2019年設立のモルゲンロット株式会社は、コンピューティングパワー(計算力)を活用したサービス事業を展開する企業。「AI」「CG」「シミュレーション」のいずれかで膨大なデータ処理を必要とする顧客に向けて、計算力を創出・管理するさまざまなサービスの開発、運用、保守を手がけている。設立5年目と社歴はまだ浅いが、すでに鹿島建設やJAXA、アニメ制作会社大手のトムス・エンタテインメントといった名だたる企業・団体と取引し、実績を残してきた。
そんな同社が掲げているビジョンは、「グリーンコンピューティングパワーで人と地球にやさしい活動を増やす」だ。独自の分散型処理技術を用いて、再生可能エネルギー(以下、再エネ)や余剰電力を活用するグリーンデータセンターを世界中に構築している。まさに、環境への影響を最小限に抑えながら、データセンターのパフォーマンスを最大化させるグリーンコンピューティングで、持続可能な社会を目指し、次世代型のデジタル社会インフラを創造している点が特徴だ。
今回は、モルゲンロットのCEO/CTOを務める井上氏に取材。急速にニーズが高まっているという計算力・データ処理領域の実情や、同社が想像する未来像、モルゲンロットのビジョンに込めた思いなどについて伺った。
井上 博隆
モルゲンロット株式会社 代表取締役CEO/CTO
C言語を得意とした元組み込みエンジニア。中学時代からPCを自作するなどハードウェアに強い関心があり、これまでデジカメ、携帯電話、DVDレコーダー等多数のファームウェア開発に関わる。過去には、大手広告業界や大手通信キャリア向けサービスの企画・立ち上げ、プロジェクトマネージメント、大規模データベースシステムや該当データベースを使ったレコメンドエンジンの開発、上場企業の管理職、研究開発部署での機械学習、AIの開発などを経験。モルゲンロットではブロックチェーンを活用した自律分散型ソリューション「Excalibur(R)」の開発をリードした。
INDEX
・世界中でデータ処理量の増加に伴い、計算力のニーズも急増
・水や電気のように、計算力がもっと気軽に使える未来を目指して
・今まで捨てざるを得なかった電力を、分散型処理技術で有効活用
・制限なく計算力が使える世界になれば、さらなる革新が起こる
・ここがポイント
世界中でデータ処理量の増加に伴い、計算力のニーズも急増
ーー社会のデジタル化が日々進む中で、計算力やデータ処理のニーズも急速に高まっていると聞きます。具体的にはどのような状況となっているのか、教えてください。
井上:皆さんご存知のように、世の中の通信量は日に日に膨らんでいます。以前はスマートフォンの通信で3Gや4Gを使っていたのが5Gになっていたり、映画や映像の画質も8Kに上がっていたり……と、リッチな(データ量の多い)コンテンツが増えてきているんですね。さらにはAIの進化も凄まじく、生成AIなどコンテンツを生み出すサービスも日々生まれています。これに伴って、システムの裏側ではサーバーが処理するデータ量がかなり膨れ上がっている状態。データ処理と計算力は密接に関わっているため、計算力のニーズは加速度的に高まっているのです。
さらに現在は、データ処理の量が増えているだけでなく、精度やスピードを高めることも必要とされています。例えば、TVやメディアのニュースでよく目にする「台風の進路予報」の精度が向上し、台風の予報円はこれまでよりも約40%も小さくなるそうです。このようにデータ処理では量だけでなく精度・スピードも高めることで、世の中はさらに便利になっていくことでしょう。まだ伸びしろがある分野だと感じています。
当然データ処理の精度やスピードを一気に高めるには、今よりも10倍100倍の計算量が必要です。最近話題のChatGPTも、GPT-4となり、2や3の頃より数百倍大きなデータを処理させたことで、驚くほどの精度になりました。
ーーデータ処理の量や速度や精度が高まると、かかる時間やエネルギー量も増えますよね。
井上:おっしゃる通り、データ送受信の時間やストレージ量が増えるという問題がありますね。さらには、データ処理に不可欠な電力の消費量も増大しています。最近電気代の高騰が話題ですが、将来は今の2倍の値段になっている……なんてことも考えられます。そうなると「計算力を使って新しい商品やサービスを生み出したいのに、電気代が高いから断念する」なんて機会損失が増える可能性も考えられます。少し話が逸れますが、核融合発電などの「電気を作る新しい仕組み」や「電気代を抑える仕組み」にも今後さらに注目が集まることになるでしょう。
水や電気のように、計算力がもっと気軽に使える未来を目指して
ーーそもそも、井上さんはどんなきっかけで計算力に目をつけたのでしょうか?
井上:私は子どもの頃からハードウェアが大好きで、中学生の頃からPCを自作していました。その際にプログラミングも覚えたので、計算というものが常に身近にあったんです。そして計算すると作業がより便利に行えたり自動化できたりすると分かり、だんだん「計算力がもっと気軽に使える世の中になればいいな」と考えるようになりました。例えば、水は蛇口をひねれば出ますし、電気はコンセントに挿せば使えます。計算力も同じくらい、身近な存在になればいいなと思っています。
ーーモルゲンロットの特徴や、競合優位性となるポイントを教えてください。
井上:主に3つの特徴があります。まず1つめは、世界的な半導体設計・製造企業であるAMDの出身者が多いことです。ソフトウェアの会社でありながらハードウェアにも詳しいため、ソフトとハードをパッケージングして最適な形で提供することができます。さらにハードウェアの調達力も高く、NVIDIA製品も扱いますが、AMD製品に関してはアジアトップクラスを誇ります。
2つめは、高速化技術(アクセラレーテッドテクノロジー)を有していること。AMDの技術者と密に連携し、AMDのGPUで動くソフトウェアを開発しています。これにより、膨大な計算力を活用するソフトウェアの提供が可能になっています。
3つめは、分散型処理技術(ディストリビューテッドテクノロジー)です。具体的に言うと、世界中のさまざまな場所にデータセンターを分散させ、うまく電気を融通できるようにする技術を持っています。当社は、ユーラスエナジーホールディングス社の風力発電などの再エネ施設の下にコンテナ型のデータセンターを配置し、そこで生まれた「グリーン電力」を使って計算させる、という次世代型の仕組みを確立しました。コンテナ型DCをミライト・ワン社と協業し改良を重ねており、冷却のための電力を削減しています。
ーーモルゲンロットでは、計算力を活用する領域をAI・CG・シミュレーションの3つに定めているとお聞きしました。その理由は何ですか?
井上:先ほど「当社にはハードウェアに詳しいエンジニアが揃っている」とお話ししましたが、特に得意としているのがGPUというハードウェアです。GPUは、例えるなら「一基だけかなり速く動かせるのではなく、一万基を同時にそこそこ速く動かせる装置」で、大量のデータを一気に処理することを得意としています。この特徴を最大限に活かせるのが、AIとCG、そしてシミュレーションの領域でした。当社はこの3領域に狙いを定めて事業を展開しています。
ーー「モルゲンロットはオープンソースにこだわっている」というお話も耳にしたのですが、その理由も聞かせていただけますか。
井上:コストを抑えられる点と、開発スピードが速い点が大きな理由です。クローズドソースはライセンス費用が必要なため、そのコスト分をどこかで回収しなければなりません。オープンソースは無料な場合が多く、コストカットに繋がっています。またオープンソースは「この機能を追加してほしい」といった希望もすぐ叶えてもらえますし、必要であれば自分達での対応も可能です。プロダクトとしては使いやすいと感じています。
とはいえ「絶対にオープンソースがいい」といったこだわりはなく、セキュリティの安全性やサポートの手厚さを大切にしたい部分はクローズドソースを使っています。今後も、両方をうまく活用していけたらいいですね。
今まで捨てざるを得なかった電力を、分散型処理技術で有効活用
ーー先ほど競合優位性のお話の中で「分散型処理技術」や「再エネ」というワードが出てきましたが、モルゲンロットの根底には環境保全の考えがあるのでしょうか?
井上:そうですね。今は電力不足が深刻だと言われていますが、実は使われずに捨てられたり余っていたりする電力もあるんです。例えば風力発電は風が吹いているときに発電するため、電気使用量の減る夜間など、タイミングが合わないときは発電量を制限されていたり……など。このような「もったいない」を解決したいという思いがベースにあり、余剰電気で計算するという発想が生まれました。
分散型処理技術を用いると、例えば「今すぐに処理しなくていいデータはストレージ内に保存しておいて、電力が余ったタイミングで即座に計算をする」なんてことも可能です。電力を計算力に代えて保持しておくといったイメージですね。また、太陽光発電から作った計算力を、太陽が出ていない場所のデータセンターに融通することも可能です。分散型処理技術を使えば余剰電力をさまざまな方法で活用できるので、非常に面白い分野だなと思います。
そして今は、分散型処理技術を企業でも活用できないかと取り組みを進めています。具体的には、企業の中にあるハードウェアを可視化・管理するというプロジェクトです。地方や海外に複数の拠点を持っているような企業だと、拠点ごとのハードウェアの稼働状況が可視化されていないことも多いんです。そうなると、「A拠点ではハードウェアが足りずにどんどん追加購入しているのに、B拠点のハードウェアはほとんど稼働していない」なんて無駄な状態も生まれてしまいがち。これを分散型処理技術で解決するサービスを当社で開発し、各企業へ提案している最中です。将来的にはこのような計算力のシェアリングを企業をまたいで行っていけると、さらに「もったいない」を解決していけるのではないかと考えています。
ーー最近、モルゲンロットのビジョンを変更したというお話を伺ったのですが、その背景にはどんな思いがあったのでしょうか?
井上:大きくは変わっていないのですが、元々掲げていた「グリーンコンピューティングパワーで、人と地球にやさしい活動を増やす」に補足する形で、「私たちはコンピューティングの「もったいない」を解決します」としました。
ビジョンの軸にあるのは、やはり「グリーンコンピューティングパワー」でいい社会を作りたいという考えです。再エネを使って、余っている資源やもったいない資源を解消することが「人と地球に優しい活動」に繋がるのではないかと思っています。
また「コンピューティングの「もったいない」という言葉には、「今ある制約を取り払って、創造力を豊かにものづくりを楽しんでほしい」という思いを込めました。私もエンジニア出身であるため、ものづくりの楽しさや喜びをよく理解しています。一方で、時間、コスト、ハードウェアや電力資源などに制約があり、納得のいく成果物を作れていない方もたくさんいらっしゃると思います。当社がそんな制約を解放するお手伝いができれば、もっと便利でいい世界が訪れるだろうと考えているんです。
制限なく計算力が使える世界になれば、さらなる革新が起こる
ーーAIを筆頭に先端技術の向上が目覚ましい昨今ですが、これからどんな未来が訪れると思いますか?
井上:情報の量が加速度的に増えているため、現代人は情報を整理できなくなりつつあります。そのため、必要な情報だけに絞って提案してくれるAIは存在感が増してくるでしょう。近い将来には、「AIが人を導く未来」も訪れるのではないかと思います。
また、今は「ハイスペックなハードウェア・ソフトウェアは企業が活用する」というのが一般的ですが、今後は個人も活用する時代が来ると思います。すでにAIやシミュレーション技術を活用した空調機器などが個人向けに販売されていますが、このような高性能な個人向け商品はさらに増えていきそうです。
ーー例えば「富岳」レベルのスーパーコンピュータを個人が使えるようになったとすると、世の中はどう変わっていくでしょうか?
井上:現在の「富岳」は、何万人もの命を救うワクチン製造や線状降水帯の予測など、ハードな計算を行っています。一旦法律などは横に置いて考えてみると、「自分専用の新薬」といった今までは企業でしか作れなかった製品が、自宅で気軽に作れるようになるかもしれませんね。もちろんこれはあくまで個人の見解であって、実際に何が起こるかは分かりません。今は想像すらできていないような未来が来る可能性も十分あります。
ーーそのような未来を思い描いたときに、計算力を高めるにあたってどんなことがボトルネックになると思いますか?
井上:問題は大きく3つあると考えています。まずは通信の問題。データ量が大きいと通信に時間がかかるため、必要な時間までに処理が終わらないという問題にぶつかりそうです。例えば「台風の進路予測のためにデータ処理をしていたけど、通信を行っている間に台風が通過した」なんてことになったら意味がありません。この問題は、リアルタイムでのデータ処理が必要な場面で起こりそうです。この問題解決に対して、現在は、三菱商事社と連携し、MCDR*のデータセンターでなるべくリアルタイムに処理を行い、データ量を削減してからコンテナ型DCで処理するといったことも行っています。
2つ目は、セキュリティの問題。先ほどご紹介したハードウェアのシェアリングを例に挙げると、「1つのハードウェアを他社と共有するとなると、情報が漏洩しないか心配になる」という企業も多いです。様々な暗号化方式を幾重にも重ねるなど、盤石な対策が必要だと考えています。また将来的には、データセンターにブロックチェーンを使って分散処理を施すことも検討しています。ブロックチェーンを活用したセキュリティ強化に関してはまだ未着手なので、新たなパートナー企業を見つけて進めていけたらいいですね。
3つ目は、ハードウェアや電力などのリソース不足の問題。最近だと「イーロン・マスクがAI開発のためにGPUを買い占めた」なんてニュースもありましたが、GPU不足は当社も実感しています。これまでは1ヶ月半で調達できていたものが今は2ヶ月かかったり、10単位でどんどん値上がりしていたりするんです。
計算力やデータ処理の分野はさらなる成長が見込める分野なので、このようなボトルネックをうまく解消しながら高まる需要に対応していきたいですね。
*MCDR・・・三菱商事株式会社と世界大手データセンター事業者であるDigital Realty Trust, Inc. の合弁会社
ーー計算力やデータ処理の分野には、まだまだビジネスチャンスがありそうですね。
井上:実は人々が気づいていないだけで、世界中で計算リソースや計算力は全く足りていません。現状は、本来の10分の1、100分の1程度の計算力しか使えていない状態なんです。この状態は数年先までは続くと考えられています。
日本でも爆発的なデータ量の増大を受けて、政府が進める「デジタル田園都市国家構想」の中では、さまざまな地方にデータセンターを作るという計画が発表されました。もし特殊なソフトウェアや技術をお持ちの企業があれば、もっと計算力を使うことでビジネスチャンスはさらに広がっていくと思いますよ。
例えば、今は各企業がスマートシティを作っていますが、「自社保有のデータセンターだけを使って、できる範囲内で進めよう」と考えている企業も多いです。サーバーの処理能力の制限があるから、データ量を1/100などに小さくしたサンプルデータを分析し、想定値を計算するイメージです。しかしそれは少しもったいないというか、外部の力も使って計算力の制限を取り払えれば、提供できる価値はさらに高まるだろうと思うんです。しかし誰もやったことがないので、どの企業もその選択肢が見えていません。
確かに、いくら大手企業でも「今は自社にあるサーバーは30台だけど、これを一時的に500台に増やしたらどうなるだろう」なんて発想を持つことはなかなかないと思います。経営に影響するくらい莫大な費用がかかりますし、費用をかけたところで何が起こるかは未知数ですからね。ですが実際にやってみることで、想像をはるかに超えたイノベーションが起きる可能性もあるんです。先ほども紹介しましたが、大量のデータを学習したことで、期待値を超えて飛躍的に精度が上がったチャットGPT-4がその好例です。このような挑戦が日本でも起こればいいなと思いますし、国も支援していってほしいですね。もし当社のサービスを使うことで挑戦のハードルやコストが下がることがあれば、もちろん手厚く支援させていただきます。
ここがポイント
・世の中の通信量は加速度的に増えており、それに伴いデータ処理や計算力のニーズも急拡大中
・電力の消費量も増大し、電気代の高騰が深刻化。ゆくゆくは「電気が足りないから事業活動が行えない」といった機会損失が増える可能性も
・モルゲンロットには半導体製造企業のAMD出身者が多く、ハードウェアの知識が豊富で調達能力も高い。さらに「高速化技術」を使ったソフトウェア開発や、世界中のさまざまな場所にデータセンターを分散させる「分散型処理技術」を有していることが特徴
・モルゲンロットは分散型処理技術を活用し、使われずに捨てられたり余っていたりする「余剰電力」や「再エネ」から計算力を生み出している
・「制約なく計算力が使える社会を、グリーンコンピューティングパワーで作ること」がモルゲンロットの使命
・今は企業だけが活用しているハイスペックな製品を、個人が活用する時代もいずれやってくる
・現状の計算力を一気に増強すると、想像もつかないようなイノベーションが起こる可能性がある
企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:阿部拓朗