「法令やレギュレーションはアジャイル型(*1)でアップデートするべき」とした上で、「ルールは作れる」と語る鬼頭氏。不動産に特化したP2P型のエクイティファイナンスのプラットフォームを運営する「クラウドリアルティ」代表取締役であり、フィンテック協会理事も務める鬼頭氏は、大小問わず、新たな産業創造に伴う国内外のルールメイキングに関わっている。自身の手がける一事業を越え、業界や社会インフラに関わる「新たなルール作り」に必要な要素はなにか。ルールメイカーであり、協会理事でもある、それぞれの目線からお話を伺った。
*1「素早い」「俊敏な」の意味で、反復 (イテレーション) と呼ばれる短い開発期間単位を採用し、リスクを最小化しようとする開発手法の一つ。
INDEX
・官民ともにルールを機動的に改編していく時代の幕開け
・既存のフレームワークを変える社会変革と、一事業としてのルールメイキング
・ここがポイント
鬼頭 武嗣
株式会社クラウドリアルティ 代表取締役
一般社団法人Fintech協会理事
内閣府 革新的事業活動評価委員会委員
経済産業省 大臣官房臨時専門アドバイザー
東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。ボストン・コンサルティング・グループを経て、メリルリンチ日本証券の投資銀行部門にてIPO・公募増資の主幹事業務、不動産の証券化に関するアドバイザリー業務などに携わり、多数の案件を執行。2014年、株式会社クラウドリアルティ設立、代表取締役就任。
官民ともにルールを機動的に改編していく時代の幕開け
鬼頭:官公庁は規制を守り、スタートアップはそれを破る。そうした対立構造はすでに昔の話です。今は、それぞれのプレーヤーが攻守をともに考えるべき時代になりました。すごく面白い時代だと思いますよ。たとえばフィンテック協会と密に関わる金融庁はかつて、その規制の厳しさから「規制庁」とまで呼ばれていましたが、この汚名を返上するべく今では「金融育成庁」として様々なイノベーション促進施策に取り組んでいます。
それ以外の省庁でも、マルチステークホルダーとの連携を通じた新たな制度導入やポリシーメイキング、新たなガバナンスモデルによる抜本的な変革に向けた議論が起こっています。同様にスタートアップも単に商品やサービスを生み出すだけではなく、この第四次産業革命(Socirty5.0)とも言われる大きな社会構造の変革に合わせて、その社会を構成する様々な要素を作っていく責任があります。フィンテックひとつとっても、ちゃんと社会実装される世の中を作ろうと思ったら当然ガバナンスのためのレギュレーションも必要ですし、それに関わる多くの人々への啓蒙活動も欠かせません。
鬼頭氏が理事を務めるフィンテック協会は、大きく「金融」に関連するスタートアップや大企業を束ねた非営利団体。スタートアップ企業約120社、法人会員約270社が属し、カンファレンスやミートアップなどを通じた業界の最新情報の共有をはじめ、パブリックコメントの取り纏めや政策提言、リサーチや国際標準化関連の取り組み、海外の関係者との折衝など、活動は多岐にわたっている。そうした働きも含め、業界にとって大きなステークホルダーである金融庁に対し、公共性をもって働きかけている点でも重要な役回りを果たす。
鬼頭:名ばかりの協会で終わらないのは、各理事がしっかりと政府の要職に就き、国際的にもしっかりとポジションを確立し、エコシステムの中長期的な発展にコミットしているからではないでしょうか。今年のG20では財務省中央銀行総裁会議に参加させていただき、海外ではAPECやアラブ通貨基金などの国際的な協議の場にも呼んでもらったり、逆に自ら政府間のラウンドテーブルを企画して民間から外交を仕掛けにいったりしています。そうした議論のテーマでよく挙がるのはポリシーメイキングです。地域ごとで課題や前提条件はさまざまなので、バイラテラル(二国間)で協議をするのか、マルチラテラル(多国間)で広域での協力関係を築くのか、進め方は様々です。
フィンテックは長期的かつ国際的な視点で構想しなくてはならないテーマであることと、協会だけの働きでどうにかできるものではないので、やはり各国の関係省庁の方々ともしっかり連携をとる必要があります。
官公庁との連携において、新たに生まれた制度が2018年6月に成立した「レギュラトリ・サンドボックス」である。名前の通り、砂場のように一定の範囲に限定するものの、実際のリアルな市場の中で自由に実証実験をすることが許可され、そこで得られたエビデンスやファクト、データは新制度の参考材料とされる。つまり、実証に基づいて規制を機動的にアップデートするための枠組みである。アメリカやイギリスが採用する法体系“Common law”は動的なシステムであり、トラブルやインシデントなどの様々な判例を積み重ね、実質社会に対する実証実験を通じてルールが形成されるが、日本や欧州諸国が用いる“Civil law”では逆に、ルールや法令を設けた後に事業を始める流れをとる。どちらの土壌でよりイノベーションが生まれやすいかは一目瞭然である。そうした静的な法体系のなかに一部例外を認め、ドラスティックな改革の助けとなるのが「レギュラトリ・サンドボックス」の目的だ。
鬼頭:まずは最初の1年で10件弱の実証がプロジェクトとして認定されました。保険や暗号資産などのフィンテック関連のプロジェクトだけでなく、医療や環境など多岐にわたる産業で活用されています。フィンテックのみならず、全産業に適用されるのは世界的に見ても初めての事例でしょう。日本での実証には海外の事業者も参加できるので、国内外からかなり多くの問い合わせをいただいています。日本におけるサンドボックスの効力が強力なのは、内閣総理大臣直下に設けられた制度であることも挙げられます。実証に至るまでの最終的な認定は各省庁の大臣によって行われますが、私が所属している革新的事業活動評価委員会も強力な権限をもって、それぞれの省庁に働きかけることが可能です。
既存のフレームワークを変える社会変革と、一事業としてのルールメイキング
既存社会のフレームを根底から覆そうとする業界総当たりのルールメイキングと、一事業者のそれは手法が大きく異なる。クラウドリアルティ代表でもある鬼頭氏が既存の資本市場を覆し変革することにおいては、どのように法令との折り合いをつけて臨んだのだろうか。
鬼頭:クラウドリアルティ立ち上げの頃は、幾分ルールに悩まされました。法令に明記された内容を引っ張って、事業の合法性を証明するのは簡単ですけれども、それに相当する条文がないものですから。そこで、「法令上禁止されていない」事柄ならば問題ない、という切り口で展開することにしました。「ないこと」を証明するのは非常に困難だからこそ起業家自身が自分の法解釈でリスクを背負って、規制当局としっかりと対話をすることが大事です。そのために自分自身いろいろと法令の勉強をしたり、いろいろな人と議論する中でその理解を深めていきましたが、実は関係省庁に行って自ら徹底的に議論するのが1番実があるとわかりました。それをもって、行政側にも受け入れてもらう。弁護士はあくまでも第三者で、アドバイスはいただけても、リスクを取るのは結局事業者です。だからこそ、法令が絡むチャレンジはとことん起業家自身がするべきだと身を以てよくわかりました。
クラウドリアルティのプラットフォーム実現が複雑化したのは、「新たな資本市場」をつくるにあたって事業展開をする国や関係省庁が複数に跨いだことにも起因する。金融と不動産に関わる国交省や金融庁、関東財務局それぞれを口説き落とすため、およそ2年の歳月を要した。
鬼頭:自分たちは2年がかりでしたが、グローバルの市場全体に絡む大々的なルールメイキングとなれば2年では完結しないでしょう。一事業者であれば代表一人がリスクを背負えばいいのですが、日本や世界全体の産業に関わるとなれば話は別です。新たなルールが設けられることで関与するステークホルダーや法益の構造も変わりますから、そういった変化に対するリスクを国家や国際社会が背負えるかの吟味にはそれなりの時間がかかるでしょう。
鬼頭:国家やグローバルのエコシステム全体に関わる、慎重な議論を重ねると長期戦になることは致し方ありませんが、その際にコミュニケーション上意識しているのは「時間軸」のすり合わせです。利害が対立したり、会話が噛み合っていないと感じたりするときには往々にして、それぞれのステークホルダーが想定する時間軸がずれていることが結構あります。片方は10年スパンで、もう片方が1年スパンで物事を捉えているならば、当然それでは噛み合いません。長期的に見たときに、目的と手段を混同していないか、手段は違えど目的は同じじゃないかといったことを整理しながら話を進めることがよくあります。
よく言われている話ですが、今のこの大きな社会構造の変化はサイバー空間とフィジカル空間の高度な融合によってもたらされています。金融業界においても現実社会に根差した伝統的な金融のシステムと、テクノロジーによってもたらされた仮想社会が融合し、フィンテックという新たな金融エコシステムへと昇華されようとしています。
つまり、これまでの第三次産業革命時代と大きく異なるのは、起業家自身がリアルな社会に生きるさまざまなステークホルダーを巻き込みながら、現実社会と仮想社会双方の変革を担う必要があるということです。今後も起業家、協会、日本政府の一員、それぞれの立場で新たな資本市場の実現を目指して幅広い活動を展開していかなくてはと思います。
ここがポイント
・金融庁をはじめとした各国省庁内でも、新制度導入やポリシーメイキング、ガバナンスの実現に向け抜本的な変革が進んでいる
・フィンテック協会はステークホルダーである金融規制当局に対し、公共性をもって働きかける役回りを果たしている
・ドラスティックな改革の助けとなるのが「レギュラトリ・サンドボックス」
・一事業者がルールメイキングを目指す際は、関係省庁に行って直接対話するのが1番
・利害が対立したり、会話が噛み合っていないときには「時間軸」や「目的と手段」のすり合わせをする
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:戸谷信博