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中川政七商店と三菱地所が目指す“次世代育成と地方創生”のかたち「アナザー・ジャパン」

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東京・常盤橋に開かれる新しい街。「TOKYO TORCH」。2027年度の全体完成に向けて、様々な取組が展開されている三菱地所の一大プロジェクトだ。

そのエリア内に、2022年8月、47都道府県の地域産品が集まるセレクトショップ「アナザー・ジャパン」の第1期店舗がオープンした。ショップの運営を手掛けるのは、日本の工芸を取り扱う中川政七商店。三菱地所との共同プロジェクトとしてスタートした。

ところが、本プロジェクトでは中川政七商店のメンバーが運営に携わるのではなく、プロジェクトに志願した学生が経営から店舗運営までを一気通貫で担っている。中川政七商店や三菱地所は、学生の伴走役として必要なサポートは行いつつ、学生による経営を見守る存在だ。

本プロジェクトが目指すのは、日本全国で活躍していく次世代の育成と地方創生だという。取り組みの背景や作りたい未来の話を、中川政七商店・安田翔氏、三菱地所・加藤絵美の2名に伺った。


安田翔
中川政七商店 ビジネスデザイン事業部 教育事業ディレクター
中川政七商店にて「経営とブランディング講座」「SMALL BUSINESS LABO」など教育事業の企画・統括を務める。会長・中川政七とともに、中小企業に必要な経営・ブランディングの手法の体系化・プログラム化に取り組んでいる。アナザー・ジャパンではプロジェクトマネージャーを務め、学生向けの教育プログラムの設計や伴走全般を担当。


加藤絵美
三菱地所株式会社 TOKYO TORCH事業部 開発ユニット兼企画ユニット 主事
2009年三菱地所入社。丸の内エリア新規複合開発ビルの商業店舗リーシングや、三菱地所および三菱地所グループの内部監査業務などに従事。2017年より、TOKYO TORCHの開発業務に携わる。現在は、2027年度竣工予定のTorch Towerの住宅及び商業用途の企画検討を推進中。

INDEX

日本の未来を明るく照らすための「TOKYO TORCH」プロジェクト
月の売上目標は500万円。2ヶ月で達成するための事業計画を考える
長期視点で捉えつつ、足元の収益部分にも工夫を凝らす
大人が決めるのは枠組みまで。あとは学生の観点に委ねる
ここがポイント

日本の未来を明るく照らすための「TOKYO TORCH」プロジェクト

──まずは、プロジェクトが立ち上がったきっかけから教えてください。

加藤:2027年度に竣工予定のTorch Towerの商業ゾーンは、当社が手掛けた丸ビルや新丸ビルと同規模になるのですが、その在り方についてずっと頭を悩ませており、今あるお店を誘致するという枠を超えて、何か新しい取り組みがしたいと、漠然と考えていました。

そもそも「TOKYO TORCH」は“日本を明るく、元気にする”をプロジェクトビジョンに掲げていますので、そのビジョンを体現するような機能が絶対的に必要になります。そのなかでご一緒できるパートナーとして考えついたのが、中川政七商店のみなさんでした。

中川政七商店も“日本の工芸を元気にする!”をビジョンに掲げて事業を展開されているので、私たちの想いに共感していただけるのではないかと思い、ご相談しました。

ご相談した時点で、学生と一緒にプロジェクトを実施するという、現在の「アナザー・ジャパン」につながるようなアイデアの種を既にお持ちだったんです。とてもやりがいのあるプロジェクトだと感じましたし、実行するなら歴史的背景や立地もすべてひっくるめて「TOKYO TORCH」しかないだろうと考え、そのアイデアがだんだんと形になっていきました。

安田:中川政七商店が地方出身学生に経営の経験を積んでほしいと考えた背景としては、「地方の経営者不足」という課題意識を強く抱いていたからです。当社は“日本の工芸を元気にする!”というビジョンを掲げ、工芸をベースにした生活雑貨の製造販売を行っています。現在は自社に留まらず工芸メーカーへの経営コンサルティング・教育や流通サポートにまで事業を広げています。その中で感じてきたのは、経営がよくなれば地方の産業は元気になるということ、逆に言えば今の地域産業の衰退は経営力不足が招いている事態であるということです。優秀な人材がどうしても東京に集まってしまう今の社会構造の中で、経営ができる人材が地域で活躍する流れを作っていきたいと考えていました。

学生に経営を任せるというアイデアは、当社が奈良にて行っているまちづくりプロジェクトの一環で奈良の大学生の起業を支援した経験から生まれています。今の大学生は本当に優秀なので、やる気と学ぶ姿勢があれば経営を任せられるという手応えは得られていました。

そういった背景から、学生が経営を担うというアイデアを「TOKYO TORCH」で行えないだろうかと提案させていただきました。

加藤:ご提案を受け、「TOKYO TORCH」が大切にしている“日本を明るく、元気にする”という意思のもと、地方創生にもつながる事業を創りたいと考えて、学生経営による47都道府県の産品を取り扱うショップというプロジェクトに発展しました。

──ものづくりの会社は事業承継の問題を抱えていることが多いですよね。学生にはどういう成長を期待しますか?

安田:今の時代、上流から下流まで一気通貫で商品を届けることがとても大切だと当社は考えています。いい商品を生み出すだけでなく、その魅力を伝えるためのブランディング視点が必要です。

それらのフローすべてを「経営」として学生に学んでもらい、全方位的にブランドを育てることができる人材になってもらいたいと考えました。

なお学生には経営を学び実践してもらいますが、短期的な学びだけが目的ではありません。プロジェクトを通じて故郷の魅力を再発見し、将来故郷に就職したり、副業などで関わり続けるような、関係人口創出に寄与することがゴールです。東京を起点に、地元と学生を繋ぎ、未来へ循環の輪を広げていきたいと考えています。

月の売上目標は500万円。2ヶ月で達成するための事業計画を考える

──今回は経営を学ぶ学生インターンを募集し、店舗を運営したそうですね。実際にどういったプログラムを実施したのか教えていただけますか?

加藤:全体の取り組みとしては、約1年半の時間をかけて経営に向き合ってもらっています。最初の半年間は研修期間で、残りの1年間で店舗運営を経験。日本全国を6つのブロック(北海道・東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州)に分けて3名ずつその地域出身学生を担当者として配置し、経営計画の立案から仕入れ、店舗づくり、プロモーション、収支管理などを学生だけで行います。

中川政七商店と三菱地所の社員も伴走してはいますが、店舗に立つことはせずあくまで相談役。店舗運営のすべてを学生に担ってもらうことで、責任感と充実感と学びをなるべく多く体感してもらいたいと考えてのことです。
店舗の形態としては、6つのブロックが、2カ月毎に、決められた順で特集地域としてスポットを当てられていく、企画展型の店舗となっています。2022年8月のオープンから2カ月間は九州ブロックの地域産品、次の2カ月間は北海道・東北ブロックの地域産品というような形で、店舗の中身がガラリと入れ替わります。
そこでは、企画展のコンセプト策定や予算目標の管理などを行い、PL管理まで学生の手に委ねています。月500万円の売上を目標として、家賃や仕入れなどから損益分岐まで算出してもらっています

今回、人通りが多い立地ではなく、物販面積は20坪のみだったので、月に500万円の売上を立てるのは楽な目標ではありません。20坪を店舗として成立させるための商品数を仕入れること自体も苦労していましたが、店舗として開業した後の運営フェーズでも数々の課題がありました。メディアに取り上げられることが何回かあり、特需的に来店客数が増加する時期がありましたが、それも長くは続きません。来店客数が減っていく、来店していただいても購入してもらえない、購入してもらえても客単価が低いなど、売上が上がらないのはどこに原因があるのかをプロである中川政七商店のサポートも受けながら、1つ1つ丁寧に分析し、確実に施策を講じていくことで、2ヶ月目には目標を達成してくれました。とても心強かったですね。

──学生がはじめての経験でそれだけの実績が出せるはすごいですね。学生の質の高さの要因は募集の仕方にあるのでしょうか。

安田:今回は18名の採用枠に対して、約200名の応募をいただきました。中川政七商店や三菱地所を知っていて、という方もいましたが、それ以上に地域に対して関心の高い応募者が多かったのが印象的でした。

選考の際も注視していたのは「開拓者精神(フロンティア・スピリット)」と「郷土愛」があるかどうか。与えられるのを待つだけではなく、自分自身から積極的に課題解決に取り組んだり、地域のために頑張りたいという意思がないと続けるのが困難なプログラムだからです。

実際、今回採用させてもらった学生たちはみんなその気概があるので、店舗運営も常に自分ごと化して考えてくれています。仕入れ担当者は自分が本気で届けたいと思う商品を店頭に置いてくれていますし、周囲の仲間もその想いを理解できるから、お客様への接客にも熱が入る。そういう循環を生み出せたことで、店全体には常に活気があふれているようにも感じられます。

実際、ご来店いただいたお客様からも「接客が良かったからまた来たよ」「新しい地域を知れて好きになった」などの声をいただけているので、とてもありがたいです。

長期視点で捉えつつ、足元の収益部分にも工夫を凝らす

──月の売上目標の話がでましたが、これで事業としては採算にのるのでしょうか?

加藤:低い売上だとは思いませんが、それだけで採算に乗るかを問われれば難しいと言わざるを得ないですね。ただ、収益だけを重視する短期目線での取り組みではないところがポイントだと思っています。

「TOKYO TORCH」で掲げた“日本を明るく、元気にする”のプロジェクトビジョンに、安田さんをはじめ、中川政七商店の方々が共感してくれて、長期目線で取り組んでいけるからこそ実現できているし、意味がある取り組みだと考えています。

結果的に、既存のデベロッパーとテナントという枠組みだけでは実現が不可能な取り組みになっています。

安田:加藤さんの言葉の通りで、正直に言えば短期的には両社とも儲からない、ですが長期目線では日本に良い影響が与えられるプロジェクトだと思っています。

もちろん短期で採算をとることも重要です。物販の売り上げとは別に、プロジェクトに共感してくださる企業様からご協賛いただくことで持続可能な取り組みにしていけるよう工夫をしています。応援してくださる企業様が本当に多く、感謝しております。

大人が決めるのは枠組みまで。あとは学生の観点に委ねる

──学生とともにプロジェクトを推進するうえでは、伴走役として学生に向き合う難しさを感じることもあるのではないかと思います。サポートする際に意識していることはありますか?

加藤:なるべく「失敗する」という経験を積んでもらおうと思っています。経験がある大人から見たら「そうじゃないよ」と思うことも、学生にとっては初めてのことなので右も左もわかりません。

その際に、すぐに答えを教えてしまっては、せっかくの学びの機会を逃すことにもつながってしまいますよね。もちろん大きく経営が傾くようなことであれば別ですが、答えを教えるのではなく、ものの見方や考え方を教え、それを頼りに自分たちなりの答えを出してもらうことで、学生たちが「自分たちで決めた」と思えるよう見守ることを心がけています。

自分ごと化できるようになれば「本気で売ろう」と思えるので、結果的に売上も上がりますしね。ついついマイクロマネジメントしたくなる気持ちを抑えつつ、親のような気持ちで任せていますよ(笑)。

安田:プロジェクトとして任せきるという腹決めはしていますね。プロジェクトの全貌を捉えて、「ここからここまでは任せる」と決めて口を出さないようにすると、その信頼を理解して自走してくれる学生が多いので。

とはいえ、何もサポートしない「放置」の状態にはならないよう、付かず離れずの関係性でいられるように心がけています。彼らが実施していることはすべて把握できるような状況にはしておきつつ、求められるまではじっと待つ。そういうバランスを大事にしています。

またプロジェクトの立ち上げ段階から、学生たちが自由にアイデアを広げられるようなお店にしようということは大事にしていました。もう一つの日本(アナザー・ジャパン)というコンセプトは私たちで打ち立てつつも、そのコンセプトをもとにどういう店舗づくりをしていくのかは学生に委ねる。そういった「余白のあるブランディング」は意識的に設計していました。

大人の取り組みだけでは実現できない価値があるからこそ、学生とともに実施する意義があると思っています。その価値を最大化できるよう、引き続きプロジェクトを前進させていきたいです。

ここがポイント

・三菱地所×中川政七商店の共同プロジェクト店「アナザー・ジャパン」が開業した
・店舗経営に携わるのは現役学生。経営から店頭での接客までを一気通貫で担う
・取り扱うのは全国の選りすぐりの地域産品たち。学生が本当に届けたいものを仕入れ、実販売まで担当する
・店舗内では2カ月毎に日本全国6つのブロックの企画展が回っていく。各企画展のコンセプト策定からPLの組み立てまでをその地域出身の学生が中心となり行った
・共同プロジェクトを成功させるために重要なのは、共通のビジョンを掲げること
・次世代育成と地方創生。両軸を「アナザー・ジャパン」で実現することを目指している


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木詩乃
撮影:幡手龍二