でしょう。この章は基本的にはコミュニケーションの問題を取り扱っています。その手法のひとつに参加型の取り組みがあります。これまでも様々な形で行われてきましたが、デジタルを使った参加型の例として、市民参加型の市民参加型合意形成プラットフォーム『Decidim(ディシディム)』などがありますね。
この十年の事業開発の歴史をたどってみれば、0→1や1→10だとリーンスタートアップ的な方法論や Y combinator 的な方法論が使えました。ただ、そこから10や100にしていくとき、今後は『早く動いて破壊する』ようなやり方ではなく、社会との調和的な拡大が必要になってきていると思います。そうした流れの中では、社会に対して良い影響を与えなければ拡大ができません。企業戦略と公共政策のシナジーがこれまで以上に大事になる。だからこそ『インパクトからはじめよ』であり、そのインパクトとしての理想を提示することを起点にして、社会実装の方法論をまとめたのが、今回の本です」
金融のWEBサービスを展開するマネーフォワードと、ITを活用した地域課題の解決に取り組むコード・フォー・ジャパン
馬田「ここまでは理論上の話になってしまうので、実践者のお二人にお話しを聞いていこうと思います。まずはマネーフォワードの瀧さんからよろしくお願いします」
瀧「マネーフォワードで取締役、社外的にはFintech研究所長という肩書(※肩書はイベント当時のもの)で活動している、瀧と申します。マネーフォワードを創業して、最初の3〜4年は裏方で資金調達などを行っていましたが、そこからだんだんとFintech研究所の顔として外にメッセージを出すようになっていきました。事業を進めるうえで気を付けているのは、社会的な影響を考えることですね。80〜90歳の人にとって、マネーフォワードって何だろう?と考えてみたりします。たとえば認知症になってしまうと、お金の管理ができなくなってしまうじゃないですか。そんなときでもテクノロジーを使って良いサービスを提示できると、お金の管理ができたり、もしかすると社会保障も提供できたりするかもしれない。そうするとこれまでと違う議論ができる。そんなことを考えながら活動しています」
関「コード・フォー・ジャパンの代表をしている、関といいます。コード・フォー・ジャパンとは『ともに考え、ともにつくる』をビジョンに、『オープンにつながり、社会をアップデートする』ことをミッションにした非営利団体です。公共モデルを『依存』から『共創』へ動かしていけるような、シビックテック・アプローチを行っていて、そのためにテクノロジーやオープンデータへの貢献活動、場作りをしていきましょうというようなことをやっている団体です。色んなコミュニティを地域ごとに作って、その地域の自治体やエンジニアの皆さんがそれぞれの知恵を活用しながら、社会実装を小さなものから大きなものまで行っています。今力を入れているプロジェクトに『DIY都市プロジェクト』というものがあります。DIY、つまり Do It Yourself で都市を作っていくプロジェクトです。できるだけ多様な人がまちづくりに関わり、「要望する」のではなく「つくる」側として参画します。そうして誰もが自分の手を動かして街づくりに参加できる仕組みを作ることができないかと思って活動しています」
馬田「ありがとうございます。まずは私からお二人に質問したいのですが、瀧さんがChief of Public Affairsに就任されることになったのは、どんな理由があるのでしょうか?今、Public Affairsが重要だと思う理由についてもお聞かせください」
瀧「日本ではITの世界で拡大した会社を、いったん社会的インパクトが大きくなるとどうしても快く思わない傾向があるのかな、と思う面があります。それは特に、その会社の活動のセンスメイキングをできていないときに起きるんですよね。また、単に批判されないだけでなく、日本の数多の社会課題に本格的に挑んで行くときには、一つの会社はどうしても力不足ですので、志に共感して一肌脱いでくれるような仲間も必要だと感じています。そのためにはいろんなステークホルダーにまたがる仲間づくりが必要です。一言で言えば、気に入られていることは、初歩的な条件ですよね。そういう意味で、私の仕事は好感度をあげる仕事だとも言っているのですが(笑) 政策をどうこうする前にAffairをやることが必要なんだと思うようになったから、でしょうか」
関「企業の得意な領域を活かしつつ、社会と協調的に進めるための設計がすごく難しいなと思っているのですが、企業の思惑を調整してセンスメイキングにつなげていくのはどうしたらいいのでしょうか?」
瀧「こういう風にテクノロジーが変わっていくから、こうなるべきですよねというのを言うようにしています。そのためには、ビジネスをスポーツで例えると、スポーツを面白くする仕事と、チームを強くする仕事を分離してあげる必要があるのかなと思っています。チームを強くするのは自分たちの会社の仕事。その一方で、『こうなるべきですよね』というのは一企業の思惑を超えた取り組みで、スポーツを面白くする仕事です。自分たちの会社の利益と、スポーツを面白くする仕事の分離をきちんとしたうえで発信すれば、周囲の理解も得られるのではと思います」
馬田「とはいえテクノロジーの変化などはなかなか理解してもらえないところのようにも思います。部分は、関さんはどうやって説明されているんですか?」
関「僕の場合は、場に入っていくということをやっています。僕は翻訳者にならなきゃいけないと思っていて。技術的に正しいことを技術的な言葉でいうのは、すごく簡単です。でも、それを相手の言葉で伝えるのはすごく難しい。それができないといけないんだなと思っています」
瀧「私もいつもB2CのCの視点から話すことが大事と言っています。B2Bのビジネスでも、最後どこかにCである消費者がいて、そのCの人がどう受け取るか。例えば技術に疎い高齢者のような方でも、どう使えるかを翻訳して伝えようとするのが大事ですね」
言葉やモノをつくる、仲間をつくることが、社会実装する上での“鍵”
馬田「関さんに質問したいのですが、『ともに考え、ともにつくる』という活動は実はかなり難しいのではないかと思っています。どうやって乗り越えてきたか、そして今後DIY都市を作る上での難しさを教えていただけますか」
関「やってみて僕も難しいんだなと感じました。市民の理解を得るのが難しいし、行政側もできればやりたくない人も多いのが現状なんですよね。それをどう乗り越えたかというと、『言葉をつくる』ことを意識するようにしています。シビックテックといっても分からない人も多いので、ともに考え、ともにつくると銘打ったり、実際にモノを作って実例をつくってみたりしました。
あとは、オープンソースのコミュニティの作り方がすごく参考になりました。『楽しくものをつくる』をできる範囲でやっていくところとか。そうすると、だんだん積み重なって信頼が生まれていくんですよね。今回も東京都のサイトを作らせてもらったのですが、これまでの積み重ねで、コード・フォー・ジャパンに相談すれば何とかしてくれると思ってもらえていたのが大きいと思います。DIY都市についても、日本はたくさんの自治体があって、どこかでやりたい人がいるはずなので、そこから徐々に始めて積み重ねていくしかないのかなと思っています」
新しいことを始めるときに必要な要素とは?
馬田「関連する質問が来ています。『組織の中で新しいことを始めるには、ドキュメントを展開するか、アーリーアダプターを探して成果を出すか、熱く語るかのイメージなのですが、これ以外にあると思われますか?また、この方法は合っていると思われますか?』だそうです」
関「アーリーアダプターを探して、最初に成果を出すのはその通りだと思います。実例がないと、やりたいことを信じてもらえないので。小さな成果でもいいから早くやるのは大事ですよね。成果を出して改めてこういうことがやりたかったんですと発信をする。あとは、瀧さんが仰っていたCの目線で語るのも大事です。そのふたつを回し続けることで信頼が出てくるんじゃないかなと思います」
瀧「どれだけ叩かれようと、やりたい人が本気でやることが大事なんじゃないですかね。個人の熱意以上のパワーはないと思っています。
あと、日本は一度失敗すると、ワンストライクでバッターアウトと捉えられがちですが、3ストライクまで用意してあげるのが上司の役回りなのかなと思っています。熱意がある人以上のアセットはないと思っていて、その人が一番偉いという組織をいかに作れるかにかかっていると思います」
関「あとはコミュニティを作って共感した人たちの活動量を増やすことかなと。熱量が高くなって活動量が増えてきたら、ナラティブが語れるようになるものなんですよね。ナラティブが積み重なって、新しい言葉が生まれていって、そうすると説明の語彙が増えて、聞いた人がさらに違う活動を始めていくといった循環になるのかなと思います」
馬田「最後におふたりから一言ずついただいて、お開きにできればと思います」
瀧「贔屓目なしにすごくおすすめです、この本。自分がやってきた活動をこうやって説明できるのかと思いました。ぜひ読まれてみてください」
関「これまで手探りでやってきたことがロジカルに整理されている本ですよね。皆さんのなかで土台となる共通言語ができて、伝わっていくことは我々にとっても良いことだと思っています。ぜひ読んでいただきたいなと思いました」
テクノロジーで社会を実装する。どんな活動だろうと、動かすのは人。熱量や活動量など、波動が広がる基本は、どの分野でも変わらないのかもしれませんね。テクノロジーを通した社会実装に希望を見出せた1時間でした。