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環境課題の解決と事業成長は両立できる。ビジョンの下に世界中の国や投資家が応援する「ウニノミクス」の考えてきたこと

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「SDGs」や「カーボンニュートラル」など、環境問題に対する言葉を聞くことが増えて来た昨今。これまで環境を犠牲にしてでも経済成長を優先させてきたビジネスパーソンたちも、急速な自然破壊や異常気象を目にして、環境への意識を高めている。
しかし、環境改善とビジネスの成功を両立するのは容易ではない。これまで多くの「社会起業家」がさまざまな社会課題に挑戦してきたが、ビジネスとして大成したケースは まだまだ多くはない。持続的なビジネスの成長と環境問題の解消の両立は不可能なのだろうか

それを覆す可能性を秘めているのがノルウェー発のスタートアップ「ウニノミクス」だ。海の生態系を破壊し、磯焼けの原因となる「空(から)ウニ[1]」を捕獲、畜養[2]し、高級食材として世界に販売することで、世界中の海と漁師を救い、さらに藻場の回復により生物多様性の保全、ブルーカーボン[3]を生んでいる。「ビジネスが成長するほど、環境課題が改善されていくビジネスモデル」を掲げ、多くの研究所や企業、投資家が賛同し、資金や技術、共同研究と様々な形でリソースの提供を受けているのだ。

今回は代表の武田 ブライアン 剛氏に、そのビジネスモデルの全容と今後のビジョンを伺った。

[1]空ウニ・・・磯焼け地帯に生息する身入り(食用となる生殖巣が未発達)の悪いウニ
[2]畜養・・・自然界で獲ってきた稚魚や痩せた魚に、生簀や水槽で餌を与えて大きくしたり太らせて出荷すること(卵から育てる場合は養殖)
[3]ブルーカーボン・・・海藻などの海洋生物の作用によって、大気中から海中へ吸収、貯蓄された二酸化炭素由来の炭素のこと


武田 ブライアン 剛
ウニノミクス株式会社 CEO
クィーンズ大学にてビジネス学士を習得。在学中にMuzi Teaを共同設立し、北米での抹茶市場の開発に一役買う。
投資グループでのイノベーションディレクターを経て、ウニノミクスを設立。

INDEX

東北の震災復興に奔走する漁師たちの、熱い想いに胸を打たれてプロジェクトを始動
宮城の海を救うことは、世界の海を救うことに繋がる
資金の心配をする必要がなくなったことで、自分たちの理想を突き詰められた
「ミッションを明確に決めて徹底すること」が応援される会社の必須条件
ここがポイント

東北の震災復興に奔走する漁師たちの、熱い想いに胸を打たれてプロジェクトを始動

──まずはウニノミクスを起業するまでの経緯について教えて下さい。

武田氏:私は日本で生まれ1歳半から海外で生活、カナダや南米で教育を受けてきました。大学の商学部を卒業してすぐに、抹茶を北米に広げる事業を手掛け、その会社を2010年に売却。同じ年にノルウェー人の妻に勧められて夫婦でノルウェーに移住しました。移住してからは、現地の投資グループで「イノベーションディレクター」として働くことに。その頃に、宮城の漁師さん達から聞いた、東北の漁師が抱える深刻な悩みが創業のきっかけです。当時、彼らは津波からの復興のために頑張っていたのですが、船などを作り直しても磯焼けによって藻場がなくなり、天然ウニの身入りが悪化、藻場を住処とする魚も減少することに頭を抱えていました
「いくら設備を整えても、漁場を回復させなければ本質的な復興にはならない」
そう話す彼らを見て、どうにか力になりたいと思い、ノルウェーの最先端の畜養技術を使えないかと始めたのが「ウニノミクス」です。

──そもそも、磯焼けとは何か、から伺いたいです。

武田氏:「磯焼け」とは、沿岸部で海藻が繁茂する「藻場」が著しく減る、もしくは消失した状態が続く現象です。藻場がなくなると、海藻を餌や住処にしている生物がいなくなり、漁獲量が大きく減ってしまいます
原因は様々ですが、東北沿岸部の場合は津波が主な原因でした。津波によって海藻やウニを捕食する生物(カニ、ヒトデなど)を含めた多くの生物が流されてしまいます。ですが、ウニは捕食類と違い岩などにしがみついているので流されず残ることができたので、大量繁殖し、岩場に育ちはじめた海藻やその新芽がウニによって食べ尽くされてしまいました。
震災前であれば海藻が豊富にあったため問題ありませんでしたが、津波で海藻が激減した上に新芽をウニに食べつくされたことにより藻場が育たず、他の生物が寄り付かなくなったのです。


磯焼け


空ウニ

宮城の海を救うことは、世界の海を救うことに繋がる

──東北の状況を知ってから、どのように事業を組み立てていったのでしょうか。

武田氏:最初は空ウニをいかに減らすかにフォーカスしていたのですが、専門家たちと話したことで「藻場」の重要性に気づき、徐々に事業の方向性もシフトさせていきました。「ウニを畜養する水産会社」から「環境を改善する会社」に進化していったのです。というのも、磯焼けに困っているのは宮城県だけではありません。日本だけでも海に面している県は3県を除いて磯焼けが起きていると水産庁の調査報告書にありますし、世界に目を向けると魚の乱獲などにより壊滅的に磯焼けの被害が起きています。例えばヨーロッパで一番大きな藻場はウニによって4割失われ、北カリフォルニではこの5年で95%もの藻場が失われる事態に。
加えて、もう一つ重要になるのが「ブルーカーボン」。藻場がなくなることは、吸収できる二酸化炭素量が減ること意味します。ただ、藻場の凄いところは、空ウニが原因で消失した藻場は空ウニさえなくなれば、海藻の種類によりますが、3〜6ヶ月で回復することです。

──宮城の海を救うことは、世界の海を救い、さらには環境問題を改善することにも繋がるのですね。

武田氏:そうです。震災と乱獲、原因は違っても起きている現象は同じなので、私達の解決策は世界の漁場で通用することになります。そう思った私は「世界の海を救う」というミッションを掲げてノルウェー政府に交渉し、世界最先端の畜養技術を安価で使わせてもらえることになりました。ノルウェーの畜養技術は、国が莫大な資金を使い20年間以上かけて発明してきたもの。本来なら他国の漁場のために使わせてくれるものではありません。それでも「世界中の海を救える」というストーリーに共感してくれて、好条件でノルウェー政府が持つ畜養技術を使わせてもらえることになったのです。

──ノルウェーの畜養技 術を使ったことで、取組みは順調に進んだのでしょうか。

武田氏:2013年にノルウェーと交渉し、早速2014年に宮城県で試験を行ったところ、予想以上の成果がでました。そんなうまくいくとは思っていなかったので、翌年も同じく試験を行ったのですが、やはり同じ成果が出たのです。私達も驚きましたが、それ以上に驚いたのがノルウェー政府。水産大臣がわざわざ宮城に様子を見に来るほど驚いていました。事業の拡大を確信した私は、勤めていた投資グループからウニノミクスをスピンオフし、本格的に事業成長に乗り出します。
そんな折、オランダのある投資グループが、私達に巨額の出資を申し込んでくれました。その出来事が私達のフィロソフィーを大きく変えることになりました。

資金の心配をする必要がなくなったことで、自分たちの理想を突き詰められた

武田氏:彼らは「事業でお金が必要になったらいくらでも支援するよ」と言ってくれた代わりに、ある条件を出しました。それが「絶対に漁師も潤う事業」にすること。彼ら自身も漁業団なので、世界の海を守るのはもちろん、世界中の漁師たちも守りたいという強い想いがあったのです。
もちろん、私は快諾しました。私は親戚も農家ですし、抹茶の事業をしている時も生産者の方と直接やり取りしていたので、個人的にも「一次生産者のエンパワメントが必要」という想いがありました

──オランダの投資家から出資を受けたからこそ実現できたことはありますか?

武田氏:徹底して飼料開発ができました。ノルウェーから最新の畜養 ノウハウを得られたものの、ノルウェーで行っていたのは海上畜養。狭い場所で大量のウニを育てるため糞によって海は汚れますし、畜養施設で抱えているウニが産卵した場合、大量な稚ウニが生まれ磯焼けを悪化する恐れがあります。
そこで、私達は海上畜養ではなく循環式陸上畜養に切り替えました。陸上畜養 には、水をきれいなまま使い回せるシステムが必要で、飼料開発が最重要事項になるのです。日本の大手飼料会社と共働で研究をすすめ、加工食品として使われる海藻の端材を活用した環境負荷のほとんどない飼料を完成させ、理想としていた畜養ができるようになりました。このこだわりを実現できたのは、資金面の心配がなかったからですね。


身が詰まったウニ

──オランダの投資家から巨額な投資を受けながらも、ここ数年でも資金調達をしていますよね。その背景も教えて下さい。

武田氏:オランダの投資家たちは漁業団ですが、彼らが扱っているのは大衆魚です。私達が扱っている高級なウニのマーケットに関する知識は持ち合わせていませんし、ヨーロッパ以外の商圏についても詳しくありません。彼らも資金以外でも援助したかったようですが、ノウハウや知見がなかったためにできなかったようです。
そのため、2020 年9月に戦略的な投資家、つまり資金以外の支援をしてくれるパートナーたちを入れたいと思い、シリーズAからはオープンな資金調達を開始。世界中から投資家を集めて資金調達を募りましたが、資金面で苦労していたわけではないので、かなり強気なリードができたと思います。結果としてENEOSホールディングスやWalmart創業一族のLukas Waltonからの資金調達ができました。
どんな大きな会社でも、短期的な金銭的利益だけを求める投資家は断りました。私達のミッションは5年やそこらで実現できるものではありません。どんな好条件を提示してくれても、自分たちのミッションに共感してもらえない会社は5分で断り、自分たちと同じ未来を目指せるパートナーを選びました。

「ミッションを明確に決めて徹底すること」が応援される会社の必須条件

──これまでの経緯を振り返って、事業をここまで成長させてこられた要因はなんだと思いますか。

武田氏:事業を成長させられたのは、少なくとも私の力ではありません。ノルウェーの研究所やオランダの投資家など、多くの方々の力を借りることができただけです。強いて言えば、私がやったのは彼らの力を「ウニノミクス」を通じて一つの方向に向かわせただけ。技術や資金など、私達の会社に足りないものは、その都度力を貸してくれる存在がいたからこそここまで事業を展開してこられたのです

──なぜ多くの方、それも国や世界有数の投資家などから応援されるのか教えて下さい。

武田氏:全ては彼らが賛同してくれるミッションがあったからです。みんな私達の海を救い地球環境まで改善していくミッションに共感してくれたからこそ、技術やIP、資金という様々な形で応援してくれました。まずはミッションを明確に持って、それを徹底すること。そうすれば、それに共感してくれる人が応援してくれますし、自分たちだけでは実現できないプロジェクトも成功させられると思います。

──ミッションの重要性を理解している起業家は多いと思いますが、どうしても資金調達をするには事業との兼ね合いもあると思います。どのように考えればいいでしょうか。

武田氏:これからは投資家たちも、よりミッションを重視した投資をしていくと思います。昔は「IRRがいくらないと投資できない」という投資家が多くいましたが、これだけ環境問題が取りざたされて、投資家たちの意識も変わってきています。これから環境に対する投資額は増えていくと思いますし、長期的な視点を持つ投資家も増えていくのではないでしょうか。その中でも私達が特に応援してもらえたのは、環境問題が今ほど注目される前から取り組んできたから。そして、事業の成長がそのまま環境改善に繋がるモデルを作れたからです。これまでは、ビジネスの成長と環境改善は天秤にかけられるか、ビジネスで儲けたお金を環境改善に充てるしかありませんでしたから。私達のモデルは事業が成長すればするほど、藻場修復による生物多様性保全、二酸化炭素削減に繋がり、ダイレクトに環境にいい影響を与えられます。私達はウニや藻場の領域でそのようなモデルを作りましたが、これから様々な領域で同じようなモデルが作られていくのではないでしょうか。

──最後に、これから環境問題に取り組む企業にメッセージがあればお願いします。

武田氏:まずはミッションを決めたら、ぶれずにミッションを守ることを徹底してください。ミッションに沿った事業をしていれば、必ず応援してくれる人が現れますし、そういう人たちと一緒に市場を広げていけるはずです。
将来的には、持続可能なビジネスをしている企業しか生き残れない時代がくるのではないでしょうか。利益重視の前時代的なビジネスはお客さんもついてこないですし、環境問題への取り組みが、そのまま事業の強みに繋がるはずです。その重要性に気づいた企業は、一刻も早く環境への取り組みを始めてほしいと思います。

ここがポイント

・持続的なビジネスの成長と環境問題の解消、これらを両立する可能性があるのがウニノミクス
・ビジネスが成長するほど、環境課題が改善されていくビジネスモデル
・「磯焼け」とは、沿岸部で海藻が繁茂する「藻場」が著しく減る、もしくは消失した状態が続く現象
・藻場がなくなることは、吸収できる二酸化炭素量が減ること意味する
・ミッションを明確に決めて徹底することで、技術や資金などの足りないものを貸してくれるパートナーが現れた
・将来的には、持続可能なビジネスをしている企業しか生き残れない時代がくるのではないか


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平