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スポーツ業界未経験の橋口氏は、なぜ「ONE TAP SPORTS」でラグビー日本代表の大躍進を支えられたのか

ラグビーW杯2019でのベスト8進出は、日本代表の長期的な取組の成果。その陰でチームを支えたツール「ONE TAP SPORTS」を提供するユーフォリアの橋口氏には、いかにしてスポーツ業界で「ゲームチェンジ」を図ったのか?

ラグビーワールドカップ2019で日本代表が初のベスト8に進出したことは記憶に新しい。2015年のラグビーワールドカップでも、日本代表はベスト8にこそ進出できなかったものの3勝をあげている。今大会のベスト8進出は、8年にもおよぶ長期的な取組の成果だといえる。そしてその陰に、日本代表チームを支えたツールがあったことをご存知だろうか。株式会社ユーフォリアが提供するコンディション可視化アプリ「ONE TAP SPORTS」だ。

それまで手書きなどアナログで管理されていたアスリートのコンディションを、デジタルで一元管理することでトレーニングの質を変え、チームの劇的な成長に貢献した。今回はユーフォリア共同代表の橋口寛氏に、アナログ的だったスポーツ業界の常識をいかにして変え、「ゲームチェンジ」を図ったのか話を伺った。

スポーツ業界は未経験のコンサルティング会社だったユーフォリアが、なぜスポーツ業界でスタンダードになりつつあるツールを作ることができたのだろうか。

INDEX

相手よりも相手のことを理解する。異業界とのコミュニケーションをとる鉄則
多様性がもたらすのはメリットだけではない。多様性が真に求められる組織とは
スポーツ業界のゲームチェンジが、一般社会のゲームチェンジを引き起こす
ここがポイント

橋口 寛
株式会社ユーフォリア 代表取締役Co-CEO
大学卒業後、メルセデスベンツ日本法人にて、販売店ネットワークの経営改善業務に従事。MBA留学後、アクセンチュアに入社。大手製造業・流通業に対する経営戦略策定実行支援に従事。
その後、コンサルティング事務所を設立し独立。同時に、プライベートエクイティファンドのアドバイザーとなり、 消費財メーカーの商品開発・営業・チャネル変革・物流改革などハンズオンでのターンアラウンド支援を行う。
2008年 株式会社ユーフォリアを設立。

相手よりも相手のことを理解する。異業界とのコミュニケーションをとる鉄則

ビジネスコンサルタントとして企業再生などに関わっていた橋口氏。スポーツ業界に関わることになったのは、2012年のラグビー日本代表チームからの問い合わせがきっかけだ。選手のコンディションをデジタルで一元管理できないか相談されたのだ。

企業再生の際には、会社のあらゆる情報をデータとして可視化する必要がある。そのために、独自の情報可視化ツールなどを作ってきたユーフォリア。企業を再生し成長させるのも、スポーツでチームを強くするのも、目指すビジョンを定め、その山に向かっていく過程すべての情報を可視化して改善していく点では変わらないと語った。

アスリート向けのサービスを作るのは初めてだったが、ひたすら関連書籍を読みあさり、専門家とのディスカッションも重ねて3ヶ月後にはプロトタイプを完成させた。しかし、プロトタイプへの日本代表チームからの反応は大量のダメ出しだった。決して順調なスタートではなかったが、コーチやスタッフからの要望をもとにツールの改善を繰り返す日々が続いた。

橋口:時には夜に電話が鳴り「明日の朝までにこの機能を追加して欲しい」と依頼が来ることもありました。徐々に現場での使い勝手が向上していくと、コーチたちとも信頼関係が築けていきましたね。最初は門外漢の私たちに懐疑的な視線を向けられることもありましたが、ともに取り組み、成果が上がることで、彼らも私たちを受け入れてくれるようになっていったのです。

異業界の人間とコミュニケーションをとるのは決して簡単ではない。異業界にもかかわらず信頼関係を築けた橋口氏がコミュニケーションを取る際に重要なことを尋ねると、「相手を理解すること」だと話してくれた。コンサルタントを生業にしていた橋口氏にとってそれは、コミュニケーションの基本だという。

橋口:私は企業再生に携わっていた時は、その会社に関することは徹底的に調べ尽くしていました。100年の歴史のある会社なら、100年の歴史の中で現存する社史や社内報の全てに目を通します。それだけでも会話の質はまったく異なりますし、相手のことを知ろうとする強い思いは相手に伝わるはずです。もちろんラグビー日本代表のことはもともとよく知っていましたが、日本代表チームから話があった時は、あらためて日本のラグビーの歴史や先人の思いについても徹底的に調べました

橋口氏の姿勢に影響を与えたもののひとつが、元ジェフユナイテッド市原・千葉のGMをしていた祖母井(うばがい)氏の書籍だという。GMだった彼はオシム氏に監督になってもらうため、オシム氏の伝記を全て読み動画を全て見るに留まらず、私生活からオシム氏を理解しようとした。オシム氏の母国であるボスニアの料理しか食べず、ボスニアの音楽しか聴かなかったと言うのだ。

橋口:そこまで徹底して相手を理解することの重要性を、私はスポーツ業界から学びました。彼の本からは大きな影響を受けました。

多様性がもたらすのはメリットだけではない。多様性が真に求められる組織とは

ラグビー日本代表が、2015年のワールドカップで大番狂わせで南アフリカに勝利したことがきっかけで、他の競技団体にも「ONE TAP SPORTS」は広がった。今やプロ野球やサッカーなどの競技でもデジタルによるコンディション管理が導入されている。ではなぜ、ラグビー日本代表チームはいち早くデジタル管理の重要性に気づいたのだろうか

橋口氏はその要因はチームの多様性にあるのではないかと語る。ラグビー日本代表は2019年大会の選手を見ても7カ国出身の選手たちが集まっており、前回のラグビーワールドカップではコーチ・スタッフ陣まで含めれば10カ国におよぶ国の人が集まったチームだった。もしもみんなが同じ国、同じ環境で育った均一的なチームであれば、デジタルによるコンディション管理など考えなかったかもしれない。多様性のあるチームだったからこそ、これまでにないものを生み出し受け入れる土壌があったのだろう。

橋口:もしラグビー日本代表チームが多様性のあるチームでなかったとしたら、私たちのようなスポーツ業界の経験のない会社にわざわざ頼まなかったと思います。ラグビー日本代表チームが当時やろうとしたことは、それまでにない新しい取り組みです。その時に必要になるパートナーは、業界の経験はなくとも様々な可視化や成長を担ってきた私たちのような会社だったのかもしれません。だからこそ、私たちが初めてエディ・ジョーンズ監督と話した時も、下手にスポーツ領域の話をするのではなく、あえてスポーツ以外の領域でどういった実績を持っているかを話しました。監督とスタッフは、そこに何かを感じて、パートナーとして選んでくれたのだと思います。

大きな変革を起こすチームには多様性があると話す一方で、橋口氏は多様性がもたらすものは必ずしもメリットばかりではないと話す。多様なバックグラウンドを持つメンバーの間ではコンテクストが共有されておらず、前提となる知識や価値観が異なるので、コミュニケーションが煩雑になると言うのだ。同じ知識や価値観を持っていれば少ない言葉数で伝わるものも、知識のない人には詳しく説明しなければ伝わらない。

多様性を取り入れるかどうかは目指す目標の高さと、用意された期間によって決まる。日々のオペレーションを効率よく回す組織を早急に作るのであれば、均一的な組織を作った方がいい。そして、世の中のほとんどの組織には多様性は必要ないと話す。

橋口:日本ラグビーフットボール協会が日本にラグビーワールドカップを誘致するということは、ラグビー日本代表が2019年大会で決勝トーナメントに進まなければならないことを意味します。開催国が予選リーグを突破するかどうかは、大会の成功に大きく影響を与えますから。それまでのラグビーワールドカップの歴史上で通算1勝21敗2引き分けだったチームが、2015年大会で3勝し、2019年大会でベスト8になるというゴールを設定していたのです。すべて実現がされた今となっては普通に受け入れられる目標ですが、2012年当時にはほとんどの人が本気で信じないような目標でした。このように長い時間軸で極めて高い目標を目指すときには、多様性のあるチームが必要だったのだと思います。

スポーツ業界のゲームチェンジが、一般社会のゲームチェンジを引き起こす

スポーツ業界未経験だったユーフォリアは、ものの数年でスポーツ業界の常識を塗り替えてしまった。ゲームチェンジをもたらすには何が必要なのかを尋ねると、橋口氏から返ってきたのは「インサイト」だった。辞書的には「洞察力」や「物事の実態を見抜く力」を意味するインサイトだが、橋口氏は「矛盾するものを高いレベルで包摂しているもの」と定義した。ゲームチェンジは強烈に深堀りされたインサイトがなければ、なし得ないと言うのだ。

橋口:強いインサイトは会議室で行われている当たり前の議論からは生まれません。全然違う領域の人とディスカッションをするなど、それまでにないアクションを起こすことが必要です。私たちも全く領域の違うラグビー業界からの問い合わせを受けたからこそ、ゲームチェンジが起きたのだと思います。常にアンテナを張って、新しいことにチャレンジすることが大切ですね。

スポーツ業界の未来を変えるゲームチェンジを起こしたユーフォリア。今後未来がどのように変化するのか伺うと、スポーツ業界で起きたことが一般の世界に広がると話してくれた。スポーツ業界は、F1や軍事の領域と同じように最先端のサイエンスが活用される現場だからだ。

ユーフォリアがスポーツ業界で起こした、パーソナライズされたコンディションの可視化は、これから一般社会にも浸透していくと言うのだ。例えば人の生体情報を計測するセンサーは年々安くて軽くて小さくなっている上に、かつては分からなかったことまで計測できるように進化している。

橋口:これまではアンケートなどを取らなければ分からなかった、メンタルの状態まで、さまざまな自律神経センサー等で分かるようになっています。今はまだセンサーを身体に装着しなければ計測できませんが、いずれはミラー越しに写すだけで各種バイタルデータに加えてメンタルのコンディションまで分かるようになるはずです。
新しい技術は先にスポーツ業界で開発されていきますが、いずれは私たちが生活している社会にも浸透していくでしょう

ここがポイント

・企業再生もスポーツでチームを強くするのも、目指すビジョンを定め、そこに向かっていく過程を可視化し改善していく点では変わらない
・異業界の人間とコミュニケーションをとる際は、「相手を理解すること」が重要
・2019年大会で7カ国の出身者が集まっていたラグビー日本代表のように、大きな変革を起こすチームには多様性がある
・多様性を取り入れる必要があるかどうかは、目標の高さと期間によって決まる
・ゲームチェンジをもたらすには「矛盾するものを高いレベルで包摂しているもの」である強烈な「インサイト」が必要

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:安東 佳介