本Webメディア、xTECHウェブサイトをスタートして約1年半、これまで様々なスタートアップや実証実験、オープンイノベーションの事例を取材し発信してきた。まだ道半ばながら、活動の成果は徐々に出始めてきている。
ここで改めて、本メディアのスタートのきっかけを、発起人の三菱地所石森氏に聞いてみる。この4月に別の部署に異動した石森氏は、この1年半をどう振り返るのか、残されたメンバーに何を期待しているのか語ってくれた。
INDEX
・目的を明確に。「三菱地所が行うスタートアップ支援」の認知向上と街の「ファン」を増やすために始めたxTECHウェブサイト
・タイミングも重要。既存のビジネスの未来が見えない今こそが、スタートアップ支援に注力するチャンス
・「スタートアップから学ぶことがたくさんあった」1年半の運営で得たもの
・ここがポイント
石森翔
三菱地所株式会社 住宅業務企画部 統括
2006年三菱地所株式会社に入社。オフィスビル関連の法人ソリューション営業を担当した後、ビル営業部にてビル賃貸管理に係る各種業務(計数取り纏め、法務、貸付審査、営業戦略立案、広報IR、総務・庶務等)に携わる。2014年にxTECH運営部の前身にあたる街ブランド推進部東京ビジネス開発支援室に異動し、丸の内を拠点に国内外スタートアップ企業の誘致・支援業務に従事。2021年4月に住宅業務企画部に異動。
目的を明確に。「三菱地所が行うスタートアップ支援」の認知向上と街の「ファン」を増やすために始めたxTECHウェブサイト
三菱地所が、スタートアップなどをはじめとする国内外成長企業向けのコラボレーションプラットフォーム「EGG JAPAN」を開設したのは2007年のこと。2015年から2016年にかけてGlobal Business Hub Tokyo、FINOLABの施設を開設するなど、丸の内に更なる国内外の成長企業を誘致する流れを加速させる中でxTECH営業部(現「xTECH運営部」)が発足した。このxTECH営業部が発足当時に抱えていた課題がオウンドメディア立上げのきっかけだったと石森氏は語る。
石森「三菱地所はEGG JAPANの開設よりもさらに前、2000年にはベンチャー支援組織『丸の内フロンティア』を組成し、スタートアップの誘致支援活動に注力していました。にもかかわらず、当部が発足した2018年においても、スタートアップ支援活動は『知る人ぞ知る』取り組みで、あまり知られていないという課題感を持っていました。当部発足時は既に3施設を運営していたものの、施設がそれぞれWebサイトを運用していたため情報発信はバラバラ。知ってほしい、伝えたい人に対して情報を上手く届けられていないのでは?と感じていたのです。
まずは情報を一元化し発信するWebサイトを作ろう、と着想しました。しかし単純に情報を集約するでは不十分。我々としてはより多くのスタートアップやスタートアップと組みたい大手企業に丸の内に来てもらいたいわけですから、その人達にもっと効果的に、有益と思ってもらえる情報を発信する方法はないか?と考えるようになりました」
マーケティングの役割も兼ねたメディア機能を持つWebサイトを作ろうと考えた背景には、スタートアップ誘致営業に携わってきた中で拾ったお客様の声があったと石森氏は語る。
石森「我々の運営施設は国内外のスタートアップ企業様にとって、ご満足いただける施設だという自負はありました。実際に入居企業様からお褒めの言葉をいただくことも多かった一方で、結構な割合で『三菱地所がスタートアップ向け施設を運営しているなんて知らなかった』と言われたり、『知っていたら最初からこの施設に入ったのに』と言われたことも数知れず。どうやったらもっと施設の魅力をうまく伝えられるか?また、入居企業様が他の人に紹介したくなる仕掛けはないか?模索していました。
そこで思い至ったのが『オウンドメディア』。以前から、様々な企業がオウンドメディアを展開していることは知っていたものの、運営の目的までは考えたこともありませんでした。ところが、調べていくうちに多くのスタートアップが採用活動にオウンドメディアを積極的に利用し、リファラルの面でも効果がある、といった事例を見聞きして『私たちと共に丸の内で活躍してもらいたい”仲間“を集める、という意味では共通点が多いのではないか?これこそ私のやりたいことを実現するための最適な打ち手ではないか?』と考えるようになったのです」
早速、オウンドメディア作りに取り掛かる石森氏、しかし、初めての経験のためにノウハウはない。そこで頼ったのが、本メディア編集長の阿座上だ。
石森「阿座上さんは学生時代からの知り合いで、オウンドメディアの運営経験があるというのは知っていました。まずはオウンドメディアについて教えてもらおうと思って話を聞きにいったのです。
私が実現したいことを話したら、『それならオウンドメディアという手法は理にかなっているよね』と言ってくれて。それから本格的にメディアづくりに取り掛かりました」
タイミングも重要。既存のビジネスの未来が見えない今こそが、スタートアップ支援に注力するチャンス
オウンドメディア立上げに乗り出した石森氏だが、当然お金も労力もかかる。これまで三菱地所では、商業店舗の販促や街のイベント、住まいに関する情報など、一般消費者を対象としたWebメディアはあったものの、BtoBの領域、かつスタートアップや大企業の新規事業担当という限定されたターゲット層を狙うWebメディアは存在しなかった。オウンドメディアについてどのように社内の合意を得たのだろう。
石森「一番の要因は、新しいチャレンジを好意的に受け止めてくれる社内の空気感、そして後押ししてくれた部署長や役員の存在ですね。
以前本メディアでも取り上げた伊藤(xTECH運営部長[※取材当時])は、当部着任早々、バラバラな情報発信に課題感を持っていました。それもあり『一元的な情報発信ができるWebサイトを制作する』の大枠が固まりました。大枠内での具体的なサイトコンテンツは一任してくれたのはありがたかったですね。また、当部発足時の担当役員は築60年超の大手町ビルの大規模リニューアルを仕掛け、『FINOLAB』『Inspired.Lab』をはじめとする、イノベーション関連施設を集積させる施策を強力に推進していました。当部自体、丸の内エリアへのスタートアップの集積を促すとともに、チャレンジを支援するために作られたこともあって、私たち自身のチャレンジも認めてくれたのです」
部署長や役員の後押しに加え、タイミングも大きな要素だったと石森氏は続けた。
石森「ただし、社内の誰もが肯定的だったわけではありません。私はもともと、就職活動中の2000年代中頃に、三菱地所が丸の内でベンチャーの誘致・支援活動をしているのを知って当社を志望しました。不動産デベロッパーでありながら、『これからのまちづくりはハードだけではなくソフトの時代』と捉えていたことに共感したのです。ところが、入社してみるとベンチャー支援活動に対する社内評価は必ずしも好意的なものばかりではなく、風当りが強く感じられる時期があったのも事実です。特に、リーマンショック後の市況悪化に見舞われ事業環境が厳しい時期は、東京駅前の『一等地』で、オフィス賃貸に比べ収益面で劣るベンチャー支援活動を行う意義が本当にあるのか?と今後のあり方が議論になったこともありました。しかし、その時々でベンチャー支援活動に携わる運営責任者は粘り強く活動の意義を説き、存続を訴えたことで活動を存続させてきました。今では不動産業界でも老舗としてスタートアップ支援活動ができているのは大きなアドバンテージですね」
三菱地所がスタートアップ支援に乗り出したのは大きなチャレンジだった。それを実現できたのは、従来のビジネスモデルに限界を感じ、強い危機を抱いているからだったという。
石森「丸の内でのビル賃貸事業は主力の事業ですが、日本で人口減少や少子高齢化などの社会課題が顕在化しつつある中、従来型のビジネスモデルを続けていくだけでは明るい将来が描けないことに経営陣も、そして私を含む社員一人一人も気付いているのではないでしょうか。だからこそ、まだ余裕のある今から長期的視点で施設やエリアの価値を高めていくといった、次の手を打つ必要があります。
ビル賃貸事業においては大手企業が大口顧客であり、今後も大手企業をメインターゲットに事業展開することはもちろん大事です。一方、中長期的な視点からみれば、これから急成長が期待できるスタートアップのニーズにカスタマー・インの姿勢で向き合い、サービス提供していくことも必要不可欠だと思っています。そのような成長著しいスタートアップに必要とされ、積極的に選んでもらえるような場所を丸の内に提供していかなければならないのです」
「メディアを運営することで学ぶことがたくさんあった」1年半の運営で得たもの
手探りで始めたオウンドメディアだったが、この1年半で変化があり、得たものもあったそうだ。
石森「最も大きな変化があったのは社内での評価です。そもそも当部の取り組み自体、社外はもとより、接点が少ない他部署の人からは『一体何やってるの?』と伝えきれていませんでした。ただ、メディア運営を継続していくとインタビューをした部署を皮切りに徐々に取り組みに共感してくれて、記事を見てくれるようになりました。おかげでメディアを立ち上げた頃にくらべて、各種の取材の協力が得やすくなりました。他方で私たちは、取材のネタ探しで他部署の動向にもアンテナを張るので、三菱地所グループがどんな新しい動きをしているかにも詳しくなり、事業支援に結び付いたケースもありました。
また、入居企業様を取材した記事は、PVやUUだけでは表せられない価値があります。例えば事業支援の一環で入居企業様同士をマッチングする際にも、私たちの取材記事を読んでもらうことで、入居企業のサービス概要も容易に理解してもらえます。記事自体を入居企業様自身の営業活動にお役立ていただけるケースも増えてきて、それは素直に嬉しいですね。実際、私も取材に同行し横で聞くことで理解が深まり、結果、これまで以上に他の会社への紹介がしやすくなりました」
変化があったのは周囲の反応だけではない。自分たちもオウンドメディアを運営することで大きな学びを得られたと続ける。
石森「自らウェブメディアを運営することで、学ぶこともたくさんありました。例えばサイト回遊率を高める為のUX,UIがなぜ大事なのか?SNSを活用した集客やコンバージョンレートを高めることの重要性と難しさ、それらの施策をスピード感をもって検討、実行する上でのデータ分析の重要性など。頭では分かっていたつもりでしたが、実際に自分たちがサイト運営に関わることで、改めてウェブサイト運営に関連するサービスを提供するスタートアップ企業のサービスがいかに便利かを肌で感じられるようになったのです。
実はサイト立ち上げから1年半で既に何度かウェブメディアの改修を実施しています。こういったフットワークの軽い仕事の進め方はスタートアップの方の進め方を参考にした部分も多いです。チャットツールやタスク管理ツールなど、スタートアップで一般的に使われる各種ツールを実際に用いスタートアップ的に働くのは、そんな働き方のカルチャーを肌感覚で理解するのにとてもいい機会でした」
左:ローンチ時 右:現在
この1年半で大きな成果を感じている石森氏だが、課題感ややり残していることもあるという。
石森「先にお伝えした通り、本来は社外の方にもっと丸の内で活躍するスタートアップや実証実験、オープンイノベーションの事例紹介を通じ当社のスタートアップ支援活動を知ってもらいたいと思って始めたものの、まだ社外の人に対するサイト認知度が十分高まっていないのは課題ですね。質の高い記事コンテンツの作成だけではなく、SEO対策やSNSによる情報発信などまだ工夫の余地があります。
それでも、バイオマスレジン社のように、記事公開がきっかけとなってテレビ番組にとりあげられた事例も出始めています。どうやってオウンドメディアから他メディア媒体に拡げていけるか?が今後の鍵だし、大きな可能性を感じています。
そして、最も心残りなのは、Webとリアルとの連携です。サイト立ち上げて間もない2019年には、CEATEC出展と連動する形でオリジナル記事を制作・配信しました(※)が、2020年はコロナ禍の影響でリアルイベントを開催できませんでした。もっとオフラインイベントや当部運営施設と連動した取り組みをしたかったですね」
※参考 CEATEC 2019出展に合わせた関連記事
https://xtech.mec.co.jp/?s=ceatec
石森「特にやりたかったのがファンミーティング。『ファンを増やし口コミを拡げる』ことに立ち返ると、自分たちが想定しなかったような『コアファン』ともし出会えたら、と思います。今のご時世では難しいですが、もしコロナが落ち着いてリアルな場所でのファンミ-ティングが開催できるようであれば残されたメンバーでぜひ実現してほしいと思います」
最後にオウンドメディアを始めたいと思っている方に向けてのアドバイスと残されたメンバーへの想いをもらった。
石森「まずは解決したい課題が明確化されているか?それを実現する為の取組みとしてオウンドメディアが本当に有効なのかを押さえつつ、色んな伝手をたどってオウンドメディアに詳しい人、運営経験者を探し、直接話を聞きにいくことが良いと思います。私自身、下調べはしていましたが、オウンドメディア運営経験者の阿座上さんにフットワーク軽く話を聞きに行ったことで、より具体的なイメージが湧きました。
そのためにも、ネットワーキングなどを通じ気軽に連絡を取れる人を増やしておくといいですね。ライトパーソンに直接たどり着かなくても、何かこの分野に明るい人、相談できそうな人といかに繋がれるか?が鍵になると思います。阿座上さんとは大学時代からの知り合いですが、まさかこのような形で一緒に仕事をすることになるとは思ってもみませんでした。30代半ばになると、会社の同期や学生時代の友人など、元々の知り合いが多方面で活躍していることもあるし、そういった縁は大事だなと感じています。
オウンドメディアを始めることにした方に対してのアドバイスとしては、立ち上げ当初から即効性のある施策ではないことや、サイト開設後も改修を小刻みに行うことを前提に費用面や運用面での裁量についても前もって社内で説明し、理解を得ておくことですかね。
運営フェーズに入ったら、日頃からサイトのターゲット層に響くコンテンツを意識してタイムリーなネタを仕込み、記事化することも大事ですが、各種イベント情報やリリース情報など、情報更新を疎かにしないこと。日々の地道な取り組みの積み重ねが大事だと思ってます。
そして、これからのメディア運営を担うメンバーに対してですが、取材やコラムで得た知識を自ら活用して運営をしてもらいたいなと思っています。例えば、FoundX馬田さんの掲載コラムを参考に、オウンドメディア立ち上げ時の『目的』に照らし合わせつつ、仮説思考でサイトコンテンツはピポッドを繰り返してみるとか。私個人としては現状のコンテンツに思い入れはありますが、これが最適解とは思っていません。メンバー一人ひとりが『想い』をもってよりよい施策を考え運営してもらえると嬉しいですね。これからのxTECHウェブサイトの更なる盛り上がりに期待しています」
ここがポイント
・スタートアップ支援を行うxTECH営業部では「知ってほしい人に対して情報を上手く届けられていない」という課題があった
・「自分たちと共に丸の内で活躍してもらいたい”仲間“を集める」を実現することを目指しオウンドメディアを選択
・次の手を打つ際はタイミングも重要。三菱地所は余裕のあるうちから長期的視点で施設やエリアの価値を高めて行く必要があった
・メディアの記事にはPVやUUだけでは表せられない価値がある
・スタートアップで使われるツールを用いてスタートアップ的に働くとカルチャーを肌感覚で理解できる
・記事公開がきっかけとなってテレビ番組にとりあげられた事例も
・今後取り組みたいのはWebとリアルとの連携
・オウンドメディアを始める場合は、課題が明確か?解決の打ち手が適切か?を押させる
・立ち上げ時は即効性はないため、改修も視野に入れて費用や運用の決裁を取っておく。運用は日々の積み重ねが重要
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:戸谷信博