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コロナ禍でのピボット。OMOセミパーソナルジムFLATTEが美を軸としてインバウンドビジネスからの転換で考えたこと。

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コロナ禍で世界のビジネス環境は大きく変わった。事業の転換を図らざるを得なくなった企業も決して少なくはない。

その中で、大胆な事業の転換を行って成長軌道に乗ったスタートアップがある。それが、ファノーヴァだ。実店舗でも、オンラインでも、相違ない顧客体験を提供するOMO(Online Merges with Offline)という戦略を用いたセミパーソナルフィットネスクラブ「FLATTE」を展開している。

今回は株式会社ファノーヴァ代表・舟久保氏に、インバウンドの美容プラットフォームからOMOのセミパーソナルフィットネスと一見遠く見える事業転換に至った決断の背景や事業を生み出すインサイトの見つけ方を伺った。


舟久保 匡佑
一橋大学卒業後、外資系国際見本市主催会社にてBeauty&Health Care領域の国際見本市の企画・営業・マーケティング・新規事業の立ち上げに従事。
その後(株)グロービスに入社し、人材開発・組織開発の企画・設計・コンサルティングとデジタル教育サービス事業の事業開発・拡販を推進。
オランダで美容室事業に取締役COOとして創業から参画。ここでの経験から日本の美容領域の技術の高さとポテンシャルを再認識し、インバウンド美容体験プラットフォーム事業を立ち上げるべく、2019年4月に株式会社ファノーヴァを創業。その後コロナの影響により、フィットネス事業へ転換。

INDEX

コロナ禍で余儀なくされた事業転換。会社のミッションと個人の原体験が交差する領域に光を見出す
実店舗でも、オンラインでも、シームレスに。FLATTEが提供する新たなフィットネス体験
スペックやロジックだけでは成功は近づかない。パーソナルな関係と「理屈なき熱狂」が道を拓く
ここがポイント

コロナ禍で余儀なくされた事業転換。会社のミッションと個人の原体験が交差する領域に光を見出す

――まずは、コロナ禍以前に取り組まれていた事業について教えてください。

舟久保:訪日観光客と日本の美容サロンをつなぐ美容体験プラットフォームを運営していました。というのも、私の趣味趣向やキャリアが美容領域と強く関わっていたから。新卒時代は、美容やヘルスケア、化粧品といった展示会のオーガナイザーを経験していましたし、オランダにて知人の美容室立ち上げに関わったこともあります。その中で、日本の美容領域の技術の高さを感じていて。国内では店舗数が飽和状態になっている美容サロンもインバウンド需要を取り込めば、美容業界も、訪日観光客もハッピーになると思って、美容体験プラットフォームを立ち上げたんです。

――しかし、2020年から新型コロナウイルスの拡大で状況が変わりましたよね。

舟久保:ちょうど2020年になった時期は、プロトタイプをつくって、実証実験を終えて、正式リリースをして、「さぁ、これから!」というときでした。大手旅行代理店などとの提携や投資家からの出資の話も進んでいましたね。そんな矢先にコロナ禍になり、4月からは緊急事態宣言が発出されました。

――インバウンドを前提としたビジネスだと、コロナ禍での打撃は相当なものですよね。どのタイミングで、それまでのビジネスに見切りをつけようと思ったんですか。

舟久保:2020年5月末に最初の緊急事態宣言が解除される頃には、すでに長期戦になるだろうという予感がありました。そうなると、自分たちが想定していたマーケットに戻るまで、少なくとも5,6年はかかるだろうと思ったんです。今すぐに事業を動かせないとなると、メンバーも稼働できなくなり、組織が停滞します。そこで新たな事業に着手しなければと考え、最終的に立ち上げたのがOMO戦略を用いたセミパーソナルフィットネスジムだったんです。

――美容体験プラットフォームからセミパーソナルフィットネスジムへ。領域も、ビジネスモデルも、大きく転換させる決断だと思うのですが、どのようにインサイトを見つけていったのですか?

舟久保:当初は、メンズコスメに関わるビジネスや自宅で美容師にヘアカットしてもらうサービスなどを考えていたんですが、どうも上手くいくイメージが見えなくて。そこで、改めて「トータルビューティープラットフォーム」という会社の理念を紐解きながら、自分が心の底からコミットしたいと思えるビジネスを探しました。そこで行き着いた軸が、「美と健康」。それまでは、「美容」というアウタービューティーに関する事業展開を想定していましたが、「健康」というインナービューティーの考え方も自分がコミットできる領域だろうと気づいたんです。
あとは、最初の緊急事態宣言中、外出が減ったことによって、私自身運動不足になって2ヶ月で体重が7kgも増えてしまったこともひとつのポイント。緊急事態宣言解除後、ジムに通うようになったら、身体も軽くなって、気持ちも晴れやかになったんですよね。そこでジムのありがたさを知ったんです。髪型や肌といった外面をいくら整えていても、身体という土台が整っていないと、ハッピーじゃないと気づきました。

――掲げていた企業の理念に沿いつつ、個人の原体験からインサイトを探したと。

舟久保:はい。ただ、この原体験は決して個人の体験に矮小化されるものではなく、世の中にニーズとして間違いなく広く存在するものだと考えていました。特に男性の私ですらこんなに気にしているのに、女性の方はもっと気にされることは想像に難くないですよね。
しかも、フィットネスジムを探してみたら、意外とハードルが高いんです。パーソナルジムは金額が高いし、24時間ジムは器具がメインなのでどんなトレーニングをしたらいいのかわからない。エンターテインメントとエクササイズが組み合わさったエンタメフィットネス人気が高いけれど、密集状態になるのがこわかったり、在宅勤務なのにわざわざ都心のジムまで通うのが面倒くさかったりする、といった課題がありました。コロナ禍で運動不足を解消したい、内側からキレイになりたい、そして気軽にフィットネスに通いたい……そんなインサイトをもとに事業をつくれば、きっと多くの人がハッピーになると考えてFLATTEを立ち上げました。

実店舗でも、オンラインでも、シームレスに。FLATTEが提供する新たなフィットネス体験

――OMOという戦略が新たなフィットネス事業では鍵になっているのではないかと思います。FLATTEで実施しているOMO戦略について教えてください。

舟久保:オフラインをメインにしつつ、オンライン体験でも垣根をできるだけなくした世界観をつくる」というのがユーザー目線でのOMOの考え方。フィットネスの場合だと、「オンラインのレッスンとリアルでのレッスンどちらも受けることができる状態」だと言えるでしょう。これがそのまま「気軽にフィットネスに通うことができない」というペインの解消につながると考えています。
ただ、私たちが想定しているエクスペリエンスでは、最初からオンラインだけでは続かないと思っています。まずは、店舗に来て、インストラクターさんに手取り足取り教えてもらい、フィットネスのやり方もわかって、モチベーション高く取り組める状態をつくる。そこまで来てようやくOMOの価値が出るのかなと思います。例えば、「今日は仕事が早く終わったから店舗で身体を動かそう」とか「雨が降っているから家でフィットネスしよう」とか、オンラインかオフラインかを自由に選択できるようになりますよね。
また、お客さんとの接点・やり取りをほぼ全てデジタルで解決できる状態を作ることも、私たちはOMOのひとつと定義しています。例えば、一般的なジムだと受付から登録用紙をもらって記入して契約といった流れだと思うんですが、FLATTEでは入会から予約、また店舗での受付や物販購入まで全てスマホで完結します。LINEのシステムと連携させているので、コミュニケーションも容易にできる仕組みを構築しました。

――フィットネスジムの中でもOMOという形態に可能性を見出すまでには、どのような過程があったのでしょうか?

舟久保:Youtubeなどでオンラインフィットネスが盛り上がった時期もありましたが、継続できた人はかなり少数。オンラインでも完結できるようにするためにはかなりの工夫が欠かせないことは明らかでした。そのときに重要だなと思ったのが、エンターテインメントの要素です。参考にしたのは、アメリカで急成長している「ペロトン」というベンチャー企業。フィットネスバイクの販売とともに、サブスクリプション方式でエクササイズ番組を24時間ストリーミング配信したり、7000以上のクラスをオンデマンド配信したりしています。アメリカでは、「フィットネス業界のNetflix」とも言われ、「自宅にいながら楽しくフィットネスができる」と、大流行しているんです。
ただ、このペロトンのモデルは非常に優れているんですが、日本ではスペースの問題でフィットネスバイクを自宅に置ける人も限られるし、騒音も気になります。そこで、知人の女性にリサーチしたところ「ふらっと立ち寄れる場所にペロトンのような、楽しく、気軽にフィットネスができる空間があったら体験したい」という声を教えてくれました。そこから、ペロトンのように自宅で完結させることにとらわれず、オンラインとリアルを融合させたスタイルへと昇華させていったんです。

――OMOのユーザー体験を設計していく上で、特に注意していることはありますか?

舟久保:How思考にならないようにすることですかね。あくまで重要なのは、「どうしたらユーザーが健やかで、美しくなれるのか」というWhatの部分。「フィットネス」は、そこから導き出されたHowでしかないんですよね。フィットネスというHowありきで考えていくと、既存のスポーツジムの枠から抜け出せないし、ともすればストイックに鍛え続ける方向性に行ってしまってユーザーのインサイトからどんどん離れてしまうこともあると思います。ユーザーにハッピーになってもらいたいというWhatから発想したからこそ、フラット立ち寄れるカフェのような雰囲気のデザインやネーミングに着地できたと感じています。

――具体的に実践していく中では、どのようなことを意識されていますか?

舟久保:ローンチ前からいくつも仮説を用意しておいて、それをユーザーとのコミュニケーションを繰り返す中でひとつひとつ検証していくということは意識していますね。
例えば、FLATTEの店舗にはシャワーがありません。20-30代の女性メインのフィットネスジムという考え方からすると逆説的な仕組みなんですけど、これにもひとつの仮説がありまして。「ふらっと気軽に立ち寄る」というエクスペリエンスを突き詰めたときに、汗をかくぐらい運動をして、シャワーの後にメイクして……と息巻いて訪れる世界観をつくってはよくないのでは、と考えているんです。しかも、シャワーをなくすことで設計や運営のコストも下がるので、気軽に通える価格帯をつくることにもつながる。そんな理由から、まず一店舗目は、あえてシャワーなしで運営することにしました。

――今後の展望について教えてください。

舟久保:シンプルに店舗を増やしていきたいです。最近のD2Cの考え方だと、実店舗はモデルルームのように使っていたり、ファン形成の場だったり、コミュニケーションの要素が大きいと思います。しかし、フィットネスジムの場合、店舗は、コミュニケーションの場でもありつつ、収益の場でもあります。良質なデータを取ることができる貴重な場だと思うので、そこを通じたサービス開発を進めていくことができればと考えています。
そうすることができれば多店舗展開しているFLATTEというプラットフォームを通じて、事業転換の際に軸とした「美や健康」に資するような取り組みができるのではないかと思います。

スペックやロジックだけでは成功は近づかない。パーソナルな関係と「理屈なき熱狂」が道を拓く

――舟久保さんは、IT人材向けコミュニティ「テックレジデンス」を活用されていましたよね。「テックレジデンス」を利用された理由について教えてください。

舟久保:もともとは自社に合うエンジニアに出会いたかったのが、理由でした。ただ、スペックだけで採用することはリスクしかないと感じていて、理念や価値観ベースでつながった人間と働きたいと考えていたんです。そう考えると、「寝食を共にできるような環境に身を置くこと」が一番近道だなと思ったんですよね。学生時代の部活動も、同じような想いや目標を持った人と寝食を共にするからチームワークが芽生えるじゃないですか。大人になった今、その体験を再現するには、コンセプト型のシェアハウスが近いなと。「テックレジデンス」の場合は、特にエンジニア人材が集まるシェアハウスだったので、「これは良い」と思いましたね。現に、「テックレジデンス」で出会ったエンジニア1名がJOINしてくれました。

――最後に、読者にメッセージをお願いします。

舟久保:OMOやユーザーエクスペリエンスなど、ロジックで考えなければならないことはあっても、最終的には「自分自身がワクワクできるかどうか」が重要だったと思います。自分がワクワクできないと、他人をワクワクさせる価値を提供できない、というのが私の持論です。例えば、仮に「バイオテクノロジーで儲かる事業があるから任せたい」と言われたとしても、そこに熱量高く取り組めるだけの原体験がない私は頑張り切れずに中途半端な事業をつくって終わりになると思います。ファノーヴァは、「美と健康」という心底共感できる価値にコミットできるから、ここまで来ることができたと考えています。実務を進める上ではロジックは欠かせないけれど、その前提には「理屈なき熱狂」も大切なはず。それさえあれば、仮に失敗しても後悔しないし、次のアクションに落とし込めると思います。

ここがポイント

・実証実験を終えて、正式リリース目前でコロナ禍によりピボットを余儀なくされた
・会社の理念を紐解きながら、自分が心の底からコミットしたいと思えるビジネスを探した
・コロナ禍での運動不足を解消したい、内側からキレイになりたい、そして気軽にフィットネスに通いたいのインサイトから導いたのがOMOのセミパーソナルフィットネス
・OMOで目指すのは「オンラインのレッスンとリアルでのレッスンどちらも受けることができる状態」
・もう一つ重要なのが、お客さんとの接点・やり取りをほぼ全てデジタルで解決できる状態を作ること
・How思考にならないように、Whatを大事にする
・最終的には「自分自身がワクワクできるかどうか」が重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小林拓水
撮影:戸谷信博