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不動産ビジネスを捉える上で重要なのは需要の「総量」と「集積度」。多様化する働く場の拡散型需要を広く獲得するボックス型ワーススペース「テレキューブ」の事業モデル

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ここ数年で、企業における「働く場所」の縛りはゆるやかに緩和されつつある。その背景にはシェアオフィスを筆頭とする、いわゆるサードプレイスの増加がある。
その中で「働く場所」の選択肢をさらに増やす個室ブース「テレキューブ」が2020年に登場した。オカムラ・ブイキューブ・三菱地所の3社が合弁会社を組成して生み出した「ありそうでなかった」仕事空間は、単に利便性が高いだけではない。厳しい法規制を着実にクリアし、事業モデルの特許も取得し終えた。

この事業は不確実性の高い新規事業ながら、確実に投資を回収し、事業を継続的に前進させるため考え抜かれた「芯」が存在している。そうした事業の組み立て方について、テレキューブ株式会社・テレキューブサービス株式会社、両社の監査役(兼三菱地所営業企画部 新事業ユニット ユニットリーダー)の玉木慶介氏に話を聞いた。

玉木慶介
三菱地所株式会社入社後、経理部、広報部IR室長、ビル営業部戦略営業ユニット ユニットリーダー等を経て、2020年4月より現職。税理士、再開発プランナー。
ビル営業部及び現職では新しいワークスペースの商品企画を担当。非日常性を訴求する「WORK×ation Site」、BOX型ワークスペース「テレキューブ」の立ち上げ等に従事。
一般社団法人日本不動産研究所 季刊「不動産研究」への寄稿「ビジネスイノベーションスペースの新潮流とその経済価値」を執筆。

INDEX

需要の集積を必要とする不動産デベロッパーから生まれた、拡散型(低集積)需要を広く獲得する事業モデル
シンプルな「ボックス型のワークスペース」のアイデア実現に必要な3つのステップ。大きな壁は「消防法」
重要なのは数字遊びでなく、勝ち筋、ストラクチャーが作れていること
経理からキャリアをスタートさせたからこそ見える、新規事業立ち上げの役割
ここがポイント

需要の集積を必要とする不動産デベロッパーから生まれた、拡散型(低集積)需要を広く獲得する事業モデル

――新型コロナウイルス感染症により個室ニーズが一気に増えたタイミングでの登場で、狙いすましたかと思うほどのタイミングだったように思います。今であればこのようなワークスペースの必要性が想像できますが、以前からこの事業に可能性を感じていた理由は何だったのでしょう?

玉木:そうですね、需給マッチングの観点から事業性があると分析した結果です。不動産事業の基本的なモデルは大きな先行投資を行い、これを月々の利用料(家賃)で長期的に回収していくもの。ですから、どれだけ確実かつ短い期間で投資を回収できるかが重要です。ここで考えなくてはいけないのが需要の「総量」と「集積度」という2つの側面。資本を投下する場所(建物をつくる場所)にどれだけの需要量があり、またその需要がどの程度集積しているのかという点です。集積度が高いということは「同じ需要が限定された場所に積みあがっている」ということですので、投下した資本を効率的に回収できる可能性が高くなります。三菱地所を例にすると、その典型例が「丸の内」における事業。「丸の内」としてエリアが限定されていますので需要は総量だけでなく集積度も高い。当然、このエリアにおける投資効率は結果的に良くなります。その余力でエリア内の利便性を向上させお客様や来街者、地域に還元することで、街の魅力はさらに向上し、それがさらなる需要創出と集積度の向上につながる、という良いサイクルが出来ているのです。

一方、サードプレイスという新しい事業領域は異なります。働き方の多様化により、今後サテライトオフィスなどのサードプレイスへの需要は増加すると言われています。しかしこの事業領域は居住エリアも含め、あらゆる場所に需要が拡散しているため、1施設あたりで取り込める需要には限界があるのです。確かに需要は今後も増加が見込まれ、一見すると大きなビジネスチャンスがあるように見える。しかし、需要の総量が多かったとしても、その集積度は低く、大きな資本を投下してもうまみを作りづらいという点には留意が必要です。この課題を解消するために、テレキューブは働く場という概念を極限まで分割し、場所当たりの初期投資をミニマイズしました。広く拡散した需要に対して、極限まで投資を分散する事で、課題となる需要と、投資の集積度によるミスマッチを解消できると考えたのです。

――そもそも需要の集積度を測る基準とはなんでしょうか。

玉木:商圏の問題だと思います。従来のオフィスは、ターミナル駅にオフィス街があり、そこに通勤するのが当たり前でした。当然ながら需要の集積度は高く、そのため該当エリアに建物をつくれば効率的に需要を取り込むことができたのです。一方、サードプレイスは自宅周辺など居住エリアへと働く場の選択肢を広げていきます。仮に働く人の数が変わらないとすると、1施設(エリア)あたりで取り込める需要は当然減っていきますよね。そう考えると、従来と同じ発想でこの事業領域に乗り出すことは厳しいのではないか、という結論になりました。

シンプルな「ボックス型のワークスペース」のアイデア実現に必要な3つのステップ。大きな壁は「消防法」

――ボックス型のワークスペースというアイデアは一見すると単純なものに思えるので、他社が参入していても不思議ではないのですが、これまで他社が実現できなかったのはなぜなのでしょうか。

玉木:大きく3つのステップが必要だったからだと思います。このサービスの発想をもてたか、そのアイデアを実現する技術力があったか、レギュレーションを突破し商品化するための地道な実証実験の場を確保できたか、という点です。

「共有部に箱型の個室を置いていく」という発想は、オンラインミーティングが一般化している今日では容易に想像できます。しかし、コロナ禍以前にその発想を持てたかどうかが現在の先行者利益の土台になっています。この発想はかねてからWeb会議システムを手掛け「いつでもどこでも働ける」の実現を目指していたブイキューブによるものでした。次に必要となるのが技術力。非常放送などを内部の利用者が認識できる、すなわち外の音を一定程度は個室内に入れなくてはならない。一方で守秘性の高い会話ができるよう、内部の音を外に漏らしたくない。この相反するニーズの両立を可能にしたのがオカムラの開発力でした。そして最後に、立ちはだかる様々な規制に対し、地道な説明と実験を繰り返し、所管省庁との信頼関係と納得感を引き出していきました。その過程では、十分な消火性能を立証するのため、実際に筐体を燃やしたこともあるんです!そのほかにも音圧テストを行うなど、1年以上かけてようやく認可を得たのが今日の筐体です。三菱地所は商品化に必要になる実証実験の場として、丸の内のオフィスエントランスを提供してきました。実験とはいえ前例のない商品を大切なお客様が入居されるビルに設置する事には社内から反対の声もありましたが、むしろお客様のためにも新しい価値を創出すべきという応援の声が勝りました。新しい価値創出に全社で取り組もう。100年以上前草原だったこの地に世界一のオフィス街を創ろうとしてきた当社グループの遺伝子がしっかり残っていたことを実感できた瞬間でした。

重要なのは数字遊びでなく、勝ち筋、ストラクチャーが作れていること

――その後、特許も取得し、かなり用意周到に進んでいるようですが、当初の青写真の通りに進んでいるのでしょうか。

玉木:正直に申し上げると、想定通りにいかなかったことの方が多いです。スタートアップや新規事業というものはいくらでも理想を描けるもの。社内決裁を通すために私自身、数字を何度も練り直しましたし、青写真も描きました。しかし、思い通りには絶対いかないのが新規事業なのです。その点を認識していたので、実は当初からあまり細い数値や需要の伸び代などの「仮定」や「数字遊び」に重きを置いていませんでした。不確実性の高い数字をベースに「儲かる、儲からない」と話をしても所詮空想の世界の話で、あまり意味がありません。それよりも根源的に儲かる可能性がある仕組みなのか、儲かるとすればそれは実現可能な要因からもたらされるのか、という根幹部分を突き詰めて考えました。その中で出てきたのが冒頭にお話しした需要の集積度、そして需給マッチングの可能性でした。競争優位がどこからもたらされているか、採算性の肝となる要因はどこでそれは実現可能なのか、といった基本思想、ストラクチャーこそ重視すべきなのだと思います。

――おっしゃる通りですが、ではどこに目を向けるとうまく「基本思想」や「ストラクチャー」が組み立てられるのでしょうか。

玉木:月並みではありますが、なぜ儲かるのかをきちんと論理立てて考えることと、自社の強みを生かす構造にしていく、という2点が大きいと思います。足元の流行を追いかけ、「需要が伸びるはず」という点に過度な期待を持ってはいけないのです。基本的にこれから儲かりそうだな、と目星のつくものは、周囲も同じように考えています。結果的にその事業領域はレッドオーシャンとなっていく。競争優位の根源が見えていなければ、その領域で勝ち残るのは難しいでしょう。それよりも、自分たちの強みや既存事業とのシナジーを深く考え「この座組だったらこの部分で勝てる」という理論的な背景を持つことが大事なのです。当然、この思想の下では「自社の強みを活かしていく」必要があるため、旨味のありそうな事業領域だという理由だけで「とりあえず出資する」スタイルにはなりません。新規事業の成功には、協業という名のもとに「人任せ」をすることなく、自らが主体性を持ち、汗をかきながら仕上げていく覚悟が必要なのだと考えています。

経理からキャリアをスタートさせたからこそ見える、新規事業立ち上げの役割

――ところで、儲かる方法を論理立てて考える能力は、どうやって身についたのですか?

玉木:経理・IRで計数面を徹底的に叩き込まれたことが役立っているのでは、と感じています。三菱地所ではおそらくほとんどの社員がまちづくりに関わることを希望し、期待に胸を躍らせて入社式に臨むわけで、私もその一人でした。しかし新卒で配属された部署は経理部。その時の衝撃は、多分皆さんには想像もできないと断言できます。そこから異動し、また経理部に帰ってくることを繰り返してトータルで14年所属しました。また経理からようやく異動になったと思った先が投資家と計数面を語り合うIRだった際も驚きを隠せませんでした。私は学生時代一貫して体育会系だったので、友人からは「懐が深い会社」ですとか「他に人がいないの?」と揶揄されたものです。

これらの部署で私が学んだのは「数字の捉え方」。数字はなんとなく眺めるのではありません。数字には過去の実績をまとめた財務諸表を読み解く「静的な捉え方」と、足元の計数が将来どのように変わっていくのかをイメージしていく「動的な捉え方」の2つがあります。前者は経理で、後者はIRで投資家と語り合う中で身につきました。静的な視点で過去の数字から現状をつまびらかにしていくと共に、これを基礎として動的な視点で将来を予測していくのです。将来を予測する際、最も数値面に大きな影響を与える要素は何か。販売量なのか、単価の変動なのか、はたまた仕入れコストや固定費の存在なのか。足元の数値を起点にして将来像へのイメージを膨らませます。頭で要素別にソロバンをはじくことで、立てている目標が現実的なのか、絵に描いた餅なのか、何が変わらないといけないのかが見えてきます。ビジネスの肝やプレミアムの源泉にたどり着くにはこれらの能力を磨いていくのが近道。投資家の発想にも近いかもしれませんが、この観点はスタートアップにおいても重要なんじゃないかと思います。
将来予測は、ところどころに空欄のある方程式を解いていくこと。空欄だらけで呆然とすることも多いですが、よく考えれば既知のファクトの掛け合わせで合理的に推測できる空欄もあります。応用できるファクトは意外に多く、大事なのはそれを組み合わせる発想力なのです。これらの発想をかけ合わせながら、動的に数字を捉え、推定していく。この作業は新規事業問わず、様々な仕事上でも役立てることができると考えています。

ここがポイント

・不動産事業のモデルは大きな先行投資を行い、これを月々の利用料で長期的に回収していくもの
・考える必要があるのが需要の「総量」と「集積度」という2つの側面
・サードプレイスの事業領域はあらゆる場所に需要が拡散しているため、1施設あたりで取り込める需要には限界がある
・発想をもてたか、そのアイデアを実現する技術力があったか、レギュレーションを突破するための実証実験の場を確保できたかの3ステップが必要
・不確実性の高い新規事業で重要なのは、基本思想、ストラクチャー
・なぜ儲かるのかをきちんと論理立てて考えること、自社の強みを生かす構造にしていくことが必要になる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:小池大介