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伝わらない時代のコミュニケーション「ファンベース」の実践方法。 ファンは企業の内部から生まれる

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ウェブによって情報発信コストが下がった今、身の回りに溢れる情報は、「世界中に存在する砂浜の砂粒の数」以上だという。普通に生活しているだけでも触れる情報量が増えている中、企業にとってのファンの重要性がより高まっている。

そんな“伝わらない時代”のコミュニケーションとして、重要なのが「ファンベース」という考え方だ。ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や事業価値を高めていく。そんなコミュニケーションのかたちを啓蒙・実践のサポートをしているのが株式会社ファンベースカンパニーだ。

「ネスカフェ アンバサダー」の仕掛け人としていち早くファンベースを実践していた同社代表の津田匡保氏が、ファンベースとはどんな考え方で、どのように実践していくものなのか、xTECH編集部に語った。

INDEX

ファンベースが目指す、コミュニケーションのかたち
情緒価値と未来価値。目に見えづらい価値が、ファンの心を掴んでいく
企業の内部からファンは生まれる
ここがポイント

津田匡保
1978年兵庫県生まれ。2002年ネスレ日本に入社。2012年ファンとの共創によるコーヒーのオフィス向け宅配サービス「ネスカフェ アンバサダー」を立ち上げ、その後も数々の新規事業立ち上げと自社ECサイトの運営を統括。2019年2月ネスレ日本を退社し、5月より発足したファンベースカンパニーに創業メンバーとして参画。「ファンベース」の考え方や自社ソリューションを軸に多くの企業・ブランドの事業支援に従事。2020年4月より現職。著書に「ファンベースなひとたち」(日経BP社、佐藤尚之と共著)。

ファンベースが目指す、コミュニケーションのかたち

ファンベースは、ファン・ビジネスやファン・マーケティングとは全く異なる概念です」津田氏は、そう切り出す。

津田「ファンベースでは、『ファンを“刈り取る”』『ファンを“囲い込む”』といったようなことはしません。重視しているのは、ファンの感情に寄り添うこと。だから、ファンが違和感や抵抗感を持つことはしないです。まずはファンを大切にする、ファンに喜んでもらう。ファンベースとは手法やテクニック論ではなく、考え方なんです。一言で言うと『ファンを大切にして、ファンをベースにして、中長期的に売り上げや事業価値を高める考え方』と言えるでしょう」

ここでいう「ファン」とは、どんな存在なのか。津田氏は続ける。

津田「ファンとは、企業理念やミッションなど企業やブランドが大切にしている価値観を支持してくれる人。よく新しい顧客を0から開拓することに躍起になるケースがありますが、既存のファンを軽視していると徐々にファンは離れていってしまいます」

不特定多数の顧客をむやみに開拓するよりも、少数でも目の前のファンを大切にする。その選択が生み出す波及効果について、津田氏は語った。

津田「一見すると『既存のファンにのみ目を向けていて、将来的に事業の拡大が見込めるのだろうか』という不安を抱く方もいるかもしれません。しかし、ファンの共感が強ければ、ファンが周辺の人々に良さや魅力を自然と伝播していってくれるんです。例えば、私が『xTECHの想いや担当者の熱意に惹かれて取材を受けてくる。担当者に会って話すのが楽しみだ』と社内のメンバーに伝えたとします。すると、仮にそれまでxTECHを知らなかった会社のメンバーもxTECHのことが気になるし、きっと記事を読んでくれると思うんですよね。このように多くの人は、有名人やインフルエンサーよりも、知人や家族など自分と似た価値観を持つ人からの情報を信頼します。価値観の近い友人を“類友”とも呼びますね。
家族や職場、地域の集まりなど……現代では1人あたり大小合わせて8〜10のコミュニティに属していると言われています。コミュニティに属するということは、コミュニティメンバーと何かしらの価値観を同じくしているということ。少なくとも、コミュニティ内には1人くらいは価値観が合う人、つまり“類友”がいると思うんですよね。だからこそ、それぞれのコミュニティに情報が伝わると、“類友”を経由して数珠つなぎで新たなコミュニティに情報が伝播していく。つまり、ファンは企業にとっての新しい顧客やファンを増やしてくれる存在でもあるのです。事業を支え、事業の拡大にも貢献してくれるわけです。

情緒価値と未来価値。目に見えづらい価値が、ファンの心を掴んでいく

では、実際に企業や事業、サービスがファンベースの概念を実践していく上で、どのようなことを意識していけばよいのだろうか。津田氏はまず「3つの価値」が重要だと語る。

津田「企業がファンに提供していく価値は、機能価値、情緒価値、未来価値に分けられます。機能価値は、例えば『使いやすさ』や『役に立つ』といった観点で求められるもの。例えばxTECHのようなメディアで言うと、『読みやすいレイアウトやデザイン』であったり、『仕事に役立つ内容が載っている』という点ですね。情緒価値は、商品やサービスを所有したり、体験したりすることで生じるポジティブな感情のこと。例えば、メディアだと『登場人物の想いに共感できてモチベーションが上がる』とか『メディア自体を応援したくなる』といった点とも言えるでしょう。そして、未来価値は、商品やサービスを通して見ることができる社会や未来に対するポジティブなイメージのこと。例えば、『xTECHがフォーカスしている丸の内エリアが活性化しているように感じる』であったり、『xTECHがあるから、この地域の未来が明るいと思える』といったようなことです。
機能価値は生活者に見えやすいんです。一方で情緒価値や未来価値は見えづらいからついつい後回しにしてしまいますが、実はここが大切なところ。機能価値は他社にも模倣されやすいから、差別化を図るためには残りの2つの価値を重視するべきなんです。これらをしっかり据えることで、事業やサービスに接する人々の中に『好き』という感情が育ち、ファン度を高めていくことができます」

3つの価値の中でも特に重要だという情緒価値、未来価値。それら2つの価値を高める戦略について津田氏は続ける。

津田「世の中の企業は、もっとそこで働いている人の想いや積み上げてきた文化や歴史などを表に出した方がファンの熱量を高めることができると思うんです。コロナ禍で友人などと会う頻度が極端に減ったからこそ、人の想いや体温を感じたいというニーズが増えています。例えば買い物する時も、どんな人がどんな状況の中、どんな想いでつくっているのか、ストーリーがわかる商品の方に手を伸ばしたくなりますよね。それと同じこと。今クラウドファンディングなどが活況なのは、そうしたプロジェクトを立ち上げた人の思いや体温やビジョン、つまり情緒価値、未来価値が伝わりやすいからだと考えています」

ここまで話を聞くと「自社にファンはいるのだろうか?」と不安になったり、「結局は理想論なのではないか」と感じたりする人もいるかもしれない。しかし、そこにも津田氏の考えがある。

津田「世の中に商品やサービスとして存在しているからには、必ず何かしらの課題解決をしているはず。誰かを「笑顔」にしているはずなんです。それはすでにファンがいるということに間違いありません。
そして『理想論なのではないか』という問題。これは逆に情報量や選択肢が爆発的に増え、溢れている時代だからこそ、現実的で合理的なアプローチだと考えています。2020年には情報量が59ZB(ゼダバイト)に達するそうです。1ZBは、「世界中に存在する砂浜の砂粒の数」と比喩で言われていることを考えると、生活者に企業が情報が伝えることのハードルの高さを実感できると思います。このとんでもない情報量の中で、単発の広告などだけで伝えるのは難しいかもしれない。刹那的にPVやクリック数は上がるかもしれませんが、『伝わっているか』という観点からすると、少し疑問が残ります。なかなか伝わらない時代だからこそ、ファンの存在が重要。ファンは周りの人に熱意を持って伝えてくれます。今までのアプローチとファンベースのアプローチの両輪でやっていくのが有効と思っています」

企業の内部からファンは生まれる

津田氏の話を受けて、三菱地所のxTECH担当者(2021年3月現在)石森が口を開く。

石森「ファンベースという考え方に、すごく共感しました。スタートアップを支援するxTECH運営部が目指すのは、『丸の内エリアを舞台に活躍する大手企業やスタートアップ、大学などの人々の思考や想い・組織を越えた交わり』を創出すること。私はこの活動をもっと多くの人に知ってもらいたいと考えているんです。まだ認知度が高まっていない私たちの取り組みに関心を持つファンを増やし、またファン度を高める為には具体的にはどういったことを実践するのがよいのでしょうか?」

津田「ファンベースを実践していくときに、実はインナー(社内向け)の視点って重要なんですよ。社員の『好き』という感情が、最終的に商品やサービスから滲み出てくるんですよね。そして、社員がファンになって周りの人への伝播してくれる。石森さんが他の部署に異動するとなったら、これまで関わりのあった人たちが企業の枠を超えて声をかけてくると思うんです。石森さんの熱い想いに共感する“類友”が増えていると思います。石森さんのやってきたことや想いがxTECH自体の情緒価値にもなっていると思います。xTECHの「ファンミーティング」などを実施するのも良いかもしれませんね。

石森「これまでは実際にリーチしたいスタートアップ等、社内よりも外に目を向けがちでしたが、私のやってきたことや想いが情緒価値になっている、というお話やインナー(社内向け)の視点が重要というお話も目から鱗でした。xTECHのコアファンは、どんな人たちなのか?どんなコンテンツを面白いと思っているのか?具体的に聞くことができると、よりファンに寄り添った事業運営ができるかもしれない。そんなことができたらxTECHの今後も変わりそうです」

最後に、ファンベースの実践において重要な点を津田氏が語った。

津田ファンベースって中長期的な視点で取り組むもの。持続可能性が重要になってきます。自分たちが楽しみながら継続してできる取り組みを行っていくことですね。繰り返しになりますが、ファンとは企業やブランドが大切にしている価値を支持してくれる人たち。裏を返せば、軸となる企業の中の人たちの価値観がしっかりと前提にないとファンにも伝わっていきません。そこをしっかり見つめて、自分たちが大切だと信じること、楽しいことを追求してもらえればいいと思います」

ここがポイント

・ファンを大切にして、ファンをベースにして、中長期的に売り上げや事業価値を高める考え方
・ファンの共感が強ければ、ファンが周辺の人々に良さや魅力を自然と伝播していく
・機能価値は他社にも模倣されやすいから、差別化を図るためには残りの2つの価値を重視するべき
・情報量や選択肢が爆発的に増え、溢れている時代だからこそ、現実的で合理的なアプローチ
・インナーの視点が重要で、社員の『好き』という感情が、最終的に商品やサービスから滲み出てくる
・ファンベースって中長期的な視点で取り組むもの。持続可能性が重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小林拓水
撮影:小池大介