どうやったら、人生やビジネスで得る結果をより良くすることができるのだろうか? どうやったら、有限の資源をもっと有効に使うことができるだろうか? この激しく流動する時代は、我々に新しいスキルを求めている。「マインドフルネス」は、私達が可能だと思っていなかったことを可能にすることができるという。
近年提唱された「マインドフルネス」という概念は、アメリカの一流企業を中心にマネジメント・ツールとセルフケアの方法として広まっている。今回はセルフ・マネジメント研究の第一人者、ジェレミー・ハンター氏が自ら監修したメディテーションスタジオ「Medicha」で、ビジネスとマインドフルネスの関係性について伺った。
INDEX
・マインドフルネスを理解するためのレクチャー、キーワードは「マインドレスネス」
・イノベーションとマインドフルネスの関係性
・「何のために行動していますか?」、マインドレスネスに陥らないための知恵
・「目的は何か?」という問いが企業を成長させる
・ここがポイント
Jeremy Hunter(ジェレミー・ハンター)
米クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院准教授兼エグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティチュート代表。2003年よりドラッカースクールでセルフ・マネジメントやエグゼクティブ・マネジメントを教える。同大学院でプロフェッサー・オブ・ザ・イヤーを8回受賞。東京都のマネジメント・コンサルティング会社Transformの共同代表。フォーチュン50に入る金融機関や芸術関連機関、NPOを含む様々な組織に向けてリーダーシッププログラムを提供。2019年に南青山にオープンしたメディテーションスタジオ「Medicha」の監修も務める。
マインドフルネスを理解するためのレクチャー、キーワードは「マインドレスネス」
― マインドフルネスという言葉はビジネスパーソンを中心に広まっていますが、その本質は私自身理解できていません。そもそもマインドフルネスとはどのような状態なのでしょうか?
ジェレミー:確かにマインドフルネスはバズワードですね。ただ、マインドフルネスを理解するためには、逆の言葉である「マインドレスネス」という言葉も同じくらい重要であり、知らなければいけません。
マインドレスネスとは、意識がここにない状態を指します。
私はよく人に、その人や会社がどこで行き詰まるかと聞きます。どうして同じような望まない結果が何度も出るのか? もっというと、あなたはこれがどのようにして起こったのか、そしてどのようにしたら変えられるのかを知っていますか? 答えがでなければ、これがマインドレスネスの兆候なのです。
人間の行動や思考の90%は、無意識下で自動的に起きていると言われているのをご存知ですか? たとえば、通い慣れた通勤路は無意識に歩けますよね。一挙手一投足に意識を集中しなくても、「次に足をどこに踏み出そうか」と考えなくても、足は職場に向かっている。無意識に電車を乗り換えて、いつの間にか職場に着いています。
ある意味マインドレスネスは、あなたが何度も同じことを繰り返し学ばなくても良い、素晴らしい資源と言えます。ところが、その悪い一面として、自動的に起こるパターンは、変わっていく世界の状態に追いついていかず、望まない結果を生み出すことがあるのです。しかし、あなたは、そのパターンがどのように作用しているか意識していないので、「何か違う」と感じてはいるかもしれませんが、それをどのように変えれば良いのかがわからないのです。
これは、組織の中でよく見られることです。例えば、とても成功している電気製品の会社があるのですが、この会社には、熱狂的な顧客がいます。ただ、今になって、その顧客たちの年代が上がり、現在ある商品は、若い年代層にとっては魅力的ではないようです。会社のマネージャーは、買わない若者たちの方に何か原因があると思っています。作り手である彼ら自身の考えが凝り固まっているかもしれないということを考えもしないのです。彼らは、自らの考え方の罠にはまり、そこから抜け出す方法を知らないのです。
また、先入観や固定観念によって適切な思考や行動が妨げられている状態もマインドレスネスの一種です。新しいことに取り組む際に生まれる「今までこうやってたのに、なぜ変えなきゃいけないの?」という抵抗も、マインドレスネスだと言えます。
マインドフルネスは、マインドレスネスとは逆の状態。つまり、いまこの瞬間に自分が何を、どのように経験しているかに気づいている状態を指します。そのような状態になることで、新しい選択肢や行動を生み出し、日常でより良い結果を得ることができるのです。
― なるほど、ではなぜマインドフルネスが注目を集めているのでしょうか?
ジェレミー:従来のマネジメント手法では、個人の意識や感情、体の声をマネジメントしきれていませんでした。私はP.F.ドラッカーの経営大学院に勤めていますが、ドラッカーは「自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることはできない」とメッセージを残しています。マネジメントを学ぶ上で最も大事なものは、自分のマインド、すなわち、あなたの感情や信念、行動であり、それこそがあなたが受け取る結果を生み出しているのです。
今は変化が早い時代です。その変化に適応するためには自分自身のマネジメントが必要となります。知識労働が多く、チームワークが求められる環境で働いている私たちだからこそ、自身の声を聞くことで他人の声を聞く力を磨くことができる。その結果、効果的に適応する能力が上がるはずです。
― マインドフルネスは具体的にはどのように実践すれば良いのでしょうか? 瞑想でしょうか?
ジェレミー:マインドフルネスというと瞑想を思い浮かべてしまいますが、実践方法はそれだけではありません。日常のなかで自分が何をしているか、どのように経験しているかを意識すること。これはどのようなシチュエーションにも応用できます。
たとえば、自分の子供が騒いでいたので「静かにして欲しい」と思い、衝動的に叱ったとします。すると、子供はショックを受けて、大泣きしてしまった。ただ静かにして欲しいと思っただけなのに、期待した結果とは逆に、より騒がしい状況が生まれてしまったわけです。ここであなたは叱る前に、「他にどんな行動が選択肢としてあるだろうか?」と自分自身に聞くことができたはずです。例えば、あなたが部屋を出ていくこと。あるいは、騒がしさを意識しないこと、などです。
実は、人が何かを求め、結果が生まれるまでには、様々な選択が行われています。そのプロセスを客観視することで結果を変えることができるのです。
私自身の情けない例を話しますと、私は仕事で世界各国を飛び回っていますが、美味しいものが好きなので土地それぞれの名物が食べたくなってしまいます。それで、少しずつ体重が増えてしまうんですね。とうとうお医者さんに「5kg痩せなさい」と言われてしまいました。もしあなたならどうしますか?
― 体を動かしたり、食べる量を減らしてダイエットをします。
ジェレミー:そうですね。もう少し深く考察してみましょう。私は自分自身のマインドレスネスに向き合わなくてはいけませんでした。無意識に「出張中に食べるすべてのものはカロリーゼロ」なんて信じていましたから(笑)。そして、「この土地には二度と来られないかもしれないから、名物を食べておきたい」と思っていました。結果、食べるべきでないものを食べ、また体重が増えてしまう(笑)。
何が言いたいかというと、結果が生まれる際には「result 結果 ⇨ action 行動 ⇨ options 選択 ⇨ awareness 認識 ⇨ attention 意識 ⇨ intention 意図」というプロセスを辿るということです。
私の場合、「結果」としては、体重が増えました。それは私自身が食べるべきでないものを食べた「行動」によってできた結果です。そして、それを「選択」させたのは、出張中はカロリーゼロと無意識に信じ、機会があれば地方の名物を食べるべきだという「認識」でした。その「認識」は、自分が、美味しそうだけれども必ずしも健康的とは言えない食べ物をメニューの中で注目(「意識」)してしまったことから始まっています。あれ、ところで私は一体何が欲しいんだったっけ? 実は長生きしたいんだった! …自分の「意図」と「行動」は全然あっていなかったというわけなんです。(笑)
こうしたプロセスはマインドフルネスを実践することで軌道修正することができます。まず、あなたが本当に欲しいものは何ですか? 結果に焦点を絞りましょう。そして、意図した結果になるために、行動した際の選択はなんだったのか、そしてその選択を生み出した認識と意識はなんだったかを思い返すことで、望む結果に近づくことができます。
例えば、「二度と来れないかもしれないから食べたい」に加えて、「健康的に生きたい」という意図を持てば、地方の名物を食べるにしても、信州ビーフが信州ビーン(豆)サラダに変わるかもしれません。食事の度に、私は、私の意図を明確にすることで、マインドレスな行動を変えるようにしました。その結果、5キロどころか、7キロ痩せました。洋服を全部買い換えなくてはいけませんね。(笑)
マインドフルネスは「抽象的で、よく分からないものだ」とか、「スピリチュアルなもの」と思われているかもしれません。しかし、実はマインドフルネスはとても実用的なものなのです。自身をマネジメントすることで、望む結果を生み出すことができるのです。
イノベーションとマインドフルネスの関係性
― ここからはビジネスとマインドフルネスの関係について聞かせてください。ジェレミーさんは多くの日本の企業ともお仕事をされていますが、日本的なコミュニケーションをどのように捉えているのでしょうか?
ジェレミー:日本のよくある例として「怒るボス」があります。このボスが、怒りや脅しによって、部下のモチベーションを上げようとする行為もマインドレスネスの罠に囚われている状態です。このようなボスは、うまくいっていないことに注目してばかりいて、その会社が、どんなポジティブな成長の機会を作れるかという問いを見逃しています。
「怒るボス」の元で、部下が「何かイノベーションを起こせ!」と叱られてばかりいるとどうなるか。部下の行動の全てが「ボスがどう思うか」「怒るか怒らないか」に捉われてしまい、イノベーションどころではなくなる。俯瞰して見ると、新しい何かを起こすよりも、ボスの感情をケアすることに集中している状態です。これはボスがマインドレスネスになっているから起きることです。このボスは、より良い選択肢を作り出すスキルを学ばなくてはいけません。
「何のために行動していますか?」マインドレスネスに陥らないための知恵
― マインドレスネスがビジネスに悪影響を与えてしまうのですね。ではどのようにマインドレスネスを解消すれば良いのでしょうか?
ジェレミー:「怒るボス」の奥さんが伝えたらいい、というのは半分冗談で(笑)。マインドレスネスを解消することはできません。それは、人間の自然な反応だからです。あなたができることは、新しいスキルを学んで、マインドレスネスをうまく扱うことです。
その結果があなたが本当に欲しい結果であるのかどうか、自分自身に正直にあるべきです。そして、チームがうまく機能しているかどうかに気づくことが重要です。その際に、私なら自分自身にこう質問します。「今あなたは何を経験していますか?」「今出ている結果は本当に欲しいものですか?」「何のために行動していますか?」と。その時、自分自身で現状に気づくのは難しいと思ったら、身近な人と話すことも効果的な手助けとなるでしょう。
ちょうど、分かりやすいケースがあったんです。あるとき、とある日本の企業のマネージャークラスの人達16人にコンサルティングをしたんですよ。私は彼らに「最近、考え方を変えたことがありますか?」と質問しました。これはマインドレスネスのことを聞いているんですね。何かに対して全く考え方を変えていないということは、マインドレスネスに陥っているということです。そのうち、何人が「変えた」と答えたでしょう?
― 半分……ぐらいでしょうか?
ジェレミー:正解はたった一人です。これと同じ質問をアメリカの教室でした場合、ほとんどの人はここで「変えた」例を話すことができるのです。
「変えた」と答えた彼は、プライベートで小学生のバスケチームのコーチをしていました。彼は子供達を指導する時「頑張れよ!」「もっとできるだろう!?」と叱っていたそうです。しかし、試合には勝てないし、子供達のモチベーションも低かった。
彼は子供達が悪いと思っていましたが、ある時に彼の奥さんが「あなたが悪いのよ」と伝えたそうです。彼は良いコーチであろうとしていたので、すごくショックだったと言っていました。奥さんは彼に「子供達が練習したくなる環境を作ったら?」と言ったそうです。以来、彼は子供達に対する態度を改めたそうです。
これを会社に当てはめたらどうでしょう。マネージャーは部下に「会社に来たい」と思わせていますか?
― なかなか耳が痛い話かもしれません。
「目的は何か?」という問いが企業を成長させる
― そういえば、より大きな領域、たとえば会社のミッション形成などにもマインドフルネスは活かせるのでしょうか?
ジェレミー:会社のビジョンに当てはめる場合は、まず会社のメンバーに「どうしてこの会社は存在するのか? どんな価値を生み出しているのか?」という問いを投げかけてみましょう。10人に聞いて、10人が違う意見を返した場合、ビジョンは上手く浸透していないはず。これは典型的なマインドレスネスの兆候です。
結果を出せる会社ほど、自分達のビジネスが「何を目的にしているか」分かっているものです。思いや期待値が分かっているからアクションが明確になる。だから、結果が出ます。
アップルは創業時「テクノロジーを人々の生活に活かす」というクリアなビジョンがありました。パタゴニアは「私たちは故郷である地球を救うためにビジネスを営む」という信念があります。企業経営も、「なぜ、誰のために?」が分かると、望む結果を生み出せます。
加えて、「成功」も注意すべき状況です。なぜなら成功したがために、努力を怠ってしまうことがあるから。経営が順調に続いていくと、時に本質的価値を忘れてしまうことがあります。成功することで自分たちを守るようになり、悪い影響が出るのです。結果的にマインドレスになり、時代から取り残されてしまいます。
変化が激しい現代の産業化の流れの中で、新しいスキルを身につけなければいけないことは周知の事実です。だから私は、Medicha(メディーチャ)を監修する時にも「時代に対応するためのスキル」を身につける場所だと捉えて取り組みました。
私たちは基礎教育の中で、社会のマナーや数学、国語を学びます。それらが社会で生きていくための資源であるように、この場所も新しい時代に対して新しいスキルを学ぶ施設だと考えているのです。
時代が激しく変化していることにより、人々に与えられるストレスやチャレンジも強烈です。先ほど述べたように、私たちはうまくいっていないことに対して焦点を強くあてる傾向があります。この基本的な人間の悪い癖は、機会や選択肢を見る力を奪います。私たちは、新しい選択肢を作り出すスキルを学ぶ必要があります。
Medichaが行っているプログラムの意図は、「生活の中にある『良いこと』に気づいてもらう」こと。体験者がすでに持っている価値に気付いてもらうように注力しています。これに気づくことで、リラックスできるのです。そして、人生に対する展望が広くなります。体験者は、自分の古い考え方や気持ちに捉われることはないと気づくのです。
人生の中で「自分は実は恵まれていた」ということに気づくと、もっと強みと自信が生まれる。恐れが少なくなり、すぐに感情を乱すことがなくなります。Medichaは世界的に見てもよくできたマインドフルネスの施設です。ぜひ一度体験してください。
Medicha: https://medicha-jp.com/
Drucker School of Management: https://www.cgu.edu/people/jeremy-hunter/
Transform: https://transform-your-world.com/
ハンター教授が出版された本はこちら
ここがポイント
・マインドレスネスとは、「意識がここにない状態」「先入観や固定観念によって適切な思考や行動が妨げられている状態」を指す
・自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることはできない、だからこそマインドフルネスが重要
・望む結果を生み出すために「結果 ⇨ 行動 ⇨ 選択 ⇨ 認識 ⇨ 意識 ⇨ 意図」のプロセスを意識する
・「怒るボス」がマインドレスネスを生む
・マインドレスネスを避けるために、「何のために行動していますか?」を問いかける
・「どうしてこの会社は存在するのか? どんな価値を生み出しているのか?」を問いかければ、会社のミッションが明確になる
・マインドフルネスはより良い結果を生むための資源になる
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:小池大介