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大手企業社員・コンサル・事業投資担当・新規事業の立ち上げ。様々な立場を経て語る大手企業における新規事業開発の本音

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2021年2月22日、三菱地所と三菱地所プロパティマネジメントとの共同開発による新サービス「NINJA SPACE」がプレローンチされた。

「NINJA SPACE」はワークスペースのマッチング支援サービス。働く場所を求めるビジネスパーソンと、提携先の空きスペースとを効率的にマッチングすることで、コロナ禍におけるテレワーク支援と空間活用とを同時に行うことを目的としている。

これまでまちづくりや不動産開発に関わってきた三菱地所だからこそできた、大手企業のアセットを活かした新サービスのリリース。しかしその裏側では、大手企業の中でスピード感を持ってサービス開発を行う難しさとやりがいとを実感したという。

今回は「NINJA SPACE」立案者である新事業創造部・那須井氏、サービス開発に携わる橋本氏に二名に話を伺い、大手企業における新規事業開発の本音を語ってもらった。

INDEX

投資だけに留まらない新規事業創造を目指して
大手企業のスタートアップ化における壁
大手企業の強みを活かして取り組むサービス開発の喜びとは
ここがポイント


那須井 俊之
2006年に三菱地所に入社。マンションや市街地再開発、住宅事業グループ各社のバリューチェーン構築に携わった後、2016年から新事業創造部へ。オープンイノベーションの実現と新たな事業での利益創出を目的として、スタートアップとの協業・資本業務提携を推進。三菱地所グループ横断の新規事業提案制度「MEIC」にも携わる。2020年よりNINJA SPACEプロジェクトを開始。


橋本雄太
三菱地所株式会社 新事業創造部
大学卒業後、大手新聞社に入社。外資系コンサルティングファーム、鉄道会社を経て、2021年より現職。前職では新規事業担当としてアクセラレータープログラムやインキュベーションスペースの立ち上げ、企画・運営などスタートアップ企業とのオープンイノベーション戦略全般を統括。
2021年より三菱地所に入社し、新事業創造部にてスタートアップ企業への投資などを担当。既存産業の変革と新産業創出に向け、スタートアップ企業と大手企業によるイノベーション・エコシステムの形成を目指す。

投資だけに留まらない新規事業創造を目指して

「次のアポイントメントまでの間、少しだけ作業がしたい」「出先で突然のオンラインミーティングを求められた」……と、外出時、なにかと仕事ができる場所を求める機会がある。ところがいざ場所を探してみると思うように作業できるカフェが見つからないなんてことは珍しくない。

特に、コロナ禍におけるカフェの長時間滞在や声を発するミーティングなどは避けたい傾向にある上、そもそもテレワークの普及やソーシャルディスタンス確保によりすんなりとカフェに入店できる保証もない。入店できても店舗側から長時間席を占有することを嫌がられてしまうかもしれず、後ろめたい気持ちがある。そういった昨今の情勢を鑑みて生まれたサービスが「NINJA SPACE」だ。

ワークスペースを探すビジネスパーソンは、アプリから近隣の空きスペースを検索。入店が可能であれば即時にマッチングができるという即時性が話題を呼び、5月時点でのユーザー登録数は2,000件以上に上る。

那須井「新事業創造部ではもともとスタートアップへの出資を行うことでオープンイノベーションの実現へと乗り出していました。そのため、自分たちで新しく事業を作ることは未経験の領域。今回のプロジェクトは、これまでとは違い、自分たちで事業をゼロから生み出すという稀有な経験でした」

このプロジェクトには異色の経歴を持つ人物も加わっている。新聞社、コンサルティングファームを経て、前職の鉄道会社ではアクセラレータープログラムやインキュベーションスペースの立ち上げなど、新規事業・オープンイノベーション戦略を統括してきた橋本氏だ。那須井氏の声掛けにより三菱地所へ転職し、スタートアップ投資などに携わる傍ら、本プロジェクトにも参画している。

橋本「三菱地所への転職を決めたのは、デジタルとリアルが融合する中で、豊富なリアルアセットを持つ不動産デベロッパーというフィールドに大きなイノベーションの可能性を感じたから。日本で新しい産業を生み出そうとすれば、大手企業におけるイノベーションはとても重要です。
まちづくりという長期視点を持つ三菱地所でなら、オープンイノベーションや新規事業開発にこれまで以上に挑戦できると考えました」

大手企業のスタートアップ化における壁

「NINJA SPACE」の開発がスタートしたのは2020年秋のこと。それから約半年ほどでリリースに漕ぎ着けたそのスピード感は、スタートアップ顔負けだ。ステークホルダーの人数が多くタイトなスケジュール進行が難しいと思われがちな大手企業での新規事業開発、どのように乗り越えていたのか。

那須井「スタートアップでのサービス開発は、アジャイル開発を採用するのが一般的です。最速でサービスをまずリリースし、ユーザーの声やニーズに基づいてブラッシュアップを重ねていきます。ところが、そういった開発方式を通常取れないのが大手企業。リリース前からサービスの形をある程度決めなければならない点、社会に与える影響の大きさから失敗はなかなか許されない点などの諸問題がありました。
それでも、今回重視したのはスピード感。コロナ禍ということもあり、実際にテレワークスペースを求めるビジネスパーソンの姿、立ち行かなくなる飲食店などを目の当たりにしており、一刻も早くサービスをスタートさせなければと感じていたからです。最終的に作りたいサービスの形のみを示し、その過程はアジャイル開発で行う決裁を取ってスピード感をもって開発を進めていきました
初めての取り組みなのでもちろん不安はありましたが、社内でいくつかの新規事業が既に立ち上がっていたからこそ、実現できた開発体制だったように思います」

橋本「いくつかの大手企業に所属してきましたが、これだけのスピード感で新規事業を立ち上げられる環境には驚きました。三菱地所は若手にどんどん権限を渡して仕事を任せていく文化があり、風通しが良いと感じます。会社全体として新規事業に対して積極的で、社内新規事業制度を始め挑戦者をサポートする仕組み作りがしっかりしている印象ですね」

「NINJA SPACE」の開発チームは、社内ではなく、社外パートナーをも巻き込んで構成されていたという。社外パートナーとのコミュニケーションはどのように行われていたのか。

那須井「アジャイル開発ということもあり、普段からお付き合いのあるパートナーと密にコミュニケーションを取りながら開発を進めていきました。仕様をしっかりと固めすぎるのではなく、リリース後もユーザーの声に合わせて迅速に改善を重ねています。『こんな使い勝手にしたい』と希望を伝えると、それに適した仕様を一緒に考え、進行できるパートナーとタッグを組めたので、とても良いスピード感で開発に取り組めていると感じます」

橋本「よく『大手企業は母体が大きいが故に動きづらい』と言われたりしますが、人材、ネットワーク、資金といったアセットは豊富です。そうした強みは十分に生かしつつ、アジャイル開発等の手法を取り入れたり、意思のある人を会社としてしっかりとサポートする体制や文化を作ることで、 大手企業の新規事業開発を“スタートアップ化”していくことが必要だと思います」

大手企業の強みを活かして取り組むサービス開発の喜びとは

三菱地所という肩書きを背負いながら新規事業に取り組む中で、ミスはできないという責任感や社会に良い影響を残したいという使命感などが強く働いているという二名。大手企業に所属しながらにして事業開発に携わる楽しみはどんな点なのだろうか。

那須井「これまでスタートアップへの投資を多数行なってきましたが、事業が生まれるのを横からフォローしているのと、実際に自分たちが事業を創るのとではまるで異なる点ばかりで、これほどまでに難しいものかと感じたこともありました。そして、同時に、自分たちのすべてをかけて事業を創るスタートアップの経営者たちのマインドセットに強く感銘を受けたんです。
僕たちはそういったバイタリティ溢れる経営者と並びながら事業を作っていかなければなりません。常に刺激を受け、僕たちも周囲の経営者に良い刺激を与えながら、社会にインパクトを与える事業を共に残していきたいと思っています」

プレローンチからまだ2ヶ月と、今後の展望も楽しみな「NINJA SPACE」。最後に今後のサービス、引いては事業全体の未来をどう考えるのか、二名に尋ねた。

那須井「特にコロナ禍の世界では、自宅以外の場所で気軽にテレワークに臨めない人の姿を多く目にします。僕たちはそういった負を解決し、誰でも、いつでも気持ちよく働ける場所を作りたいし、そんな世の中をスタンダードにしていきたいんですよね。不動産開発を行なってきた三菱地所だからこそできるリアル×デジタルの観点で、日本だけではなく世界を驚かせられる産業を生み出せるよう、まずは『NINJA SPACE』のさらなる改善に努めていきます」

橋本「『NINJA SPACE』で提供しているのは単に働くスペースだと思われがちですが、実はそうではなく、いつでも・どこでも働けるという体験そのものだと思っています。事業を創る中で感じるのは、三菱地所における価値提供のさまざまな可能性。スタートアップなどのパートナーと力を合わせ、リアルとデジタルの力を融合させることで、世界に通用するようなサービスを創造していきたいですね」

ここがポイント

・三菱地所と三菱地所プロパティマネジメントとの共同開発による新サービス「NINJA SPACE」がプレローンチされた
・大手企業の中でもスピード感を重視したサービス開発が可能だった
・すでにあるアセットを活かしながら事業開発を行える面が大手企業としての強み
・スタートアップの創造力、大手企業の積み重ねてきたアセットを取り入れながら事業を創ることで日本の未来を豊かにする事業が生まれる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木詩乃
撮影:小池大介