2021年2月21日、三菱地所とクラスター株式会社はバーチャル上の空間に東京・丸の内の街を再現した「バーチャル丸の内」を公開した。クラスターが提供する、誰もが簡単にバーチャル空間を生成できるサービス「cluster」を活用した大規模なプロジェクトだ。
オープニングイベントとして同日には「バーチャル丸の内フェス」も開催。「よしもと有楽町シアター」で開催するお笑いライブをバーチャルで生配信すると延べ1,000人以上がライブを観劇。本来のシアターのキャパシティを超える人数が来場するなど大きな反響を呼んだ。
不動産デベロッパーとして、リアルな場を主戦場にビジネスを行う三菱地所がバーチャル上に空間を生み出す理由とは。そして、今後二社の取り組みはなにを目指すのか。三菱地所・小松原氏、クラスター・亀谷氏に尋ねた。
INDEX
・「街として何ができる?」を問い続けた2020年
・スタートアップと大手企業がプロジェクトを行う、ということ
・バーチャルとリアルとをどのように切り分けるか
・ここがポイント
小松原 綾
2019年より三菱地所エリアマネジメント企画部オープンイノベーション推進室にてMarunouchi UrbanTech Voyagerプロジェクトを担当(※肩書は取材当時)。AI・IoT・ロボティクス分野を中心に、丸の内エリアにおける先端技術の実証実験を企画実施に取り組む。
亀谷 拓史
慶應義塾大学卒業後、株式会社サイバーエージェントにて広告営業/アカウントプランナーとして従事。
2020年よりクラスター株式会社エンタープライズ事業部にてイベントプランナーとして法人企業向けにバーチャルイベントの企画提案を行う。
「街として何ができる?」を問い続けた2020年
不要不急の外出を控えるようになり、ステイホームが謳われるようになった2020年。街からは人が減少した。不動産デベロッパーとして事業を推進してきた三菱地所は、新たな価値創造の必要性を実感していた。
小松原「私たちはまちづくりを行う中で、街に人を集め、賑わいを創出することを重要視していました。ところが、2020年に突入してから、積極的に街へ来てほしいとも言えない状況になってしまいました。どうしようかと考えたとき、私たちがこれまで作り上げてきた街が“訪れる”以外に生み出せる価値はないかと思いました」
生まれたアイデアが「バーチャル空間に街を創る」だった。街へ訪れて、人と歩いて、買い物をする。そういった、今までリアルの場のみで行われてきた営みをバーチャル空間にも生み出すことはできないのかと。
小松原「オンライン上でものを買ったり、家にいながら友人とアバターを出会わせてゲームをしたり、そういったことが日常に取り込まれている時代なら、街をバーチャル空間に作れば、今までと同じように街で過ごす体験ができるのではないかと考えました」
そんな発想から三菱地所が声をかけたのが、クラスターだった。クラスターが提供するサービス「cluster」は、スマートフォンやPC、VR機器からアクセスすることで、バーチャル空間に集うことができる、いわば“バーチャルSNS”。これまでも同社は大手企業とタッグを組み、カンファレンスやイベントなどをバーチャル空間上で開催してきた実績を持つ。
小松原「バーチャルはまったく未知の領域ではありましたが、ゼロベースでご相談させていただくことで私たちの実現したいことを一緒に考えていくことができました。実際の街にはない仕組み、たとえばビルの屋上に展望スペースを作りたいというようなオーダーにも対応してくださっています。夜に外出しづらい今、せめてバーチャル空間の中だけでも夜景が見られるスポットがほしいと思ってのオーダーでした」
亀谷「今回は、実際にあるものとそうでないもの、それぞれをバーチャル空間に再現するお手伝いをさせていただきました。架空の展望台などのまだないものはゼロからデザインを施して空間上に取り入れるのでイメージをすり合わせるのに時間を要することもありましたが、お互いに対話を重ねることで理解を深めて、デザイン背景などの骨組みをしっかりと固めた、新しい丸の内をバーチャル空間上で作れているのではないかと思います。」
スタートアップと大手企業がプロジェクトを行う、ということ
大手企業とスタートアップによる共創は近年話題に上るが、バックグラウンドや思想の違う人々がひとつのプロジェクトに向き合うのはそう容易いことではない。二社は今回のプロジェクトをどのように進行していたのか。
小松原「仕事の進め方を変えた、ということはありませんでした。むしろ、私たちの意図や考えなどを理解してアウトプットに繋げようとしてくださったクラスターさんの心意気に感動するばかりで。初めての試みでわからないことばかりだったので、とにかく不安なことやわからないことは質問を重ねて、理解を深めることを意識しながら取り組ませていただいていました」
亀谷「僕たちはあくまでもパートナーとしてご一緒する企業への還元度を高めることを念頭に置いて取り組んでいます。大手企業とご一緒する際、最も難しいのは多くのステークホルダーにバーチャル空間の仕上がりや活用方法を、より鮮明にイメージしてもらえるようにすることなんです。そのためには、〇〇っぽいではなく、きちんと打ち合わせなどで議論して、細部まで納得してもらえる空間に仕上げないといけない。真の技術力を問われるプロジェクトだなと思います」
大手企業が持つ信頼度や実績、スタートアップが持つ技術力とスピード感、それぞれを織り合わせることで新たな価値創造が可能になる。2月21日に行なった「バーチャル丸の内フェス」はまさにその価値を体感した取り組みだったと小松原氏。
小松原「クラスターさん、よしもと有楽町シアターさんと打ち合わせを重ねて行なったイベントでしたが、バーチャル空間ならではの演出を多数考えて実行しました。実際に舞台に立った芸人のみなさんからも楽しかったと声が上がりましたし、イベントはSNSでも盛り上がりを見せていて。さまざまな方の元に私たちの取り組みが届いていることが嬉しかったです」
亀谷「人と人との会話やコミュニケーションによって生まれる熱量をリアルに近づけていくことのハードルの高さを感じていましたが、バーチャル空間でのイベントの新しい可能性を知れたのが大きな収穫でした。大手企業とタッグを組むからこそ実現できる規模の大きなプロジェクトだったので、想像力を働かせながら取り組みました。結果として、バーチャル空間でできることの視野も広がったように思います」
バーチャルとリアルとをどのように切り分けるか
オンラインイベントとリアルイベントでの違い、それは「偶然性の有無」だと亀谷氏は言う。オンライン上の情報へのアクセスは非常に容易で簡易だが、一方で足を使って出かけるからこそ体験できる人やものとの出会いは少ない。クラスターではそういった課題とどのように向き合っているのか。
亀谷「いわゆるオンライン上のコミュニケーションよりも、バーチャルSNSはリアルの空間に近い環境だと思っています。
たとえばclusterでは、自分のアバターを操作して、リアルと同じく自分の意思のままに会場内を歩き回ることが可能です。また、ボイスチャットやテキストチャットでリアルタイムの会話も楽しめますので、その中で人と人との偶然の出会い、発見もあると思います。
また友達同士でバーチャルイベントや空間に遊びに行くなども可能なので、将来的には友人と一緒に買い物に出かけるなど、リアルに近い余暇時間の使い方もできると思っています。」
小松原「たとえば、リアルで買い物をしているときに、まったく知らない隣のお客様の『かわいい』の一言で、自分もその商品に興味が湧いてしまうことってあると思います。そういった偶然性も、場合によっては再現できてしまう。それがバーチャル空間の面白さではないでしょうか」
バーチャルとリアル、そのどちらかではなくどちらもが必要になるのが、おそらく今後の世界なのだろう。そう考えたとき、不動産を有する三菱地所はどのようにバーチャル空間と付き合うのか。
小松原「明確な切り分けを行うにはまだ早いと思っているので、さまざまな実験を重ねてから判断していくものと考えています。ただ、日常的にオフィスに出勤したり、実物を見て買い物をしたりといった行動がある以上、街の商業施設やビルは必要ですし、不動産ができることも考え続けなければなりません。バーチャル空間の可能性を理解した今は、世代や属性などに切り分けてバーチャルとリアル、それぞれの特性と良さを生かして双方の価値創造を考えるべきだろうなと思います」
亀谷「三菱地所さんにはリアルに街を作ってきた知見があるので、バーチャル空間を創る上でもその知見が活きるのではないかと思います。たとえばバーチャル空間でもっと余暇時間を使えるような街づくりも可能だと思いますし、全世界どこからでも好きな丸の内などを舞台にした映画や漫画のロケ地巡りができる、なんてことがあれば楽しそうです。バーチャルとリアル、それぞれで補完しあいながら良い関係性を見つけていきたいですね」
ここがポイント
・三菱地所とクラスターでバーチャルSNS「cluster」を活用した新プロジェクトを実施
・バーチャル空間上に東京・丸の内の様子を再現し、同時にイベントも開催。当日は延べ1,000人を超える参加者が集った
・バーチャル空間とリアルに良し悪しの切り分けはなく、お互いの得意や不得意を補完しながら活用することが今後求められる
・思想の異なる二社がひとつのプロジェクトを行うためには、より理解を深め、対話を続けることが大切
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木詩乃
撮影:小池大介